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■東京怪談本番直前(仮)■

深海残月
【8757】【八瀬・葵】【喫茶店従業員】
 ある日の草間興信所。
「…で、何だって?」
 何故かエビフライを箸で抓んだまま、憮然とした顔で訊き返す興信所の主。
「どうやら今回は…ノベルの趣向が違うそうなんですよ」
 こちらも何故かエビフライを一本片付けた後、辛めのジンジャーエールを平然と飲みつつ、御言。
「…どういう事だ?」
「ここにたむろっている事に、いつもにも増して理由が無いって事になるわね」
 言い聞かせるように、こちらも何故かエビフライにタルタルソースを付けながら、エル。
「…怪奇事件をわざわざ持ってくる訳じゃなけりゃ何でも良いさ…」
 箸でエビフライを抓んだそのままで、思わず遠い目になる興信所の主。
「そう仰られましても、今回は…『皆さんから事件をわざわざ持って来て頂く』、事が前提にされているようなんですけれど…」
 ざらざらざら、と新たなエビフライを皿の上に大量に足しながら、瑪瑙。
「…」
「…」
「…まだあるのか」
 エビフライ。
「誰がこんな事したんでしょうかねぇ…」
 じーっとエビフライ山盛りの皿を見つつ、空五倍子。
「美味しいから俺は良いけどねー☆」
 嬉々としてエビフライをぱくつく湖藍灰。
「…いっそお前さんが全部食うか?」
 嬉しそうな湖藍灰を横目に、呆れたように、誠名。
「…嫌がらせにしても程がある…くうっ」
 嘆きつつも漸く、抓んでいたエビフライを頬張る興信所の主。
「あの、まだ軽くその倍はあるんですけど…」
 恐る恐る口を挟んで来る興信所の主の妹、零。
 それを聞き興信所の主は非常ーに嫌そうな顔をした。
「…誰がこんなに食うんだ誰が」
「誰かの悪戯だ、って話だったか?」
 タルタルソースの入った小皿と箸を片手に、立ったままビールを飲みつつ、凋叶棕。
「そうだ。しかも出前先の店曰くキャンセル不可で、だがそういう事情があるならと…折衷案として食べ切れたなら御代は無料で良いと来た…何がどうしてそんな折衷案になるのか果てしなく謎なんだが」
 そして草間興信所には金が無い。
 客人もなるべくならば払いたくは無い。
 故に、そこに居る皆総掛かりで…何となく食べて片付けている。
 客人も合わせるなら、別に金銭的には何も切羽詰まっている訳では無いが…。
「ところで『事件を持って来て頂く事が前提』ってのはなんだ?」
 誰にとも無く問う興信所の主。
「誰かから御指名があったら、ボクたちここから出て行かなきゃならないんだよね」
 答えるように丁香紫。
「…逃げる訳か」
「そんなつもりは無いが…。そうやって『我々の中の誰か』を指名した誰かの希望に沿う形にノベルを作るのが今回のシナリオと言う事らしい…まぁ、制約緩めなPCシチュエーションノベルのようなものだと言う話だが…それが今回の背後の指定だ…」
 頭が痛そうに、エビフライの載った小皿を持ったまま、キリエ。
 その話を聞いて、更に憮然とする興信所の主。
「………………だったらせめてそれまでは意地でも付き合わせるぞ」
「わかってますって。でもこれ…ひとつひとつを言うなら結構美味しいじゃないですか。たくさんあるとさすがにひとりでは勘弁ですけど、幸運な事に今は人もたくさん居ますし。きっとその内片付きますよ」
 興信所の主を宥めるように、水原。
「ところでいったい誰がこんな悪戯したんでしょーね…」
 エビの尻尾を小皿に置きつつ、ぽつりと呟くイオ。
「それさえわかればお前ら引き摺り込まずともそいつに押し付けられるがな…」
 この大量のエビフライとその御勘定の両方が。
 興信所の主は再び嘆息する。
「まぁ、どちらにしろ…誰か来るまでは誰も逃がさんぞ…」
→怪談と、夏と花火と喫茶店

■prologue

 夏の宵。
 花火にかこつけ、集うも一興。
 ささやかな時を楽しむ為に。

 …さぁ、皆で何をしようか。



■優しい音のひとたちの中で。

 八瀬葵の携帯に、不意の着信が届く。その時、フェイトも葵と共に居るところだった――葵に掛かってくる電話となると、ある程度限られる。…葵の交友関係は、あまり広くない――広くは、持てない。

 持ち得た能力による、不自由さがあるから。

 …そもそもだからこそ、今、彼はフェイトと共に行動していることになる。曰く、葵の能力――歌う声に意図せず籠ってしまう精神破壊や癒しの力――が虚無の境界に付け狙われているのだとか。それで、『フェイト』と名乗るIO2のエージェントが、葵のその身を守る為と近付いて来た――当初はそんなやや剣呑な成り行きの筈だったのだが。
 その『フェイト』が、葵がとても世話になっている勤め先の喫茶店『青い鳥』経営者――ハスロ夫妻と、プライベートでは以前から親しい友人であると言うことがひょんなことから明らかになり、葵の方でもこの『フェイト』――工藤勇太とは仕事を越えた関係性、仄かな友情…のようなものが育まれつつある、と言ったところ。
 まぁそもそも、そこまで至らずとも彼のその呼吸や心音が――とても真摯で温かく、優しいことには葵もとっくに気付いていたのだけれど。…まぁ、特に表には出さずとも。

 何にしても、今は携帯に掛かって来た着信への対応が先。液晶画面を見る――と。
 ヴィルさん――ヴィルヘルム・ハスロの名があった。
 図らずも、今挙げた当の喫茶店経営者。即ち、フェイトと共通の知人。…今日は店は定休日だった筈。思いつつ葵は通話に出る。
 と。

 受話口から伝えられたのは、今夜開催される花火大会を、うちに観に来ませんか、と言う誘い。
 曰く、店の屋上が特等席になるから…そうそう、勇太君も一緒にどうかと考えています、とも。

 そこまで聞いた時点で、葵は何となく「勇太君」を――フェイトを見る。確かに、この「暇人さん」とは何だかんだで共に居ることが多い。今、俺向けに話に出されるのもわかる。…ハスロ夫妻は俺たちがよく共に居る細かい事情は知らない筈だが、俺の能力のこともあるし、フェイトの『仕事』も薄々知っている様子がある――即ち、何か察している可能性もある。
 フェイトの方はと言うと、俺? とでも言いたげに自分の顔を指で差し小首を傾げている。…にしても黒尽くめのスーツと言ういかにもな格好の割にやけに子供染みた仕草で、到底俺より年上には見えない。
 その様子を見てから、今ちょうど一緒に居るから本人に替わる旨伝え、フェイトに携帯を貸す。…勿論、その前に自分の方は有難くお誘いに乗る旨のことは伝えてある。フェイトの方はいきなり自分に振られたからか、やや訝しげながらも葵から電話を替わる――が、相手がわかるなりすぐさま表情が和らぎ、花火観覧の誘いを聞くなり、二つ返事で勿論OK。お誘い有難う御座います! と笑顔になってお礼まで言っている。…そんな風にふと見せる無邪気な様子はやっぱり俺より年上には見えないなあ、と葵は思ったりするが…あまり上手く感情が表に出せない身にすると、少し、羨ましい気もする。
 携帯を返してもらい、ヴィルさんにきちんと御挨拶をしてから改めて通話を切る。…屋上なんて学生だった頃以来、立ち入ったこともない。…何だかわくわくする。

 楽しみだ。



■05

「……線香花火。やりたいです」

 弥生に提案された時点で、葵の口から自然とそう言葉が零れる。…珍しく、真っ先に。夜空に上がる大きな花火が終わって、用意してもらえた食事も済んで。皆で花火の感想を交えた雑談をしつつ、和やかに余韻に浸る中。

 このちょっとしたサプライズは、葵の好奇心を刺激した。実は手持ち系の花火は殆どやったことがないので、興味がある。真っ先に出されたのが葵の科白だったことで、他の面子からは軽く驚かれた節もあったが…一拍置いて理解されたら何やら温かい感情が周囲に満ち満ちた気がした。
 …よし、やろう。誰が一番長持ちするか競争だ。せんこうはなびってなに? きれいなの? 綺麗よー。チカちゃんには初めにやって見せてあげようか。葵君も一回見てからにする? ……線香花火って、そんなに難しい花火なの? いやそんなことないけど。うーん、難しいかどうかは各人の性格にもよるんじゃないかな? ……そんなものなんですか? ああ、そういう面で言うなら、葵さんならすぐコツ掴めそうな気がするけど? ……じゃあ、やるだけやってみる。
 頷いて、葵は線香花火を一本分けてもらう。…花火自体が、何だか細くてやわらかくて、頼りない。ヴィルさんが蝋燭に火を付けて準備している。蝋燭の芯に揺らめく小さな炎にそっと寄せるようにして、葵は線香花火に着火する。着火する間にも、紙で作った紙縒りみたいなやわらかい花火がふらふらと揺れる。自分の手で揺らしてしまっているのか、風に吹かれてしまっているのか。どちらともつかないような、どちらでもあるような。
 なるべく動かさないように気を付けて、火の玉を落とさないように。線香花火ならではの注意を聞きつつ、じっと待つ。ちりちりと小さな音を立て、着火したところが小さな玉状になって膨らむ。その火の玉の周囲に、小さな火花が散り始めた。少し幾何学めいた花のように――繊細な火花が火の玉の周囲に、ささやかな音と共に瞬き始める。
 小さな小さな火の花なのに、何だか目が離せない。やがてその繊細な火花は、玉の外側に向かって頼りなく流れるような更に儚い小さな火花になり、その数も減っていき――最後には火花を散らさない小さな火の玉だけに戻っていく――そしてそのまま萎むようにして、音もなく消えてしまう。
 …何だか、息を詰めてずっと見ていてしまったような気がした。

「葵君、上手いじゃない」
「……線香花火って、きれいですね」
「でしょう。私なんか、つい見惚れてしまいます」
 この、儚い小さな火の花の美しさに。
「むぅ…火の玉落っこちちゃった」
「あー、チカさんにはちょっと難しかったか」
「じゃあ、こっちをやってはみませんか?」
「あ、持ち手が棒になってる線香花火と似た感じの奴ですね。なんて名前の花火だったっけ…う、袋に書いてない。…えーと、これも線香花火は線香花火でいいんでしたっけ?」
「…考えてみれば花火の名前って、線香花火とねずみ花火くらいしか意外とすぐに出て来ないわよね。目の前に出されると、ああ、あれねってわかるけど…特に袋とか花火本体に名称書いてないこともあるし…確かにこれって何だったっけ。線香花火じゃなくて別に名前聞いたことある気もするんだけど私もど忘れしちゃった」
「…それだと火の玉落ちない?」
「落ち難かったとは思いますよ」
「じゃあそれやってみるんだよ! 今度こそっ!」
「頑張れー。って勇太君それもうさすがに無理じゃない?」
「…もうちょっと行けると思うんだけど…ほら、少しだけどまだ」
「あ、ホントだ」
「……凄く長持ちするのもあるんだね」
「コツもあるけど運もある。火薬の量とか紙の巻き方とかが微妙に違ったりしてるんじゃないかなーって場合もあるから」
「……そうなんだ」
「火の玉が大きくできるとちょっと期待しちゃうけど、そういうのって同時に落っこち易くもあるし難しい。…他愛もないことなんだけど、落っこちると何だか結構ショックなんだよね」
「…うん。でも今度のはきれいなの。落ちないの♪ ほら!」
「おおー。よかったねチカちゃん♪」
「うにゃん♪」
「楽しんで頂けて何よりですよ。…用意した甲斐がありました」

 線香花火をこっそり用意する。…本当に、ちょっとしたことなのだけれど。そこまで喜んでもらえるなら、用意した方としても嬉しくなるもので。ヴィルヘルムは弥生と目配せをし、微笑み合う。葵もまた改めて次に火を付け、線香花火の儚い瞬きをまた体感。慣れた様子の勇太や弥生も勿論、どうにも最後まで線香花火を持たせられなかった千影もまた、何とか上手く楽しむ方法を見付けられて。
 勿論、ヴィルヘルムもまた、日本ならではのこの繊細な花火を、楽しむことができている。花火をと言うだけではなく、花火を囲んでの、今のこの状況にも。
 皆でそんなささやかな時間を共有しつつ、夏の夜は静かに更けていく。

 そして、線香花火の後始末も、食事の片付けも確りと皆で手伝ってから。
 葵は改めて、誘ってくれたハスロ夫妻に礼を言う。
 今日は、楽しい思い出になりました。

 …それは、葵だけのことではなく。
 きっと、皆の思いも同じであって。



■epilogue

 集う中、さざめく笑いとこの日の火花。
 築かれるのは夏の思い出。
 …ささやかな時を、いつかまた。



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 登場人物紹介
××××××××

 ■8556/弥生・ハスロ(やよい・-)■01パート掲載
 女/26(+5)歳/魔女

 ■8636/フェイト・−■02パート掲載
 男/22歳/IO2エージェント

 ■8757/八瀬・葵(やせ・あおい)■05パート掲載
 男/20歳/喫茶店従業員

 ■8555/ヴィルヘルム・ハスロ■04パート掲載
 男/31(+5)歳/喫茶店『青い鳥』マスター(元傭兵)

 ■3689/千影・ー(ちかげ・-)■03パート掲載
 女/14歳/Zodiac Beast

※頭のprologueと最後のepilogue章は全員共通、各自導入章は個別(ハスロ夫妻のみ共通)、本文章は数字の順で五パートに分けさせて頂きましたので、数字パートについては皆様の分を順番に通して読んで頂ければと思います。また、千影様の登場が少し遅れる事になったので、01、02パートでは千影様は描写されていません。