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■東京怪談本番直前(仮)■

深海残月
【3689】【千影・ー】【Zodiac Beast】
 ある日の草間興信所。
「…で、何だって?」
 何故かエビフライを箸で抓んだまま、憮然とした顔で訊き返す興信所の主。
「どうやら今回は…ノベルの趣向が違うそうなんですよ」
 こちらも何故かエビフライを一本片付けた後、辛めのジンジャーエールを平然と飲みつつ、御言。
「…どういう事だ?」
「ここにたむろっている事に、いつもにも増して理由が無いって事になるわね」
 言い聞かせるように、こちらも何故かエビフライにタルタルソースを付けながら、エル。
「…怪奇事件をわざわざ持ってくる訳じゃなけりゃ何でも良いさ…」
 箸でエビフライを抓んだそのままで、思わず遠い目になる興信所の主。
「そう仰られましても、今回は…『皆さんから事件をわざわざ持って来て頂く』、事が前提にされているようなんですけれど…」
 ざらざらざら、と新たなエビフライを皿の上に大量に足しながら、瑪瑙。
「…」
「…」
「…まだあるのか」
 エビフライ。
「誰がこんな事したんでしょうかねぇ…」
 じーっとエビフライ山盛りの皿を見つつ、空五倍子。
「美味しいから俺は良いけどねー☆」
 嬉々としてエビフライをぱくつく湖藍灰。
「…いっそお前さんが全部食うか?」
 嬉しそうな湖藍灰を横目に、呆れたように、誠名。
「…嫌がらせにしても程がある…くうっ」
 嘆きつつも漸く、抓んでいたエビフライを頬張る興信所の主。
「あの、まだ軽くその倍はあるんですけど…」
 恐る恐る口を挟んで来る興信所の主の妹、零。
 それを聞き興信所の主は非常ーに嫌そうな顔をした。
「…誰がこんなに食うんだ誰が」
「誰かの悪戯だ、って話だったか?」
 タルタルソースの入った小皿と箸を片手に、立ったままビールを飲みつつ、凋叶棕。
「そうだ。しかも出前先の店曰くキャンセル不可で、だがそういう事情があるならと…折衷案として食べ切れたなら御代は無料で良いと来た…何がどうしてそんな折衷案になるのか果てしなく謎なんだが」
 そして草間興信所には金が無い。
 客人もなるべくならば払いたくは無い。
 故に、そこに居る皆総掛かりで…何となく食べて片付けている。
 客人も合わせるなら、別に金銭的には何も切羽詰まっている訳では無いが…。
「ところで『事件を持って来て頂く事が前提』ってのはなんだ?」
 誰にとも無く問う興信所の主。
「誰かから御指名があったら、ボクたちここから出て行かなきゃならないんだよね」
 答えるように丁香紫。
「…逃げる訳か」
「そんなつもりは無いが…。そうやって『我々の中の誰か』を指名した誰かの希望に沿う形にノベルを作るのが今回のシナリオと言う事らしい…まぁ、制約緩めなPCシチュエーションノベルのようなものだと言う話だが…それが今回の背後の指定だ…」
 頭が痛そうに、エビフライの載った小皿を持ったまま、キリエ。
 その話を聞いて、更に憮然とする興信所の主。
「………………だったらせめてそれまでは意地でも付き合わせるぞ」
「わかってますって。でもこれ…ひとつひとつを言うなら結構美味しいじゃないですか。たくさんあるとさすがにひとりでは勘弁ですけど、幸運な事に今は人もたくさん居ますし。きっとその内片付きますよ」
 興信所の主を宥めるように、水原。
「ところでいったい誰がこんな悪戯したんでしょーね…」
 エビの尻尾を小皿に置きつつ、ぽつりと呟くイオ。
「それさえわかればお前ら引き摺り込まずともそいつに押し付けられるがな…」
 この大量のエビフライとその御勘定の両方が。
 興信所の主は再び嘆息する。
「まぁ、どちらにしろ…誰か来るまでは誰も逃がさんぞ…」
→怪談と、夏と花火と喫茶店

■prologue

 夏の宵。
 花火にかこつけ、集うも一興。
 ささやかな時を楽しむ為に。

 …さぁ、皆で何をしようか。



■夜の散歩の寄り道に。

 黒い空、異形の列が夜を往く。鈴の音軽やかに笛吹き鳴らし、大小様々多種多様、数多の異形が列を為す。上空には自然の、地上には人工の星が色とりどりに煌いて。
 そんな星々に挟まれた闇の狭間を、百鬼夜行が練り歩く。…最早そんなものは文明や科学に駆逐されたと思われがちだが、ところがどっこいまだまだ健在。今ここで空を見上げたならば、きっと人々の目にもこの夜行は映ることだろう。奇妙で奇態で奇抜で奇麗で、ちょっぴり怖くて心に残る、そんな不思議な、夜行のことが。

 そんな中――夏の風物詩と言えば、お祭り、怪談、百鬼夜行♪ と、うきうきと湧き立つ気分で夜行に加わっている「人の子」がひとり居た。…否。浴衣を纏った十代前半の少女――らしい姿をしてはいるが、それは「人の子」とは言えないか。大きなリボンで纏めた黒髪ツインテールの下、その背には可愛らしい小さな黒い翼が一対。勿論、ツクリモノではなく、実際にパタパタとはためいており――それで滞空し、夜行を構成する異形を友として、楽しげに中空を練り歩いているのが見て取れる。
 彼女は見るものすべてに興味津々なようで、夜行を構成する他の異形もまたそんな彼女を微笑ましく感じているような――愛されているような。そんな気配まで醸している。彼女のその頭にはロップイヤーの如き垂れ耳の――けれどよく見ればその耳の部分が翼になっている黒い兎が、当然のようにちょこんと乗ってもいる。
 千影と静夜。同じ主を持つZodiacBeast。彼らもまた百鬼夜行にお邪魔するに相応しい異形――魂の獣ではある。弟分である兎形の静夜を頭に乗せての夜の散歩は千影の日課。それも今の時期ともなれば――異形の皆と賑やかに歩んで行けるから。それに、今宵は空にまぁるい花火も上がり始めているのがとてもきれいで、面白くて。…人間もなかなか素敵なことをする。
 そんな中を、異形の皆と一緒に練り歩いているだけでも、すごく楽しい。

 …の、だが。

 この日は、少し別の方向にも千影の興味が向いた。…何だか、すぐ近くに知り合いの気配がする。誰だったっけと考える。…弥生ちゃんと、ヴィルちゃんと。あと…フェイトちゃんだっけ、勇太ちゃんだったっけ。…どっちだったか忘れちゃった。…それから他にもうひとり…知ってるような、知らないような。誰だっけ。ただ、桜の花と一緒に記憶があるかもしれないひと。
 どこだろう? ときょろきょろ探す。気配の源。あっちかな、こっちかな。考えるより先に、感覚に従って足の方が動く――あっちだ、と心が先に確信する。そんな己の心に従い、千影はそのまま迷うことなく夜行の列を離れる。猫科の獣を思わせる軽やかな動きで、とんっと中空を蹴り、ちりんと進む。

 …うたかたからうつつへと、鈴の音と共にふわりと舞い降りる子猫。

 舞い降りた先は、とある建物の屋上。
 感じ取れた気配の持ち主である四人は、そこに居た。



■03

 確かに、特等席。
 喫茶店の屋上、そこで花火見物に興じている四人――ヴィルヘルム・ハスロに弥生・ハスロ、八瀬葵に、フェイト――もとい本名工藤勇太――は誰からともなくそう納得する。打ち上げている場所から近過ぎず離れ過ぎず、ちょうど良い距離間で――花火の全容が、大きく、美しく見える位置関係。偶然そうなったのか誰か気を遣って考えてでもいたのかはわからないが、地上のイルミネーションがあまり気にならない程度に抑えられているのもまた悪くない。
 一回一回それぞれ違う、様々な花火が夜空に展開する。その一瞬にすべてを懸ける、儚くも力強い――潔い美の競演。…単純に、火力の派手さだけで言うならばそれは劣る場合もあるかもしれないが、これ程色とりどりの趣向を凝らした、手の込んだ花火がごく普通に打ち上げられるのは日本独特。日本ならではの景色と言える。
 皆、目を奪われてしまって、折角弥生に用意してもらった料理に伸びる手の方が、ついつい止まってしまう程。

 そんな中、どん、と再び花火が上がったところで――皆が花火を観る為に空を見上げたところで――視界の中に、ふわっと舞い降りる影があった。背景の花火と相俟って、何処か夢幻的な印象を与えるその黒く小さな人影。体重を感じさせない軽やかさで、とん、と危なげなく皆の目前、同じ高さに着地する。浴衣姿の――背に小さな黒い翼を生やして、頭に黒い垂れ耳兎を乗せた、十代前半程度に見える黒いツインテールの少女がひとり。

 …ここは「屋上」の筈である。
 まるで空から気まぐれに舞い降りて来た幻獣のような、現実感の薄いその姿――と思えば、そもそもある意味で「その通り」の存在で。
 屋上に居た四人に自分の姿を認められたかと思うと、「彼女」はにっこり笑って、御挨拶。

「こんばんわ!」
「…って、チカちゃんじゃない!」
 チカ――千影。
「うん♪ お久しぶりなんだよ弥生ちゃん」
 ヴィルちゃんも。
「…ああ、お久し振りですね。まさか空からいらっしゃるとは」
 驚きました。
「うん。百鬼夜行の途中でヴィルちゃんたちの気配があるのに気付いたの。だから来てみたんだよ♪」
 うにゃん。
「…って浴衣なんか着るんだな、あんたも」
「ふふー。だって夏なんだよ♪ 浴衣でおめかし、チカもするんだよ♪ 可愛いお兄ちゃんもお久しぶりなんだよ♪」
「…可愛いって」
「ところでお兄ちゃんてフェイトちゃんと勇太ちゃん、どっちなんだったっけ?」
「…可愛いって…。…いや、今は勇太でいいけど」
「じゃあ勇太ちゃんなんだね、あとこっちのお兄ちゃんは…」
「……葵」
「葵ちゃんなんだね。…えっと、はじめまして、あたしチカ」
「……。……初めまして、だっけ」
「じゃなかったっけ??」
「……一応、何度か顔合わせたことあったと思うけど……まぁいいか。初めまして。俺は八瀬葵。チカって言ったっけ。宜しく」
「うん、よろしくなんだよ」
 にっこり。

 で。

「みんなは何してるの? パーティ、お祝いごと? チカも、お邪魔しても大丈夫??」
「勿論。飛び入り参加も歓迎しますよ。私たちは誘い合わせて花火見物をしていたところなのですが、こういうことは、人が多い方が楽しいですからね。…弥生。ちょうどシシャモの南蛮もあったよね」
「ええ。こうなると何だかチカちゃんも来るのがわかってたみたいね。魔女の直感かしら♪」
「ししゃもあるの! 食べていいの? やったぁ♪」
 わーい、と千影は嬉しそうに万歳。目を輝かせつつ、皆の元へと――料理が並べられている折り畳みテーブルへと駆け寄る。はい、とばかりに弥生がシシャモの南蛮を載せた皿を、テーブル上から千影の手の届くところに差し出したのが殆ど同時。ありがとうなのー♪ と千影はすぐにその皿に飛び付く。と言っても、勿論お行儀が悪いのはダメダメなので――今は浴衣姿と言う通りに人化中でもあるので、おはしも借りてつたないながらも確り使ってもくもくもく。ただ焼いただけとはちょっと違う南蛮漬けの味だけど、それもまたちょっと新鮮でししゃもの新たな魅力、と千影は御満悦。
「これ美味しいよ弥生ちゃん!」
「ふふ。有難うチカちゃん。いっぱいあるからたくさん食べてね」
 シシャモだけじゃなく、他にも色々あるし。
「他にも? わ、ホントだいっぱいあるの。サンドイッチとかも色んな具が挟んであるし。見てるだけでもわくわくするね♪」
「……うん」
「だよね! 葵ちゃんもすごーく美味しそうに食べてる」
「……そう、見える?」
「うん。美味しいもの食べてるとみんないい顔するから。勇太ちゃんもすごーくいい顔してる」
「…ああ、弥生さんのエビフライ、絶品だからね」
「エビフライも絶品なの? チカももらうのー」

 どん。

 食い物だけじゃなくこっちも見ろ。とでも言いたげなタイミングで、次の花火の音がそこでまた鳴る。つられるようにして皆の視線が夜空に向く。色の違う小さな花火が幾つも連続して広範囲に上がる形の仕掛け花火。それぞれ確りと花開いた後、パラパラと火花が散る音が余韻に残る。
 わああ、と誰からともなく感嘆の声が上がる。花火綺麗だね♪ と心底嬉しそうなチカの声。感激してか、うん、と短く肯定するしかできない葵。今の凄かったわねー、と弥生も感心している。そろそろ凝った花火が上がり始めてるみたいですよね、と勇太も視線はばっちり夜空の方に。
 ええ、そろそろ花火大会もクライマックスみたいですよ――花火が上がるその合間、時計を確かめつつヴィルヘルムが勇太に同意。そろそろ大会の目玉になる花火が打ち上がりそうな頃合いだとも皆に伝えておく。…屋上で花火見物をと決めた時点で、ヴィルヘルムはざっとながら大会の方の予定を確かめて来てはある。

 折角の特等席なのだから、見逃す手はない。

【→NEXT 04(ヴィルヘルム・ハスロ)】



■epilogue

 集う中、さざめく笑いとこの日の火花。
 築かれるのは夏の思い出。
 …ささやかな時を、いつかまた。



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 登場人物紹介
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 ■8556/弥生・ハスロ(やよい・-)■01パート掲載
 女/26(+5)歳/魔女

 ■8636/フェイト・−■02パート掲載
 男/22歳/IO2エージェント

 ■8757/八瀬・葵(やせ・あおい)■05パート掲載
 男/20歳/喫茶店従業員

 ■8555/ヴィルヘルム・ハスロ■04パート掲載
 男/31(+5)歳/喫茶店『青い鳥』マスター(元傭兵)

 ■3689/千影・ー(ちかげ・-)■03パート掲載
 女/14歳/Zodiac Beast

※頭のprologueと最後のepilogue章は全員共通、各自導入章は個別(ハスロ夫妻のみ共通)、本文章は数字の順で五パートに分けさせて頂きましたので、数字パートについては皆様の分を順番に通して読んで頂ければと思います。また、千影様の登場が少し遅れる事になったので、01、02パートでは千影様は描写されていません。