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■とある露天にて■

三咲 都李
【8757】【八瀬・葵】【喫茶店従業員】
「ハーイ! そこのお客さん! ちょっと寄ってってくだサ〜イ♪」
 道を歩いていたら、突然そう声をかけられた。
 周りを見てみたが、どうやら自分だけしかいない。
 苦笑いして、少しだけ付き合うことにした。

「お客さん、タイミングばっちりですネー! わたくし、見ての通りの露天商なのですガー…本日、スんバラシイ品物をめいいっぱい揃えたのデース。見てってください、見てってください〜♪」
 怪しげなサングラス、ピンクの髪の毛に小麦色の肌。
 怪しい。怪しすぎる。
 しかし…その商品とやらを見てみると…何か面白そうなものが色々とある。

 さて、どうするべきか…??
とある露天にて
 〜 路地裏の露天商 〜

1.
「それじゃ」
 買い物を頼まれて喫茶店を出る。
 外は夏というには涼しい風と、秋というには鋭い光に包まれている。目的地までの最短ルートは人通りが多い。そういった道は音が強く激しく高波のように襲ってくる。
 八瀬葵(やせ・あおい)は、諦めて道を変えることにした。
 少し遠回りになるが、少しでも人通りの少ない路地裏を通ることにする。
 人通りが少ない‥‥とはいえ、いないわけではない。葵の姿に見惚れてか、すれ違う人は好奇の目を向ける。その視線を避けつつ、細い道へと入っていく。
 人は苦手だ。笑顔の後ろに悪意のある音を忍ばせる。もちろんそんな人ばかりでないのは承知している。けれど‥‥。
 徐々に下を向く視線。青い空は視界から消えていく。
「お客サ〜ン! 待ってくだサ〜イ!」
 そんな時に聞こえたのはいつかの夏に確かに聴いた音だった。
「‥‥‥‥」
 勝手に足がそちらに向いた。見えてきたのは路地の上に店を広げて、今まさにお客に逃げられていこうとしている哀れな店主の姿。とはいえ、その姿はこの初秋に相応しくない毛皮のコート、長い髪、そして怪しげなサングラス。これは逃げられて当然だ。
 しかし、葵はそんなことを気にすることもなく店主へと歩み寄り膝を折る。
「こんにちは」
「!? お、オゥ! こんにちはデ〜ス!」
 一瞬の動揺を見せた店主はすぐにニカッと笑った。


2.
 名前は覚えていた。
『マドモアゼル・都井』
 いつかの夏の海でお世話になった人だ。何だか色々の印象が強すぎて、また会ってみたいと思っていた。‥‥まさかこんなところで会えるとは思っていなかったが。
「いらっしゃいマセ〜! オーケーオーケー! 何に致しましょうカ〜♪」
 上機嫌ではしゃぐマドモアゼルに葵は考える。
 何を‥‥? 何を求めて俺はここに?
「‥‥話」
「ハイ?」
「あの‥‥話をしにきました」
 口からするっと零れ落ちた言葉に、葵は驚いた。
「話‥‥ですカ〜?」
 マドモアゼルは驚く‥‥というよりは意外そうにその言葉を受け止める。
 なぜ『話がしたい』などと口に出したのかは葵にもよくわからない。目の前に並べられている商品が気にならないわけではないのに、なぜ?
「話‥‥話‥‥どんなお話がいいですカ〜? こう見えてアタクシ、話術にはちょっと自信があるんですヨ〜☆」
 なぜか誇らしげにそう言うマドモアゼルからは、軽やかだけれどもどこか落ち着かない音が聞こえてくる。不快ではない。けれど心が躍るようで不安なようでキラキラしている。
「‥‥不思議な音がする」
 前にあった時もそうだったと記憶していた。言葉に言い表せない不思議な音。聞き覚えのない不可思議な音。
 例えば、普通の人なら何らかの一定のリズムと一定の音の法則をもって奏でる。けれど、目の前のこの人は一定のリズムを持たず一定の音の法則にも従わない。破天荒な旋律。言葉には言い表せない音。
「音ですカ〜? オゥ、音の話とはまた変わった題材ですネ〜♪ アタクシ、和楽器も洋楽器も木魚も大好きなのですヨ〜!」
 不快に感じる人もいるだろう。けれど、葵はその音を不快に思わなかった。
 そう、その音をどうしても例えろというのなら‥‥
「虹、のような‥‥」
「虹!? 虹のような楽器というのは見たことがありませんネ〜‥‥ご存じなのですカ〜?」
 噛み合わない会話も気にせずに、マドモアゼルは音について語る。主には音楽についてだが、時々なぜか話が飛んで目の前の商品についての説明を混ぜてくる。
 そんな会話なのに聞こえてくる音は軽快であったりスローペースになったり、次に何が来るのかことごとく予想が外れる。
「やっぱり不思議だな‥‥」
「そうでショ〜? 不思議でショ〜? アタクシもそう思うんですヨ〜」
 うんうんと頷くマドモアゼルに、葵はハッとする。
 ‥‥全然話を聞いていなかった。
「‥‥思いきり不審者で‥‥すいません」
「? 不審者‥‥というと、アタクシのことですカ〜? ‥‥まぁ、よく言われますけどモ☆」
 葵の謝罪に、なぜか嬉しそうなマドモアゼル。
「‥‥暫く音を聴いていたい」
 一度立ち上がり、葵はマドモアゼルの隣を指差した。
「そこ、いい?」


3.
「そこ? ‥‥ココですカ〜? この場所に座りますカ〜?」
 隣の場所と葵を見比べて首を傾げるマドモアゼルに、葵は頷く。
 突拍子のないことを言ったと自分でも思ったが、思いのほかマドモアゼルは機嫌よくオッケーをだした。
「待ってくださいネ〜‥‥オー、ありました! クッションですヨ〜♪ これで座っても大丈夫ですネ〜♪」
 どこからともなく取り出したクッションを隣に置いて、ポンポンと慣らした後で「ドウゾ〜」と葵を招き入れた。
 なんの変哲もないクッションの上に座らせてもらう。先ほど自分がいたお客側の視界とは別の視界。
「お客サンもそうそう来ませんからネ〜。さて、どこまでお話しましたかネ〜?」
 そう言ってマドモアゼルも座り、また音に関しての話を始める。
「アタクシ、どんな音でも良い音だと思うのですヨ〜。人ごみの音もまるでアフリカの民族音楽のようではないですカ〜!」
 ポリリズム。昔、学校で習った音楽用語が頭をよぎる。
 人の体と人の声が生み出す複数の音の集合体。いくつものリズムに溢れた街中は、そう思えばそう聞こえるかもしれない。
 けれど、葵の耳に聞こえるその音はいつでも不協和音だ。ざわざわとしたそれにはなかなか慣れるものではない。今も表通りから離れているとはいえ、たくさんの人の音が葵の耳には届いている。
「最近は、普通じゃない人に会うことのほうが多いんです‥‥」
「普通じゃない人?」
 マドモアゼルが問い返す。葵は耳を澄ませる。マドモアゼルの音が聞こえる。
「‥‥意外と、能力者ってどこにでもいるんだなぁ」
 自分を含め、たくさんの能力者と出会った。この街のいたる所に能力者が住んでいる。それは安堵でもあり、不安でもあり。
「能力者? 普通じゃない?」
 マドモアゼルが何やら考え込んでいる。
 『普通じゃない』と失礼なことを言った。けれど、素直な心の内だった。それを訂正する気はなかった。
「能力者‥‥というのはちょっとわかりませんガ〜、普通でないことは自覚がありますネ〜! アタクシ、輝きすぎてますからネ☆」
 胸を張ってバーンと言い切るマドモアゼルの音はかつてないほどに激しいながらも不愉快でない面白い音を出す。
 葵は目を細める。
 本当に面白い人だ。何を考えているのかさっぱりわからない。


4.
「デ・ス・ガ! 普通の人がいるからこそ普通でないことが際立つのですヨ〜。光の中では光れませんからネ〜」
 マドモアゼルは葵に向かい得意げに言う。
「光がなければ光れないんじゃ‥‥」
「そうとも言いますガ、木葉の中に木葉を探すと隠しにくいとかヤキイモをしたくなるでショ〜? アタクシもそう思いますヨ〜」
 なんだかまともなことを言っているような言ってないようなマドモアゼルは、なぜかそこでヒソヒソ声を出す。
「アタクシの秘密、知りたいですカ〜? 知りたいですよネ〜?」
 特に答えなかった。多分こちらが答えなくても答えてくれるのが予想できた。
 その葵の予想は当たる。
「そうでショ〜! アタクシの秘密を教えちゃいましょうネ〜!」
 勝手にそう結論付けたマドモアゼルはコートの右前の裏地をバッと葵に見せつける。
「‥‥三連符?」
「ソー! これがアタクシの最終兵器! お手製の三連符ブローチなのデ〜ス!」
 シルバーのアクセサリーだ。少し形がいびつだが、お手製ゆえに仕方がないだろう。
「コレ、アタクシが作ったんですけど‥‥この裏にね‥‥ホラ! ココ!」
 服から外しブローチの裏をわざわざ見せるマドモアゼルの手の中に、何やら小さなボタンが埋め込まれたブローチの姿。
 わずかに首を傾げたような、傾げなかったような葵に向かいマドモアゼルは滝のようにその説明を始める。
「このボタン押すと録音ができマ〜ス。あ、再生はコッチですネ〜。アタクシが作ったわりには割と高性能なんですヨ〜!」
 どこの段階から作ったのか? まさかこの録音機器から‥‥?
「これにアタクシは自分の一番好きな音を入れておりマ〜ス。それを聞くとアタクシ、いつでもフルパワーになれるのですヨ〜!」
 好きな音‥‥? マドモアゼルの好きな音とはどんな音だろうか? 興味があった。
 だがそれを尋ねるよりも早く、マドモアゼルの店にお客が現れた。
「いらっしゃいマセ〜♪」
 マドモアゼルは立ち上がり、接客を始める。ふと時計を見ると、店を出てきた時間からだいぶ経っている。
 そろそろ用事を済ませて戻らねば。
 葵は尋ねるタイミングを完全に失った。
「俺、そろそろ行くよ」
 接客するマドモアゼルにそう声を掛けると、マドモアゼルは慌てた。
「オゥ! お話の途中なのにすいませんネ〜。‥‥折角ですから、アタクシの三連符のブローチを差し上げますヨ〜。お友達の印ネ☆」
 そう言ってマドモアゼルはブローチをコートについていたブローチを外して葵に渡す。
「‥‥これ、大切な物なんじゃ?」
 葵は一瞬戸惑ってそう訊いた。すると‥‥
「フッフッフッ! 実は‥‥」
 ババーン! とマドモアゼルは左前の裏地を見せる。
「こんなこともあろうかと、量産しておいたのデ〜ス!!」
 サングラスで目は見えないが、きっとドヤ顔している事だろう。
 葵はそれを貰っておくことにした。

 用事を済ませ、喫茶店に戻る。
 そういえば、あの時マドモアゼルが渡してくれたのは『一番好きな音』が入っていると言っていたブローチではないか?
 葵は、ブローチの再生ボタンを押してその音を聴いてみた。
「‥‥ふ」
 小さな声が意図せずに出た。
 そうか、これがあの人の好きな音なのか。やっぱり面白い人だ。

 葵が聴いたその音は、マドモアゼルの名を誰かがただ呼んでいる声だった‥‥。


□■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8757 / 八瀬・葵 (やせ・あおい) / 男性 / 20歳 / 喫茶店従業員

 NPC / マドモアゼル・都井 / 両性 / 33歳 / 謎の人


□■         ライター通信          ■□
 八瀬 葵様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度は『とある露店にて』へのご依頼、誠にありがとうございました。
 マドモアゼルとのお話はいかがでしたでしょうか?
 少しでもお楽しみ&お気に召していただけたら、幸いです。
 なお、アイテム『三連符のブローチ』を贈らせていただきました。
 ご依頼、ありがとうございました!