■【楼蘭】百花繚乱・詞華■
紺藤 碧
【3087】【千獣】【異界職】
 天には、世を支える四の柱があるという。
 四極と呼ばれるその柱には、世に起きた数多の事象が刻まれゆく。

【楼蘭】百花繚乱・詞華 −弁−








 千獣はぎゅっとしがみつく蓮にふと視線を向けて、ふっと微笑んだ。
「……蓮……」
「なぁに?」
「友達、に、なった、の……?」
 何のこと? と、言わんばかりに首をかしげる蓮に、狸茱のことを告げれば、今度はよく分からないとばかりに首をかしげる。
「今度、お話、する、約束……してた、から……」
「んー…」
 先ほどとかしげた方向を逆にして、蓮はまた何か考えるように眉根を寄せると、口を尖らせた。
「ともだちって、なぁに?」
 きょとん。と、千獣の瞳が瞬かれる。
「……一緒、に、遊ん、だり……とか……悩み、聞いて、くれ、たり……する、人、かな……」
「それが、ともだち……」
 何度も友達という言葉を反芻する蓮に、いつの間にか蓮には蓮の世界ができつつあるのだなと、千獣は感慨深くその頭を眺めた。








 瞬・嵩晃の庵に降り立ち、姜・楊朱の洞に行く前に言われた言葉を思い出して、手が止まる。けれど、決めたのだ。どうにかする方法を探す、と。
 千獣は庵の戸を叩き、ゆっくりとその戸を開ける。
「……瞬」
「おや」
 もう戻らないと思っていたのだろうか、意外だと言うように瞬の瞳が一瞬細くなり、その後おかえりと迎えられた。
「……瞬……あの、人……に、会いたい……」
「あの人?」
「瞬、を、兄、と……呼んだ、人……」
「木綿と? 何故?」
 瞬の口調は、悠・永嘉と会わせたくないというよりは、単純になぜ今更会いたいと言い出したのか分からない、というような音を含んでいた。
「……知りたい、から」
 何をという言葉は帰ってこず、瞳だけがじっと千獣を貫いている。
「瞬の、血、に、ついても……知りたい、けど……邪」
 仙、と、言いかけて、止める。あの人も最初は邪仙ではなかった事を知ったから、瞬も姜も彼を悪いと思っていないと感じたから。
「……あの、人の、こと……知りたい………あの人が……邪仙、と、呼ばれる、前の、こと……邪仙、と、呼ばれる、ように、なった、ときの、こと……教えて……?」
 千獣の言葉に、瞬はやれやれと言わんばかりに肩を落として、あの気弱な笑顔で天井を見上げて、ため息一つ。
「……最初、は……許せない、だけ、だった……今、でも、……許したく、ない、けど……」
 千獣は知らずに奥歯をぎゅっとかみ締めていた。彼が行った、命を弄ぶような行いを思い出し、自然と胸が痛くなる。
「理由……ある……知って、も、何も、できない、かも、しれない……でも……知らない、ままで、いたく、ない……」
 例え知った過去が一部だけだったとしっても、それを知ってしまったから、ただ許せないと言うだけではダメだと気付いた。
「瞬の、ことも……あの人の、ことも……このままは、嫌だ……」
 すっと目を細めて千獣を見る瞬の瞳は、眠そうに見えながらも真直ぐだ。
「姜だね」
 短く告げられた言葉。千獣は沈黙を返す。それは肯定と全く同じだった。
 どこまで姜は話しただろうかと考えるが、千獣の口ぶりからすると、全くと言っていいだろう。
「そうだね……長くなるから、私は話したくないな」
 それに、千獣が今知りたいと思っていることへの答えは、桃も持ってはいない。答えられるのは、あの時同じ時代を刻んでいた姜と、兄弟である悠くらいだろうか。その姜が、話を早々にこちらに戻したのならば、誤魔化すことなどできなのだろう。
「木綿に聞くという行為は、確かに正しいだろうね。あの子は正確だ。良くも…悪くも……」
 瞬はすっと天井に向けて手を伸ばす。伸ばした手は何かを掴むように握られる。ゆっくりと腕を引くと同時に、瞬が少しだけ年を取ったような容姿の青年――悠が虚空からその場に降り立った。
「どうされました、兄上? 心がお決まりに?」
「いや?」
 何の心が決まったのか会話の意図が見えないが、瞬はあっさりと悠の質問を流して千獣へと視線を向けた。それを追うように悠も振り返り、千獣を見るなり目を細める。何だか居住まいが悪いような気がして、背筋が伸びた。
「話をしてあげて欲しい。“彼”のことを。そこに書かれているままに」
 瞬はそう言って、悠がいつも手にしている書物を指差す。
 案の定、悠は何故? と言わんばかりの怪訝そうな瞳を千獣に向けてきた。
「宝貝人間である、その子のためにも」
 瞬が蓮に視線を向ければ、蓮は萎縮して尚千獣の後ろに隠れる。
「……分かりました」
「お願い、します……!」
 しぶしぶと言った体で了承した悠に、千獣は深々と頭を下げる。
 悠は一度大きく息を吐くと、手にした書物を開いた。

 彼の母は、父が帰ってくると信じていた。
 子を立派に育てれば、父が帰ってくると信じていた。
 けれど、父はいっこうに帰ってこない。
 彼は、ある日知ってしまった。
 父が天人であると、知ってしまった。
 彼は誇らしかった。半分天人であることが。
 半天人は、天号を持つことはない。それが理だった。
 けれど、それを持つ人を見つけてしまった。
 天号を持つ半天人を知ってしまった。
 母と自分が父に捨てたれたと知ってしまった。
 彼は、変わってしまった。

 悠はぱたっと書物を閉じる。
「これはただの記録。心根まで知ることは出来ません」
「……お父さん、に、捨てられ、た……」
 捨てられたという言葉が、千獣の中でチクリと痛む。
「忘れられるわけがない……私に向けられた、彼の眼を」
 瞬は、肩膝を立てた上に頬杖をついて、過去を思い起こすように瞳を閉じる。
「……瞬?」
「もしかしたら、彼を完全に変えてしまったのは、私かもしれないね」
 自分と同じだと思っていた相手と出会ったことで、全く違うと知ってしまった瞬間の絶望。プライドが高ければ高いほど、折れてしまった後の反動は、余りにも大きい。
「それ、でも……やって、良い、事と、悪い、事、ある……」
 本当に、その方法しか無かったのだろうか。無理矢理“命”を作って、無理矢理“扉”を開いたのに、天上界で会った彼は目的を達成できてなかった。
 彼は何故そうまでして父親に会いたいのだろう。
「どうして、捨てた、のか……聞き、たかった、の、かな……」
 千獣のそんな疑問に、瞬は目を細めて優しそうに微笑み、悠はただ瞳を閉じた。
「あの人、は……答えて、くれなかった……」
 それは、千獣が事情を何も知らなかったからだろうか?
 違う。きっとあの人は、何を知っても、きっと何も話してくれない。
「彼は命を生む術が不得手だと知っていたのに……」
 瞬は、桃を生み出してしまった。それが、火に油を注いだのは明白だった。
「それは仕方のないことでしょう。冥下の官司の血族であるのならば、尚のこと」
 悠の淡々とした言葉に、瞬は少しだけ寂しそうな瞳で微笑む。
「……ねえ、悠……もう一つ、教え、て……瞬の、毒……悠、なら……治せる?」
 天人である悠ならば、姜よりもそういったことに詳しいのかもしれない。
「よりにもよって、私にそれを尋ねるのですか?」
「いいんだ、千獣」
 あからさまなほど不機嫌になった悠と、静かに断る瞬。
「……このまま、瞬が、苦しい、のは……嫌だ……悠は、それで、いいの……?」
 二人はきっと方法を知っている。けれど、それを実行させられないのだと感じた。
 悠の望む結末と、瞬が求める結末が違う。だから、この状況まま平行線なのだろう。
「兄上が“それ”を望まれるなら……不本意ですが行いましょう」
 悠の言葉に、瞬はゆっくりと首を振る。
「……どう、して?」
 瞬の血から毒が消えると言っているのに、なぜ断るのか分からずに千獣は言い募る。
「私の血が入れ替わる“事実”を、“無かったこと”にしてしまうからさ」
 それは、天上の門が開くことなく、彼をまた狂気へと戻す道に、他ならなかった。



















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 百花繚乱・詞華にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 たぶん、これ以上分かりやすい言い方をしてくれることはないです。悠の能力はNPC情報をご参照いただければと思います。
 なんか、邪仙がまるで「名前を出してはいけないあの人」みたいな扱いになっていますが、多分仙人達は名前を言ってないって気付いてないですね! よければ後もう1回邪仙に会われることをお勧めします。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……

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