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■【迷い鳥篭】鳥篭の中から■

夜狐
【8636】【フェイト・−】【IO2エージェント】
 裏寂れた雑居ビルは中に一歩踏み込めば、微かに独特の硫黄と薬の匂いがする。店名さえ表に出してはいないものの、ここは店舗――ただし店主は、客を選ぶのだが。
「確かにウチは魔道具屋だが、売るもんなんざ弟子の作ったモンしかねぇぞ。誰の紹介か知らんが、立ち去った方がいいんじゃないか」
 左眼を眼帯で覆った青年は頬杖をついてモニタを覗いたまま視線も上げない。背後から現れた少年が、呆れたようにその頭を小突いた。
「スズ、すぐそうやって威嚇するのやめろ。…悪いな、スズは口が悪くって。何か用事? それとも誰かの紹介でウチの手伝いにでも来た訳? 物好きだな」
「…お前も大概口が悪いと思うがね、俺は」
 嘆息してから、椅子に座っていた店主が立ち上がる。
「――手伝いだってンなら話は早ェな。丁度、面倒な仕事にかかろうかと思ってた所だ。報酬ならそれなりに出せるが、リスクもあるぞ。それでもいいか?」
「それでもいいんなら、手伝ってくれよ。俺とスズだけじゃ、色々手が回らねーんだよな」


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「迷い鳥篭」の店主、藤代鈴生の「お仕事」を手伝う内容になります。
募集人数は1〜4名程まで想定していますので、複数人数でご利用の際にはプレイングに必ずご記載をお願いします。
お仕事の内容ですが、以下の2パターンあります。

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◆魔道具の材料採集
山奥に珍しい植物採りにいったり、町中でオスの三毛猫を追いかけまわしたりします。

場所の候補は「山」「海」「市街」のどれかです。
山の場合は珍しい植物採集。
海の場合は沖まで行って怪生物退治(おおむねクラーケンとかその辺です)
市街の場合は都市部にのみ生息する珍しい生物(もしくはUMA)の素材回収になります。

※上記以外に行きたい場所・探したいアイテムがある場合は、プレイングに詳細を記載してください。
※戦闘を避けたい場合は、現地でアイテム持ってる方との交渉になりますので
 プレイングにその旨を記載して頂きますようお願いします。


◆魔道具の回収
店主・藤代鈴生が過去に作成した「魔道具」の回収業務です。こちらは店舗の裏稼業となります。

鈴生は、「作成した魔道具が絶大な効果を発揮する」代わりに「不当に大きな代償を要求する」という特性を持ちます。
例えば「力を封印する封印具」が、「力以外に、持ち主の感覚の一部を代償として奪う」
例えば「強い力を持った魔剣」が、「代償として持ち主に悲劇をもたらす」といった具合。
(「売るものが無い」とOPで発言しているのはこのためです。彼は余程の事情を持った客か、自身が気に入った相手にしか魔道具を作りません)
しかし過去に彼自身が作成した魔道具の一部が盗まれ、闇ルートで一部が売買されているため、情報が入り次第、彼はこれらを回収して回っています。

・既に魔道具を購入している金持ちの家に忍び込んで強奪
・オークションにかけられているところに忍び込んで強奪(もしくは資金に余裕がある方なら競り落とすことも出来るかもしれません)

等の方法が考えられます。
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どちらの「お仕事」を引き受けたとしても、店主の鈴生と、彼の仕事を手伝っている男子高校生・東雲名鳴がお手伝いに入ることがあります。
…お一人での仕事を希望される場合は、その旨プレイングにご記載ください。



時間軸の向う側

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 ドアを開け、少し広い玄関に足を踏み出した瞬間。迫るのは間違いなく殺気であった。今はフェイトと名乗る青年は、それを誤る程に鈍くは無かった――むしろ鋭敏すぎるきらいもある。反射的に銃を引き抜き、銃口を向けた先には既に相手が居ない。
「…!」
 気配だけは分かる。左だ。どういう仕掛けか知らないが殆ど一瞬で移動したらしい。が、銃口を動かすにはあまりに近く、時間が無かった。故に、彼は発砲した。そのまま、あらぬ方へ銃口を向けたまま。
 鋭い銃弾の一撃は音より早く、あらぬ方にある壁を穿つかと思われた。だが、一秒に満たぬ間に鉛の塊は弾道を歪めた。何かに強引に引き寄せられたかのように、フェイトを襲撃した気配へと向かう。
 並の相手であれば銃弾が曲がる等と予測はするまい。だが。
「お、そう来た」
 着弾の手応えではなく、酷くあっさりとした感想だけがフェイトの耳には届いた。
「じゃあ、ちょっと本気出そうか。お互い」
「お互い…!?」
「あんたも本気じゃないだろ?」
 ――その指摘は確かに図星ではあるが、得体のしれぬ相手に己の力量と手の内を晒すほどには彼は愚物ではない積りだ。問いには答えず、口調ばかりは軽いのに確かに重たい殺気を相変わらずこちらへ放つ相手に、次の一手を思案する、が、その時間を与える積りが相手には無いようだった。
「これ返すぜ」
 笑みと共に放たれたのは、先程の銃弾だ。どういう仕掛けか、音速で飛んできた銃弾を「掴んで」居た青年は、フェイトに向けて無造作にそれを弾いて寄越し――だがフェイトは即座にかわす。冗談のような速度で背後の壁に銃弾が刺さるのが分かったが振り返りはせず、再度銃口を向ける。どうも相手は銃弾の利かない類の存在のようだが、
(むしろそっちの方が慣れた相手だよ)
 向けた銃は先程とは別ものだ。リボルバー式30口径。片手で撃つには衝撃の強すぎるそれを、フェイトはしかし回避をした際の不安定な体制のままで撃鉄を起こし引き金を躊躇なく引いた。――物理的な衝撃は自身の身体に対して「力」を使うことで相殺し、更に放たれた銃弾が着弾しない内に――カンマ一秒程度の時間しかないが――銃弾を「動かす」。速度のエネルギーをそのままで、離れた物体をテレポートさせるのにはかなりの慣れが必要だが、彼はそれをやってのけることのできる数少ないサイキッカーであった。
「同じことを…」
「さて、そうかな」
「は?」
 間の抜けた声と同時、相手の左手が銃弾を「掴み」――冗談のようだが先程も掴み取っていたらしい――すぐに火傷でもしたかのようにその手を開いた。からん、と音を立てて銃弾が落ちる。対霊処理済みの銀の銃弾、邪霊や悪魔の類には特に効果の大きいその銃弾は、彼の身体にも効いたらしい。追撃すべきか、と撃鉄を起こしたところで、フェイトは気付いた。先程までの彼の殺気が、霧散している。あまつさえ彼は非難がましい視線をフェイトへ向けて叫んだ。
「おま、人間様に向かって普通撃つかこんなもん!? 痛ぇなー!! うわ、火傷してんじゃんこれ…」
「どこに銃弾片手でつかむ人間が居るんだよ!? 普通『痛い』じゃ済まないだろ!? 火傷でも済まない!」
「居るだろここに。うわーいてー、最悪ー。やる気失せたー。おいスズ、まだ時間かかるのかよー」
 誰かに呼びかける声に、その場の奥――ビルの廊下の向うにある扉から声が返ってきた。扉を開いて顔を出したのは、恐らくフェイトやこの青年より10歳ほど上だろうか。左の目を眼帯で覆った、黒髪の青年の姿。腕組みして彼はぽつりと告げた。
「…お前メンタル豆腐だなメイ。鬼の癖に」
 メイ、と呼ばれた青年の方は厭そうに眉を顰めながら応じる。
「うるせぇよ。お前ら柊の枝に刺されて豆ぶつけられる痛みを思い知れ。心折れるわあんなもん」
 状況が呑み込めず、フェイトはうーん、と唸りつつもリボルバーを仕舞い込み、サングラス越しに二人へ視線を投げた。
「あの、話を進めても?」
「まぁ待て。分かってる。IO2のお使いだろ。大丈夫、今メイが時間稼いでくれたお陰で見られたらヤバそうなブツは全部隠蔽済みだ」
「…今すぐ身柄確保した方がいいような気がしてきた…」
「ははは、スズはあんたらに尻尾捕まえられるほど抜けてないから大丈夫だよ」
「凄い、俺こんなに大丈夫じゃない保証初めて聞いた! 何やらかしてるんだあんた達」
「ひ・み・つ」
「30過ぎのおっさんにそんな仕草されても何も嬉しくない…!」


 ――IO2でこの事件の話と「協力者」についての資料が展開された時、周りの同僚たちが一斉に嫌そうな顔をした理由を今更思い知るフェイトであった。


「えーと。改めて、連絡があったと思うけど『フェイト』です」
「おう。多分資料かなんか渡ってンだろうけど、藤代鈴生だ。そっちのは仕事の相棒というか用心棒と言うか…」
「東雲名鳴。メイでいい」
 雑居ビルの中を大雑把に改築したものである住居スペースはけして居心地の良い場所では無かった。その上に酷く散らかっていて、かろうじて来客用と思われるソファの周りだけが何とか掃除をされているような有り様だ。何を隠したんだろうか、と頭の隅で思わず考えつつも、視線は対面の眼帯の青年へと向けて、フェイトは改めて自己紹介を済ませてから咳ばらいをした。
「…まさか玄関入った瞬間にケンカを吹っかけられるとは思ってなかったんですけど。こちらからの協力要請、ちゃんと届いてましたか?」
「ん? あー。なんか来てたなー。俺IO2嫌いだから放置してた」
 子供か。
「…ですので俺が派遣されてきました。その調子だと、こちらの送った資料は見てくださってないですよね」
「ああ、俺が目ぇ通したよ」
 諦め混じりに溜息をついたところで横からそうフォローされ、思わずフェイトは顔を上げた。玄関あけた瞬間に殴りかかってくるような相手だが、名鳴と名乗った青年は、藤代に比べれば幾らか話が通じそうだ。
「面白くなさそうだったんですぐ捨てたけど」
 一瞬でも期待したのが間違いだったようである。
「…ええと。最初から説明しますがいいですか…」
 得も言われぬ疲労を覚えながら、フェイトはタブレット端末を取り出す。支給品のタブレットに個人認証を通すと、あらかじめ用意しておいた「事件」の資料が表示されていた。用意しておいて正解だったと心底思いながら、彼は画面に映し出された一枚の写真を指し示す。監視カメラの映像だろう、解像度の荒いそれを補正しながら無理に拡大した一枚だ。
 男の手には、奇妙にねじくれたデザインの一振りのナイフがあった。
「――これです」
 それまで気怠そうだった藤代が一度だけ左眼を向け、嫌そうに顔を顰めた。
「だから俺ァ、IO2が嫌いだって言ってんだ。壊せって言ったのに残してやがったのかそのナイフ」
「それに関しては反論のしようもないですね」
 苦い感情を覚えつつ、フェイトはサングラスを外して頭を下げた。
「…IO2で管理していた筈のあなたの『作品』が持ち出されて、今現在、人を害している。俺一人の謝罪は意味が無いかもしれませんが、こちらの落ち度であることは確かです。申し訳ない」
「…IO2の割には話聞いてくれそうな人だね、スズ」
 感想を漏らしたのは名鳴の方だった。藤代は面白くもなさそうに、頬杖をついたまま、
「いいから続き。わざわざ俺を名指しで協力要請ってのはどういうこった」
「残念ながらIO2では、あの『作品』の解析が不十分なんです。特性をご存知なのは今やあなただけですから、情報提供をお願いしに来ました」
「嫌だね」
 あっさりとした拒絶に、フェイトは眉尻を下げて素直に困った表情になった。サングラスを外すと年相応より少し低く見られるような顔立ちなのだが、一層頼りなげな印象になる。
「それだと俺も困りますし、被害者が増えます」
「誤解すんな、今の情報だけじゃ『嫌だ』と言ってるんだ。俺だって人死にが出りゃ寝ざめは悪ィんだよ」
 そう告げて、藤代は顔を上げた。それまで退屈そうに頬杖をしていた腕を組み、険しい表情を見せる。
「被害者ね。…どうせあんたらが情報隠ぺいしてるんだろうが、今何人死んでる?」
「3人です。いずれも、東京に流れ着いてきていた『人間以外』の方達でした。あまつさえ、一人は妖精――普通は物理的な攻撃によって死ぬことのないはずの方でした」
「そうか、じゃあ『6人』だな」
「は?」
「…俺の『作品』のせいで死んだ人の数だよ。3人死んだなら、同じだけ代償として死んでるはずだ。だから6人」
 淡々とした物言いに、思わずフェイトの背筋が冷える。
 ――事件の協力要請を無視しているこの青年との交渉が、今回彼に任されている仕事である。故に、この青年、藤代鈴生の情報にも一通り目は通してきた。この青年がIO2にマークされている理由は幾つかあるのだが、そのうちの一つをフェイトはこの時思い出したのだ。
 藤代鈴生は「魔導錬金術師」――魔力や特殊な才能を持たない人にも、限定的な魔術を使えるようにするいわゆる「魔道具」「魔具」の類を作成するという技術を持っている。昨今の東京では数は多くないとはいえ、似たような技術を持つ者は決して珍しくは無いのだが、彼の「作品」には他にはない特徴があった。
 願いを叶える。死者を蘇らせる。因果を操作し、幸運を無理やり引き起こす。時間を超える。そうした「不可能」とされる事象を、彼の「作品」は叶えることが出来てしまうのである。
 ――ただしそれには不可逆の、致命の、不必要なまでに苛烈な「代償」を伴うのだが。
「……あのナイフの代償は?」
 IO2では、ナイフが魔力を込められた刃であり、攻性の高い呪いに似た魔術をかけられていることまでしか分かっていない。藤代の「作品」がいかに強烈な「代償」を要求するかを知っているが故に、試験的に使ってみることも出来なかったのである。
 フェイトの問いへの答えは、矢張り酷く淡々と返ってきた。
「一度の攻撃のために、身近な命が一つ必要だ。代わりに絶対に何者にも攻撃を到達させる。あれはそういうナイフだ」
「命…!?」
「最初にアレを求めた依頼主は、呪い殺された娘の仇を討つために、妻の命を支払って――その後自分自身をあのナイフで殺した。コトを知って俺が回収に行った時には、先にあんたらIO2が回収してたんだよ。…俺はその時に忠告したぜ、『ロクなもんじゃねぇから壊せ』ってな」
 今にも舌打ちをしそうな険しい藤代の表情も当然であろう。確かにそれは、とフェイトは苦々しく認めた。だがその「代償」のことを知っていたら、果たしてIO2は素直にあの「作品」を壊しただろうか。
(否、のような気がするな)
 だから恐らく、藤代は再三の情報提供にも応じなかった。代償を恐れていればIO2はアイテムを使うことは出来ない。代償を知れば――利用するかもしれない。そう判断したのではないだろうか。まぁ、それ以前に彼が言う通り「IO2が嫌い」というのも大きな理由ではあったのだろうが。
「…重ねてですが、俺個人としてはあなたに謝罪したいんです。俺で出来る範囲のことであれば、IO2の握っている情報の提供や、あるいは他に管理されているあなたの『作品』の破壊を請け負っても構いません」
 きっぱりと、今はフェイトを名乗る青年は告げる。ふぅん、とそこで初めて、藤代は彼の目を見た。笑う。
「お前、名前は」
 問われた意図が分からぬ筈も無かった。「フェイト」はどこか稚い印象の残る顔立ちに笑みを浮かべ、返す。
「――工藤勇太」
「オーケイ、IO2からの協力要請はしょーじきなところ気が乗らなかったんだがな、勇太。お前個人の要請に乗ろう。どっちみちありゃ壊さねーといけねぇし。いいな、メイ?」
 それまで隣で静かに話を聞いていた名鳴が、その言葉にどこか苦い、諦めたような、薄い笑みを浮かべて頷いた。
「…何となくそんな気してたよ、スズ。何だかんだで結構、スズはこの手のタイプに甘いからなぁ」
「この手のタイプ?」
「あんたみたいに、みょーに素直で、みょーに頑固なタイプ。自分の信条に素直すぎて生きるのに苦労するだろうなーってタイプ」
「…褒められてないよね、それ」
 フェイト――否、勇太のうめき声に似た問いには答えは無かった。にやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべて、名鳴が立ち上がる。
「そーと決まれば話は早いな。さっさとナイフ回収しちゃおうぜ。どーせIO2で犯人の情報まで掴んでんだろ」
「…いや、でも、回収は俺の仕事で」
「一人でどうにかできるか?」
 こちらも意地の悪い笑みを浮かべる藤代に、勇太は気負いなく頷いた。
「まぁ、それが仕事だから」
 が、当然の積りで、大真面目に返答した勇太に対して、藤代はと言えば、
「あっははは!」
「…指差して笑うところなのここ…!?」
「あーやべー腹いてぇ…! 面白いなーあんた! IO2にも面白い奴が居るもんだなぁ…」
「…俺以外にも幾らも居ると思うけど…」
 よっぽどタチの悪いエージェントとしか遭遇していないのではないだろうか。そんなことをちらりと思ってしまう勇太である。




 相手の持っている魔道具、IO2が最も恐れていたその情報さえ分かってしまえば後の話は早いものだ。犯人は既に割れているし、何を思ってナイフを手にしたのかしれない男は、逃げもせずに日常を謳歌しているから逃走の恐れさえない。ただ、これ以上被害が出る前に抑えたい、というのがフェイトの、勇太の意向であった。
「…一応尾行はつけてるんだ。今どこにいるかは分かってる」
「どこだ?」
「――」
 同僚へ連絡を取りその場所を確認して、勇太だけでなく、一緒にセダンに乗りこんでいた名鳴までもが険しい表情になる。表情を崩さないのは藤代くらいのものだ。
「まずい、あそこは…」
「異世界から流れた連中が多いエリアだな。幽霊だの妖精だの天使だの悪魔だの」
「下手すると4人目の被害者が出る――! 飛ばすよ!」
 呑気な藤代の解説を聞いている場合でもなかった。アクセルを踏み込む勇太に、後部座席から不平の声が聞こえた気がするがこれは徹底して無視する。
 ただ、助手席に居た藤代がこの時初めて、少しばかり不愉快そうな顔をした。
「そもそも、何だって態々俺の『作品』使ってまで通り魔事件なんて起こしてやがるんだこの犯人。相手が尋常な連中じゃないったって、他に殺しようは幾らでもあるだろうによ」
 物騒な発言ではあるが尤もな疑問とも言える。「作品」の代償を聞いてしまった今となっては余計にだ。前方のミニバンを追い抜くことに意識は集中しつつ、勇太はかみつく様に応じた。
「詳しく話すと長いけど聴きたい!?」
「大方あれだろ…ああいう『流れ者』とか、異能者の類を病的に毛嫌いしてるタイプ」
 たまに居るよなぁ、と妙にしみじみと言う藤代に律儀に訂正を入れてしまうのは、勇太の根が真面目だからなのか。ともあれ思わず彼は訂正を叫んだ。端的に。
「じゃなくて、『虚無』絡み!」
「うわー。…メイ、詳しく聴きたいか? 俺は遠慮したい」
 どっちみち俺の「作品」を無断で使ってる時点で俺の敵には変わらないしな、とさしたる感慨もない様子で藤代は言い、
「どーでもいいよ。スズの『作品』を、悩んで悩んで使っちまうような人ならともかく。通り魔に使ってる畜生ってだけで遠慮なく殴る理由は充分だろ」
 名鳴の方も淡々とそう答える。あっさりしすぎている、というよりも、行動指針が二人ともしっかり出来ている人間なんだろうな、と勇太は頭の片隅では思いつつ、そしてガソリンの残量を気にしつつも――更にスピードを上げた。



 現場に到着したのが間に合ったのかどうかと言われれば、ギリギリのところだった。車を止めてから入り組んだ路地を走り、どういう訳か「声が聞こえる」と断言して途中から名鳴が先導する格好になったのだが、ともかくも彼らが飛び込んだ先では今しも、男がねじくれたデザインの、黒いナイフを振り下ろそうとしているところだったのだ。
「っ、やめろ!」
 その男の正面で、幼い童の姿をしたモノ達が驚いたように固まっている。妖怪、否、恐らく土地神だ――そう気付いた時には勇太は動き出していた。
 男の手にあるのは材質のよく分からない、金属には見えない何かで造られたナイフだ。突然飛び出してきた勇太に驚いたらしく、彼が一瞬それを振り下ろすのが遅れたのは幸いだった。藤代が再三、道中で忠告をしていたことを思い出しながら、勇太は躊躇なく己の力を振るう事に決める。
 ――いいか、何度も言うがあれは「一度攻撃したら、絶対に対象を害する」武器だ。
 ――攻撃されたら、防ぐ手段は無いと思え。物理的にも、魔術的にも、ほぼ全ての防御を突破できる。
 ――ついでに言えば、「一度の攻撃につき、一人分の命」が代償だってことも忘れんな。「攻撃させない」ことが肝心だからな。
 「ついで」の部分が勇太としては特に重要だった。自分が多少傷付く分には構わなくとも、これ以上の被害者が、IO2でさえも把握できない範囲で発生するのは、彼個人が耐えられない。
 だからこそ、銃を抜く暇さえ省いて彼は眼前の男に自らの「力」を振るった。見えない「力」に打たれて、男がよろめく。一応はナイフを持った手を狙ったのだが、執念染みた様相で男はナイフだけは手放さず、しかし大きく後ろへのけぞる。そこへ、名鳴が飛び込んだ。
 全体的に、名鳴の動作は構えや予備動作が無い。いちいち「突然」の、酷く無造作な動きで、傍目に予測がしづらいのだと今更勇太は気付いた。観察する余裕が戻ってきた、ともいえる。
(『鬼』の血族って言ってたっけ。身体能力が高すぎてああいう動作になるのか、彼個人のやり方なのか)
 ともかくも、唐突に飛び込んだ名鳴は、男の腕を捻り上げていた。「鬼」の膂力は相当なもののはずだが、捻られ、うっ血によって変色してもなお、男は血走った眼のままナイフを手放そうとしない。ここに至って、名鳴が初めて苛立ったように眉をひそめた。
「勇太。こいつヤバい」
「分かってる! 多分、自分の痛覚とか全部切ってる…!」
 るぉあああああああ!!
 獣じみた声が上がったのはこの時だった。名鳴が腕をひねりつぶそうとし、それでも一瞬逡巡した、その隙が良くなかった。男が手首を自らへし折って引き抜き、二人の隙をついてナイフを翳したのだ。
 ――あれが振り下ろされたら、一人が死ぬ。更に今目の前に居る、さして大きな力を持つようにも見えぬ小さなモノ達も死ぬ。
 躊躇なく勇太は、振り下ろされるナイフの真下へ飛び込んだ。そうしながら、ナイフを止めようと己の力をぶつけ――ぞっとする。手応えが、無い。
(一度攻撃が発生したら、いかなる防御も突破する――)
 つまりこれはそういうことなのか、と。
 それでもあきらめきれず、周りの建物を崩してでも男を止めるべきかと僅かに視線を動かした時だった。勇太の前に、彼より少しだけ上背の高い青年が割り込んでくる。
「ったく、俺は運動は苦手だっつーの、に…!」
「あぶな――」
 黒いナイフが。
 振り下ろされる。


 ――結果として何が起きたかと言えば、何も、起きなかった。何もだ。


「え…?」
 一番混乱した様子だったのはナイフを振り下ろした男で、よろよろとよろめきながら後ずさり始めたのを次いで我に返った勇太は、今度は落ち着いて銃を引き抜いて止めることにした。――と言っても、相手は痛覚遮断をしている様子なので、恐らく銃口を向けてフリーズ、と叫んだところで効きはすまい。眼を血走らせ、口から涎を垂らす姿を見ると、そもそも言葉が通じるかどうかも危ぶまれる。という訳で、今度こそ迷わずに彼は引き金を引き、男の膝を撃ちぬいた。
 両膝を撃たれた男はバランスを崩してその場に倒れる。それでも這いながらその場を動こうとするその背を、追いついた名鳴がひょいと持ち上げた。
「これ、ふんじばっておけばいい? 殺した方がいい?」
 あっさりと物騒なことを口にする。
「喰ってもいいぞ」
 冗談なのか本気なのか、藤代の言葉に勇太はさすがにたしなめるような目を向けたが、彼は小ばかにするようにちろりと舌を出しただけだ。その横で名鳴がうげぇ、と呻く。
「冗談きついぜ、スズ。ヤク漬けだか何だか知らねぇけどこんな不味そうなの、喰えたもんじゃねェよ」
「いやメイ君も普通に食べる前提で話すのやめようよ」
「喰うなら可愛い女の子がいい、俺」
「だから」
「勇太は面白いなぁ」「面白いよなぁ」
「二人して俺で遊ぶのやめようよ…」
 からかわれた、と気付いて勇太は息を大きく吐き出した。今更になって、事態が理解できたのだろうか、童姿の土地神が勇太へと近寄ってくる。藤代も名鳴も何故かその時ばかりはそっぽを向いていた。(後々聞いたところによれば、二人ともそれぞれの事情で神性の存在が不得手なのだと言う話だった。)
「大丈夫だった? …早いとこ社にお帰りよ。最近色々物騒だし」
 頭を撫でると、童はひとつ頷いてから、勇太に何かを差し出してくる。お礼だろうか、と受け取ると、それは一輪の花だった。元はお供えものだろうか、と思いつつも勇太は苦笑して、それを受け取る。
 しきりに手を振り、振り返り振り返りしながら去っていくその姿を見送ってから、勇太はようやっとこの件の協力者へと向き直った。
「そういえば、藤代さん。怪我は」
 今更ながら、勇太は先程の状況を思い出していた。藤代が飛び込んできたその後、何故かナイフの攻撃は――不発に終わった。何も起きなかったのだ。とはいえあれだけ再三、「一度攻撃されたら防げない」とくどくど繰り返していた藤代が、何の考えも無しに飛び込んできたとも考えにくい。
「…何か対策があったってことですか」
「んー、まぁな。…俺の支払った代償もちと高くついたが」
 藤代はそう答え、勇太に自らの左手を示して見せた。そこに違和を感じて改めて観察し、勇太は一度瞬く。
「…あの、その指輪は」
「見ての通りの結婚指輪だぞ。いいだろ」
「いやそうじゃなくて。…そんな傷、ついてなかったですよね」
 銀色の指輪には、大きな傷が一つ刻まれていたのだ。はめ込まれていた小さな宝石も砕けてしまっている。藤代は少し得意気に、しかしどこか寂しげに、指輪を一度撫ぜた。
「…俺の奥さんの手製でな。『どんな攻撃でも絶対に防ぐ』っつー魔道具なんだよこれ」
「そんなものがあるなら何で先に教えてくれなかったんですか…」
 先程までの安堵とは別の理由で力が抜けて、勇太はへたり込みそうになりながら抗議の声をあげたが、藤代は涼しい顔だ。
「だってこれ結婚指輪なんだぞ。しかも一回限りの使い捨てなんだぞ。勿体ないだろ」
「結婚指輪をそういう用途で用意するのもどうかと」
「しっかしどうするかなぁ、また作り直してもらわねぇと…」
 ぶつくさと愚痴りながら、藤代は早々にその場を立ち去ってしまう。後に残された勇太は「フェイト」の表情に戻り、同僚へ連絡を入れつつ――ナイフの行方についてだけは曖昧に誤魔化しておく――倒れた男を捕えてその場にとどまっている名鳴の表情へふと視線が向いた。
 立ち去った藤代を見送るその視線に、酷く複雑な感情が絡んでいるように見えたのだった。




 後日。
 ――勇太、否、「フェイト」は雑居ビルの前に立っていた。前回はここで扉をくぐった瞬間に殺気をぶつけられたんだったなぁと遠い目で思い出しつつ、インターホンを鳴らす。
「IO2の方から来ました」
 精一杯の嫌味の積りで言ってやると、向こう側からははん、と馬鹿にするような笑いが漏れた。


「…今回はありがとうございました。『個人的な協力』に感謝します。ええと、工藤勇太として、ですよ?」
 そう付け加えると、先日と同様の散らかり放題の室内で、先日とは異なり寝惚け眼の藤代がむにゃむにゃと返事だか何だか分からない声を漏らし、その隣にいた名鳴がため息をついた。
「そういうことなら礼は受け取っとくよ。あんまIO2とは繋がり作っておきたくねぇんだ俺達」
「少しくらいは距離を近づけてくれてもいいと思うんだけど…」
 旧来の退魔組織とも折衝がうまくいっていないとは聞いているが、市井の能力者や魔術系の技能者の一部にも嫌われているという現状は改善の余地があるよなぁ、等と思案しつつも、勇太は本来の用事を切り出すことにする。
「…それと、頼まれていた件なんですが。まず、ナイフの件は、適当に誤魔化しておきましたのでご安心ください」
 声を低めて勇太が告げると、やっと眼が冴えて来たのだろうか。藤代が顔を上げた。徹夜でもしていたのだろうか、髪はぼさぼさで顔色も悪い。
「こっちもお前が気になってるだろうから教えてやると、やっと壊せたぞあのナイフ。…我ながら何でこんな厄介な防壁仕掛けたんだかな…」
 回収したら壊す気だったのに、魔導錬金術師の本能だろうか。等と勇太にはあずかり知らぬことをぼそぼそと一人ごちてから、彼は改めて勇太に向き直る。
「ありがとよ。そんだけ聞けばまぁ多少は安心できた。珈琲でも飲んで…」
「…お礼の前に、もうひとつ」
 立ち上がりかけた藤代を制して、勇太は続けた。今度は一層、声を低めて。
「……多分、お二人が欲しいであろう情報を一つだけ持ってきました。今後も協力してもらえるなら、提供します。どうでしょう?」
 最初に反応したのは名鳴の方だ。ぐっと眉間に皺をよせ、身を乗り出す。
「――お前、まさかと思うけど」
「ウチの奥さんの…響名の行方か」
 コーヒーメーカーから湯気の立つコーヒーを注ぎながら、むしろ酷く落ち着いた調子で藤代が口を挟んだ。ソファから身を乗り出しかけていた名鳴がその言葉に落ち着きを取り戻したかのように身体を戻す。表情は険しいままだが。
「家出されたんでしたっけ」
「色々あってな…あいつもロクでもねぇ魔道具作ることあるからIO2でもマークしてるだろうし、ある程度は事情知ってんだろ。結婚初日に飛び出して行ってそれっきりだ。笑え」
 堂々と胸まで張って言われるといっそ清々しいから不思議である。差し出された珈琲に口をつけてから、勇太はさて、と外したサングラスに目を落とした。
 ――ここから先は、お仕事の時間だ。
「…実は、他にも回収が必要な魔道具があるんですが――」