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■【炎舞ノ抄】合間■ |
深海残月 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
鋭く甲高い音が連続し、響き渡っている。
聖都城内練武場、そこで対峙しているのは壊色の法衣を纏った小柄な僧侶と、脹脛まである長い髪を頭後下部で緩く三つ編みに纏めている着物姿の娘の二人。
二人の手にはそれぞれ木刀が握られている。
何度か打ち合っては、退く。そしてまた跳び込み、打ち合う。
暫しの後、僧侶の方から、よし、ここまで、と胴間声が響いた。
その声を受け漸く構えを解くと、娘は顎に伝う汗を手で拭う。
僧侶は木刀を肩に担いでいる。
「…少しは長く保つようになりましたね」
「まだまだです」
言って、娘――舞はぺこりと一礼。それから場内の隅に下がり、はぁと一息。
…さすがに、少し疲れた。けれど口に出す気はない――この程度で疲れたなどと口には出せない。
とは言っても、剣を交えていた小柄な僧侶――風間蓮聖のみならず、他にこの場内に居り今の対峙を見物していた者たちにまでその疲れは完全に気付かれている為に、隠しても殆ど意味はないのだけれど。
口に出さないのはただ、舞の意地の問題である。
…そしてその意地は、剣の道を志す騎士のような者にしてみれば、好ましい。
「なかなかやるじゃないか、娘。…貴様…確か舞と言ったか」
「頑張るね。少し休んだら次は俺が相手をしてやろうか?」
下がって一息吐いている舞に声を掛けているのは、騎士団筆頭騎士のレーヴェ・ヴォルラスと斯界最強の剣闘士ヴァルス・ダラディオンの二人。何やかやで彼らと懇意だったりする蓮聖が練武場の一角を借りると聞き、そして同時に時間もできたので――見物にわざわざ来たと言うところらしい。
そこで見たのが蓮聖に剣の指南を受けている舞の姿だった訳で、レーヴェもヴァルスもただ見物どころか自分たちも舞に何かしてやろうかという気になっていると言う――剣の道を志す者の視点で見れば随分と贅沢な事にもなっている。
そんな彼らの後ろ壁際。低い位置から声がした。
と、いつからそこに居たのか、壁に背を預けて黒尽くめの和装の男――夜霧慎十郎が座り込んでいる。
慎十郎は蓮聖を見上げていた。
「…蓮聖様。朱夏は、今どうしてる?」
「さあ。拙僧にはわかりかねますよ」
「…白山羊亭で給仕してる以外に何かあんのかい」
「白山羊亭で給仕をしている『彼女』が朱夏であると言う確信は持てません」
「か。でも偽者だとも思えねェんでしょう?」
「然り」
けれど。
「朱夏は今ここに存在する筈が無い、か」
「…それは、蓮聖殿が前にも言っていた話だな」
「ええ。身内の恥を晒すようで恐縮ですが――ただ身内の恥だけでは済まないようなので」
ヴァルス殿にも朱夏についてのお話をした事はありました。
と、そこまでやりとりが続けられた時点で、レーヴェが小難しそうに顔を顰めている。…元々造りが怖い顔がさらに凶悪さを増している。
が、別に怒っている訳ではない。
「…む。俺には貴様らが何を話しているのかよくはわからんが…何やらややっこしい話である事だけは確かなようだな?」
「そう。レーヴェの旦那の言う通りややっこしい話って事ァ間違いねぇンですよ。今ちょっと聞いただけじゃ何の事やらわかる訳が無い。…まァ幸いヴァルスの旦那はこっちの事情少しは知ってるみたいですが――…」
詳しいところはまだ知っちゃあいませんよね。
慎十郎にそう伺われ、ヴァルスは頷く。
「そうだな。大まかに蓮聖殿に聞いているくらいになる。自分の店を壊して行方を晦ました弟子――その弟子の名が佐々木龍樹と言っていたね――の事と、反対に突然現れた蓮聖殿の娘、朱夏君の事」
で、慎十郎君の口振りから判断するに、詳しい事まで聞いてもいいのかな、俺たちが?
と、ヴァルスが伺い返したところで――今度は蓮聖が頷いた。
「巻き込むのは本意では無いのですが。ただ拙僧が――私や龍樹がこの世界に訪れた時点で、私たちの事情にこの世界を巻き込んでしまったようなものなんですよ。残念な事に」
ですから、必要とあらば話します。
貴方がたのような客観的な立場で話を聞いて頂ける方が居る今この場――話を整理するのにはちょうどいいかもしれませんしね。
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【炎舞ノ抄 -抄ノ陸-】合間
聞いたことのある声が、嗅いだことのある匂いがした気がした。
…でも、ここ…今私の来ている、エルザードのお城の中で聞いた声とか嗅いだ匂いじゃない。もっと他の場所で憶えのあるもの――とりあえず、お城のひとの匂いじゃない、とだけは思う。
でも、誰だったっけ?
少し考え込んでみる。
考え込んでいたところで、また、声がした。
話している言葉が聞こえた。声だけじゃなく、話している内容が。…その中で、幾つか名前も出されていた。
それで、わかった。
――蓮聖と、慎十郎だ。
■
エルザード城内にある騎士団用の練武場。蓮聖と慎十郎の声が聞こえた気がしたのはそこから――あとは、舞の匂いもした気がした。
ふと気になって、ちょっと覗いてみる。
練武場の中。
そこには、予想していた通りのひとたちが居た。居たけれど、少し疑問にも思う。…蓮聖とか舞とか、騎士団のひとじゃなさそうだった気がするし…そもそも慎十郎なんかは――以前夜に見た「狩りに向かう時の貌」からして、居ること自体がマズいんじゃないかとさえ、ちらっと思う。…あれはたぶん、騎士団のひとたちとは敵になるような「仕事」なんじゃないかと思うから。
でも、居る。
「…おや、千獣殿」
「……あ」
話しかけられた。
蓮聖の周囲に居た他の皆も私を見る。…慎十郎も、舞も居た。後は、騎士団のレーヴェと、剣闘士のヴァルスが一緒に居る。
知り合い、なのかな。
「長らく無沙汰をしております。意外なところでお会いしますね」
「……意外?」
なのだろうか。
私は今、依頼の報告と…ちょっとした届けものがあって、エルザード城に登城した、だけなのだけれど。そんな中で、ここ練武場の近くを通って――蓮聖たちが居ることに気付いたから、ふらっと寄ってみただけで。
…話しかけられたから、もっと近くに行ってみる。蓮聖たちの方。
「声、聞こえた。蓮聖」
「…ああ、聞かれてしまっていましたか…と言うより。折角ですから、もしお時間がおありでしたら…千獣殿にも今同じ件をきちんとお話し出来ればと思うのですが」
■
元々、蓮聖たちは…蓮聖たちの事情について、話を整理しようとしていたところだったらしい。そこに、私が来たから――これまで色々と関わって来た私も顔を出したから、私も一緒にどうか、って。
どこから話そうか蓮聖は少し迷っていたみたいだけど、結局、龍樹の話からになった。
…龍樹は元々、エルザードから少し離れた丘の近くの人里離れた場所で、お店を構えて古道具屋さんをしていたらしい。
そうしていたのは、故郷の世界に居られない――居ない方がいい事情があって。
私の中に居る獣、みたいな感じだって蓮聖が言っていたことがある。…龍樹の中に居る何か。在る何か。龍樹の師匠だって言う蓮聖でも詳しいことが全然わからないらしい、封じておかないと暴走する、荒れ狂う獄炎に似た魔性の何か。
だから、「それ」が暴走してしまった時にできる限り周りの人に迷惑かけないように、って、拓かれてない広い場所もたくさんあるソーンに蓮聖の力で来て、人里離れたところに住み着いて生活してたんだとか。…色々あったみたいだけど、まだその頃は、何とか、生活、できていたらしい。
そこに、本当ならもうとっくに――故郷の世界では五年前に死んでる筈だって言う、朱夏が来るまでは。
朱夏――蓮聖の娘で、龍樹の許嫁だったって言うひと。
この朱夏が来たことで――朱夏と顔を合わせた時点で、龍樹が何故か自分から暴走して、ソーンのあちこちで『獄炎の魔性』って呼ばれてる、まるで強力な魔物とか天災の一種みたいな、凄く強い牙を持ってるあの龍樹になったのだとか。
朱夏と会った後の暴走の仕方も、それまでの暴走とは違ってるとも言っていた。
話の一つもできない状況だと、されていた。
けど。
「…千獣君は、その時の龍樹君とも話せたんだってね」
「……うん」
あの時、あの集落の人たちをたくさん殺した後…だったんだと思う。私も襲われて…それで、戦って。獣じゃなくて人間みたいに、一回だけじゃなく何度か言葉での威嚇もして来た――でも、よく意味がわからなくて。…わからないことを確かめようと思って。その時、少しだけ話をした。…短くだけど、龍樹の方から、 言葉も返って来た。
でも、結局、戦うのを止められはしなくて。最後には相討ちみたいになって。気が付いたら、居なくなってた。
…何故、こんなことをするのか。
「理由……探してる……言ってた」
「その理由ってのが、朱夏に繋がるんじゃねぇか、って話でもありやしてね」
「ええ。龍樹がああなる切っ掛けは、明らかに『今の』朱夏の来訪でした」
「……龍樹も、そう、言ってた」
自分でもわからないけど、朱夏と会った時点でこうするべきだって思って、でもどうしてそう思うのかわからなくて、わかりたくて、知りたくて探してるって。
私は、そう、聞いた。
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エルザードの街中で、夜に『炎を纏う人』が出るって噂を黒山羊亭で聞いて。
噂のそのひとは龍樹と特徴が似ていて、でもそれにしては殺しても壊してもいないって――龍樹の現状を知っているひとは皆言っていて。
牙を持つ相手を自分から捜すなんて変だって自覚はあったけど、前会った時のこともあるから…何となく気になって、私も夜に出向いてみた。…捜すともなく捜してた。
「その時……蓮聖と、初めて、会った」
蓮聖のことは、名前と、龍樹の師匠だってことと、前は黒山羊亭にもよく来てたってことを、黒山羊亭で噂と一緒に聞いていた。
…蓮聖も、龍樹を捜してたみたいで。
龍樹を知ってた――『今の』龍樹と会って、戦いもした――私を気遣ってくれまでして、龍樹にも何かが居るのかって聞いたら、知ってることを、話してもくれた。
「ええ。遠き彼方で龍樹と話した件もその時に聞かせて頂きましたね。驚きましたよ。あの時は」
「……あの時、蓮聖と別れてからすぐ、龍樹にも会った」
噂通りに、本当に居た。…龍樹だった。同じひとだと、その時にはっきりした。
私と蓮聖がしてた話も、聞いてたみたいで。
前に会った時に――戦ってる中で少し話したことを、もっと噛み砕いて、話してくれた。
…それでも、よくわからない、難しい気がする話ではあったのだけれど。
朱夏に関することについては、龍樹の口からはこの時に確り聞いた。
「あの時のあたしたちは、少し遅かった…みたいなんだよね」
「つぅか。…遅い早いってこっちゃぁなくてよ。千獣の姐さんから話聞く限りァ、あの野郎――おれと舞姫様に気付いて逃げたみてぇだったと思うがね。それどころかそもそもが…蓮聖様と千獣の姐さんとの話を聞いていながら、蓮聖様が消えた後に顔出したってんなら…おれたちたァ顔合わせる気が無ぇ、ってこったろ」
…うん。
そんな感じ、だったと思う。…蓮聖のことも、舞のことも、慎十郎のことも、避けてたみたいな。
レーヴェもヴァルスも、噂にあった『炎を纏う人』については心当たりがあったみたいで。
でも実害らしい実害は無かったから、ただのよくある奇談の一つって扱いで、騎士団の方でも対処は後回し…って言うか、殆ど、対処の必要が無いこと、って扱いになってた、らしい。
「…。…だからこそ、あの時は…今なら捕まえて話できるかもって思ったんですよね。龍樹さんと」
今なら、牙を剥いて荒れ狂ってるわけじゃなさそうだから。噂の通りなら、会えさえすれば聞く耳がありそうだから。…そういうことだろう。
「ま、そうは言っても難しいたァ思ってたんだが。…だからあン時ァ千獣の姐さんに根掘り葉掘りやたらと訊いちまう羽目になった」
そう。この時、龍樹と話した時のことを、舞と慎十郎の二人にたくさん訊かれた。
初めて会った二人だったけど、龍樹のことを凄く心配してるんだって、よくわかった。
…だから余計に、龍樹は、あのままでいちゃいけないんじゃないのかなって、そうも思った。
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慎十郎とは、違う夜にも会ったことがある。
…たぶん、どこかへと「狩り」に――誰かを殺しに行くところだった。前に会った時――舞と居た時とは全然違う印象で。…私は、舞とか蓮聖とか…龍樹を止めたい、連れ戻したい側に居る慎十郎が「そう」するのはよくないんじゃないか、って、周りの獣をみんな警戒させる形でその邪魔をして、逃げた。…私に振りかかる火の粉があるわけじゃなかったのに。そんなことをした。
逃げた後、私のしたことは良かったのか悪かったのか、いっぱい、考えた。…考えても考えても答えは出なくて、人間って、難しいって改めて思った。
その後のある日、日中の、賑やかなエルザードの街中を歩いてた時に、大切な耳飾りの留め具が壊れた。それで、直してくれそうなお店を探してた時。店から出て来たひとが、腕がいいって感心してた、看板の無い店があった。…覗いてみたら慎十郎が居て、ちょっと驚いた。何か、悩んでいるような貌をしてた。「狩り」の邪魔をした相手だったから、怒ってるのかもって、少し、気が退けた。でも、私だってわかってもお客として招いてくれて、耳飾りのことを知ったら、すぐに直してくれた。
…普通に、職人さんだった。だから、あの夜の「狩りに出てた時の貌」が凄く疑問に感じた。人を殺してもいいものなのか、殺していい人とだめな人がいるのか、慎十郎の周りのひとはどう思うのか、訊いてみた。
…殺していい奴なんか居ないってきっぱり言われた。
周りも、殺すの良くないって思ってるだろうとも言った。でも、良い悪いの問題じゃないとも言っていた。何か慎十郎にとってのわけがあるらしくて、それで「狩り」に出向いてるのだともその時に聞いた。…そう聞いたら、邪魔をしたのが悪かったのかもって思った。でも、職人さんなのに――食べるための手段が別にもちゃんとあるのに、それでも「狩り」をするのは周りのひとを、悲しませることになるんじゃないのかなとも同時に思った。
…やっぱり人間って難しいって、思った。
龍樹の話にも、なった。
人も獣も超えてるみたいな、どこまで殺すのかって思うくらい、次元の違う殺し方。ここに来た時、慎十郎が悩んでるみたいな貌をしてたのも…龍樹のことをずっと考えてたからだったみたいで、私もそんな龍樹のことが、自分とは関係無いことの筈なのに、気になってしまってるってことを伝えた。
だから、龍樹や…慎十郎が、「殺さなくて済む」ために、何か力になれることがあれば、とも伝えておいた。
何となく慎十郎の顔を見る。
と。
「ちょっといいかい」
…すぐに、皆の話を遮るようにして当の慎十郎に呼び付けられた。
特に断る理由も無いので、慎十郎の言う通りにする。慎十郎は私を連れて、一緒に居た蓮聖や舞、レーヴェやヴァルスからも少し離れた。小声で話すなら皆に聞こえないくらいのところにまで離れてから、私を見る。
何だろう。
「……慎十郎?」
「あん時のこたァ言わねぇでくれるか」
「……「狩り」のこと?」
「ああ。それと店での話な。…ここで言っちまったらあんま上手くねぇからよ」
……?
言ってしまったら上手くない、とはどういう意味だろう。
何だかよくわからない。
…でも、言わないで欲しいと言うことだけは、わかった。
あ。…この場合は、単に、騎士団のひとに言うのがよくない、ってことだったのかもしれない。
私が初めにここに来た時、思ったみたいに。…慎十郎、隠してるのかも。
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騎士団と言えば、エルザードのあちこちで起きてるって言う器物損壊?の事件もあった。
誰かがしたことなのか、何かの自然現象なのかすらよくわからなくて、困ってて、原因を調べて欲しい、って白山羊亭に依頼があったのを私は知っている。
たぶん、騎士団のひとたちも…それなりに調べてることなんじゃないかって思う。
蓮聖も、その依頼より前の時点で、被害の現場を何度も見て回ってるって言ってた。…この件が龍樹と何か関係があるのか、気になって調べてる、って。
事の現場を自分以外にも見て欲しいからって、私にも声をかけて来た。
…だからその時、蓮聖と朱夏と三人で、行ってみた。
龍樹がああなる切っかけになったって言う朱夏は、今は白山羊亭に居て、給仕のお仕事したり、蓮聖と色々話し込んでることが多いらしくて、一緒に居たから。それで、何だか、二人の間は凄く難しい感じで…周りのひとたちにも凄く気遣われてるみたいで。私が声をかけられたのは、この「難しい感じ」を何とかするために、私に間に入って欲しかった、ってわけもあったみたいだった。
見に行ったのは、コロシアムの外の壁が抉られてるみたいになっていたところ。…ここに限らず、どこの現場も人が怪我したり死んだりはしてなかったみたいだけど…いつ誰が巻き込まれてもおかしくないような、ひどい壊され方でもあった。
龍樹かもって、調べてる途中で話には出たけど、龍樹の匂いはひどく薄くて、違うもっと濃い匂いが痕跡に残ってることもわかった。…やったのは龍樹じゃない。でも蓮聖は、関係がある気がするって、そうも言ってて。
蓮聖は、壊してるのは秋白じゃないかって言っていた。
私と初めて会った時の蓮聖が、私と話すのもそこそこに、たぶん追って行ったんだろう匂いの持ち主。妙に虚ろで、不安定な感じがしたあの匂い。…それが秋白なんだって、後からわかったみたいだった。
あちこち壊したのは秋白じゃないかって話は、別の相手からも聞かされたことがあるって朱夏が教えてくれた。
蓮聖から、仮定の話だって強調されて、言われた話もある。
――龍樹が、秋白追いかけてて、それで秋白が反撃して、でも外れて、外れたその反撃が当たった痕跡なんじゃないかって。
その話をした時の蓮聖は、色んな情報からそう仮定してはみたけれど、そう言い切りたくはなさそうで、その仮定を白山羊亭に――依頼したひとの方に持ち帰る気は無かったみたいだった。
…だから、この話も、さっきの慎十郎みたいに、今は隠しておきたいことになるのかなって、思ったんだけど。
蓮聖は、話してた。
レーヴェやヴァルスの居る前で。
「…そろそろ、『あれ』が『秋白』と言う名前なのだろうと言い切ってしまっても構わないでしょう」
「! 蓮聖貴様、犯人に心当たりがあったのか! …なら何故今まで言わん!」
と。
レーヴェは蓮聖にいきなり掴みかかった――ジャイアントのレーヴェに乱暴に襟が掴み上げられて、子供みたいに小さな蓮聖の身体があっさり浮いている。…いきなりだったから、少し慌てた。…止めて。レーヴェ。
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ヴァルスと舞と一緒にレーヴェを宥めて止めて、一段落。…蓮聖の身体も無事に下ろされた。
…でも、よく考えるとなんで蓮聖、今、レーヴェにやられるままにしてたんだろう、とも思う。蓮聖なら、掴みかかられた手を透かさせることなんかたぶん簡単なこと。
なのに今、何もしてなかった。
私たちが止めなかったら、たぶん、レーヴェは蓮聖を一発殴り飛ばすくらい、してた気がするのに。
「…なんで」
訊いてみた。…言ってしまってから、また経過を素っ飛ばしてしまったか、と思う。
でも、ヴァルスも同じことを思ったらしい。
「わざと躱さなかったな、蓮聖殿」
「とんだお手数を。…しかし、私の事は放っておいて頂いて構わなかったのですが」
「ってそういうのは良くないです。蓮聖様御自身にも、レーヴェさんにも」
舞の声。…舞も、蓮聖の今のがわざとだってわかってたみたいで。
止められた当のレーヴェは、何やら難しそうな貌で黙り込んでいる。…腕組みして、きちんとわけを話せって言ってるみたいに、蓮聖を睨んでいる。
「…蓮聖様。そろそろ白状してくれる気になった、ってェ事ですかね」
不意に、慎十郎がぽつりと言う。…今、慎十郎は他の皆と一緒にレーヴェを止めに入らなかった。たぶん、放っておいた方がいい、って判断したんだろうと思う。
でも私は、止めたいと思ったから、止めた。
…舞が言うみたいに、放っといちゃ、よくない気がしたから。
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蓮聖は、秋白のことも龍樹のことも、自分のせいだって言い出した。
「先程、私たちの事情にこの世界を巻き込んでしまった、と申し上げましたが、それは誤りなんですよ」
…正しくは、『私たち』、ではなく、『私』の事情です。
漸く、確信が持てたところなのですよ。私が私であろうとするから、秋白が憤る。秋白が憤れば、龍樹が猛る。…この世界を巻き込んでしまったのは、私です。
そんな風に、蓮聖はあっさり言ってくる。
え? と思う。
どういうことなんだろう。
蓮聖が、これまでとはまた違った、よくわからないことを言い出した。
「…ですから、レーヴェ殿には…騎士団には、秋白の事を追わないで欲しい。悪いのは私であって、秋白でも龍樹でも…『今の』朱夏でも無い」
「…何を言っているのだ、貴様」
「ですが、私を騎士団の方で捕らえて頂いても事が収まりはしません。ですから、私の始末は私に付けさせて頂きたい」
どうか、暫しの御猶予を。蓮聖はそんな風に一方的に言い切り、レーヴェに頭を下げる。
でも、いきなりそんな風に言われても、レーヴェだけじゃなくて、たぶん、みんな、困る。
何だろう。
望むこと、目指すところは、そう違わないだろうに、みんな少しずつ、何かを話していなかったり、距離を取っていたり、色々している。
それが、人間で言う配慮だとか気遣いなのかもしれないけど。もどかしくて、わかりにくくて、傍で聞いていて、どうしたらいいのか、どうするべきなのかぐるぐる考え込んでしまう。
人間のそういうところって。
「……難しい」
と。
呟いてしまったところで、皆の視線が一気に私に集まった。また、経過を素っ飛ばした繋がらない話し方に聞こえてしまったのかもしれない。蓮聖も、頭を上げてこちらを見ていた。
だから、言わなきゃ、って思った。
私の、言いたいこと。蓮聖に言っておきたいこと。
人間についてわからないことはいっぱいある。
「……けど……」
今。
確かなことは。
「……巻き込まれた、とか……思って、ないよ……?」
私とか、巻き込んでるって、蓮聖は言うけど。
でも、私は、自分の意思で、聞いて、話して、動いているから。
だから。
「……大丈夫……」
そう、伝えたら。
蓮聖は、ちょっとびっくりしたみたいな貌をして。
それから、小さく微笑って私を見た。
「有難う御座います。千獣殿」
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仕切り直すみたいに、ヴァルスの咳払いが聞こえた。
それで、蓮聖は自分のせいだって言うけど、それは龍樹や秋白の動機?についての話になるんじゃないかって言っていた。直に命じたり手を下して色んな事件を起こしてるわけじゃないんだから、騎士団とかは蓮聖のせいとは受け取らないって。
そのくらいわかってるだろうって、言い聞かせるみたいに蓮聖にそう言ってた。レーヴェも、頷いてた。
蓮聖もすぐに頷いて、やっぱり駄目ですかって、どこか寂しそうに、困ったみたいに苦笑していて。…やっぱり、ってことは、蓮聖の方でも、そう言われるだろうってわかってた、ってことでもあって。
でも。
聞き入れてるって、感じじゃなくて。
何だか、龍樹みたいに――ひとりでどうにかしようって考えてるんじゃないかって、気がして。
なのに、蓮聖は、今日はこのくらいにしましょうかって、話を切り上げようとまでしてて。
…何だか凄く、気になった。
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登場人物紹介
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■視点PC
■3087/千獣(せんじゅ)
女/17歳(実年齢999歳)/獣使い
■NPC
■風間・蓮聖
■夜霧・慎十郎
■舞
□レーヴェ・ヴォルラス
□ヴァルス・ダラディオン
(名前のみ)
■佐々木・龍樹
■秋白
■朱夏
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