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■東京怪談本番直前(仮)■

深海残月
【8556】【弥生・ハスロ】【魔女】
 ある日の草間興信所。
「…で、何だって?」
 何故かエビフライを箸で抓んだまま、憮然とした顔で訊き返す興信所の主。
「どうやら今回は…ノベルの趣向が違うそうなんですよ」
 こちらも何故かエビフライを一本片付けた後、辛めのジンジャーエールを平然と飲みつつ、御言。
「…どういう事だ?」
「ここにたむろっている事に、いつもにも増して理由が無いって事になるわね」
 言い聞かせるように、こちらも何故かエビフライにタルタルソースを付けながら、エル。
「…怪奇事件をわざわざ持ってくる訳じゃなけりゃ何でも良いさ…」
 箸でエビフライを抓んだそのままで、思わず遠い目になる興信所の主。
「そう仰られましても、今回は…『皆さんから事件をわざわざ持って来て頂く』、事が前提にされているようなんですけれど…」
 ざらざらざら、と新たなエビフライを皿の上に大量に足しながら、瑪瑙。
「…」
「…」
「…まだあるのか」
 エビフライ。
「誰がこんな事したんでしょうかねぇ…」
 じーっとエビフライ山盛りの皿を見つつ、空五倍子。
「美味しいから俺は良いけどねー☆」
 嬉々としてエビフライをぱくつく湖藍灰。
「…いっそお前さんが全部食うか?」
 嬉しそうな湖藍灰を横目に、呆れたように、誠名。
「…嫌がらせにしても程がある…くうっ」
 嘆きつつも漸く、抓んでいたエビフライを頬張る興信所の主。
「あの、まだ軽くその倍はあるんですけど…」
 恐る恐る口を挟んで来る興信所の主の妹、零。
 それを聞き興信所の主は非常ーに嫌そうな顔をした。
「…誰がこんなに食うんだ誰が」
「誰かの悪戯だ、って話だったか?」
 タルタルソースの入った小皿と箸を片手に、立ったままビールを飲みつつ、凋叶棕。
「そうだ。しかも出前先の店曰くキャンセル不可で、だがそういう事情があるならと…折衷案として食べ切れたなら御代は無料で良いと来た…何がどうしてそんな折衷案になるのか果てしなく謎なんだが」
 そして草間興信所には金が無い。
 客人もなるべくならば払いたくは無い。
 故に、そこに居る皆総掛かりで…何となく食べて片付けている。
 客人も合わせるなら、別に金銭的には何も切羽詰まっている訳では無いが…。
「ところで『事件を持って来て頂く事が前提』ってのはなんだ?」
 誰にとも無く問う興信所の主。
「誰かから御指名があったら、ボクたちここから出て行かなきゃならないんだよね」
 答えるように丁香紫。
「…逃げる訳か」
「そんなつもりは無いが…。そうやって『我々の中の誰か』を指名した誰かの希望に沿う形にノベルを作るのが今回のシナリオと言う事らしい…まぁ、制約緩めなPCシチュエーションノベルのようなものだと言う話だが…それが今回の背後の指定だ…」
 頭が痛そうに、エビフライの載った小皿を持ったまま、キリエ。
 その話を聞いて、更に憮然とする興信所の主。
「………………だったらせめてそれまでは意地でも付き合わせるぞ」
「わかってますって。でもこれ…ひとつひとつを言うなら結構美味しいじゃないですか。たくさんあるとさすがにひとりでは勘弁ですけど、幸運な事に今は人もたくさん居ますし。きっとその内片付きますよ」
 興信所の主を宥めるように、水原。
「ところでいったい誰がこんな悪戯したんでしょーね…」
 エビの尻尾を小皿に置きつつ、ぽつりと呟くイオ。
「それさえわかればお前ら引き摺り込まずともそいつに押し付けられるがな…」
 この大量のエビフライとその御勘定の両方が。
 興信所の主は再び嘆息する。
「まぁ、どちらにしろ…誰か来るまでは誰も逃がさんぞ…」
→怪談と、夏と花火と喫茶店

■prologue

 夏の宵。
 花火にかこつけ、集うも一興。
 ささやかな時を楽しむ為に。

 …さぁ、皆で何をしようか。



■喫茶店『青い鳥』経営者夫妻の提案。

「そういえば、もうそんな時期なのね」
 喫茶店、『青い鳥』の定休日。買い付けやら何やら普段はできない雑務を片付けて、夫婦揃って一息吐こうとしたところ。店にまで戻り、椅子に腰を掛けつつふと上がったそんな妻の声に、ヴィルヘルム・ハスロは、ん? と妻の――弥生・ハスロの顔を見、続けてその視線の先を見る。窓を隔てた向こうに見えるのは――何かの場所取りと思しき人々。皆一様に心浮き立っているようでもあり、同時に使命感に駆られているようでもあり――人によっては既にして何やら疲れている様子の者までいる。…良く考えてみれば、買い付けの為、外出している最中にも同じような人たちを見かけはした。
「…ああ」
 弥生に言われたことで、その光景と何が「そんな時期か」が頭の中で結び付き、ヴィルヘルムも気が付いた。
「今日は近くで花火大会があるんだったか」
 要するに、皆、その為の場所取りに精を出している。
 なかなか大きな花火大会だとかで、絶景見たさに場所取りをする人々が居ることは――そのこと自体がある意味で風物詩にもなっていることは知っていた。とは言え喫茶店『青い鳥』は本日は定休日。近所の花火大会の日を碌にチェックすらしておらず休むなど商売っ気がない、とか言われそうな気もしないでもないが…まぁある程度は事実である。妻と子供と。家族が健やかに過ごしていければそれでいい。そして今日は…その大事な家族の一員こと子供たちの方は弥生の実家に泊まりがけで遊びに行っている。…近所の花火大会を失念していたことに少々後悔もするが、まぁそれはそれ。子供たちの方は子供たちの方で、楽しんで来てくれればそれでいい。

 ただ。
 今は。

 ここに居る弥生の方が…少々寂しそうなのが。
 ヴィルヘルムとしては、余程気になっている。
 …まぁ、そうなる理由と言えば…今の状況からして当たり前とも言える、単純明快極まりない話なのだが。

 そう。

 ――――――いつもはすぐ傍にある、子供たちの賑やかな声がないから。

 事実、今この場に居ないのだから何をどうしてもしかたない話なのだが、そのことで一抹の寂しさがあるのは弥生だけではなくヴィルヘルムも同じ。…だからこそ、すぐにそのことに気付ける。…妻が少しでも元気になってくれる方法はないものか。妻に寂しい思いはできる限りさせたくない――まぁ、寂しさと言ってもこの場合は他愛もないことではあるのだけれど。でも、大切なことでもある。
 ヴィルヘルムはつらつらと思案する。
 ふと、この建物を契約する際のことを思い出した。以前の所有者が話していたこと――ちょうど本日開催される花火大会の花火が、屋上からよく見える、との話。

 これだ、と思った。

「…弥生」
「ん、何?」
 あなた。
「この建物の屋上から花火が見えるらしいんだ」
 別に、場所取りに行かずとも。
 だから、今日は。
「折角なら皆さんをお誘いしようか」
 そう、ヴィルヘルムが提案した時点で。
 弥生の貌が、嬉しそうにぱあっと明るくなった。
「素敵。楽しそう」
「そう言ってもらえると思ったよ」
 弥生の顔が晴れれば、ヴィルヘルムの顔も自然と晴れる。弥生は一度大きく頷くと、よし、とばかりに腕捲り。

 そうと決まれば、早速用意をしないと。



■01

 エビフライにシシャモの南蛮、その他(お酒に合いそうな)おかず類に、おにぎりやサンドイッチ等の簡単な軽食。
 屋上での花火見物の為に、と腕によりをかけて弥生が用意したのはそんなラインナップのメニュー。…いや、今日の場合はお酒は抜きでと考えてはいるのだけれど、どうしてもお酒に合いそうな…と言う方向で料理を行ってしまうのはある意味弥生のサガであるのかもしれない。…下の店でも、ここは喫茶店だったよな、と一歩立ち止まって疑問を持たれることは果たして何度あっただろうか。まぁ、仮に誰かがそう突っ込んだとしても、そうよ、であっさりと流されてしまう話ではあるのだが。その疑問が意味を為すことはほぼ皆無と言っていい。

 と言うか、今日の場合は――改めてそこに疑問を持つような無粋な人間はここには居ない。
 殆ど身内と言っていいような、近しい人物しか招かれていない訳だし。…即ち、弥生の料理がこうなることを――それが元々彼女の料理の持ち味であることを元々承知しているような面子しか、ここには居ない訳で。

「……美味しそう」

 屋上に設置された、アウトドア用の折り畳みのテーブル。その上に並べられた料理を見た時点で、誘われたひとりこと八瀬葵はぽつりとそう零している。そう? だったら良かった、と嬉しそうに笑顔を返す弥生。冷めない内に食べてね、と付け加え、鼻歌交じりに取り分ける為の小皿を並べてもいる。
 葵はそれを慌てて手伝おうとしつつ――けれど手伝うまでもなく済んだことで結局そのまま座り、代わりに弥生に向かって何となくぺこり。今日はお仕事じゃないんだし、気にしないで気にしないでー、と弥生からはすかさず返される。…姉のように慕わしいそのひとの気安い声が、葵には嬉しい。
 出されている料理の方も、同じ。…弥生さんの手料理は、温かくて好き。…実際の料理の温度の話じゃなくて――いやそれもなくはないけれどそういう意味でだけじゃなく、気持ちの面での話。弥生さんだけじゃなく、旦那さんのヴィルさんもそう。ある意味で俺と同じで――自分自身の持つ性質で悩んでいて、なのに他のひとにも優しくできて、立派に生きている先輩で、今の俺の上司で…すごく、尊敬できるひと。
 優しくて温かい「音」のひとたちに囲まれて、心の底からほっとできる空間に居られる幸せ。それが今、ここにある。
 …ふと、弥生さんの、ほんの少しだけ心配そうな声がした。

「花火、始まっちゃいそうね」
 まだ勇太君来ないけど…確か、何か野暮用ができたとかって話なんだっけ。…そう確かめられ、葵は頷く。
 そう。…誘われる時は勇太と――フェイトとは一緒だったのだけれど。それで、葵はひとりで先に来た。
「……それでも、すぐに片付けて花火が始まるまでには絶対来るとは……力一杯言ってたけど」
「十九時半からだから、まだ幾らか時間はあるよ。…まぁ、折角のエビフライが冷めてしまうかもしれないけれどね」
「?」
「ああ、葵君は知らないんだっけ。勇太君、エビフライ大好きなのよ」
「……そうなんですか」
「だからいっぱい作ったんだけどね」
 …確かに、エビフライは大皿に山盛りで載っている。
 が、揚げ物の類は…揚げたてが、温かい内が一番美味しいのは自明。…それは冷めても美味しいようにある程度の工夫もしてはあるけれど、やはりどうせなら揚げたてを食べてもらいたい。
 そう言いたげな弥生の様子を見、さて、とヴィルヘルムは苦笑した。
「そうだね…じゃあ、冷めてももったいないから、先に頂いてようか」
「そうしましょうか」
「……頂きます」

 と。

 今居る皆で先に食べ始めようとしたそこで、遅れました済みませんッ! との元気な大声と共に屋上に駆け上ってくる姿があった。彼のその顔に浮かんでいるのは爽やかな笑顔。一瞬、誰だかわからない――それは今宵今晩この場合、遅れたなどと言ってここに来る相手は決まっているとは言え。
 その格好が――久々の私服であったから。
 皆の反応が、一拍遅れる。

「? …えっと…どうかしましたか?」
「…あ、勇太君、いらっしゃい。良かった、間に合ったわね。花火にも…エビフライの方にも」
「? エビフライの方って…ってあ、作ってくれてたんですか弥生さん!」
「勿論よ。勇太君が来るのがあと少し遅かったら皆で先に食べ始めちゃうところだったんだけど」
「ええっ、そんなっ!」
「…いいタイミングでしたね、勇太君」
「はい!」
「……調味料、どれがいい?」
「なしでもソースでも醤油でもタルタルソースでも!」

 弥生さんのエビフライ、どうやって食べても美味しいですから!

【→NEXT 02(フェイト)】



■epilogue

 集う中、さざめく笑いとこの日の火花。
 築かれるのは夏の思い出。
 …ささやかな時を、いつかまた。



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 登場人物紹介
××××××××

 ■8556/弥生・ハスロ(やよい・-)■01パート掲載
 女/26(+5)歳/魔女

 ■8636/フェイト・−■02パート掲載
 男/22歳/IO2エージェント

 ■8757/八瀬・葵(やせ・あおい)■05パート掲載
 男/20歳/喫茶店従業員

 ■8555/ヴィルヘルム・ハスロ■04パート掲載
 男/31(+5)歳/喫茶店『青い鳥』マスター(元傭兵)

 ■3689/千影・ー(ちかげ・-)■03パート掲載
 女/14歳/Zodiac Beast

※頭のprologueと最後のepilogue章は全員共通、各自導入章は個別(ハスロ夫妻のみ共通)、本文章は数字の順で五パートに分けさせて頂きましたので、数字パートについては皆様の分を順番に通して読んで頂ければと思います。また、千影様の登場が少し遅れる事になったので、01、02パートでは千影様は描写されていません。