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■玄冬流転■

遊月
【2703】【八重咲・悠】【魔術師】

 ひとつの季節の終幕。
 終わりの先、綴られなかった過去――在りし日々の一欠片。


◆玄冬流転 〜変輪〜◆



 時々、自分の今いる状況が、夢なのではないかとクロは思う。
 思う度、どこからが夢だったのかを自問して、夢では有り得ない理由を見つけて、そうして安堵する。
 『玄冬』の『封破士』になった。予定外の『外』の人との――八重咲悠との遭遇。『解除』は進み、邂逅は重ねられ、生じるはずの無かった感情を身の内に抱いた。悠は最後の邂逅を終わらせないようにと、もっと一緒に居たいと思ってしまった自分の願いを叶え、本邸まで来てくれて。本邸の一室に留まる悠を自分が訪い、在るべきでなかった感情は、願いは確たるものになり、故に、『儀式』――『降ろし』は失敗する。
 自分は『封破士』ではなくなって、一族から離れ、悠と共に暮らすことになって。知らないことばかりの、何もできない自分を思い知った。知識を増やして、出来ることを増やして、それでも至らないことばかりだけれど、悠は呆れることなく付き合ってくれる。
 夢ではないと思うのは、悠と暮らす中で知ることが、『玄冬』の『器』の候補として、『封破士』として生きてきた己の知識の枠組みを超えているからだ。知るべくもなく、想像することすらなかった事柄に溢れているからだ。
 ……けれど、そう考える元になっている自身の記憶からして、齟齬が発生しているのかもしれない、と、最近はそんな風にも思うようになっている。今はまだどちらが現実かなんて疑わずにすんでいるが、いつかそんな醜態すら晒してしまいそうで、それほどまでに『今』が信じられない自分が少しだけ恥ずかしい。そう感じる自分の変化については、悪いものではないとわかっているが。
 そんな自身の葛藤をよそに、悠との共同生活も、少し前から始まった学校生活も、順風満帆とはいかないまでも、それなりに滞りなく過ごせている、と思う。主観であるので自信はないが、少なくともどうしようもない失態を犯したことはない。
 学校に通うことになる以前のクロの日常は、基本が家事・読書・たまに散策、と偏っていた。悠には自由に、好きに過ごしていいのだと言われていたものの、『外』の知識に明るくない自分が安易に外出して、何か悠に不利益になるようなことをしてしまったらと不安だったのだ。
 しかし、今は違う。
 朝、早くに起きて朝食の支度をする。これは以前と変わりはない。悠はクロが学校に行くことが決まった時点で交代制にしてもいいと言ってくれたのだが、世話になってばかりの身なので、少しでも悠のために出来ることを減らしたくなかった。故に、変わらず家事全般はクロの担当だ。結局は自身の我が儘であるのに、意見を尊重してくれる悠には感謝しかない。
 朝食が出来上がる時間に合わせて、身支度を整えた悠が階下に降りてくる。食卓の準備を終えたら、向かい合って、時折会話を交えつつ食事を済ませ、共に家を出る。
 悠が知人の伝手を辿って作ったという戸籍上では、クロは悠の遠縁ということになっている。何らかの繋がりが無ければ共に暮らしているのは不自然なので、妥当な設定なのだろう。年齢は、悠の二つ下になった。この少女の姿からすると些かずれがあるが、生まれてから流れた年数がそれくらいのはずだと何かの折に口にしたのを悠は覚えていたのだろう。
 何の気なしに口にしたそれらの言葉を、悠はきちんと覚えていてくれたのだと思うと、なんだかあたたかい気持ちになる。多分、これが『嬉しい』という感情なのだろうと、以前よりも自然に感じ取ることができるようになった。
 学年が違うので、悠とは昇降口で別れる。通い始めた当初は知識の無さ故に気付かなかったのだが、同じ家に住んでいるとはいえ、この年頃の男女が登下校を共にするのは、血縁関係があっても珍しいらしい。おかしいとまではいかないが周囲の好奇心を刺激するようだと、学校に通い始めてからの日々でクロは学んだ。「八重咲先輩とどういう関係なの?」と声を潜めてそわそわと、何らかの期待をこめた眼差しで訊ねられたのは一度や二度ではない。
 集団生活というのが未経験というか、そもそも悠に出会うまで一族以外の人物と関わったことがなかったクロが、それでもなんとか学校生活をこなしていけているのは、多分に悠と、悠が所属する怪奇倶楽部の面々に支えられているからだった。
 果たして悠が自分のことをどういうふうに説明したのかはわからないが、怪奇倶楽部の人々は、とかく知識不足と経験不足から浮きがちなクロをフォローして、学校生活を滞りなく過ごせるようにと手を貸してくれる。クロの編入したクラスにも怪奇倶楽部の部員がいるが、彼らのおかげでクラス内に馴染めたと言っても過言ではない。
 そもそもクロ自身多弁な方ではない上に、編入生の宿命(らしい)質問攻めに滑らかに答えられるほど対人経験を積んでいない。その時点で躓くかに思われた学校生活を救ったのは、悠からある程度事情を聞いている、と口にしながら間に立った、怪奇倶楽部の部員だった。クロの代わりに半数以上の質問をさばき、あるいはクロが答えやすいように水を向け、差しさわりのない情報開示で周囲の好奇心を粗方満足させた手腕は讃えられるべきものだとクロは思う。礼を言えば、持ちつ持たれつだから気にすることはないと返された。しかし、現状を顧みると持たれてばかりではないだろうか、というのが最近のクロの悩み事である。
 放課後になれば、旧校舎にある怪奇倶楽部に顔を出す。異能に理解ある者や、自身が異能者である者たちが主な部員である怪奇倶楽部は、存外に居心地がいい。クロ自身、異能者と言ってもいい存在であるし、悠が部員なこともあり、自然な流れでクロも怪奇倶楽部に所属することになった。
 怪奇倶楽部の面々に言わせると、悠は以前と比べて若干親しみやすくなった、らしい。クロのおかげなんだろうとからかい交じりに言われるのになんと返せばよいのかわからずおろおろしていたら、悠があっさり「間違ってはいませんね」なんて口にしたものだから、しばらく怪奇倶楽部内はその話題で持ちきりだった。
 以前の悠は不吉な雰囲気を漂わせ、丁寧な物腰のわりにとっつきにくい人物として認識されていたらしい。しかし、少し前から不吉な雰囲気が薄れてきたように思われていたところに、クロの編入後は若干の親しみやすささえ感じられるようになったということで、怪奇倶楽部の面々も原因が気になっていたのだとか。
 それを聞いて、以前の悠はどうだっただろう、と自身の記憶を振り返ってみたが、あまり違いはわからなかった。以前の自分がそういう情緒を感じ取る能力に欠けていたからなのだろうとは思うが、少し残念に思う。自分と関わったことによって悠が悪くない方へ変わったというのなら、それはクロにとって『嬉しい』ことだ。それを実感し、記憶にとどめておきたいと思うのは当然のことだった。自身の不足によりそれは叶わなかったが。
 部活動の時間が終われば、行きと同じく、悠と連れ立って帰る。帰り着く先が同じなのだから当然ではあるが。その日にあった出来事を語らいながら帰路を辿る途中、毎日ではないものの、スーパーに寄って食料品などを買い込むこともある。休日より平日の夕方の方が、良い安売り商品があったりするのだ。
 そして帰宅。夕飯の支度は、悠と共にすることが最近増えた。家事全般を請け負っているのには変わりないが、学校から出た課題などのことを考えて手伝いを申し出てくれる悠の気遣いが嬉しくて、自分は『眠る』という行為を省けるのだから気にしなくていい、と言えないままでいる。
 ただの『ヒト』のように日々を過ごしていると時折忘れそうになるが、自分は純粋な『ヒト』ではない。この東京ではヒトではない者は珍しくないらしいので、それを気にしているわけではないが、それでも『ヒト』に似ているだけの存在であるのに変わりない。食事も睡眠も、とった方が効率はいいものの、究極的には必要ないのだと、何となく理解している。『玄冬』の『器』としては、ヒトに近付けた方がよかったようだから、そういうふうに生活していたが。
 寿命も、恐らく普通のヒトよりは短いのだろう。『降ろし』を行った場合はその限りではないが、『青春』の『封破士』を除く一族の寿命は決して長くはなかった。『玄冬』に属するものは特に。だが、恐らく性質に由来するものなのだろうから、悠にもらった呪具によって少女の姿で安定している分、少しは延びる可能性はある。
 少し物思いに沈みすぎたらしく「どうかしましたか」と悠に訊ねられたのに、何でもないと頭を振って、夕飯の支度を再開した。
 朝食と同じく、会話を交えつつ食事をし、諸々の雑事を済ませた後に、ひととき時間を共にする。互いに課題等に取り掛かる時間もあるので、以前よりは早く自室に引き上げるようになった。それは少し残念ではあるけれど、必要なことだとわかってはいる。
 少しでも長く、悠と共にいたい。その想いは変わらず願いとしてクロの中にある。だから、出来るだけ長くこの日々が続きますように、と誰にともなく祈る。
 それがいつしか習慣になるのは、そう遠くはない話だった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2703/八重咲・悠(やえざき・はるか)/男性/18歳/魔術師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、八重咲さま。お久しぶりです、ライターの遊月です。
 「玄冬流転」へのご参加有難うございます。久々ですのにお待たせしてしまい申し訳ありません…。

 「クロの一日その2」を、とのことでしたが、如何だったでしょうか。
 いろいろ悩んだり戸惑ったりしつつも、徐々に世界を広げ、『外』に慣れてきている感じです。
 八重咲さまという拠り所があるから、一歩ずつでも踏み出していけるというところでしょうか。書いてみたらクロがちょっと八重咲さまを好きすぎてびっくりしました。

 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 書かせていただき、本当に有難うございました。