■とある日常風景■
三咲 都李 |
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】 |
「おう、どうした?」
いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。
さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
|
とある日常風景
− クリスマス・イブの夜の出来事 −
1.
街を赤と緑のリボンが彩る。
夜になって電飾が加わるとさらに煌びやかな世界が浮かび上がる。
「ねぇ、あのアクセサリー! 月紅に似合いそう」
黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は黒が基調のスーツに身を包み、手を離すとショーケースを覗き込む。その視線の先には、白いポンポンと三日月をモチーフにしたイヤリング。冥月がつけるにはちょっと可愛らしすぎるが、娘がつけたらさぞ可愛らしいだろうと笑みがこぼれる。
「おい」
見入っていた冥月に、やや不機嫌そうに声を掛けた男がいた。草間武彦(くさま・たけひこ)だ。
「あ‥‥」
草間の声に思わず我に返る。またやってしまった。
「さっき約束したよな? 24日は2人だけでデート。25日は月紅も一緒に家族で過ごすって」
「‥‥ごめんなさい」
しゅんっと肩を落とした冥月に、草間は目を細めて苦笑いする。
「まぁ、気持ちはわかるがな」
すでに何度かウィンドウ越しに見た可愛らしい品物に目を奪われては草間の娘(仮名:月紅)のことを考えてしまった冥月。その度に草間は注意をしてはみたが、娘のこととなると母性が働くらしい。目の前の草間よりも月紅の方が気になって仕方ないようだ。
そういう冥月の顔が嫌なわけではないが、折角の2人っきりのデートを楽しみたいのもまた事実だ。
「‥‥そうね、"母親"は今日は忘れるわ。だから‥‥」
冥月は大胆にその場で草間の首に腕を回した。手のぬくもりと、そして少しだけ冷たい唇の感触。
通りがかった者は思わずどこかにカメラでも設置されているのではないかと、辺りを見回した。
けれどそれはドラマの撮影ではなく、大胆な恋人たちによる熱いキス。
好奇の目で見る者、羨ましげな視線を送る者も多々いる中、草間と冥月は長い時間唇を重ねていた。
2人の世界に浸りきって、ようやく唇を離したとき。冥月は少し恥ずかしげに照れたように微笑んだ。
「"女"に戻れたかしら?」
「上等だ」
白い肌がうっすらと赤く染まったのを見て、草間はぎゅっと冥月を抱きしめた。
2.
高級ホテルの夜景の綺麗なレストラン。
「お待ちしておりました、草間様」
クロゼットにコートを預けて、2人は窓際の個室へと案内され‥‥る前に、草間が何やらレストランの従業員に何かを言うと従業員はすぐに奥の部屋へと引っ込んだ。
「なに? どうしたの?」
「いや、おまえに着替えてもらおうと思ってな」
‥‥着替える?
なぜだか嫌な思い出が脳裏をよぎりそうになって、冥月は思わず頭を振った。
「着替えるって‥‥何に? このスーツではダメなの?」
「‥‥できれば着替えてほしいよなぁ‥‥なんて」
ニヤニヤとした草間の笑み。また、何かよからぬものを着せようとしているのだろうか?
しかし、ここは仮にも高級ホテル。まさかアンナノとか、ソンナノやらは‥‥出てこないは‥‥ず‥‥。
冥月の焦りに、草間はニヤニヤとするばかり。
と、そこへ、ドレスを持った従業員が戻ってきた。
「お預かりしておりましたドレスです。お着替えはそちらに更衣室がございますので、ご利用ください」
ドレスの生地は赤地に金色の刺繍がたっぷりと施された豪華なものだった。
「な? 頼むよ。折角用意したんだからさ」
頼まれると嫌とは言えない。
「わかったわ。‥‥覗いちゃダメだからね?」
「‥‥わ、わかった」
返事が微妙に遅かったのは気のせいだということにしておこう。
「武彦が選んだから着たけど‥‥やっぱり少し大胆過ぎない?」
恥ずかしげに冥月が更衣室から現れると、草間は小さく口笛を吹いた。
赤地に金の刺繍の豪華なチャイナドレス。しかし、その胸元とサイドの腰部分は大きく開いて肌を露出させている。
「やっぱりよく似合う。俺の目に狂いはなかったな」
ちょっと鼻の下を伸ばして笑う草間もいつの間にか黒のタキシードという正装に変わっている。
「腰の部分、開きすぎてない? 見えちゃいそうで恥ずかしいんだけど‥‥」
困ったように言う冥月に、そっと腰に手を回して草間は冥月を引き寄せる。
「俺が隠してりゃ誰にも見えないさ」
「‥‥エッチね」
ふふっと冥月が笑うと、草間もつられて笑う。
着替えた2人は、予約してあった個室へと通された。夜景はぼんやり滲むようにキラキラと光を拡散させている。
「まずは乾杯ね」
グラスを傾けた冥月に、草間は問う。
「じゃあ、冥月の微笑みに乾杯」
「‥‥それは‥‥」
くさいセリフを吐いた草間に、冥月が困り顔をすると草間は慌てた。
「あ、冗談っ! 冗談だからな! ‥‥クリスマスに乾杯!」
トレンディドラマ()のようにはいかない、草間はそう自戒の念を込めて乾杯する。
そんな草間を、冥月は小さく笑って「無理しなくてもいいのに」と慰めるのだった‥‥。
3.
料理はなぜか中華のアレンジメニューが多かった。
「このお店、方針を変えたのかしら? 前はもっと独創的なものが多かったような覚えがあるんだけど‥‥?」
「俺が頼んだ」
俺が、頼んだ?
草間の言葉に、冥月は首を傾げる。なぜ、わざわざ?
「美味しいわ。ありがとう」
「そうか。よかった」
優しく微笑んだ草間の顔に、冥月は顔が熱くなるのを感じる。
さっきまで鼻の下伸ばしてたくせに、なんで今はそんなに優しく笑うの?
食後のデザートとコーヒーを入れてもらうと、食事はすべて終了した。
白いチーズケーキの上に赤いラズベリーのソースとミントの葉がクリスマスっぽい。
「すごくおいしかった。ご馳走様」
冥月はそう言うと、椅子の下に置いておいた紙袋を取り出した。
「メリークリスマス。これ、私から」
「お、悪いな。‥‥開けてもいいか?」
「もちろん」
綺麗にラッピングされた包みを草間が開けると、しっかりとした木箱が出てきた。なじみがあるけれど、やや上品な香りがする。
「葉巻か」
「御名答。とある伝で手に入れたの。キューバ産の葉巻よ。詳しくないけれど最高級の品らしいわ。‥‥喜んでくれる?」
「あぁ」
一本葉巻を取り出して弄ぶ草間は、冥月に不躾にこう訊く。
「これ、いくらするんだ? 高そうだな」
草間らしいと言えば草間らしいが、プレゼントの値段など訊くものではない。
「一本で武彦が普段吸ってる煙草の百箱分以上ね。ちなみに一箱40本入ってるわ」
「‥‥おいおい」
苦笑いの草間に、冥月は草間が持っていた葉巻を取り上げて葉巻の吸い口をナイフで作って草間に咥えさせた。そして火をつける。
「男だったら四の五の言ってないで、黙って煙を味わいなさい」
草間がくゆらせた煙が細い筋になって辺りに漂う。
「いい味だな」
ふーっと煙を吐き出した草間の膝に、冥月はちょこんと座ると草間の胸に顔を埋める。
「私、葉巻の匂い、結構好きよ」
「まるでどっかのドンにでもなった気分だな。葉巻に美女の組み合わせが、さ」
「あら? 私、愛人なの?」
少し拗ねた冥月に、草間は「いや」と葉巻を灰皿に置く。
「お前はいつだって俺の本命だよ」
重ねた唇は、少し煙草の香りがした。
4.
「俺からのプレゼントだ」
キスの後で、草間はクロゼットから紙袋を取り出すと冥月に手渡した。
冥月が中を見ると、こちらも何やら箱型のものが入っている。
「開けてもいい?」
「是非」
可愛らしいクリスマスラッピング。これを買う時、草間は恥ずかしかったんじゃないだろうか? そう思うとなんだか微笑ましくなる。
包装紙を取り、出てきた箱の中身を見ると‥‥液体に満たされたガラスのボールが出てきた。
「スノードーム?」
キラキラと雪が舞う世界にぽつんと立つ可愛らしい家。その前に家族なのか3体のフィギアが立っている。
「武彦にしては乙女チックね。でも、可愛い。嬉しいわ」
思いもよらぬ可愛らしいアイテムに、冥月は目を細くする。これを買う時の草間を見たかった。
しかし、草間は思いもよらぬことを口にした。
「‥‥その箱の底」
「え?」
驚く冥月に、草間はニヤリとまた笑う。なにかを何かを企んでいる時の顔だ。
言われるままに冥月は箱の底を覗き込む。すると‥‥
「鍵?」
どこの鍵だろうか? 見たことのない鍵だ。
「そう、それが冥月へのクリスマスプレゼントだ」
してやったりの顔で草間は一口、グラスの水を飲む。そして意を決したように言った。
「俺たちだけの家の鍵だ」
「私たちだけの?」
最初、草間が何を言っているのかよくわからなかった。けれど、草間は真面目な顔で冥月に語る。
「興信所は確かに俺が今居住している場所だが、俺たちの家じゃない。冥月と‥‥その、夫婦になるんなら俺たちだけの家があった方がいいと思ったんだ」
「で、でも‥‥私の家だってあるのに‥‥」
冥月がそう言うと、草間は少し困ったようだった。
「それは‥‥男のプライドというかだな‥‥やっぱり男が転がり込むよりは、小さくても俺が用意したマイホームをだな‥‥」
小さくてくだらないプライドだ。
だけど‥‥どうしてだろう? こんなに嬉しいのは。
「武彦、ありがとう。すごく‥‥すごく嬉しい」
草間に抱きついて耳元でお礼を言う。涙を見られるのは少しだけ恥ずかしい気がした。
「なぁ?」
「なぁに?」
冥月の背中をさすりながら、草間はそっと耳打ちする。
「これから行かないか? 俺たちの家に」
「今から?」
思わず聞き返した冥月に、草間はにやりと笑う。
「インテリアなんかは2人で買おうと思ったんだが‥‥ベッドだけはもう用意してあるんだ」
「‥‥バカ」
そうは言ってみたが、素敵な提案だと冥月は思った。
もう少しだけこの余韻に浸ったら、行ってあげようと思った‥‥。
■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
NPC / 草間の娘 (くさまのむすめ) / 女性 / 14歳 / 中学生
■□ ライター通信 □■
黒・冥月様
こんにちは、三咲都李です。
この度はご依頼いただきましてありがとうございました!
クリスマスのお話。イチャラブ! クリスマスー!
少しでも幸せな気持ちになっていただけたらなぁと思います。
メリークリスマス!
|