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■【楼蘭】百花繚乱・詞華■ |
紺藤 碧 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
天には、世を支える四の柱があるという。
四極と呼ばれるその柱には、世に起きた数多の事象が刻まれゆく。
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【楼蘭】百花繚乱・詞華 −導−
千獣は蓮を連れ、瞬・嵩晃の庵を後にする。時々振り返り瞬の事を思うも、表情よりどこか距離を置かれたような背中ばかりが思い出されて、拒否はされていないのに、この手が届かないもどかしさばかりが胸にこみ上げてきた。
それに、あの邪仙は言っていた。これが始まりだと。何の始まりなのかさっぱり分からないし、それを誰も言ってくれないから、疑問ばかりが増えていく。
門が在ったと思われる方向に顔を上げるも、やはりその門は見えなくて、それでもそこに開いたまま存在している事実は変わらない。
門が閉じればいいかと言われれば、それが本当にいいことなのかどうか分からないけれど、そうすれば蓮に邪仙の影響は出なくなることは確かなような気がする。だって、今まで閉じていて、この地上と天界の交流は全く無かったのだから、きっとそうに違いない。
「どう、にも……でき、ない……」
瞬に言われた言葉が頭の中を駆け抜ける。どうにかしたいことだらけなのに、どうにもできない。自分にできることが限られていることは、充分分かっている。かといってこのまま成り行きを見守り続けるなんて――嫌だ。
けれど、瞬かはらきっと、これ以上の話を聞くことは難しいだろう。
誰か、話を――。
ふと千獣の頭に一人の仙人の顔が浮かぶ。
千獣は蓮を抱えると、姜・楊朱の洞に向けて翼を広げた。
洞の前に降り立ち、その中へと入ると、まん丸な瞳が千獣と蓮を出迎えた。
「お久しぶりなのですよ!」
「元気、に、してた……?」
姜の弟子である狸茱は嬉しそうに二人の周りをくるりと廻って、「お師匠様〜」と、奥へと無邪気に駆けていく。その姿をゆっくりと追いかけるように、千獣は洞を進んでいく。
「姜……こんにち、は……。蓮、も、挨拶……して?」
ぎゅっと千獣にしがみついていた蓮は、姜をじっと見上げ、千獣を見返すと、おずおずと歩み出た。
「こ…こんにちは」
「これは大きくなりましたね」
姜は、小さく頭を下げた蓮に目を細め、薄っすらと口元だけで微笑む。
「蓮……大きく、なった、よ……でも、今日、は……」
「天上の門が開きましたね」
千獣の言葉を待つことなく切り替えした姜に、千獣ははっとして顔を上げる。
「おや、その事かと思いましたが、違いましたか?」
違うという言葉に千獣は大きく首を振るが、それではどちらに対しての返事なのか分からないことにはっと気がついて、言葉を発する。
「違わ、ない……!」
そして、蓮を連れて天界へと行ったこと、そこで動かない邪仙に出会ったこと、帰ってきて瞬の身に起きている(聞いた限りの)ことを姜に話した。
たどたどしく、まるで話しながら状況を整理しているかのような千獣の言葉が終わるのを、姜はゆっくりと待つ。
「……そうですか」
そして、何かを考えるように口元に手を当て、一度ゆっくりと瞬きした。
「私は、あいにくと天上界には詳しくないのですよ。そもそも私と瞬憐は成り立ちが全く違うのです」
邪仙や妖怪、争いのある地上は、永遠の安寧が約束された天上と違い、『死』が存在する。仙人とは不老長寿であって、不老不死ではない。この不老不死が、天上には存在する。
「けれど、彼は何時から邪仙だったのでしょうね」
姜は直接顔を合わせたことは無かったが、彼の名前を知らないわけでもなかった。ずば抜けた才能を持ち、古くからの仙人とも親交を持つ、有望株だったはずだ。
「それ、は、考えたこと……無かった……」
始めから邪仙になるために、仙人の修行を行うわけではない。彼とて最初から邪仙だったわけではなかった。
もし、最初から瞬を利用して天界へと行くつもりがあったのなら、“今”じゃなくても良かったはずだ。もっと前に、チャンスは幾らでもあったように思える。何かしら、天界へ行きたいと渇望するような何かが、彼の身に起こったのだ。
彼が、邪な道へと歩み始めた切欠は――何?
「ねえ……桃、が……門、閉じたの、遥か昔って……言って、た……。遥か昔って……どれ、くらい?」
瞬や姜、邪仙の姿を思い出しても、遥か昔と言われてもピンと来ない。仙人が長寿だということは知っているが、千獣だってそれなりに長く生きている。それよりも長いことは確かだが、実際どのくらいなのか検討も着かなくて。
「蓮を若葉、狸茱を若木とするならば、瞬憐は、貴女がいくら両手を大きく広げようと、抱き込むことはできない程の大木」
木は、その年輪が樹齢を表すと聞いたことがある。長い年月経てば経つほどその幹は太くなり、その年輪は幾重にも重なると。
「そんなに、昔、の、ことなの……?」
千獣だって年齢と比べて若い容姿をしていることは分かっているが、それでも、瞬や姜、邪仙の姿だけを思えば、そんな昔の話ではないような気がしてきてしまう。
そんな大昔に門が閉じてしまったのならば、あの邪仙がどれだけ長い時間父親への思いを持ち続けていたのか、考えるだけで切なくなってくる。
どうして、邪仙の父親は、門が閉じる際に彼を連れて行ってあげなかったの?
そんな思いばかりがこみ上げてきた。自分だったら、蓮を置いていくことなんて絶対にしないのに。
もし、門が閉じたことが切欠だったとしたら、余りにも悠長だ。それは違う気がする。父親に置いていかれたから? それだってタイミング的には門と被る。
なら、何が理由? 何が起こって、彼は事を起こしたの?
それが分かれば、邪仙の呪縛から蓮を解放してあげられるのではないだろうか。
考えるように少し顔を伏せた千獣は、はっと思い出したように姜を見上げる。
「瞬、の、毒……取る、とか、薄める、とか、できない、の……?」
そういえば、瞬は、天人の血とやらに蝕まれていて、それが毒だというのなら、どうにかできないだろうか。天人の血が何か分からないけれど、力が強いなら抑えることも出来るような気がする。
「残念ながら、それも私の手に余るのですよ」
「そう……」
千獣は力なくうな垂れる。これでは本当に何もして上げられない。そんな落胆した様子を蓮が心配そうに見上げてくる。千獣は、見つめる瞳を心配させまいと、薄く微笑んだ。
「彼の兄弟には、会いましたね?」
話の繋がらない質問に、千獣は目を瞬かせるも、頷いて答える。
「あの方に尋ねたほうが良いでしょう」
瞬の兄弟で、姜があの方と呼ぶ人物は、千獣達を天上の門まで案内してくれたあの青年で間違いないだろう。
確か名前を悠と言っていただろうか。あの時は瞬が呼んでくれたから、応えてくれた。どうやったら、あの人に出会えるだろうか。
「どう、したら……」
あの人がいつも瞬の側にいるとは限らないし、会えるまで瞬の下で待つというのも迷惑がかかる。
余りにも考えすぎて、どんどん眉間に皺がよっていく。その様子に、姜は微かに笑みをこぼす。
「回りくどく考えず、素直に伝えてみては?」
会いたい――と。
だが、単純に会いたいだけでは、悠の方が首を立てに振らないかもしれない。難儀な兄弟である。
「そう、する……。瞬、に、無理、させたくない、けど……聞いて、みる……!」
それで少しでも現状を良い方向に持っていけるなら。
「姜……ありが、とう」
「いいえ。私は実質何もしていませんよ」
千獣の口から現状を聞いただけ。
しかし、千獣はゆっくりと首を振って、姜に微笑む。
「話し、て、良かった……」
姜はそれでも道を示してくれた。だから、何もしていないなんて事はない。
「瞬、の、所……もう一度、行って、みる……!」
「ええ、それが良いでしょう」
行くと決めた千獣と蓮を見送って、姜は洞の入り口まで二人を見送る。その後ろを例に漏れず狸茱が追いかけ、
「今度は狸茱ともいっぱいお話してくださいなのです!」
と、ぎゅっと蓮の手を握ってから、手を振った。
蓮を抱きしめ、千獣は翼を広げて飛び上がり、見上げる姜に再度頭を下げる。
「……“同じ”でありながら、瞬憐が持つものを持たない“彼”は、やはり可哀相な御子なのでしょう」
去っていった千獣の背を見送りながら、姜は小さく呟いた。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
百花繚乱・詞華にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
こちらこそ長くお待たせして申し訳ありませんでした。出来ればこのまま解決までお付き合いいただければ本当に嬉しいです。
それではまた、千獣様に出会えることを祈って……
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