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■東京怪談本番直前(仮)■

深海残月
【8636】【フェイト・−】【IO2エージェント】
 ある日の草間興信所。
「…で、何だって?」
 何故かエビフライを箸で抓んだまま、憮然とした顔で訊き返す興信所の主。
「どうやら今回は…ノベルの趣向が違うそうなんですよ」
 こちらも何故かエビフライを一本片付けた後、辛めのジンジャーエールを平然と飲みつつ、御言。
「…どういう事だ?」
「ここにたむろっている事に、いつもにも増して理由が無いって事になるわね」
 言い聞かせるように、こちらも何故かエビフライにタルタルソースを付けながら、エル。
「…怪奇事件をわざわざ持ってくる訳じゃなけりゃ何でも良いさ…」
 箸でエビフライを抓んだそのままで、思わず遠い目になる興信所の主。
「そう仰られましても、今回は…『皆さんから事件をわざわざ持って来て頂く』、事が前提にされているようなんですけれど…」
 ざらざらざら、と新たなエビフライを皿の上に大量に足しながら、瑪瑙。
「…」
「…」
「…まだあるのか」
 エビフライ。
「誰がこんな事したんでしょうかねぇ…」
 じーっとエビフライ山盛りの皿を見つつ、空五倍子。
「美味しいから俺は良いけどねー☆」
 嬉々としてエビフライをぱくつく湖藍灰。
「…いっそお前さんが全部食うか?」
 嬉しそうな湖藍灰を横目に、呆れたように、誠名。
「…嫌がらせにしても程がある…くうっ」
 嘆きつつも漸く、抓んでいたエビフライを頬張る興信所の主。
「あの、まだ軽くその倍はあるんですけど…」
 恐る恐る口を挟んで来る興信所の主の妹、零。
 それを聞き興信所の主は非常ーに嫌そうな顔をした。
「…誰がこんなに食うんだ誰が」
「誰かの悪戯だ、って話だったか?」
 タルタルソースの入った小皿と箸を片手に、立ったままビールを飲みつつ、凋叶棕。
「そうだ。しかも出前先の店曰くキャンセル不可で、だがそういう事情があるならと…折衷案として食べ切れたなら御代は無料で良いと来た…何がどうしてそんな折衷案になるのか果てしなく謎なんだが」
 そして草間興信所には金が無い。
 客人もなるべくならば払いたくは無い。
 故に、そこに居る皆総掛かりで…何となく食べて片付けている。
 客人も合わせるなら、別に金銭的には何も切羽詰まっている訳では無いが…。
「ところで『事件を持って来て頂く事が前提』ってのはなんだ?」
 誰にとも無く問う興信所の主。
「誰かから御指名があったら、ボクたちここから出て行かなきゃならないんだよね」
 答えるように丁香紫。
「…逃げる訳か」
「そんなつもりは無いが…。そうやって『我々の中の誰か』を指名した誰かの希望に沿う形にノベルを作るのが今回のシナリオと言う事らしい…まぁ、制約緩めなPCシチュエーションノベルのようなものだと言う話だが…それが今回の背後の指定だ…」
 頭が痛そうに、エビフライの載った小皿を持ったまま、キリエ。
 その話を聞いて、更に憮然とする興信所の主。
「………………だったらせめてそれまでは意地でも付き合わせるぞ」
「わかってますって。でもこれ…ひとつひとつを言うなら結構美味しいじゃないですか。たくさんあるとさすがにひとりでは勘弁ですけど、幸運な事に今は人もたくさん居ますし。きっとその内片付きますよ」
 興信所の主を宥めるように、水原。
「ところでいったい誰がこんな悪戯したんでしょーね…」
 エビの尻尾を小皿に置きつつ、ぽつりと呟くイオ。
「それさえわかればお前ら引き摺り込まずともそいつに押し付けられるがな…」
 この大量のエビフライとその御勘定の両方が。
 興信所の主は再び嘆息する。
「まぁ、どちらにしろ…誰か来るまでは誰も逃がさんぞ…」
→怪談と、夏と花火と喫茶店

■prologue

 夏の宵。
 花火にかこつけ、集うも一興。
 ささやかな時を楽しむ為に。

 …さぁ、皆で何をしようか。



■オフ直前のIO2エージェントの状況。

 八瀬葵の携帯が鳴った時点で、IO2エージェントであるフェイトは少し警戒をした。着信――それは、今の葵が置かれている状況の場合、「見知らぬ歓迎できない相手」からの通信である可能性も有り得るから。いや、ただの通信であるならまだいい。「通信自体が攻撃」である可能性すら否定できない――今、葵の身柄を狙っているのは虚無の境界で、葵の持つ特殊な能力は歌声や音読み――即ち、「音」の力である。そして「音の世界で」と見るとなれば、携帯と言う端末機械を介するとは言え「通話をする」と言うのは「相手と直接対峙しているも同然」となる訳で――同時に自分がすぐ側に居ても、不測の事態の際にすぐに手を出せるかは微妙になる訳で――警戒するのは当然になる。
 ただでさえ、今は葵を狙って虚無の境界が不穏な動きをしていると言う情報が入っているのだから、フェイトとしては余計にそんな方向に思考が動く。

 が。

 ひとまず、葵が通話相手に話している様子からして元々の知人友人の類であると判断が付いたので、通話相手に対する警戒は解いておく。…と言うか、訥々と話しているその内容からしても、まず相当に親しい相手。となるとかなり限られる。
 …多分、フェイトの方でも知っている相手。
 思いつつそれとなく様子を窺っていると、葵は何やら、はい、とばかりに通話中のその携帯端末をフェイトに差し出して来た。俺? と思わず自分の顔を指差してジェスチャーで問うと、うん、とばかりに無言で頷かれる。さて何事かと思い携帯を借りて通話を受けると――相手はヴィルさんだった。ヴィルヘルム・ハスロ――気を許している葵の態度が納得行く相手。葵の勤め先の店主であり、葵の能力面も承知。その上で、色々と助けになってくれているひとたち。…それこそ、IO2などよりずっと先に。ずっと近くで。
 ある意味ではフェイトの予想通りの相手でもあったのだが、それで今、『フェイト』の方にまで用があるとなると――何だろう? と少々首を傾げたくもなる。確かにフェイトは――いや、『工藤勇太』は、ヴィルヘルムとは――彼だけではなく彼の妻である弥生の方とも、以前から親しい間柄ではある。あるが――今葵の携帯を通してまで、彼らから特に話を振られるような心当たりはない。
 ヴィルヘルムはフェイトの『仕事』もある程度承知。そして、葵を通してのわざわざの連絡となると、もしやまさかそちら絡みで何か伝えておきたい話が、とも考えられる。
 よって、ある程度心の準備をしてから通話を替わる。

 と。

 …杞憂も杞憂で、ごく普通に花火見物に誘われた。
 曰く、今夜開催される花火大会の花火が、ヴィルさんの店の屋上からよく見えるとのことで。
 葵君には今了解の返事をもらったところなんですが、勇太君が今一緒に居ると言うのなら、都合がいいから替わってもらった…とも。…いや、電話口での様子を窺う限り、ヴィルヘルムがと言うより葵の方でフェイトに電話を替わることを申し出たような雰囲気ではあったのだが。

 ともあれ、そんな話を振られれば、嬉しいのは当たり前。
 勿論行きます、お誘い有難う御座います! とにこやかに『工藤勇太』の態度で了解の返事を伝えておく。

 …伝えておくが。

 そうなると、とフェイトの頭の中では別の思考が廻っている。当然全く表に出してはいないが、頭にあるのは不穏な動きを見せる虚無の境界のこと。葵さんにもハスロ夫妻にも勿論こんなことを知らせる訳には行かない。折角の楽しいイベントをぶち壊す訳には行かない…!

 だから。

 フェイトは葵に携帯を返すと、そうと決まれば残ってる野暮用の方片付けないとな、とか何とか適当に――本当に「テキトー」に聞こえそうな――「暇人さん」らしい茶化した理由を付けて葵の元から離れる。ひとり残された葵はと言うと、いつも通りに特に感慨もなく――少なくとも傍からはそう見える様子で――、その姿を見送る。

 と。

 程無く、何やらフェイトが消えて行った先の方から…それこそ打上花火の如く、数名の「ひと」らしい「何か」がどーんとばかりに空へと派手に吹っ飛ばされて行ったのが見えた気が、した。

 その「フライング気味の美しくない打上花火」が当の虚無の境界の工作員だったことを、葵は知らない。



■02

 …野暮用を片付ける為、と理由を付けて八瀬葵と別れた後に、密かにかつ速攻で虚無の境界の工作員を「フライング気味の美しくない打上花火」の如く打ち上げてから。

 フェイトはすかさずIO2に状況を報告し、暫しの休みを獲得する。…オフとなれば喪服の如き黒スーツのままでいるのも味気ないし無粋である。と言うか単純に、今の気候で幾ら夜とは言えそんな格好で出歩くのは普通に暑いとも言う。よって当然、仕事でない以上は私服に着替えてから皆の元へ向かおう、とフェイトは――いや、工藤勇太はごくごく自然に思う。
 時間帯からして葵はフェイトと別れたその足で喫茶店『青い鳥』に向かっている筈で、そこにこれから着替えて向かうと考えると、追い付くのに多少時間がかかってしまうことはわかっている。が、そこは止むを得ない。可能な限り早く、頭だけではなく服装もオフモードに切り替えて、皆の元へと駆け付ける。その一念で「フェイト」は一時帰宅し、すぐさま「工藤勇太」に戻って喫茶店『青い鳥』に向かう。
 ちなみに選んだ私服は、飾り気のないTシャツに青のデニムパンツと適当なもの。動き易そうでスーツよりは涼しそうな格好を、と、急ぎ手近にあったものの中から選んだらこうなった。元々、自分は服装に気を遣うような洒落た性質でもないし、誘ってくれたハスロ夫妻もそんな面で余計な気を遣わなければならない相手でもない。ただ、相手への礼儀として清潔感のある格好ができていれば、それでいい。
 そう思って、実際にそうして来た。

 それだけ…の筈なのだが。
 それで皆と合流したら、自分を見た皆からちょっとびっくりされたような気がして逆にこちらが何事かと驚いた。が、特に説明はされない…と言うか、説明の前にエビフライの方が先になっただけとも言うのだが。

「…で、ホントにどうかしたんですか?」

 幾つかエビフライを頬張り、人心地付いてから勇太は改めて皆に訊いてみる。自分がここに着いた時の、一瞬だけ動きを止めたような――驚いたような皆の姿。と、その時点で何やら皆は顔を見合わせている――まるで、どう言ったものかとでも俄かに悩むような反応。とは言え、特に深刻な話のようでもなく。
 その反応に、勇太はまた不思議そうに小首を傾げる。
 と。

 ……そうそれ。と葵からぽつりと呟かれた。

「それ?」
 どれ。
「…葵さん?」
「……普段とあんまり違うから……ちょっとびっくりして」
「? 違うって? 何が?」
 勇太、本気でわからない。
 そんな様子に、堪え切れないとばかりに弥生とヴィルヘルムの二人がクスクス笑い出している。
「…ほら、皆最近スーツ姿の勇太君を見慣れていたじゃない」
「特に葵君は、今みたいな勇太君は初めてでしょうしね。私たちの場合は、完全に「フェイト」ではない年相応な勇太君を見るのは久々だなあ、と思っただけですよ」

 …。

「…。…それって、本当に「年相応」だと思ってくれてます?」
「…どうでしょうね」
「…どうかしらね」
「……むしろ俺より」
「…どうせ幼く見えるって話なんですよね? 三人ともひどいなあ」
 む、とむくれて見せる勇太。とはいえ勿論、本気ではない。気安い間柄であるが故の、充分に軽口の範疇。…三人からそこまで言われればさすがに、何の話であるのか勇太にもわかる――勇太の方でも自分が童顔であると元から自覚はある。IO2エージェントとしての黒服でいる時はともかく、私服ともなれば――学生、いや高校生程度に見られたっておかしくない。…そして高校生頃と言えば、ハスロ夫妻とは初めて会った時期にもなる。当時から殆ど変わっていないように見られれば、それは懐かしがられもするかもしれないか…とは思う。
 が、それでも改めて言われると、少々ヘコみはする。…二十歳を超えている成人男子としては、余計。

 そんなちょっとばかりヘコんでいる中、不意に、どーん、と腹に響く音が辺りに響いた。ひゅるるると空に上る際の笛も鳴る。それらの音から一拍間を置いたかと思うと――夜に鮮やかな大輪の花が咲く。
 すぐに気付いて、誰からともなく上がる歓声。

 漸く、花火も始まった。

【→NEXT 03(千影)】



■epilogue

 集う中、さざめく笑いとこの日の火花。
 築かれるのは夏の思い出。
 …ささやかな時を、いつかまた。



××××××××
 登場人物紹介
××××××××

 ■8556/弥生・ハスロ(やよい・-)■01パート掲載
 女/26(+5)歳/魔女

 ■8636/フェイト・−■02パート掲載
 男/22歳/IO2エージェント

 ■8757/八瀬・葵(やせ・あおい)■05パート掲載
 男/20歳/喫茶店従業員

 ■8555/ヴィルヘルム・ハスロ■04パート掲載
 男/31(+5)歳/喫茶店『青い鳥』マスター(元傭兵)

 ■3689/千影・ー(ちかげ・-)■03パート掲載
 女/14歳/Zodiac Beast

※頭のprologueと最後のepilogue章は全員共通、各自導入章は個別(ハスロ夫妻のみ共通)、本文章は数字の順で五パートに分けさせて頂きましたので、数字パートについては皆様の分を順番に通して読んで頂ければと思います。また、千影様の登場が少し遅れる事になったので、01、02パートでは千影様は描写されていません。