■Mission0:報酬を使い切れ!■
紺藤 碧
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】
 先日、そういえば郵便屋――確か、特急配達員と言っていたか――を助け、受け取った特別特急切手。
 1回だけなれば、普段は買わないような高いものを買ったっていいし、使用期限や消費期限がない消耗品を大量に買いこんだっていいだろう。
 ただ、1回だけという制限があるため、逆を言えば、1つの店で賄える範囲内になってしまうのが少々残念ではあるが、それでも好きなものが買えるのは嬉しい。
 さて、何を買おうか。

Mission0:報酬を使い切れ!










 アレスディア・ヴォルフリートは、ずっとサイドテーブルの引き出しに入れっぱなしだった1枚の紙を取り出して、部屋から出た。
 もしかしたら、今日もホールには出て来ていないかもしれないが、確認のためアレスディアはホールへと赴く。
「おはよう。アレスディアさん」
 前ほどの明るさはないが、それでも笑顔でルツーセはアレスディアを出迎える。
「おはよう、ルツーセ殿」
 挨拶を返し、居なければ部屋へと赴こうと思っていたため、居てくれて少しほっとした。
「体調はもうよろしいのか?」
 何時も誰かがあおぞら荘に着たら出迎えていたのに、最近はずっと部屋に篭ったきりで殆ど顔も合わせていなかったため、心配していたのだ。
「ずっと落ち込んでちゃ、ダメだもんね」
 薄く笑って何かを忘れるように働くルツーセは、必死にいつもの様子を取り戻そうとしていた。その姿に安堵しつつ、アレスディアは意を決して口を開く。
「うむ……ルツーセ殿に、折り入ってお願いしたいことがある」
「何?」
 アレスディアは手に持っていた紙に一旦視線を落し、改めてルツーセを見つめて、その紙を彼女に差し出した。
「特別特急切手……小切手のようなものなのだが、これを預かっていただきたい」
「え、なんで?」
 記名も金額も記載されていないその小切手は、いつでも使える状態だ。それを、他人に渡すということは、財産の一部を渡すというのと同じではないのかと、ルツーセはなぜそんな事を言うのかと首を傾げる。
「以前、依頼の報酬としていただいたのだが、如何せん、腰を落ち着けた生活ができぬ身。高価なものも、大量の物資も必要とせぬ。誠、宝の持ち腐れになっていたのだ」
 それでも、ルツーセは差し出された特別緊急切手を見下ろして、ゆっくりと首を振る。
「それでも、あたしが預かっていいものじゃないわ」
 アレスディア自身も、素直に預かってくれるとは最初から思ってはいない。すぅっと整えるように息を吐くと、その決断を下した理由をゆっくりと話し始める。
「……ライム殿からもたらされた話」
「あの子に、何を聞いたの?」
 あの子の喉は先日治ったばかりで、それを知っているとは思えない。そんな事を考えていると、アレスディアは、先日のライムとの筆談の話をルツーセに簡単に話して聞かせた。
「神様が狂った――?」
 ルツーセの表情が固まり、その瞳がせわしなく泳ぐ。
「狂った、ままなの?」
「狂ったまま、とは?」
 首をかしげ問い返したアレスディアに、ルツーセはびくっとしてぎゅっと胸の前で両手を握り締める。
「え、あ……夢馬がどうにかできたって、聞いてたから……」
 断片的だとしても、ここに居る誰かから、事の経緯を説明されていただろう。
「夢馬がどうにかできれば、神様も元に戻るって、思ってたから」
 そして、元に戻れば、世界を救う為に“鍵”を欲しがるはず。だから、ライムを捕まえる為に、追っ手を差し向けたのだと、ルツーセは思った。
「今も狂っているとは、言っておられなかったが……」
 消化されていなければ、夢馬をどうにかする事で食われた夢や心は元に戻る。アレスディアも確かそう聞いていた気がする。
「あ、そっか、そうよね。だってずっと封印されてたから、ライムが知るはずないもんね」
 その言葉は、封印される前に彼らの世界の神は狂ったということになる。
 どこか不安そうな表情のまま、微かな安堵をその顔に乗せて微笑んだルツーセに、アレスディアは何か考えるような仕草で言葉を零す。
「彼らの世界からの追っ手……」
 びくっと、一瞬ルツーセの肩が振るえ、知らず知らずに握っていた手に力が篭った。もし、それが誰かという予想を尋ねられたら、答えられない。
 今まで、悪いのは全部逃げたライムだと思っていた。けれど、それは違うとアレスディアの目の前で、アクラに言われてしまったから。
「必ずしも相対するとは限らぬ」
「え?」
「救うことが目的であり、打倒が目的ではないのだから」
 今の世界を救いたいという思いと、救いのない世界を終わらせたいという思い。それが対立して、周りを巻き込んで、世界さえも越えた。
「しかし、かつてない相手であることも確か。身辺を整え事に専念するためにこちらを預かっていていただきたい」
「事に専念って……?」
 時空間を越えてまで、あんな異形を放てる相手となると、相当な魔法の使い手と言えるだろう。
「未練――いや、気がかりを無くしておきたと思ったのだ」
 貰ったものを何にも生かせず箪笥の肥やしにするというのも、失礼な気もするけれど、使い道も無い。使わなくても蘇芳は何も言わないだろうが、万が一アレスディアに何かあった際、見ず知らずの誰かに切手が渡ってしまったら、蘇芳に多大な迷惑がかかる。そうなる前に、信頼の置ける人物に渡しておけば、そんな心配もしなくて済む。そうして、心に残る引っかかりをなくしておけば、それだけ物事に集中できる。
「なんだか、これでお別れみたい」
 切手を見下ろして、ルツーセは寂しそうに口元だけで微笑む。
「安心されよ。別に形見のつもりではない」
 もし形見を渡すような機会が訪れたとしても、相手が迷惑になるようなものは残したくは無い。
「もしかしたら、欲しいものが見つかって、必要になるかもしれないもの。アレスディアさんが持っていたほうがいいよ」
「む……」
 それでも、小切手を受け取らないルツーセに、アレスディアはどうしたら受け取ってもらえるか考える。
「そうだ。無事、兄弟揃ってこの家に帰り着いた際には、この切手で何か祝いの席でも設けようか。私はそういうセッティングは向かぬ」
 自分の部屋でさえ、着飾るということもせず、必要なものだけが揃っている程度の殺風景さ。そういった華やかな事に対しての感性には些か――いや、十二分に自信がない。
「故に、ルツーセ殿、預かっていただけぬか?」
 再度差し出された小切手に視線を落し、ルツーセは躊躇う。
 それに、ルミナスを含め兄弟たちのことならば、アレスディアよりも自分が動くべきなのだろう。そうできないのは、心のどこかで、まだあの世界を信じているから。けれど、アクラに言われたあの日から、信じていたものが足元から崩れるだろうと、予感していた。その時がもう直ぐ来るのかもしれない。
「アレスディアさん……ごめんなさい。ありがとう」
 ポロポロと涙が零れた。

 巻き込んでしまって、ごめんなさい。
 どちらの味方にもなれなくて、ごめんなさい。
 こんなにも、思ってくれて、ありがとう。

「ルツーセ殿……!?」
 突然泣き出してしまったルツーセに、どうして良いか分からずアレスディアはおろおろと彼女を見る。
「何でもないの。切手、大事に保管しておくね」
 ルツーセは泣き笑いの表情で顔を上げると、アレスディアから小切手を受け取り、ぎゅっとそれを抱きしめた。


















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 Mission0にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 一応今後に関わる流れかと思いまして、白山羊亭より先に納品させていただく事にしました。
 個室の補間文章を拝見されてのプレイングだと思うのですが、現状の納品物でそれが分かる描写をしているものが無かったので、少し変更を加えさせていただきました。
 それではまた、アレスディア様に出会えることを祈って……

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