|
|
■あおぞら日記帳■ |
紺藤 碧 |
【2470】【サクリファイス】【狂騎士】 |
外から見るならば唯の2階建ての民家と変わりない下宿「あおぞら荘」。
だが、カーバンクルの叡智がつめられたこの建物は、見た目と比べてありえないほどの質量を内包している。
下宿として開放しているのは、ほぼ全ての階と言ってもいいだろう。
しかし、上にも横にも制限はないといっても数字が増えれば入り口からは遠くなる。
10階を選べば10階まで階段を昇らねばならないし、1から始まる号室の100なんて選んでしまったら、長い廊下をひたすら歩くことになる。
玄関を入った瞬間から次元が違うのだから、外見の小ささに騙されて下手なことを口にすると、本当にそうなりかねない。
例えば、100階の200号室……とか。
多分、扉を繋げてほしいと頼めば繋げてくれるけれど、玄関に戻ってくるときは自分の足だ。
下宿と銘うっているだけあって、食堂には朝と夜の食事が用意してある。
さぁ、聖都エルザードに着いたばかりや宿屋暮らしの冒険者諸君。
あなただけの部屋を手に入れてみませんか?
|
“兄”という名の追復曲
ふと、そういえばコールが目を覚ましたことは知っていたが、まだ顔を合わせていなかったことを思い出し、サクリファイスはあおぞら荘の扉を開いた。
「あっ……」
そこには、玄関ホールに併設された食堂で紅茶を飲みながら本を読んでいるコールが居た。
ドアベルが鳴った事で顔を上げたコールと視線がかち合い、サクリファイスはふっと微笑んで告げる。
「……おはよう、コール」
「おはよう」
微笑み返したコールの顔に、昔のような無邪気さはなく、大人びたものだったことに前との変化を感じ取る。
「ここ、いいかな?」
サクリファイスは、コールが座っているテーブルの空いた席を指差して尋ねた。
「構わない」
短い返事に、サクリファイスは礼を述べてその席に着くと、遠慮がちに話しかける。
「何かどたばたしちゃって、遅くなったけど……」
何が? と、言わんばかりに軽く首をかしげるコール。
「まだ、“おはよう”を言ってなかったなって」
合点がいったと言う様な表情でコールは、また薄く微笑むと本と閉じてサクリファイスを見た。
「ああ、“おはよう”」
そして“おはよう”を言うだけのためにやってきたのではない雰囲気を感じ取り、コールは口を閉じて待つ。
その与えられた間に、サクリファイスはゆっくりと一回深呼吸をして、搾り出すように口を開いた。
「その……夢馬の対応が上手くなかったこともだけど……ルミナスのことも……すまない」
「夢馬については、対応の上手い下手は関係ない。起こるべくして起こった結果だ。君が気にすることではない。それに、ルミナスのことも同様だ」
コールの口からルミナスの名が出たとたん、サクリファイスの拳が無意識の内にきつく握られる。
「それでも、止められなかったにしても……もっと、気を配っておけば、よかった」
ルミナス自身から直接話しを聞いて、全部ではないにしろ兄弟の事情を知っていたからこそ、もっと何か出来たのではないかという思いが、サクリファイスの中でしこりの様に残っていた。
「ならば、無様に眠りこけていた私は、責められてしかるべきだろう」
「そんな事を言っているわけじゃ……!」
コールが悪いと言いたかったわけではないのに、そう捉えられてしまったかのような物言いに、サクリファイスは思わず椅子から立ち上がる。
その様子に、コールは軽く表情を崩して、目を伏せる。
「そうだ。誰にもどうにも出来ない事はある。必要以上に気に病む必要はない」
後悔がないと言ったら嘘になる。たらればの話も腐るほどできる。それは、サクリファイスだけではなく、コールも同様で。
(……分かっている)
すとんと、サクリファイスは椅子に戻り、一度天井を仰ぎ見て心を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐く。
ぎゅっと気持ちを切り替えるように唇をかみ締めて視線を戻すと、チラリと辺りを見回して違う話題を切り出す。
「そういえば……まだ、目覚めたばかりだから、実感もないとは思うけど……兄弟、一気に増えたな」
たまたまなのか、違うのか、双子とライムは一緒ではないようで、コールはここに一人で居た。
「目覚めたかどうかは関係なく、確かに実感はなかったが、彼らの反応やアクラを見るに、嘘ではないのだろう」
見上げるように自分の部屋の方向へと視線を向けたコールに、今彼らはコールの部屋に居るであろうことを理解する。
「お兄ちゃんって、どんな感じだ?」
「どんな?」
「私には兄弟がいないから、少しうらやましい」
言葉にしなくても何となく分かるような近しい血の関係は、例え親友という間柄であったとしても、得られる感覚ではないのだろうと思う。
「兄弟がいたという記憶がない私が“兄”をしていられるのは、彼らが私を“兄”と呼ぶからだろう」
記憶がないという言葉に、多少の落胆を感じながら、サクリファイスはコールを見遣る。
「例えば、もし君を“姉”と呼ぶ誰かが現れたら、君は素直に“お姉ちゃん”になれるか?」
「そ、それは、どうだろう……考えたことも無い」
兄弟はいないと初めから思っていたからこそ、その憧れから疑問を口にしてしまったが、いきなり“お兄ちゃん”にされてしまったコールの気持ちが、全く想像出来ていなかったことにサクリファイスは気付く。
もし仮に、サクリファイスが信じていた神の元にいる同じ戦乙女の中の誰かから姉と呼ばれたら、自分は“姉”になれるだろうか。要するに、コールはきっとそう言いたいのだ。
「そう……だな。もし私に妹か弟が現れたら、守ってあげたいと思うよ」
それが、コールの疑問への答えになるか分からないが、ルミナスや双子が末弟を守りたいという気持ちは、サクリファイスにも理解できる感情だったから。
「私は“お兄ちゃん”にはなれていない」
「え?」
「私が“兄”になったのではなく、あの子達に“兄”にしてもらっているのだと感じることがある」
過去の、大兄としてのコールの姿を、時折、今のコールに重ねて苦い笑みを浮かべている双子の姿。事情を知っているが故に彼らは何も言わないが、対応にうろたえるような素振りを見て何も思わないほどコールも鈍感ではない。
「答えに、なっているだろうか?」
「ん? あ、ああ!」
最初のサクリファイスが投げかけた質問への答えだということに、一瞬結び付けられずに眼を瞬かせたが、はっと思い出し首を縦に振る。
あまり良い質問では無かったなと、サクリファイスは思いながら、少し申し訳ないような気分になっていると、ポロリとコールが付け加えるように言葉を零した。
「だが……無条件に懐かれるというのは、悪い物ではないな」
打算も何も無い純粋な好意と、疑うことの無い信頼。
コールと双子やライム達が一緒に居る姿を見たことはないため、サクリファイスにはどういう状況なのか想像することしかできなくとも、それがとても微笑ましい光景なのだろう事は分かる。
「それだけ懐かれているのなら、コールは立派な“お兄ちゃん”だよ」
「そうだな。私も、彼らを守ってやりたい。そう感じるのだから、そうなのかもしれない」
ふわっと微笑んだコールの顔が、とても穏やかなもので、サクリファイスも思わず笑顔が零れる。
ああ、誰もがこうして笑顔で過ごせたら、どんなにいいだろう。
パンっと、気合を入れるようにサクリファイスは自分の頬を叩いて、ふんっと息を吐く。その様子に、コールは驚いて目を瞬かせた。
「問題山積みではあるけど……双子と、ライムが帰ってきた。ルミナスもこの家に笑顔で帰ってこれるように……頑張らないと、な」
その宣言に、コールは微笑んで眼を伏せる。
サクリファイスの顔は、前よりも少しだけすっきりしたように見えた。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
あおぞら荘にご参加ありがとうございます。
コールに会いに着てくださってありがとうございました!兄弟としての記憶の無いコールにとってとても難しい質問だったと思います。
後、武器の認識も今更過ぎてすいませんでした!全然この部分触れたこと無かったような?忘れていただけだったらすいません!もっと早く何らかの方法で聞ける機会を作れば良かったです!
それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……
|
|
|
|