■あおぞら日記帳■
紺藤 碧
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】
 外から見るならば唯の2階建ての民家と変わりない下宿「あおぞら荘」。
 だが、カーバンクルの叡智がつめられたこの建物は、見た目と比べてありえないほどの質量を内包している。
 下宿として開放しているのは、ほぼ全ての階と言ってもいいだろう。
 しかし、上にも横にも制限はないといっても数字が増えれば入り口からは遠くなる。
 10階を選べば10階まで階段を昇らねばならないし、1から始まる号室の100なんて選んでしまったら、長い廊下をひたすら歩くことになる。
 玄関を入った瞬間から次元が違うのだから、外見の小ささに騙されて下手なことを口にすると、本当にそうなりかねない。
 例えば、100階の200号室……とか。
 多分、扉を繋げてほしいと頼めば繋げてくれるけれど、玄関に戻ってくるときは自分の足だ。
 下宿と銘うっているだけあって、食堂には朝と夜の食事が用意してある。

 さぁ、聖都エルザードに着いたばかりや宿屋暮らしの冒険者諸君。
 あなただけの部屋を手に入れてみませんか?

結果論







 目を開けて最初に見たのは見慣れた天井。キング=オセロットは、サイドテーブルの上にあるタバコに手を伸ばし、まずはゆっくりと長く紫煙を吐き出す。
 灰皿でタバコを消し、改めて気を取り直すと、オセロットはコート羽織り、あおぞら荘に向かうため部屋を出た。
 カランと、ドアベルを鳴らして入ったあおぞら荘は、思いのほか閑散とした雰囲気をかもし出し、もしや誰も居ないのか? と、オセロットは首をかしげる。
 数歩中へと進み、辺りを見回すように視線を移動させれば、景気の悪そうな足音を響かせてアクラが現れた。
「やあアクラ」
「あれ? あ、ああ。そっか、やあオセロットちゃん」
 君が来た理由は分かってるよと言わんばかりの笑顔に、オセロットは肩をすくめるてふっと笑う。
「コールに会いにきたんだよね。行ってみたら? きっと目を覚ましてるだろうから」
 オセロットは、ひらひらと手を振りながら大きくアクビをしつつキッチンへと吸い込まれるように移動していくアクラを視線で追いかける。
「まずはあなたに用事がある」
 コップに水を注いで、何? と言わんばかりの顔でアクラは小首を傾げた。
「その…すまない。アクラに、相当の無理をさせたのではないかと思う」
「待った」
 アクラは、言葉を遮り、ふわり。と、カウンターの間をすり抜けて、オセロットに指を一本立てる。
「ボクはね、基本他人のためには動かないの。コールは友達だ。ボクはボクのためにボクの友達を助けた。その“道具”として君達を使った。それだけ」
 分かるでしょ? と、アクラは少し機嫌悪そうに眉根を上げる。加えて、わざと“道具”という言葉を強調するかのように告げられた言葉に、オセロットはやれやれと微笑む。自分勝手に巻き込んだことなのだから、謝るな。そう言いたいだろうことは理解できた。しかし、それでは収まらない気持ちというものもあるのだ。
「それでも、あの騒動さえ防ぐことが出来れば、こんなことにはならなかったと思わずにいられないんだ」
 軽く目を伏せ、思い返すように静かに述べられた言葉に、アクラはまたふわりと飛んでキッチン内へと戻り、2杯目の水をぐっと飲み干す。
「あれは……」
 少しだけ言いよどむ様に、いや、上手い言葉を捜すような声音に、オセロットは伏せていた視線を上げる。
「いつかは、どうにかしなきゃいけなかった」
 カウンターキッチンの中で、アクラは体勢を変えてオセロットに背を向ける。
「夢馬がコールと一緒にこの世界に落ちた時から、こうなることは、決まっていたんだ」
 だから、謝らないで欲しい、と。きっと、今出来る最良の結果になったはずだと、オセロットに振り返り微笑む。
「逆にお礼を言いたいくらいだよ」
 騒動が起きたことによって、コールの中に燻っていた夢馬も含めて封印することができたのだから。
 そんなアクラの笑顔に、オセロットは少しつかえが取れたような気がして、うっすらと笑い返す。
「たまに考える時があるんだ。もし、コールを狙っていると気付いていたら、どうしていただろう…とね」
 たらればの話でしかないことは分かっているが、コールが夢馬に引きづられるような状況だけは避けられたのではないだろうか。
「なるようにしかならないさ。何事も、ね」
 知っていて、コールを護りきっていたら、今度はきっとコールの中の夢馬をどうするかという問題にぶち当たっていただろう。そして、結果論からすれば、コールの中から夢馬はいなくなり、目覚めもしたのだから、もういいじゃないか。と、アクラは笑う。
「それにしたって、あの夢の中で倒れるほどのことだったんだろう?」
「ああ、あれはね、ほんとボクがちょっとヘマしただけ」
 オセロットを含めた、コールに縁がある人々を本――夢の中に呼び込み物語を紡いでいたことについてならば、其処までの負担ではなかったし、元から本はその類の力を持ち合わせていた。倒れたのは、末の弟だと思い込み、力をむき出しにしたコールに近づいてしまったせい。本当に、光と闇の有石族は面倒くさい。
「では、体調はもう大丈夫なのかな?」
「んー。上々って感じかな。まぁこんなに疲れたのは本当にひさびさ。二度と嫌だけどね!」
 いつもの悪戯っ子の表情に戻ったアクラは、キッチン戸棚からクッキーの箱を1つ取り出すと、ホールへと戻り手近な椅子に腰掛けて、その封を開ける。
「そういえばお茶も何も出してなかったね。何か飲む?」
「気遣いだけ受け取っておくよ」
 いつも誰かが作ってくれるものを食べたり飲んだりしているアクラが、お茶を入れる姿というのも想像しにくい。しかし、それ以上に、そうした持て成しまでさせるのは気が引けた。
「ボクは大丈夫だから、会ってきなよ」
 ボリボリとクッキーを頬張る音をさせながら、アクラはオセロットを見る。
「そうするよ。ありがとう」
 オセロットは軽く礼を述べ、ホールから廊下へと進み、いつもの階段に足をかけた。ふと、何故だかその足が昔よりも重いような気がして、オセロットは一旦足を止める。
 コールの記憶がそのままかどうか、そういえば何も言っていなかった。
 以前、アクラに聞かれたが、実際そういう場面が着てしまった今、本当にその覚悟があるのかと、階段を見つめてしばし考える。
 記憶が残っていたら、それはそれで喜ばしいことだ。記憶が全く無くなってしまっていたとしても、最初から始めればいい。
 オセロットは階上へ視線を向ける。
(やはり、どんなコールであっても、友人であることに代わりはない)
 ただ、彼にかける言葉が少し変わるだけ。そう、それだけのことだ。
 いつもの彼の部屋の前に立ち、コンコンと、扉をノックする。
「開いている」
 中から聞こえた声は、確かにコールのものだ。
 本当に、目が覚めたのだと実感して、オセロットは扉を開けた。
 部屋の窓から外を見つめていたコールの背が、扉が開く音と共にこちらへと振り返る姿が、隙間から垣間見える。 
「ああ、君か、オセロット」
「正解だ。おはようコール」
 前のように“ちゃん”付けでは無くなったことは、確かにあの騒動によって彼に何かしらの変化があったということだろう。
 だが、こうして名前を呼んでくれたことに、オセロットは微笑んだ。













☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら荘にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 コールよりもアクラとまず話すことに重点を置いているように思われたので、思い返しつつ会話をさせてみました。こちらも間を空けてしまったこともあり、懸念されていた内容が違っていたら申し訳ありません。
 それではまた、オセロット様に出会えることを祈って……

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