■【炎舞ノ抄 -後ノ壱 外-】糸を切る/糸を手繰りて■
深海残月
【3425】【ケヴィン・フォレスト】【賞金稼ぎ】
■――――――糸を切る/――――――

 その時、貴方は。
 白色を纏う童子と、相対していた筈で。

 …瞬間的に、何が起きたかはわからなかった。
 ただ、荒れ狂っている暴風――とでも言うべき『何か』に巻き込まれたような。
 それも、何故か――人格的な鬼気や、殺気に似たモノまで孕んでいるような『何か』。
 とにかく、凄まじい圧力のようなその『何か』が――無造作かつ強烈に叩き付けて来られた、ような。

 そんな感覚からやや遅れて、実際に貴方の目の前にもその『何か』の正体が――人型の姿が映し出される。

 逆巻く暴風にも似た土色の炎を纏い、抜き身の日本刀をその片手にぶら下げた様で。
 長い総髪を頭後上部で括り流した、黒血の如き瞳を持つ、袴姿の和装。
 見た目の異様な様からし、各所で『獄炎の魔性』と称される化物めいたその若者が――不意に白色の童子を狙い、姿を現し様、初手から一気に獲りに来た。…そうであったのだと改めて思い知らされる。

 貴方はそのすぐ側に居ただけ。なのに、その圧はまるでその時その場で自分が狙われていたかのような――それ程の思いを抱かせるものであって。
 若者の手にある刀が振るわれると共に、その軌跡に沿うように刃に纏わり付いていた土色の炎が一気に威勢を増し――貴方の側に居た白色の童子を呑み込んでいる。

 …否。

 その時もう白色の童子は、土色の炎がぞろりと容赦無く舐めたその場所には居なかった。
 たった今ぎりぎりで逃げおおせたと思しきやや崩れた態勢で――それでも咄嗟に身を翻し飛び退き、獄炎の魔性の刃と炎の舌を躱していたのだと、やや遅れて貴方は気が付いた。

 貴方自身は「やや遅れて」だったが、白色の童子の方は――既にその服の袖や被衣を舞うようにはためかせ着地、己が次に動くべき形を――次の一手を考え、狙っているのは見て取れた。
 白色の童子は降って湧いた天災の如きその若者を、眇めた眼差しでじっと見据えている。

 そして。

 …笑った。
 ふふ、と含むようにして、涼やかに。

「やっと形振り構わなくなって来たんだね。何よりだ」

 今まではずっと、ボクひとりで居る時だけを狙って来てたのに。
 やっと、今のあなたの様を、確りと見せ付けてやれる。
 あなたを大切に思うひとたちや、あなたの真っ当な様を望むひとたちに。

「ねぇ。ボクを殺せば、終わると思ってるの? …可愛いね。獄炎ノ魔性――佐々木、龍樹」



■――――――/糸を手繰りて――――――

 それが起きるより、少しだけ前の事。
 貴方はまだ年若い子供――のように見える僧形の男を見掛け、ふと気になって声を掛けていた。

 その僧形の男――風間蓮聖は、それまで良く顔を見せていた白山羊亭にさえ、近頃は姿を見せなくなって久しい。現在、弟子である青年が身の裡の魔性を暴走させソーンの各所で破壊や殺戮を為している――それを止める事こそが蓮聖の目的だと耳にしている者も居た。その為にこそ、故郷世界から弟子の青年――佐々木龍樹に深く関わって来た者をソーンに喚びまでしている。
 初めの内は、蓮聖は巻き込むのは多くとも彼らのみと考えていた。…出来得る限り独りで動くつもりのようでもあった。けれど――それなりに時を経、新たにソーンで出会った者とも関わる内に、いざとなれば彼らにも助力を乞うと約束した。
 したのだが。

 蓮聖は結局、人目を避けるようにして、極力独りで動いているような節がある。近頃は全て己のせいだと言い切り、これまでよりむしろ独走しているようにさえ見える程。
 …そんな中での、久々の顔合わせ。
 貴方が声を掛けた時点で、困ったように苦笑をされた。…今ここで遇ってしまったなら仕方が無いと。こうなってしまったなら、手伝って欲しいとさえ、言って来た。
 何をか。

 白色の童子――秋白を襲う龍樹を、退ける事を。

 そう求められはしても、そもそも秋白の方も龍樹の方も、居場所を把握するのは難しい相手では無かったのだろうか。ふとそう思えば――その事を読み取ったように、蓮聖は頷いてくる。
 曰く、龍樹はともかく、秋白に限れば今の己なら捉えられると言う話。何故そうなのかの理屈までは言いはしなかったが、少なくとも完全に確信しているようには見えた。

「龍樹の事。朱夏の事。今ある形に事を仕向けたのは秋白ですが、だからと言って秋白を傷付けるのは筋合いでは無いのですよ」

 ですから、いずれ秋白を襲いに行くだろう龍樹を、そこで止めたい。…他ならぬ私の手で――と思っていましたが、今ここで遇ってしまった以上は、きっと貴方はそれでは得心なさらぬでしょうから。

 …これから共に来ては頂けませんか。
 秋白の元へ。

 ええ。勿論、貴方がどうなさるかは――貴方次第ではあります。ですがもし、私の邪魔をなさると言うのなら――今ここで、それなりの覚悟をして頂く事にもなりますがね。

 さぁ、如何致しますか。
【炎舞ノ抄 -抄ノ伍-】糸を切る/糸を手繰りて

 別に、邪魔をする気はない。
 むしろ、あれを――龍樹とやらを止めると言う話なら、手伝う事に異存はない。秋白と言うのもあの釣りの時に遇った妙な白い子供と同一人物の事なんだろう。前に聞いた話からして、そうなのだと思う。にしても「龍樹が秋白を襲う」って言い切れるのはどういう状況なのか。…エルザードで無差別小規模器物損壊があった件を調べてたあの時…に言っていた蓮聖の推測。あれがその通りだって確信出来たって事なんだろうか。俺の実感としてはあの龍樹とやらは誰彼構わず無差別で襲って来そうな気がするんだが。…実際、前に俺も殺されかけてるし。
 …何だか今蓮聖から聞いたのもまた面倒臭そうな話ではあるが、まぁ、確かに自分も事ある毎に「この件の関係者」に関わってしまってもいる。その面倒臭い話の原点?をどうにかすると言うのなら…そこは俺も確認しておいた方がいい事だろうとは頭の何処かで判断している。多分後々、その方が面倒臭くなくなる気がしているから…だろうとは思う。
 だから、俺は今蓮聖の姿を気に留めた。実際に声を掛けた訳ではないのだが、呼び掛けたみたいに蓮聖に受け取られてしまうような「意思の伝え方」をしてしまっていたのだろうと今更になって自覚する。確か、蓮聖の姿を見たのは久し振りだったと思うから。何か彼らの状況に動きはあったのか、気になっていたのかもしれない。…そう思うと自分の物好きさに何だか呆れる気もするが。

 ただ、蓮聖の申し出を受けて、実際に秋白のところに赴くとなると――少し準備する時間が欲しいのも確か。常備している片手剣やすぐ召喚出来る聖獣装具の音叉剣――ソニックブレイカーだけだと、あの龍樹に相対するには何だか心許無いから。
 そう思い、蓮聖を見る。…構いませんよと打てば響くみたいに言葉で返って来た。千獣も少し顎を引くくらいに頷いてくる――彼女もまた偶然ながら殆ど同じタイミングでここに居た。…まぁ、今居るここはエルザードの街中だし。こんなところで蓮聖がうろうろしてる方が最近珍しかった訳だし。居るのに気が付けば、知り合いだったら声を掛けたりもするだろう。…何だか、それこそ無差別小規模器物損壊の件を調べてた時と同じような感じだなと頭の何処かで思いもする。まぁ、あの時はもう一人蓮聖の娘とか言うのが居たんだったか。…いや、それは今はどうでもいいんだが。余計な事は極力考えたくない。頭が疲れる。



 取り敢えず、最低ラインとして遠距離武器が足りないと思い、弓矢一式を調達して二人の元に戻る。他にも可能な限り使えそうな補助武装を用意して行った方がいいかとも頭を過ぎったが、俺がその気で吟味し始めたら無駄に時間が掛かると思ったのでそれだけにしておいた。…どうせ、何を持って行ったって最後には使い慣れた剣か棒を使う事になると思うし。俺だけじゃなく、蓮聖に千獣の二人の手もある訳だし。余計な色気は出さない事にする。
 …戻った先。何となく、置いて行かれてるかなと言う気もしたがそんな事はなかった。…少し意外な気もしたが、戻って来た俺の姿を見て――続けて蓮聖の方も見て、何だか千獣の方も同じような感想を抱いている気がした。俺でわかるなら蓮聖の方もわかってると思うが、蓮聖は特にその事については何も言わない。

 ただ、俺の姿を認めた蓮聖から、参りましょうか、と早々に促される。俺も千獣も後に続いた。向かった先は――何だか、釣りの時に出向いた途中の丘と似た感じの場所だった。…厳密には違う場所だが。まぁ、エルザードを一歩出たなら周囲は特に拓けてる訳でもないし、似たような長閑な景色が広がる場所も少なくない。
 そんな丘の一角。秋白が、居た。前見た時と同じような感じで、一人で。日がな一日ああやってぼーっとしてるのかあいつ。と思う。妙な親近感が湧いたかもしれない――が。
 勘の方が先に来た。ヤバい、と思う。思った時には、不意に中空に生まれた火の玉が秋白に躍りかかるところだった。火の玉じゃなくて、土色の炎を纏う血刀の男――龍樹だった。そこまでを視覚で追えたのがギリギリで。…勿論、実際に手など出せる速さの――距離の出来事ではなくて。龍樹のその剣気と言うか熱と言うか暴風と言うか、とにかく実際の圧は後から来た。なのに、俺の同行者の方――蓮聖と千獣の方は対応して動いている――動けているような気がした。どう動いたかまでは俺には知覚し切れなかったが、そんな気はした。その事だけでも何だかもう桁が違う連中だなぁと改めて思い知らされる――それでも勿論、自分も自分でただぼけっとしているつもりもない。面倒ではあるが、放っておくつもりはない。その為に同行したのだから、出来る事をする。
 まだ間合いが遠いから、弓を取り矢を番える事をした。この間合いで俺が取れる手段と言うとこのくらい。この感じだと蓮聖か千獣のどちらかが多分状況に追い付いて何か対応するだろうから、一拍遅れてでもその援護が出来るようにと身体が勝手に判断した。
 判断したが。

 気が付いた時には、千獣の方が――秋白を庇う形で、龍樹の前に割って入っていた。
 …割って入っただけで。
 防御の形で龍樹の攻撃を受け止めているんじゃなく、もっと、無防備な感じで。

 …ちょっと待て、と思った。
 今の出方で、それかと。
 龍樹の方も、何やら様子が少し変だった。インパクトの瞬間、ぎょっとしたんじゃないかって感じがした。…見ていた俺もぎょっとした。まさかあの男がするか?とも思ったが、多分、あの様子だと…龍樹の方でも寸止めしていたんじゃないかと見えた。…まぁそれでも、纏う土色の炎とか、剣圧とかその辺の余波が強過ぎて、実際の威力の方は殺し切れていないんだが。
 つまり、割って入った千獣が――ちょっと予想外なくらいにいきなり傷だらけになっていた。それでも、当たり前みたいに立ってはいたが。焼き削がれた包帯の下から、何か獣の一部――脚や鼻先やらあちこちの部位みたいなものが脈打つみたいに派手に表に出たり引っ込んだりして、不規則に波打ってるのが見えた。…回復…しているのかと一拍遅れて気が付いた。確か千獣は獣使いで、その身の内に千の獣が居るとか何とか聞いた事はあった気がする――多分、その獣の力で回復している。

「有難う千獣おねーさん。ボクの事、庇ってくれて」

 そこに、何だか場違いなくらいに朗らかな秋白の声がした。うん…と何やら途惑いつつも肯定するような千獣の声が返る。今の負傷を見てしまうと、その答えが確りしているのはまだ良かったとは思うが――反面、秋白のその声の方が、妙に不安を煽るような、何処かわざとらしい響きになっている気がした。俺の釣りにくっついて来た時の様子からすると何だか嘘みたいな声。
 その秋白は、自分の前に居る千獣を通り越して、蓮聖を見ている気がした。…蓮聖。どうやらさっきのあの場面では、自分が移動するのではなく咄嗟に大薙刀を振るおうとして――千獣の方が先に出たのに気付いてやっぱり寸止めしていたようだった。が、それで結果が今の目の前の状況で――予想外だっただろう千獣の行動にか、目を瞠って固まってしまっているようで。
 それらの状況を漠然と確かめつつ、また、ヤバそうだと気が付く。…何がヤバい。また感覚の方が先に来る――今のこの間。それはごく短い間ではあるが、今、千獣や蓮聖の意識の外にあるのは。
 一番注意しなければならない「目的」の相手。

「ボクの為に千獣おねーさんを連れて来てくれたのはあなただよね」
「…秋白」
「あなたはどれだけ周りを巻き込めば気が済むんだろう。自分の手を汚す覚悟もできてないって事だよね。あなたの為にこうなった、あなたの弟子の相手をこのおねーさんに任せるなんてね。否定したって今のでわかるよ。あなたがおねーさんより遅れた、その事だけで証も同じだ」
「……。……私、蓮聖に、巻き込まれた……わけじゃ、ない」
「でも。このひとが居なかったなら起きてない事なのは確かなんだよ」

 話している最中、龍樹が再び攻撃に転じているのが――そうしようと動いているのが見えた。龍樹の纏う炎の威勢が何だか増した気がした。…何かに憤った…ように見えた気がした。秋白の喋りの何処かにだろうかと頭の隅でちらりと思う。
 が、それより今は。龍樹が身を翻すようにして千獣から離れ――その次の動きに出る前に。俺は、そちらに向かって地を蹴っていた。まずは構えていた矢を射つ事を考えるだけ考えたが、実際の行動の方では自分自身で駆け付ける方を選択した。今度はそうすべきだと頭で考えるより先に身体が判断していた。…間に合う。そう思い、駆けつつも聖獣装具のソニックブレイカーを召喚。その段で千獣が龍樹の動きに気付いて、また秋白を庇うように前に出ようとして。
 俺はギリギリ、狙った通りに辿り着けた。秋白を狙って龍樹が振るう、土色の炎を纏った日本刀。…それに何の魔法的な威力もない矢の一本が中ったとしても果たして意味があるかどうか。俺は瞬間的にそこまで閃いていたんだろう――だから、以前殺されかけたあの時、短い間ながらもある程度こいつと互角にやり合えた実績のあるソニックブレイカーの方を使う事を選択した。勿論、真正面から龍樹と戦るような真似を試みたんじゃない。秋白に――割って入った千獣に撃ちかかろうとする龍樹のその手元だけをピンポイントで狙って、横合いから念を籠めて全力で撃ち込んだ。
 狙いは、龍樹の得物。取り落とすなり折るなり何なり、とにかく「攻撃の意志を乗せているそれ」を横合いから崩す事を狙った。…それで実際の攻撃力がどれだけ減じるかは何とも言えないが、少なくとも出鼻は挫かれるだろうと考えて。千獣への次のダメージも幾分削れると思うし。…思いつつ、俺は撃ち込んだその勢いのまま受け身を取る形にわざと地面に転がって離れる――転がる中で、また龍樹の前に出ようとしていた千獣と目が合った。驚いている目の気がした。…いや驚いたのはこっちなんだが。碌に防御もしないで黙って受け止めるなんてあんな真似をされたら正直、困る。だから、止めろと伝えるつもりで千獣を見た。見ているところで、龍樹と千獣が激突した。
 …と言っても、龍樹の攻撃態勢が崩れての、攻撃をしようとしていた勢いと慣性に従っただけの体当たりみたいな激突で、龍樹も千獣も二人共すぐに立ち上がれない。ただ、初手の先程よりはまだダメージが少ないだろうと見て取れる状況。よし。と思う。今狙った事は成功した。
 そして当然、俺も俺で龍樹の前で留まっているような愚は冒さない。地面に転がったそのまま更に離れる形に幾らか転がって、頃合いを見てすぐに起き上がり、改めて間合いを取る。
 と、その間に起き上がって――立ち上がっていた龍樹が何やら意外そうな貌でこちらを見ていた。ヤバい、奴の意識を引いてしまったか――と俄かに焦るが、こちらを見はしても特にこちらを狙って来る様子はない。…以前俺が遭った時とは、何だか様子が違う。目に理性の光がある気がした。

「……私……大丈夫、だから……」

 千獣の声がした。見たら、龍樹と前後して身体を起こしていた千獣が俺を見ていた。碌に防御もしていないから既に満身創痍に近く――その割に、自分を守る為なら攻撃をしなくていい、とでも俺に言っているような、そんな風でもあった。…おい。と思う。それは確かに面倒だから止めても構わないと言うかむしろ止めたい気はしないでもない。が、今はそれで済む状況下か? と言葉には出さずに千獣に訊き返す――と、また龍樹が秋白を狙って中空に身を躍らせていた。その手に先程までの得物――日本刀はない。が、全然気にする気配もなく無手のままで再び秋白を狙っている――日本刀の代わりに、凝る炎を手だけに纏わせて魔法的な攻撃手段にしているようでもあった。やっぱり攻撃力が削れたのはほんの一時だけになるかと思う。千獣も、気付くのが遅れたか今度ばかりは追い付けない――が。
 さすがに目の前でこれだけやれば、そろそろ真打が出るだろうとも思いはする。

 つまり、蓮聖。
 思った通りに、インパクトの瞬間、いつそこにまで辿り着いていたのか、蓮聖が龍樹の前に出て攻撃を受け止めていた。それも、素手で――受け止めた手が真っ黒に焼けて燻っているのが見えて、おいおいおい、と思う。
 と、白々しいくらいに涼やかな、秋白の声がした。

「やっとその気になれた? 遅いよ。言われてから今になって動くなんて本当に卑怯者だよね。今の弟子の姿も。千獣おねーさんの姿も。それからケヴィンお兄さんの姿も。はっきり目の当たりにしないと実感できないってことなのかな。ま、しょうがないか。それが他人の事を想像する事もできないあなたなんだろうから」

 秋白はやや離れたところに平気で居た。つい今し方まで龍樹の狙った先に居た筈なのに、当たり前みたいに移動している――こっちもまた俺とは桁が違う訳かと取り敢えずそこで認識。いや、そういえば釣りの時に瞬間移動とかもしてたっけ、と何となく思い出す。…にしてもさっきからよく喋ると言うか、そんなに蓮聖が嫌いなのか? と軽く呆れるような言葉の選び方。口を開く事すら面倒臭い身にすると、よくそんな事思い付くなとむしろ感心したくなる程の舌の滑り方でもある。
 そんな益体もない事を思ったところで、龍樹が乱暴に手を振り払った――と言うか、振り払った手の部分が土色の炎と化して蓮聖の手を擦り抜けた。擦り抜けたところで龍樹の手は元通りに実体化、更にはさっき取り落とさせた筈の日本刀を握る形にまで戻っていて、改めてその切っ先を蓮聖に向けている。…あの日本刀自体も何か魔法的な能力の発現なのかもしれない。

「退いて下さい」
「…龍樹」
「朱夏だけではなく貴方まで失う訳には行かない」
「――ッ」
「御二方も。退いては頂けませんか」

 龍樹は俺や千獣にまで話を振って来た。…やっぱり、目に理性の光があると思ったのは間違いなかったらしい。
 が、何の話だこれ。

「退けない。……貴方にも、刃を、振るう、理由が、ある。だから、攻撃、するのは、止めない、けど、受け止めるのは、私」
「困ります。どうしてもと言うなら、乗り越えるしかないのでしょうが…貴方を殺し切るのは、きっと恐らく難しい」
「うん。……私は……倒れる気、ない」
「仕方ありませんね。まぁ、これまでの己が所業を思えば今更ですけれど。…ですが。私も甘んじて理に屈する訳には参りませんので。…ここで秋白を除けなければ、『風間蓮聖』を守れない」
「ッ――莫迦を言うな!」

 いきなり蓮聖が一喝した。…ちょっと驚いたが、つまりはそこが話の肝なのかと察しが付く。龍樹の科白を聞いて、そうじゃないんだ、と凄く苦悩してるみたいな様子は妙に新鮮に見えるかもしれない。これまで何処か超越してるくらい余裕の態度しか殆どしてなかった蓮聖がこうなるって事は、余程の事かとは思う。
 あー、今の状況として? 龍樹が秋白を狙ってて、蓮聖は龍樹を止めたくて、結果として蓮聖に守られてる形な筈の秋白は、何故か蓮聖に悪意てんこ盛り。自分を龍樹が攻撃する事については全然構ってないどころかむしろ歓迎してる様子すらある。だからと言って秋白は龍樹に黙って殺されるつもりもないようで、龍樹の攻撃が当たりそうになるとあっさり逃げてはこれ見よがしに蓮聖を言葉でだけ責めている。で、そうすると何だか龍樹の方が憤り、秋白はまた狙われる…と状況が繋がる。
 で、千獣はその状況をどうにかしたくて、ああいう無茶をしているらしい…とも何となく察しがついた。

「ほら。あなたが『そこ』に居なければ、こうはならなかったはずなのに――あなたはあなたが生きようとして、どれだけ他人の人生を狂わせたか自覚はあるのかな。全部、あなたのせいなのに」

 龍樹の言葉を受けるようにして、秋白が何やら蓮聖に畳み込む。
 なんだこの三つ巴。…と言うか千獣含めて四つ巴か。

「……蓮聖、どうして、逃げたの」
「――――――それは。…人として、生きたいと思ってしまっただけですよ」



 何だかまた妙な話が出て来た。…人として生きたいと思ったから逃げた。となると、秋白が前に言っていた生命云々の話の事も思い出す――何か関係あるのかもしれない。

 …いや、今はそんな事を考えてる間がないか。

 目の前の状況の方が先。秋白を狙う龍樹の動きがいちいち鋭くなっている――同時に、千獣が前に出た時も攻撃を止めずにそのまま斬り込むようになっている。自分の意志でやられっぱなしの千獣はさすがに、足元が覚束無くなる時も出て来ている――それでもどうしても、俺や蓮聖より先に前に出ようとする。…そういう真似をされるとどうも精神衛生上宜しくない。俺はそれ程善人なつもりもないが、悪人なつもりもない。すぐ手の届く場所で、黙ってやられようとする姿がすぐ目の前にあるのは…嫌だと思うのは自然な事だろう。
 よって、龍樹の攻撃が千獣に向かわないよう、俺に出来る範囲で色々とやり方を考え、実行する――それでも止め切れないのが、結局千獣が自分から傷付く事を選んでしまうのがどうにももどかしい。根本的に千獣の方が俺より力が上だから、そうする千獣の行為を俺が横から覆してやる事も出来ない。

 もう止めて下さい! と悲鳴に近い蓮聖の声がした。俺も同意。…もう止めろ、と思う。
 けれど千獣は、だめ、と返して。
 そのまま蓮聖に、ぽつりぽつりと問い掛ける。

 もし秋白が居なくなったら、彼の管理しているものはどうなるのか。
 秋白が『ちゃんと生きる』方法はないのか。
 この世界の何を使ってもダメなのか。

 …いや、蓮聖にだけじゃなかったかもしれない。秋白にもだったのかもしれない質問。それらを聞いた時点で、ああ、千獣は何か俺の知らない事情まで誰かから聞いているのかとは何となくわかった。…ただ、それを言っている千獣の方も、している質問がそれでいいのか、いまいち自信がないような感触もあって。

 俺の頭にもまた思考が廻る。身体の方は――何だかもうこれまでの戦闘経験から導き出した勘を頼りに殆ど自動的に動いている感じだった。そうしながらも頭に浮かぶのは、今聞いた事や、前に聞いた事。さっき龍樹が言っていた事――朱夏だけではなく蓮聖まで失う訳には行かない。理に屈する訳には行かない。
 何だか聞き流さない方がいいような気がする龍樹の言い分。…そう言えば朱夏は別の世界で死んでいたと言っていたな。それも関係あるのか? でもそれを蓮聖に言う龍樹が秋白を除こうとするって事は、朱夏の死の原因とやらが秋白って事か? で、秋白は蓮聖の事も殺そうと? …って全然そんな感じじゃないな。だったら秋白が喋りまくるだけで手の方は碌に出して来ない理由がよくわからんし。
 いやそもそも、「理に屈する」って何だ。…人の生死はそれは理なんじゃないかとは思うが。朱夏が死んでるって事が関係してるのか? 何なんだ?

 と。

 つらつらと考え込んでいたその時、不意に地面が揺れ動いた。かと思えば――同時に轟音がした。反射的に音の源だろう方向を見る――エルザードの街の方。
 見た時点で、ちょっと待て。と思う。





 エルザードの街中で、火の手が上がっていた。
 確かあの辺りは、アルマ通りの――白山羊亭のある辺り。



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 登場人物紹介
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■視点PC
 ■3425/ケヴィン・フォレスト
 男/23歳(実年齢21歳)/賞金稼ぎ

■同時描写PC
 ■3087/千獣(せんじゅ)
 女/17歳(実年齢999歳)/獣使い

■NPC
 ■風間・蓮聖
 ■秋白
 ■佐々木・龍樹

(名前のみ)
 ■朱夏

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