■双姫のとある一日■
みゆ |
【8636】【フェイト・−】【IO2エージェント】 |
東京のとある高級住宅街、つまり一等地に斎家の広大な屋敷がある。古くからその場ある斎家は、旧家中の旧家だ。建物は増改築を繰り返していて、基本的に外装は和風だが内部は洋室と和室と両方ある。
退魔師、陰陽師としてはまだ二人で一人前の双子は、称えられてか揶揄されてか、「斎の双姫(そうき)」と呼ばれていた。
「瑠璃ちゃん、お仕事いくよ!」
ある日は学校から帰ってきてから仕事。緋穂が霊の関知と結界を担当し、瑠璃が浄化、討伐を行なう。
ある日は普通の学校生活。お嬢様ではあるが、二人は中学二年生。
ある日は街でお買い物。偶には電車を使ってみようという事になるが、緋穂はカードが使えると聞いてクレジットカードで改札を通ろうとしたりして。
そんな、二人の日常。
時には凛々しく、時には年相応に――
さて、今日はどんな一日を過ごすのだろうか?
|
再会は紫とともに
●
IO2エージェントにも休暇はある。当然フェイトにもそれは割り当てられていたが、あまり有意義に使えているとは言いがたい。部屋で一日中本を読んだり、天気が良ければカフェなどで新聞を読んで過ごしたり。明らかに何か明確な目的を持って過ごしたことなど数えるほどしかないだろう。
本日も特定の目的などない。ただ冬場にしては暖かい陽気だったため、コンビニでドリップ式の珈琲と軽食と新聞を買い、公園のベンチに腰を掛けた。最近はコンビニの珈琲も本格化してきていて、手頃な価格で気軽に購入できるから助かる。一口飲み込めば、身体の芯に染み入るような暖かさ。少し暖かい今日はアイスコーヒーにするか悩んだが、結局ホットを選んでしまった。一気に飲みきったら暑くなってしまうかもしれない。
ベンチにカップを置き、フェイトは新聞を広げた。今日は休暇であるためいつもの黒尽くめではない。童顔であるために高校生に見られてしまうこともあるのだが……平日の昼間から、遊んでいるならともかく新聞を読んでいるのだ、誰かに誤解されて咎められることはないだろう。
公園とは言っても遊具のある公園ではなく、真ん中に噴水が有り、木々を背にしてベンチが配置されているようなゆっくりとできる空間だ。花壇などもぽつぽつとあり、小さな子どもと母親が、しゃがみこんで冬の花を見ていた。
「ねぇねぇ瑠璃ちゃん、あの子ちっちゃくて可愛いー!」
「そうね」
(……?)
聞き覚えのある声が聞こえた気がして、フェイトは新聞から顔を上げた。すると噴水近くを通過しようとする二人の少女のうち、肩口で髪を切りそろえた子の方と視線が絡んだ……一瞬。だがその少女は何事もなかったかのように、連れの長い髪の少女に視線を移して急かす。フェイトに気がつかなかったのだろうか?
「そんなに急かさなくても……あっ!」
急かされた長い髪の少女が視線を動かす。そしてその緑色の瞳とフェイトの緑色の瞳が合って。フェイトが心中で「やっぱり」と思うと同時に彼女が声を上げた。
「わー! フェイトさんだ! フェイトさんでしょ? 格好が違うから、一瞬高校生くらいの人かと思っちゃった! 今日はお休みなの?」
タタタタッ……言葉を紡ぎながら小走りで走ってくる長い髪の少女――斎・緋穂の背後でもう一人の少女――斎・瑠璃が額に手を当てている。瑠璃にしてみれば、気づかないふりをしてフェイトをやり過ごしたかったのかもしれない。
「お久しぶりです。緋穂さん。ええ、今日は休暇をもらってて……お二人は『お仕事』ですか?」
2人は中学生のはずだ。平日の昼間、学校に行かずに出歩いているとしたら、理由は十中八九それだろう。
「うん、そうなの! この先で――」
「緋穂」
流れで口を滑らせそうになった妹を、いつの間にか近づいてきていた瑠璃が遮った。守秘義務があるのだろう、フェイトとてそれはわかっている。口を滑らせそうになった緋穂がいつも迂闊なのか、それとも同業者とも言える顔見知りのフェイトに対してだからそうなったのか……後者だと思うと少し嬉しさを感じる。
瑠璃の方は明らかに早くこの場を離れたがっているように見えた。斎家(じぶんたち)にとってIO2エージェントが味方ではないことを強く意識しているからだろう。フェイトは少しの間考えて。
「俺は今日、休みです。今日は『エージェント』ではないんです。だから、そんなに警戒しないでもらえるとありがたいです」
「……一度会ったくらいで簡単に信用出来ないわ」
まあ瑠璃のその言葉も尤もである。思わず苦笑を浮かべそうになるフェイト。対照的に緋穂は彼の隣のベンチに腰を掛け、嬉しそうに笑んだ。
「じゃあ、今日のフェイトさんはただの私のお友達だね!」
いつの間にか緋穂にお友達認定されていたことになんとなく笑みそうになりつつ、頷く。
「緋穂、行くわよ」
だが瑠璃はそれをよく思っていないようで……そう告げて歩き出してしまった。
「瑠璃ちゃん、待ってよ!」
緋穂が慌てて腰を上げる。フェイトは急いで新聞を畳み、コーヒーを飲みほしてレジ袋へと押し込んだ。そしてなんとなく緋穂の後を追う。
「なんでついてくるのよ」
前を向いたまま、瑠璃が言う。
「俺は緋穂さんの友達だから、友達のことが気になって」
緋穂の同意を求めるように顔を向けると、彼女は「ねーっ」と可愛らしく笑んだ。
「――」
「手出しはしませんよ」
なんとなく瑠璃の表情が想像できてそう付け加えると、彼女はそれ以上何も言わなかった。それを同行許可ととって、フェイトは双子とともに公園の奥へと進んでいった。
●
公園の奥。人々が行き交う場所から木々の間を進んでいった先。常ならばあまり人が立ち入らない場所。こういう場所が夜になると恋人たちやそれを覗く者、それを狩る不届き者などの巣窟になることをフェイトは知っている。
「……!」
二人の後をついて進んでいくと、濃い霊気を感じた。恨みの念と無念さ、怨嗟が入混じったそれを、もちろん緋穂も感じているのだろう。今度は彼女が先頭に立ち、進んでいく。
「ここだよ」
彼女が示した樹の下、ボロボロの男女がうつ伏せと仰向けに横たわり、言葉にならない唸り声を発している。もちろん二人は霊体だが、どういう経緯でその姿のまま霊体にならなければならなかったのかは想像がつく――二人でいたところを『狩られた』のだ。
しかしそれだけにしては『念』が強すぎる。明らかに対話ができない状態なのは、フェイトにもわかった。
「瑠璃ちゃん、樹の足元にふたり。負の念が暴走寸前になってるから、浄化はたぶん無理。楽にしてあげて……」
「わかったわ」
表情を崩さない瑠璃と対照的に、緋穂は今にも泣き出しそうだ。彼女は、この霊達の心を感じ取っているのだろう。泣くのをこらえながら、結界を張っている。何かできることはないだろうか、フェイトはそっと、男女の記憶に触れてみようと試みた。
(――!?)
一瞬見えたのは和服の女性。そしてその先は紫色に染まって――。
これと似た体験をしたことがある。以前双子と一緒に仕事をした時だ。若手俳優に恨みを持つ女性からも、同じ色が見えたのを覚えている。あれは何だったのだろう、双子は何か知っているようだったが、あの時深く踏み込まなかったせいで気になってはいた。
「――行くべきところへ逝きなさい。また、生きるために」
呪(しゅ)を唱えた後に瑠璃が符を手にした右手を差し出す。符から迸る霊力が、男女を包み込み、蹂躙していく。強制的に消滅させるしかない現状、男女は耳が痛くなるほどの悲鳴を上げている。
(確か……)
フェイトは斎家の双子のデータを頭の中で探す。防御や感知に長けているのが緋穂で、攻撃や退魔に秀でているのが瑠璃だったはずだ。恐らくこの男女の悲鳴も、緋穂のほうが強く感じ取っているはず。けれども瑠璃は誰よりもそれを知っているからだろう、時間はかかるが符一枚で十分そうだったのに、追加で二枚、符を取り出す。
(できるだけ速く終わらせようとしているのか)
緋穂の心に負荷がかからないよう、瑠璃は自分のできる範囲で片割れを守ろうとしていることが、はたから見ているフェイトにもわかった。
(今回は手出しの必要はなさそうだね……でも)
やはり見てしまったものは伝えねばならぬだろう。
●
飲み物でもおごりますよ、労いの言葉とともにそう声をかけ、自販機で買った暖かいココアとカフェオレを手渡した。無邪気に礼を言いつつ受け取る緋穂、不本意そうながらも一応礼を述べる瑠璃。それぞれ個性が出ている。
「一つ、謝らなきゃならないんです」
瑠璃と緋穂が並んで座ったベンチの端に腰を掛け、フェイトは自分用の缶コーヒーを開ける。
「手出しはしないって言ったけど、あの霊達の記憶に触れてしまいました」
「えっ……黙ってればばれないのに!」
ココアを両手で持った緋穂がフェイトを見上げる。その隣で瑠璃が「馬鹿ね」と言った。
「見えたものを私達に伝える必要があるから、あえて口にしたんでしょ?」
「ああ」
瑠璃の指摘にフェイトは頷く。そして缶コーヒーを一口飲んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「紫色だった」
「……!」
告げると、双子の動きが止まる。
「この前と同じ紫色。心当たりはあるんだろう? ――教えてもらうことは?」
「……IO2に知られるわけにはいかないの」
瑠璃が唇を噛みしめる。
「あのね、おばあさまの願いなの……だから、私達が決着をつけなくちゃいけなくて、先にIO2に見つけられると――」
「緋穂! しゃべりすぎよ!」
悲鳴のような瑠璃の声が緋穂の言葉を遮る。緋穂はしゅん、とうなだれてしまった。フェイトは少しの間、ふたりを見ていた。なにか、大きなものを背負っているのだろう。
「俺は、今日はIO2エージェントじゃない。信用してもらえるなら、少しでもいい、聞かせてほしい」
真摯な声で告げ、そして。
「でなければ、IO2エージェントとして『紫』について調べ始めてしまうかもしれないよ?」
意地悪だろうか。その言葉に緋穂は慌てて顔を上げ、瑠璃は深く唇を噛みしめる。
「瑠璃ちゃん……私はフェイトさんを信用してるよ。私達だけじゃ、難しいって瑠璃ちゃんもわかってるよね? だって斎家にも内緒で――」
「緋穂!」
鋭く片割れの名を呼んで、瑠璃は少しの間沈黙した。そして。
「……私達のおばあさまとその親友、二人の願いを叶えるために、私たちはある組織と対峙してる」
その言葉が、瑠璃が折れた証。わずかでもフェイトを信用したということだ。
「組織の名前はね、五芒遊会(ごぼうゆうかい)っていうの。ずーっとずーっと長い間潜伏してきた組織なんだけど……おばあさまの親友はこの組織のやり方を変えようとしていて、おばあさまは亡き親友の願いで組織を壊そうとしたけれど……それを叶える前に亡くなってしまったの」
緋穂がゆっくりと、言葉を選んでいく。
「そこには色の名前を冠した幹部がいるんだ。だから、紫は『藤の紫(ゆかり)』と呼ばれる幹部が関わっているだろう……って私たちは考えているんだ」
「五芒遊会……」
フェイトはその名を口にしてみる。新興宗教のように能力者の組織は増えては消えていくので移り変わりが激しいけれど、今まで聞いたことのない名前だった。
「ふたりはこれからも、その組織と戦っていくの?」
「おばあさまの遺した願いだから」
「向こうからしたら私達が邪魔なんだよ。私達の情報はあっちにつたわっているけど、こっちにはまだ殆ど情報がないのに、いろいろ仕掛けてくるもの」
瑠璃が言外に「当たり前でしょ」と言っているように聞こえた。ぷーっとほっぺたを膨らませた緋穂からは「仲良くできないのかな」なんて思いが見え隠れしていて。
「……そうか」
立場上、おおっぴらに協力するとも言い出せずに、フェイトはそれだけ告げた。
【了】
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
【8636/フェイト・−様/男性/22歳/IO2エージェント】
■ ライター通信 ■
この度はまたのご依頼ありがとうございました。
好きに書いて良いというお言葉を頂いたので、好きに書かせていただきましたがいかがだったでしょうか。
フェイト様と双子の絡みは書いていてとても楽しいです♪
五芒遊会という組織については、異界の「五芒遊会について」をご覧いただければ、現在のふたりが知っている情報がわかると思います。
また、物語内でフェイト様は非番なのでIO2の人間じゃないから内緒にしておくよというような意味のことを言っておりますが、実際にどうするかはご本人にお任せいたします。
この度は書かせていただき、ありがとうございましたっ。
|