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■双姫のとある一日■

みゆ
【8721】【―・山丹花】【学生】
 東京のとある高級住宅街、つまり一等地に斎家の広大な屋敷がある。古くからその場ある斎家は、旧家中の旧家だ。建物は増改築を繰り返していて、基本的に外装は和風だが内部は洋室と和室と両方ある。
 退魔師、陰陽師としてはまだ二人で一人前の双子は、称えられてか揶揄されてか、「斎の双姫(そうき)」と呼ばれていた。

「瑠璃ちゃん、お仕事いくよ!」
 ある日は学校から帰ってきてから仕事。緋穂が霊の関知と結界を担当し、瑠璃が浄化、討伐を行なう。

 ある日は普通の学校生活。お嬢様ではあるが、二人は中学二年生。

 ある日は街でお買い物。偶には電車を使ってみようという事になるが、緋穂はカードが使えると聞いてクレジットカードで改札を通ろうとしたりして。

 そんな、二人の日常。
 時には凛々しく、時には年相応に――
 さて、今日はどんな一日を過ごすのだろうか?

 惹かれ合う緑


世間は休日。それも午後一番となれば都内の中規模の駅でも人はたくさん溢れていて。駅前広場にも目的地へ向かおうとする人々や待ち合わせらしい人たちが行き交い、そして留まっている。
「お兄ちゃんいると良いね!」
「良いね!」
 そんな中で顔を見合わせているのは二人の少女。よく見れば髪型こそ違うが、顔立ち、そして緑の瞳もそっくりである。
「ねーねー、あの子達双子かなぁ? かわいー」
 カップルの女性の方の無遠慮な声も、褒め言葉ならば嫌ではない。そう、短い髪の少女山茶花と長い髪を二つに結った少女山丹花は間違いなく双子であるのだから。
「私達目立つのかな?」
「でも、目立てばお兄ちゃんのほうが気づいてくれるかもしれないよ?」
「そっか!」
 山茶花の言葉に納得して、山丹花は歩き出す。実は広場の端にある車型の屋台の並ぶ界隈が先程から気になっていて……。
「山丹花、お兄ちゃんを探すのが先だよ」
「でも山茶花も、気になるでしょ?」
「それはそうだけど……」
 先程から山茶花も、広場を出た先に見える店が気になっていた。ちらっと視界に映ったディスプレイがとても可愛いのだ。
「でも……今は我慢。とりあえず広場内を探してからにしよう?」
「うーん、わかったよ。じゃあ後で寄ろうね!」
 なんとか、なんとか心にブレーキを掛けたのはふたりとも同じ。早足で行き交う人混みに紛れて離れてしまわないよう、手を繋いで人と人との間をぬっていく。
 兄を探すために実は未来から来たふたりにとって、過去にあたるこの時代のものは何もかもが新鮮に感じる。テレビなどでいくらか情報を得てはいたが、実際に見るのとは大違いだ。わくわくと音符のように跳ねる心はふたりとも同じ。でもやっぱり、お兄ちゃんのために我慢なのだ。
 だが、しかし。
「見つからないねぇ……」
「そうだねぇ……」
 人混みの中を探すこと一時間余り。兄に似た後ろ姿を見つけては、顔を見て違うことにがっかりしたり。人混みで離れそうになったり。ようやく空いたベンチを見つけてどさり、座り込んだ。
「でも、信じていれば必ず会えるよ」
「絶対に3人で帰ろうね」
 身体はちょっと疲れたが、だが心はめげない。ふたり瞳を合わせて、互いの手を握りしめて誓った。

 ちょうどその時。

「ここでいいわ。ここからは歩いて行くから」
「普通の店にこんな車で乗り付けたら目立つでしょう?」

 ベンチの後ろ、柵を挟んだ向こうの道路から聞こえてきたのは、ふたりと同じくらいの少女の声。何事かと振り返ってみれば、黒塗りの車から降りかけた少女が車内の人物と何か口論しているようだった。なんだろう――ふたりはベンチの背に手をおいて、振り向いた状態でじっと事の推移を見守った。
「仕方ないよね、今日はこの車しか空いてなかったんだし」
 降りかけていた少女がさっさと車から降りたのに続いて、車内からもう一人同じ年頃の少女が降りてきて。ふんわりとした長い銀髪を揺らして降り立った少女が顔を上げて――その緑の瞳がベンチの上から視線を送る山茶花と山丹花を捉えた。
(!)
(!)
 見つかった!
 どきん、ふたりの心臓が跳ねる。盗み見していたことを怒られるだろうか。黒塗りの車ってちょっと怖い人の関係者が乗っていそうだし――なんて考えたのは一瞬。銀髪の少女はふたりに小さく手を振り、にこっと笑ってみせたのだから。
「緋穂?」
 そして先に降りていた、銀髪を肩口に切りそろえた少女が、不審げに長い髪の少女の視線を追う。そして山茶花と山丹花を見つけて。
「あら、あなたたちも双子?」
 少し感情の欠落したような冷たい声に、山茶花と山丹花はこくこくと何度も頷くことで答えた。



 山茶花と山丹花は目の前のふたりに咄嗟に声をかけた。もちろん誰にでもするわけではない。目の前の彼女たちが自分たちと同じ目をした同じ年頃の双子であり、そして何よりも可愛い、と思ったからだ。純粋に友達になりたい、その気持がふたりの心にあふれてしまったのだ。
「私は山丹花だよ」
「私は山茶花です」
 ふたりの自己紹介を受けて、まずは長い髪の少女が柔らかく名乗る。
「私は斎・緋穂って言うよ。こっちは瑠璃ちゃん」
「ちょっと緋穂、勝手にっ!」
 短い髪の少女は瑠璃という名のようだ。まだ少しふたりを警戒しているようだが、緋穂に言わせれば「慎重なだけ」だそうで。
「ぁ、これから何処かへ行く途中だったんですよね? お邪魔してしまいましたか?」
「ああ、あっちにあるショップに行くつもりだったんだよ。可愛いものから綺麗なものまでたくさんあってね、見ているだけで楽しいんだけど」
 山茶花の申し訳無さそうな問いに、それを吹き飛ばすような明るい表情で緋穂が答えた。それを聞いた山茶花は「あっ」と小さな声を上げて。
「もしかして広場のあっちのお店ですか? 行ってみたいと思って目をつけていたんです!」
「え? そんなに素敵なお店なら、私も行ってみたいな!」
 この時代に暮らす緋穂のおすすめののお店だとしたら、ぜひ見てみたい。山丹花だってファンシーなものやメルヘンなものが好きなのだ。
「……一緒に行けばいいでしょ」
 小さなため息が聞こえたと思ったら、続いたのは意外な言葉。ずっとわざと会話の外にいるような感じだった瑠璃が、同行の許可とも言える言葉を発したのだ。
「いいんですか?」
「瑠璃ちゃんありがとう!」
「やったー」
 山茶花に緋穂、山丹花が喜びの声を上げたことで瑠璃は多少居心地が悪そうだ。また小さくため息を付いて「ふたりきりより誰かと一緒のほうが危険が少ないと思ったからよ」と呟く。
「行こう、行こう。こっちだよ!」
 緋穂が右手で山茶花の、左手で山丹花の手を取り、先導していく。瑠璃は一歩後ろから3人を見守るように、ついてくるようだった。



 そのお店はアンティーク風の雑貨を主に置いているセレクトショップだった。ゴシック調のものやクラシカル調なものに加えて、アンティーク調ではあるがメルヘンチックなデザインのものまで幅広くおいてあるようだ。中には大人や男性向けのシンプルでカッコいいものをおいたコーナーもある。

「「すごい……」」

 山茶花と山丹花が呟いたのはほぼ同時。店の独特の雰囲気に飲まれてしまい、わくわくで瞳が踊る。あっちも見たいしこっちも見たい、全部見て回りたくて仕方がない。ふたり揃って、時々離れて、それぞれ胸に響く物を探して回る。どれだけ夢中になっていたのかはわからない。気がつけば瑠璃と緋穂はレジカウンターでラッピングを頼んでいるようだった。
「ねぇねぇ、私達も何か買う?」
「どうしようか」
 山丹花も山茶花もそれぞれお気に入りのものは見つけていたけれど、セレクトショップなだけあってちょっとお値段が張った。手の届く範囲のものももちろんあったけど、気に入ったそれはどちらもゼロがちょっと多かったのだ。
「ふたりは買い物しなくていいの?」
 買ったものを受け取って近づいてきた緋穂に問われ、ふたりは顔を見合わせて。
「うん、見ているだけで胸が一杯になっちゃったから」
「はい、素敵なお店なのでまた来ようと思います」
 それは嘘ではない気持ち。だから二人は笑顔でそう答えた。
「じゃあ出るわよ」
 今度は瑠璃が先導して、店を出る。ここでお別れになるのも惜しいなぁとふたりが思っていたところ、瑠璃は足を止めずにそのまま何処かへと向かっているようだ。
「この近くに美味しいケーキのある喫茶店があるから、もう少し付き合ってくれないかな?」
 緋穂の言葉で瑠璃の行動に納得し、もちろんふたりの答えは同じである。



「へぇ、お兄さんを探してるんだぁ」
 喫茶店の奥まった席で四人向かい合わせに座る。もう少し詳しく自己紹介をとのことで兄探しのことを話すと、緋穂は興味を持ってくれたようだ。
「人探しかぁ……もしかしたら、お手伝いできるかもしれないけれど」
「えっ」
「どういうことですか?」
 その呟きにガタリと反応するふたり。ちょうどそのタイミングでベリーのチーズケーキとショコラケーキが届き、ふたりは姿勢を正して口をつぐんだ。
 緋穂と瑠璃の前にはクリームたっぷりのシフォンケーキとフルーツタルトが置かれた。山茶花と山丹花、緋穂が紅茶を頼んだのに対して、瑠璃の前にだけホットコーヒーが置かれた。どうやら彼女は味覚も大人らしい。
「実は私達――」
「緋穂」
 何か言いかけた緋穂の言葉を瑠璃が鋭く遮る。
「瑠璃ちゃん、ちょっとだけ……」
「……」
 それ以上瑠璃が何も言わないのを承諾と取ったのか、緋穂が再び口を開く。
「私たちにはちょっと不思議な力があってね、その中の一つを使えば人を探したりも出来るかもしれないんだよ。とっても得意ってわけじゃないから、あまりやったことはないんだけどね」
「でも、お兄ちゃんはみら――」
「山丹花!」
 今度は山茶花が山丹花の口をふさぐ番だ。未来から来たことは、内緒なのだから。
「お互い色々事情がありそうね」
 コーヒーカップを傾けながら、瑠璃が呟いた。場に、沈黙が降りる。
「そ、そういえば緋穂さんたちはさっき何を買ってたんですか?」
「ああ、パパとママの結婚記念日のプレゼントを買ったんだよ」
 場の空気を取り繕おうと発した山茶花の言葉に、緋穂が乗ってくれた。迷ったけど海外製のゴブレットをペアで買ったのだという。
「お父さんとお母さん、かぁ」
 山丹花の呟きには多くは語れないなりの思いがこもっている。父と母、その言葉で思い出すものは――。
「あと、これ」
「「え?」」
 突然ふたりの前に差し出されたのは、プレゼント用の透明プラケースに入った何か。プラケースには緑のリボンがつけられている。しかもそれを差し出したのが瑠璃であったため、ふたりは目を疑った。
「えへへ、私達も買っちゃったんだ。今日出会った記念にって瑠璃ちゃんが言い出し――」
「緋穂がこれが可愛いから欲しいって言ったからよ」
 瑠璃と緋穂の手元にも、同じものが1つずつある。ということは。
「これ」
「私達がもらっても良いんですか?」
 プラケースの中に入っているのは、ノック部にペガサスの飾りがついたシャープペン。本体にはパステルカラーで羽根が散らされていて、メルヘンチックで可愛らしい。
「同じものは何本もいらないから」
「もちろん、四人でおそろいだよ!」
 瑠璃の物言いは照れ隠しだろうか。緋穂の真っ直ぐな言葉に、ふたりの心に喜びが溢れそうになる。
「ねえ」
「うん」
 山丹花と山茶花はふたり、顔を見合わせて。そして、頷きあった。
「ありがとう。でも、一つ謝らなきゃいけないんだ」
「私達が最初に教えたのは、偽名なんです」
 二人で考えた偽名はカッコいいけれど、同じ双子である瑠璃と緋穂に嘘はつきたくない、今はそう強く感じている。だから。
「私の本当の名前は、静・ハスロといいます」
「私は巴・ハスロ」
 親からもらった大切な名を告げる。嘘をついていたことで傷つけてしまっただろうか。思わずキュッと目を閉じてしまった。だが、次の瞬間、ふたりの手に暖かいものが触れた。
「本当のことを教えてくれて、ありがとう」
 おずおずと目を開けてみれば、緋穂が二人の手に触れて微笑んでいる。
「静に巴……ね」
 瑠璃の方はその名の由来に気がついたのかもしれない。だが。
「素敵な名前ね」
 短いが心のこもったその言葉に、ふたりは胸をなでおろすとともに、暖かいものが満ちていくのを感じた。




                         【了】



■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【8721/―・山丹花様/女性/14歳/学生】
【8722/―・山茶花様/女性/14歳/学生】



■         ライター通信          ■

 この度はご依頼ありがとうございました。
 双子同士の絡みということで、アレンジOKとのお言葉に甘えまして、色々書かせていただきました。
 字数の都合もあり短くまとまってしまった部分もありますが、瑠璃も緋穂も同じ双子であるお二人に親近感のようなものを抱いたようです。
 本名を明かしてくださったのも嬉しく思いました。
 少しでもお気に召すものとして仕上がっていることを願いつつ。
 この度は書かせていただき、ありがとうございましたっ。