■【炎舞ノ抄】秋白■
深海残月
【3087】【千獣】【異界職】
 …何者だろう。
 そう思った。
 警戒と言うより、純粋な興味の範疇で。白色の狩衣を纏った童子。竜虎相争う様が描かれた御衣黄の薄い着物――打掛を頭巾のように頭に被った姿。揺らぐ打掛のその隙間からは、見た目の印象通り『童子』の能面が僅かに覗いている。
 聖都エルザードの外れ。他に人の居ない丘。
 荷物と言えば竜笛だけを携えたその童子一人が、そこにただ佇んでいる。
 ふと、その童子が動いた。
 こちらに気が付いたらしい。
 こちらを振り向きながら、するりと紐を解き、面を取る。
 振り向いた素顔は、透けるような白皙の肌に、浮世離れした淡い金の瞳の――やはり、初めの印象通り、被っていた面の種類とも重なる、童子。…行っていて十代前半、その程度の年頃に見えた。
 肌だけでは無く額に僅か掛かる前髪もまた、白い。
 打掛の下に隠されているその白い髪は、少し不思議な――突飛で派手なくくり方で頭後上部に纏められているようだった。
 何か、芸人――異界に於ける吟遊詩人か何かの類かと思う。
 けれど、言い切れはしない。
 白色の童子はこちらを真っ直ぐ見据えて来る。
 それから、静かに語り掛けて来た。

「…ねぇ。貴方は、生命と言うものの意味をどう思う?」

 答えてもらえると嬉しいな。
 どんな答えでも、いいから。
【炎舞ノ抄 -抄ノ漆-】秋白

 いきなり話しかけられて、何となく目を瞬かせた。
 少し、面食らっていたのかもしれない。
 目の前に居たその白い子供が、振り返って、いろんな表情を含んでる無表情……なお面を顔から外して、こっちを見た以上は――これから、話しかけられるのかなってことくらいは、予想もしていたけれど。
 でも。

「……生命の、意味……?」

 さすがに、いきなりそんなことを訊かれるとは、思わなかった……のだと思う。
 生命の意味。
 いのち。
 改めて言われると、言葉にしてしまうと……答える答えない以前に、何だか変な話の気がした。頭の中に、すんなり入って来ない。
 それでも、訊かれたからには、その質問の答えを考えるだけ考えてみる。

 ……。

 生命の意味。
 生きるってことの、意味。
 何て、答えたらいいんだろう。

「…ボク、そんなに難しい事訊いてるかな?」

 私がぼんやり考えていると、その子は今度は……少しだけ、困ったような苦笑をして。
 まぁ、どっちでもいいんだけどね、と軽い調子で……今した質問を、打ち消すみたいにして続けて来た。
 でも、そんな言い方をする割に、何だか本気で答えが聞きたい質問……だったようにも感じた。

 この子は、いったい、何を思っているんだろう。
 どんな答えが、聞きたいんだろう。

「……人間は……何にでも、意味を、求める、ね……」

 考えながら、そうぽつりと漏らしたら。
 何故か、その子は――私のその言葉を聞いて、弾かれたみたいに、びっくりして。
 えっ? って、声を上げて。
 そうされて、私の方も、少しびっくりした。

「?」
「あなたにはボクが人間に見えるんだ?」
「……違う、の?」
「ボクが人間だったら、突然通りすがりのひとにこんな質問しないと思うよ」
「そう……なの?」
「うん」

 頷かれてしまった。
 どうやらこの子は、人間じゃない、ってことらしい。
 でも、私から見ると、人間に見える。
 人間だったら、突然通りすがりのひとにこんな質問しないと思う、って言うけど、私は、むしろ、人間の考えそうな質問じゃないのかな……って気がしたから。
 ……私がそう思うの、間違ってるのかな。
 何で、この子は、今、びっくりしたんだろう。

「……生命に……意味が、ある、意味って……あるの……?」

 訊き返してみた。
 私にとっては、まず、そこから。
 ……さっき、この質問自体が、変な話みたいな気がしたわけを自分の中で考えて。
 生命は、『意味』、って括りをつけるようなものじゃないんじゃないかなって、たぶん、思ったんだと思う。
 だから、自分の身に置き換えて、話してみる。

「例えば……私に、食べられた、生命……食べられる、意味が、あったから、食べられた、の……?」
 でも……みんな……最後、まで、生きようと、していた……私も、そうする。

 それに。

「……意味が、あるから、食べられろって……言われて、も、嫌だよ……」
 何かの、意味が、あっても、受け入れ、られない、ものも、あるし……逆に、無意味、な、命、だと、言われても……命は、命を、生きようと、する……私は、そうする。

「……それじゃ、ダメ、かな……?」

 質問の、答えとして。
 説明の仕方をたくさん考えて、頑張ってそこまでを続けて、その子に言ってみる。
 私が思ったことを、とぎれとぎれに、だけれど。

 そうしたら、その子は。
 何だか、うらやましそうな貌で、私を見た。

「幸せな、ひとだね」
「……幸せ?」

 私が、ってこと?

「そうだよ。生命としてちゃんと生きる事を許されてるからこそ、今みたいな事を当たり前みたいに言える」
 ボクは、それが酷く羨ましいよ。

 その子はそう言って、何だか寂しそうな――同時に、表に出していない部分で何かすごい不満が溜まってるみたいな感じで、儚く微笑って見せていた。……言い方が乱暴なわけじゃなかったけど、なんだか、羨ましいって吐き捨ててるみたいな気がした。思い切り笑ってるわけじゃなかったけど、何だか、笑い飛ばそうとしているような気がした。すごく静かな反応だったけど、それでも強がりの態度だったみたいな――複雑な、難しい感情表現な気がした。

 それを、私に見せていた。

 ……とりあえず、あんまり、いい感情がぶつけられたわけじゃない気がした。
 でも、私の方は――それで嫌な気分になるより先に、疑問が渦巻いた気がした。
 私にとっては当たり前にしか感じないことを、この子は、私が言いたいことを「確り理解した上で、そうじゃないって言って来た」気がしたから。
 人間相手だとたまにある、喋ってる言葉は同じなのに、考えてる根っこのことが違い過ぎて、初めから内容が通じない、とかの悲しい感じは全然しなくて。この子の場合、わかってて、わかってるのに「自分は違う」って言ってるみたいな。
 何でだろう。

「あなたは……ちゃんと、生きてないの……?」

 訊き返してはみたけれど、これじゃ、自分でも言っていることがなんだかよくわからない。
 ……『ちゃんと生きることを許されているからこそ、当たり前みたいに言える』。
 なら、その逆は……ちゃんと生きることを『許されない』ってことなのかな?
 それって、どういうことなんだろう。

 ……そんな命って、あるのかな。

 少なくとも私は、知らない。
 そういう難しいことを考えて、言うのは、人間くらいじゃないかって、私は思うのだけれど。

「…。…ボクは、「ちゃんと生きてない」と思ってるんだけどね?」
「でも、今、あなた、私の前、居る、よ……?」

 いきものとして、目の前に居ると思う。
 ……実体がない幻だとか、そういうことは、たぶん、ない。

「あー…そっか。まぁ、確かに今あなたの前で実体は作ってるけどさ。それを根拠にされちゃうとなぁ」
「?」
「…そうだなぁ。幸せなおねーさんにもわかりそうな例え方してみると、ボクは『実体でできた幻』みたいなもの…って言うかさ」
「??」

 説明?されたら余計にわからなくなった気がした。
 何だか、正反対のことを言われているような。
 却ってよくわからなくなったから、また、訊き返してみる。

「どういう、こと……?」
「どう言ったらいいのかな。…ボクは元々は普通に『生きて』たんだよ。おねーさんが言うみたいに。意味なんて考える必要がないくらいに。でも、ある日突然、『幻になれ』って無理矢理押し付けられた感じかな」

 今のボクはもう、あなたみたいな、ちゃんとしたいのちじゃないんだよ。
 …だから、ボクはここに来た。
 ボクがそんな貧乏籤引かされる羽目になった元の奴に、恨み事の一つでも言いたくて――意趣返しの一つもしたくてさ。

 この子は、それこそ当たり前みたいに、そんな風に言って来る。





 ………………その相手が、蓮聖ってことなのかな?





 ふと、そんなことを思ったりした。

 だって、たぶん。
 この子の、この『匂い』は。
 あのときの。
 ……あの夜に、蓮聖が後を追いかけて行ったんだろう相手――どこか歪な、不安定さを感じる、でもその時には特に気に留まることもなかったくらい目立たない気配の持ち主の『匂い』とか、エルザードの街中で、たぶん、「風」に属するんだろう何かの力を使って、色々壊されてた痕跡に残ってた『匂い』とか――それら両方の『匂い』と、同じ。
 と、言うことは。

「あなたは……秋白……?」
「ああ…そうだったね。…あなたもボクを知ってるひとだった」
「知ってる……うん。匂い……一緒」
「匂い?」
「うん。直に、会って、話すのは、今が、初めて、だけど……」
 知っては、いる。
 あと、エルザードで、コロシアムの、外の壁、とか、壊されてた、痕跡に、匂いが、残ってたり、も、したし。
「同じ匂い、だったから」

 そこまでを伝えてみる。
 と、またちょっと、びっくりされた。

「そのくらいの匂いでわかるんだ。凄いね。…ううん、さすがって言うべきかな?」
「……?」
「そうだなぁ…あなたの中の、獣の力…それとも、野生で研ぎ澄ませれば人間でもそうなれる、ってところかな?」

 緩く小首を傾げながら、興味深そうにこの子はまた私に質問して来る。……半分、自問しているようにも見えた。私に訊いてるだけじゃなくて、自分の中でも、答えを考えてるみたいな。
 ……私の中の獣の力。私自身の人間として?の力。……確かに、どっちでもあるんじゃ、ないか、とは、思う。
 私の中の獣も、だし、私本人も、獣、だから。……獣、でもあるから。人間だとも言われるし、魔でもあるし。でも同時に、そのどれでもない、とも思う。だから、私は、そのことについて、色々、たくさん迷って、考えてて。
 今も、考え続けている。
 だから、人間でもそうなれるかどうかと訊かれても。
 わからない。
 ただ。

「……私は、そう」

 だとしか言えない。
 他のひとがどうかは知らないけれど。少なくとも私は、匂いでわかる。
 そう答えたら、この子は――ふぅん、って軽く唸るようにして、頷くみたいに少し顎を引いた。それからまた、どこか頼りなさそうに――今度はさっきと逆に、緩く小首を傾げて見せる。
 それから、何か気になることでもあったのか、私の顔を下からじーっと覗き込むようにして来た。
 何だろう、と思う。
 思いながら、私もこの子の顔をじーっと見返した。

 ……この子が、秋白なら。

「えっと……私も……ひとつ、質問、して、いいかな……?」
「あ、うん。どうぞ? …と、そうだった。ボクが秋白かってまず訊かれてたね。その通り。間違いないよ。おねーさんにはボクの質問にちゃんと答えて貰ったんだから、こっちもちゃんと答えておかなくっちゃね」

 やっぱり、秋白だった。
 確かめられたから、私も名乗っておく。
 人間は、相手を呼ぶための名前がないと、不便だった……と思うから。

「私……千獣」
「せんじゅ?」
「うん。……千の獣で、千獣」
「ああ、そういうことなんだ。それで千獣おねーさんか。…おねーさんさ、あいつとも会ってるよね」
「あいつ?」
「ボクが誰より苦しめたい相手だよ」
「……」

 蓮聖?

 この前、蓮聖から、蓮聖が蓮聖だと秋白が怒るって、聞いた。
 ……だから、秋白が言うその『相手』って、蓮聖のことなのかなって、思う。

「……蓮聖が、蓮聖だと、どうして、あなたが、怒るの……?」
「…。…おねーさん、そんな事まで聞いてるひとなんだ?」
「うん……蓮聖が、言ってた」

 私が私であろうとするから、秋白が憤る、って。
 口に出した途端、秋白は、なんだか、すごく不機嫌そうな感じで、鼻で笑った。

「は。そんな事、今更口に出されたってしょうがないのにね。それでもわざわざ言うなんて、ずるいよ全く」
「……ずるい?」
「そう。わざわざ口に出すって事は、何処かの誰かに「そうじゃない」って否定して欲しいとか、許して欲しいとか、抱え込んでるものを吐き出して自分の気持ちを軽くしたい、とか思ってるって事になるじゃない? それもあなたみたいな、ボクとの「事の次第」を知らない人にわざわざ聞かせるなんて、ずるいよ」

 秋白は、すぅっと目を細めながら、そう言う。
 ……でも、と思った。

 蓮聖は、長い間、その事をずっと誰にも話そうとしなかった。何か言わないでいることがあるって私たちには見えていて、話してくれって皆から言われていて。最近になって、漸く諦めて、話していた……みたいな。
 私がその話を耳にした時は、そんな感じだった。
 だから、秋白が言うみたいな……「そういう」話とは、ちょっと、違うんじゃないのかなって、思う。
 進んで、じゃなく、仕方なく、話してた感じだったから。
 ……本当は、話したくなかったんじゃないかって、気がした。
 でも、言わなきゃ、周りの人たちに、悪いって、思ったんじゃ、ないかって。

 ……そう、思ったのだけれど。
 どう話したら上手く伝えられるかがすぐに出て来なくて、私のこの考えを口に出して話せないでいたら。

「ボクの持ってた立場は全部、あいつに奪われた」

 不意に、呟くみたいにしてそう言われた。
 あいつ。
 ……この秋白が、吐き捨てるみたいにそう呼ぶのは、蓮聖のこと、だろう。

 蓮聖に、秋白の立場が、全部、奪われた?
 どういう、ことだろう。
 ひとが奪えるような、立場って……。

「……縄張り、とか?」

 ってこと、かな?

 とりあえず、私も私で、秋白の言っていることを、わかろうと努めてみる。
 私が噛み砕いて考えると、縄張りのこととか……になるのかな、って気がした、から。
 だから、そう言ってみたら……秋白はまた、少し考え込んでいるみたいだった。

「そんなものかな。…うん。例を挙げて説明するなら、そんな感じが近いかも。
 あいつは『自分の縄張り』を捨てて逃げたんだ。でも、その『縄張り』は誰かが守らなきゃ皆が困る――でも誰にでも守れるって訳じゃない『特別な縄張り』でもあったんだよね」
「……特別?」
「そう。うーん…その縄張りを守るには、『縄張りのボスの資格』…みたいなのが要るとでも言えばいいのかな? まぁ、おねーさん向けに言うとそんな感じなんだけど」

 縄張りのボスの資格。
 確かにそれは、要ると思う。……縄張りを守る力がなければ、縄張りのボスではいられない。
 今、秋白が言っているのはそういうことなのかなと、私は一応理解しておく。
 間違っているのかも知れないけれど。
 それでも一応、説明しようとしてくれているのだから。
 秋白は、半分独り言みたいな感じの話し方で、考えながら、話を続けている。

「…ちなみにボクはそれとは全然別の、何の接点も無いような縄張りがあって、そこで一族とか仲間と普通に暮らしてた。なのに、あいつが捨てた『縄張り』を守れるのは、その資格があるのはボクだけだ、っていきなり押し付けられることになった」
「ボスの、代わり……」

 それは、怒ることなのだろうか、とぽつりと疑問が浮かんだ。
 新しい縄張りの新しいボスになるのなら、その分、色々な取り分が、増えるんじゃ、ないのか。生きるのに、有利になるんじゃないのか。
 ……そんな気がするから。

「なら……取り分とか、増えない……の?」
「要らない取り分は増えたよ」
「要らない、取り分……?」
「扱い方がわからない――扱いたくないような取り分が凄く増えた。その『特別な縄張り』のボスをやるには、ボクがそれまで生きて来たのとは全然違ってる習性に合わせなくちゃならなくてね。扱い方もあやふやな取り分を扱う事もその一環。その代わりに、今まで暮らしてた馴染み深い元の縄張りからはボク一人外されて、ボクは一人でその『扱いに困る取り分』だけで生きて行けって事になった…って感じかな」
「大変そう……だね」
「そう。で、何が何だかわからないながらもボスの代わりを務めるようになってさ。暫くしてこの『特別な縄張りのボスが何たるか』が少しずつわかって来たら――元のボスがどれだけ自分勝手だったかもわかって来て、頭に来た」
「勝手……。……逃げた……ってこと?」

 蓮聖が。

「そう。…あいつは自分が逃げたら自分以外の誰かが『自分の代わり』にされる事を知っていた。『特別な縄張りのボスの立場』なら、『そうなる事』を充分過ぎるくらい知っていた筈なんだ。知っていた上で勝手を通して――勝手に、生きようとした。だから今のボクが『こう』なのは全部あいつのせい」

 ……。

 色々、私に寄せて例えた話をしてもらった……のだろうけれど、それでもやっぱりよくわからない。
 何でだかよくわからないけど、どうしても守らなきゃならない、って言うその『特別な縄張り』が、たぶん、すごく生き難い縄張りで。
 その縄張りを蓮聖が捨てて、蓮聖が捨てたから、その縄張りのボスになれる資格をたまたま持ってた秋白がそこのボスを押し付けられた、ってことなのかな。
 押し付けられて、押し付けられた結果、秋白が元居た「元々の縄張り」の仲間と秋白との繋がりも、断たれてしまった、ってことなのかもしれない。
 少なくとも私には、そう理解できた。

 できたけど。

 ……それは、勝手なのかもしれないけど。
 こう言ったら、誤解、されてしまうかもしれないけど。

 勝手なのは、悪いことなのだろうか。
 勝手に生きようとするのは、悪いことなのだろうか。

 あくまで、今話してもらったことからの、私の理解なのだけれど。
 守ってなければ皆が困るだとか、誰かの、何かのための縄張りだとか、難しいことは、よくわからない。
 でも、自分が持っているのが生き難い縄張りであるなら、私だって捨てるかもしれない。他の縄張りを、探すかもしれない。
 いきものは、生きるために生きるんじゃ、ないんだろうか。
 生き難いなら、少しでも生き易いようにしたいって、考えるんじゃないだろうか。
 誰かを、何かを犠牲にしても。
 ひどいって言われても。
 誰かの、何かの恨みを買っても。
 自分が生きるためなら、それは、当たり前のことになるんじゃないだろうか。

「そうだよ」

 ……!

 そこまで考えてた心の中が読まれたみたいに、いきなり言われた。
 秋白が、私を見ている。

「だから、ボクがあいつを恨むのも、当たり前ってことになるよね? やり返したいって思うのも、勝手だし自由な筈だよね? 他の誰に、何を言われる筋合いも無い」
「……うん」

 そういうことなら、その通りなんだと思う。
 でも。
 心の中の何かが、違うとか、駄目だとか、言っている気がした。
 ……私の中の、人間の部分が、かな。

 何となく、そんな気がした。
「そう」だってただ頷いて、この秋白を放っておくのは、よくないんじゃないかって。
 余計なことなんだろうけど、何故か、そんな気はした。

「まぁ、今はいいや」

 ?
 何が?

「ボクの事、そのままわかってもらえたっぽいのは、初めてかもしれないから。それだけでも何だかちょっと気が晴れた」
「? ……そう、なの?」
「さっき言ったじゃない。抱え込んでるものを吐き出すだけでも気持ちが楽になるって」
「それ、蓮聖の……」
 蓮聖が言ってたことの話をしている時に、秋白が言ってたこと。
「誰にだって当て嵌まる事だよ。わかってもらえたな、って思えたら、ただ口に出すだけより、もっといい」
「……うん」
 それは、私もそう思う。
「ボクの事を想って、心配してくれる優しいひとはいたけど、そのひとは多分、ボクが「したい事」を通すのは、悲しむひとなんだよね。だからさ」
「うん」

 それも、わかる気がした。

 私にも、そういうひとがいる。
 ……私が、人間じゃなくて、野生の生き方を通してしまうと、悲しい貌をすることがある大切な人。それは、細かい事情は全然違うと思うけど、それでも、気持ちだけは、近いのかも知れない……と思う。

 そう思ったら。
 秋白は、微笑っていた。

「いきなりだったのに、付き合ってくれて、ありがとね」
「?」

 不意に、お礼。
 言われた途端に、淡い黄色の布がふわっと風に舞うのが見えた。秋白が頭に被っていた着物だってわかった。それで私の視界が遮られた……と思ったら。
 次の瞬間には秋白の姿は消えていた。
 後には気配も匂いの痕跡も、無かった。だから、瞬間移動みたいなのとも、なんだか、違う気がした。

 ちょっとびっくりするぐらい、唐突過ぎる、消え方。
 秋白が、自分が『実体でできた幻』って言ってたことが、頭に浮かんだ。





 ……やっぱり、私では、秋白の言うこと、何もわかってないのかもって、少し、思った。

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 登場人物紹介
××××××××

■視点PC
 ■3087/千獣(せんじゅ)
 女/17歳(実年齢999歳)/獣使い

■NPC
 ■秋白

(名前のみ)
 ■風間・蓮聖

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