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■古書肆淡雪どたばた記 〜本棚は謎でいっぱい■

小倉 澄知
【7348】【石神・アリス】【学生(裏社会の商人)】
 古書店店主、仁科・雪久は本を引き出しその隙間を見やり、小さく唸っていた。
 さらに何事だろうと思わずに居られない勢いで吐かれたため息に、貴方もついつい隙間を覗き込む。
 そんな貴方へと雪久が小さく問いかけてきた。
「……見えるかな?」
 本棚と本棚の隙間には何やら黒く澱んだモノがある。その中に浮かんだ単眼が、こちらをじっと見つめていたのだ。
「なんだかよく解らないのだけれど、ここ数日ここにいてね。一般人のお客さんが怖がるといけないから、出来れば出て行って欲しいんだけれど……」
 一度雪久が触れようとしてみたものの、指先に残ったのは空を切る感覚のみ。彼には触ることは出来なかったらしい。
 因みに、本棚でもこの部分のみ。他の本を引き出した隙間には何もなく、ごくごく普通に奥の景色――更なる本棚が見えるのみだ。
 更に言うならば、本棚の裏側に何かがいて、それがこちらを見ている……というわけでも無いらしい。そうであれば、本棚の裏へと回ればソイツの姿が見えるはずだが、特に何か居るわけでもない。向こう側から覗き込んでも、黒い澱みと単眼が見えるのみ。
「……というわけで、申し訳無いのだけれど、コイツを何とかしてもらえないかな」
 何とか話をつけて退去してもらうのでも、退治するのでも良い。手段は問わないから本棚から出て行って欲しいと雪久は語る。
「それにしても……なんだろうね? これ」
 不気味な単眼は何をするというわけでもなく、こちらをじっと見つめ続けていた――。
古書肆淡雪どたばた記 〜本棚は謎でいっぱい

 学校の帰り道、石神・アリス(いしがみ・ありす)はちょっといつもと違う道を歩いてみる事にした。
 たまには他の道を歩いてみるのも珍しいものが見つかるかもしれない、なんていう気まぐれからだったが、何せ部活も終った後の時間。日は既に落ちて暗くなりつつある。
 帰ったならば母の運営する美術館がらみでやらなければならない事が沢山ある。本来ならばこんな寄り道をしている場合ではないのだが――彼女とて年頃の女の子。たまにはこんな日だってある。
 暗くなった道を歩くうち、横の方から明かりがさした。なんとなくそちらを見やると何時建てられたのかも怪しい古くさいビルがある。一階部分は店舗になっているようで、先ほどこちらへとさしていたあかりはここのものだったらしい。
 アリスはその建物へと近寄る。入り口には木で作られた、これまた古びた看板があり、そこには「古書肆淡雪」と店名が書かれていた。
「……知らない名前ですわね」
 小首を傾げ彼女は店の様子をしげしげと眺める。このビルは一体いつ頃建てられたものなのだろう? 美術方面に造詣の深いアリスはアリスはそれだけに古物や古書方面にも長じている。長らく商いを続けている店ならば彼女の耳に入らない事はありえない。
 少しだが店に対して興味が湧いてきた。
 もしかしたら何か珍しい美術関係の本なんかもあるかしら? と彼女は足取り軽く道に明かりを投げる古書店の入り口へと向かっていく。
 ――それが面倒なものとの遭遇になるとはまったく予測していなかった。

 一見した所、古書店内に人気はなさそうだった。
 彼女がぐるりと店内を見渡すと、レジはあるがそこに店員は居ない。
 周囲の壁面にはみっしりと本が詰まっており、一階から二階にかけては壁面にそって階段がつけられており、中央は吹き抜け状になっている。
 中央部分は何に使うのかちょっとしたテーブルがあり、何故か花の生けられた花瓶が置いてある。
(……量販ものですわね)
 つい花瓶の価値を確かめてしまい考えを振り払う。鑑定眼は確かなのだろうがもはやこれは職業病の域に近い。
 店番すら居ないのかしら? 等と思いながらに彼女はおそるおそる店内に呼びかける。
「こんばんはー」
 内部に入っていくと幾つも並んだ書棚の間に一人の男性を見つけた。恐らく三十代半ばくらいだろうと思しきその人物は妙に真剣な表情で書棚の隙間を見つめている。
 だがアリスも遠目でもわかる。彼が見つめている部分は「隙間」であって、本では無い。
「どうしましたの?」
 書棚の前から動こうとしない男へと声を掛けると彼はようやくアリスに気づいたらしい。
 メガネを指で直しながらに彼は立ち上がりアリスへと挨拶をする。
 だがそれ以上にアリスはようやく本棚の隙間に居たそれに目を奪われた。
 黒い澱みの中にきょろりとした単眼があったのだ。
 それに気づいた店主――雪久はアリスへと問いかける。
「……見えるかな?」
 アリスはこくりと頷いたが――。
 単眼はアリスが動くたびに興味深そうにこちらを見つめてくる。しかもアリスの姿を見た途端に妙に目に力がこもったのが気になる。
 何か新しいものが来たとばかりにキラキラ輝くそれは、彼女としてはあまり気分の良いものではなかった。
(好奇心で何か厄介なものに遭遇してしまった気がしますわ……)
 イヤな予感を覚えつつも彼女は店主の話に耳を傾ける。いつごろからコレが現れたのか、これをどうしたら良いものか悩んでいる事など。
 しかしながら会話の間中もなんとなく視線を感じる気がして落ち着かない。話の腰を折らない程度に本棚の隙間へと視線を投げると単眼はあきらかにこちらをじっと見ている。
 説明を終えた店主の前、アリスは小さくため息をついた。
「やはり、先ほどからわたくし達が会話をする度にこちらを伺っている気がいたしますわね……」
 改めて本棚の隙間に入り込んだ単眼をちらりと見やると、やはりこちらを見透かす勢いでじっと凝視してきている。
「さすがにちょっとイヤだよねぇ……どうしたものか」
 同じく本棚の方を見ていた雪久もため息をついた。だがアリスはそんな彼に対して微笑んだ。
「ですが、なんとなくですがこれの正体、判った気がしますわ」
 それは力強く、不敵な笑みだった。

 それから数日かけて、アリスは古書店の近辺を歩き回った。
 プリントアウトした地図を持って彼女は道を歩いてはそこいらの人を捕まえ話しかける。
「このあたりに凄くリアルな人間の石像を置いてる美術館があると伺ったのですが……」
 笑顔をつくって彼女は問いかける。知って居る、知らないどんな答えであっても彼女は続けてこう述べる。
「その美術館の石像って躍動感があってまるで本物の人間を使ってるみたいに見えると聞いたんです。ですから勉強になるかなと思いまして……」
 沢山の人に尋ね歩いた結果、彼女の問いかけは様々な人が共有する話題となった。
 そこに尾ひれがつき、気づけば「リアルな人間の石像が飾られた美術館を探す少女の話」は「人間から作られた石像を探す少女の話」「人間を石像にしてしまう少女の話」へと変化していった。
 改めてアリスは古書肆淡雪へと向かう。
 先日から近辺には来ていたものの、書店には訪れていなかった。
「こんにちは」
「あ、アリスさん!」
 戸口で声をかけるなり古書店店主が慌ててこちらを向き、座っていた椅子から立ち上がった。彼がアリスの方へと向かってくるより早く、本棚の隙間、単眼が動いた。
 ひよひよと空中を漂いながらアリスの方へと向かってくる。
 思った通りとばかりにアリスは持ってきていた適当なビンをかぶせ、驚いたように浮き上がった隙を見はからい蓋をする。
「はい、これでどうでしょう」
 ビンを雪久へと差し出しアリスはにっこり微笑んだ。
「えっ……? これはどういう……?」
「本棚には居られるという事は、人の手ではダメでも無機物なら触れられるんじゃないかしら? と思ったんですの」
 自体を把握できていない雪久へとアリスは「試してみたら上手く行きました」と笑う。
「それもそうだけど、全く動こうとしなかったのにこうやって出てくるなんてどういう事かとおもってね」
「わたくしたちの会話に興味津々な様子を見るに、何か新しい知識に興味がありそうだと思ったので、エサをまいてみましたの」
「エサ……?」
 数日前から近辺で流した噂は恐らく古書店への来客と、雪久の話などから単眼の元にも何らかの形で届いていたのだろう。
 単眼は噂の出所に興味を持った。途切れ途切れに集まる情報から噂に関係のある人物の外見がアリスと近似している事に気づいたに違いない。
 だからこそ、アリスが古書店にやってくるなり寄ってきたのだろう。
 さておき雪久の不思議そうな顔については笑顔でごまかし乗りきる事にする。さらさら答える気はなさそうな彼女に雪久は問うのは諦め、渡されたビンを軽く持ち上げ覗き込んだ。
「……でもこれ、ここからどうしたものかなぁ」
「古書店に置いてみては如何ですか? 場所を選んで置いておけば上手く使えるかもしれません」
 ビンに中に詰められたソレはやっぱりどう見ても異形の存在。
「……マリモのフリとかさせれば良いのかな? でもあんまりマスコットっぽくも無いよね……」
 どう扱ったものか迷える雪久にアリスは語る。
「監視役にすれば良いのですわ」
「監視役?」
「先日わたくしが初めて訪れた時、あなたは本棚のコレに気をとられていてわたくしが来た事にも気づきませんでしたよね?」
「うっ……すみません」
 途端に雪久が申し訳なさそうな顔に。だが彼女はそれについて咎める事もなくこう続ける。
「仮に入ってきたのが強盗とかだったら、あなたは今頃無事ではありませんでしたよね? ですから、そういった時のための防犯対策に使えるのではないか……とわたくしは思います」
 少々厳しめの言い分だったが一理あったのか彼は言い返さないそれどころか得心したように頷いて見せた。
「なるほど。確かにそれなら便利かもしれないね」
 しかしその後、彼は何か思いついたようにビンとアリスを交互に見やる。
「という事は……アリスさんが持って帰っても使い道ありそうな気はするけれど……? 例えば、」
 雪久に問われてアリスは笑顔で小さく手を振ってみせる。
「お断りしておきますわ」
 レディのたしなみとばかりに大人な態度。
「まあそう言わず」
「いえ、間に合っております」
 大人な態度も間に合わず、年相応な勢いで両手を前に突き出し首を振る。
 全力でのお断りに本当にイヤなんだと見て取ったらしき雪久は軽くゴメンと詫びつつ近くの棚へとビンを置く。
「何か知られたらマズい事とかあるのかな?」
 冗談めかした様子にアリスは一瞬だが真顔になった。
 図星だから、というよりは男の様子に「まさか素性を知る者では?」という疑惑が湧いたからだ。
 今まで彼女の素性を知ったものは全て行方不明となった。探ったものもまた同様。
 彼女の正体を知るものは存在してはならないのだ。
 だが店主は改めて人の良さそうな笑顔を向ける。
「まあ、プライバシーとか人一倍気になる年頃だろうし、やっぱりコレが居たらイヤだよね」
 どうやら考えすぎだったらしいと彼女は心中で胸をなで下ろす。
 だが表面上はもう少しだけ突っ張ってみせる。
「子ども扱いしないでくださいます?」
「ごめんごめん。じゃあ、お詫びというか、こいつを捕まえてくれたお礼にお茶でも淹れるよ。丁度ちょっと良いお茶菓子も買ってきたしね」
 腰に手をあて唇をとがらせあえて子どもっぽく訴えるアリスに、雪久は単眼の入ったビンを仕切り付きの戸棚へと仕舞い込みながら問いかける。
「そういう事でしたら遠慮無くいただきますわ」
 アリスは機嫌を直したようにころっと表情をかえてみせつつ、本心からちょっと笑いそうになっている自分に気づいた。
 大人なのに発言がどこか子どもっぽい雪久がちょっと可笑しい。彼女のまわりの大人は少なくとも表面上はもっと「大人っぽい」人物ばかり。雪久は年頃こそ彼らと同じくらいにも関わらずどこか妙な人物だった。
 面倒極まりない単眼とも遭遇してしまったりしたものの「まあこういう出会いがあるなら悪くないか」などと思いつつ、彼女は勧められた席に座りお茶がはいるのを待つのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女性 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして。ライターの小倉澄知です。
 大人っぽく振る舞うしっかり者と、大人だけどマイペースでゆるい人の対比、みたいな雰囲気になった気がします。如何でしょうか?
 この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。