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■【楼蘭】百花繚乱・詞華■ |
紺藤 碧 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
天には、世を支える四の柱があるという。
四極と呼ばれるその柱には、世に起きた数多の事象が刻まれゆく。
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【楼蘭】百花繚乱・詞華 −終−
千獣の目の前で突き立てられた桃聖樹を桃はゆっくりと引き抜いた。普通であればそこから噴出すはずの血はどこにもない。濁った光がそこから少しもれ出た程度だった。
「何……した、の……?」
「師父の毒を斬った」
「え……?」
思わず目が点になる。こんなにも方法を探していたのに、その方法がこんなにも身近にあったなんて。
「瞬は、もう、大丈夫……なの?」
「…………」
その質問に、桃は無言だった。確信が持ててはいないのだろう。ただ静かに瞬が目覚めるのを待つ。
暫くそのままの時を過ごし、ゆっくりと瞬の瞼が持ち上がったことで、ぐっと息を呑む。
「瞬……?」
名を呼べば、ゆるりとこちらへ顔が向けられる。
「師父、おかげんは?」
「ああ……そうだね」
瞬は何度か目の前で手を握ったり開いたりを繰り返して、それから桃聖樹で刺された部分に手をあて、ゆったりと微笑む。
「大丈夫そうだ」
落ちた体力までは戻っていなかったが、重苦しさや我慢できないほどの眠気もない。
「……良かった……!」
千獣はほっと大きく息を吐く。
先ほどまでの淡々としたものではなく、その声音には安堵の色が込められていた。
少しだけ他愛の無い話をして、千獣は蓮をそろそろ迎えに行こうと席を立つ。そして、深く深く頭を下げた。
「……ありがとう」
桃には、瞬を助けてくれて、ありがとう。
瞬には、蓮を助けてくれて、ありがとう。
千獣は庵の外へと出る。
翼を広げ、蓮がまつ洞へと飛び立った。
ふわり。と、洞の入り口に降り立って、千獣は辺りを見回す。蓮と、そして狸茱の姿を探して。
二人の姿は狸茱が近くで育てていた薬草畑の中にあった。
千獣は声をかけようと軽く手を上げて、止める。そっと物陰に隠れ、二人の様子を見守る。それは、千獣には決めたことがあったから。
蓮にとっては始めてみる薬草の数々を、狸茱が丁寧に説明している。その姿がとても仲が良さそうに見えて、千獣は声をかけることなく踵を返し、洞の奥へと向かった。
洞の奥で、何かの巻物に目を通している姜の姿を見つけ、千獣は駆け寄る。その気配に気がついた姜は、徐に視線を上げ、その視線を千獣へと向けた。
「事は終わったのですか?」
はい。という返事とともに、こくりと頷く。
「では、蓮を呼んできましょう」
「……待って」
巻物を仕舞い、立ち上がった姜を止める。
何事かと微かに首をかしげた姜に、千獣はすうっと息を吸う。何となく前々から考えてはいたのだ。それを、今が一番言うに相応しいと思った。ただ、その前に姜にもお礼を言いたい。
「蓮の、こと……本当に、ありがとう……」
そして、深々と頭を下げる。
「構いませんよ。貴女がそれだけに見合う行動を取ったというだけのことですので」
「それでも……ありがとう」
瞬だけではない。姜も居なければ蓮は生まれなかったのだ。二人が居て初めて蓮は形を持つことができた。その事実だけは変わりようがない。
千獣は頭を挙げ、それから、と今の瞬の状況を報告する。それは姜もきっと気にしていると思ったからだ。だが、予想外に姜は「そうですか」と、一言だけだったことが千獣には不思議だった。けれど、その口元がやんわりと微笑んでいたことで、ほっとしたのだろうことだけは理解でき、千獣も心なしか表情が少し柔らかくなった。
「それ、から……蓮の、こと……相談が、あるの……」
千獣は、蓮をここで学ばせて欲しいことを姜に伝える。
「蓮は、いい子に、育ってる……だから、もっと、いろいろ経験して、ほしい……」
「経験ならば、貴女と共にあってもできるのではないですか?」
千獣はゆっくりと首を振る。
「ダメ……私と、二人の、世界は……狭すぎる」
それだけではどうしたって足りないのだ。心の芯は着実に育っている。だからこそ、もっといろいろ経験してほしい。千獣が見せられる世界には、限界がある。
「だから……ここで、学ばせて、欲しい……」
姜は一度ゆっくりと目を閉じ、同じ速度で開けると、ふぅっと息を吐いた。
「瞬は、無理ですしね……」
体調が戻ったかどうかを別にしても、瞬は桃でさえも弟子だとは思っていない。師父という呼び名は桃が勝手にそう呼んでいるだけなのだ。
「私は構いませんが、蓮はもう承知しているのですか?」
千獣は首を振る。
「では、蓮にまずお聞きなさい」
「……分かった」
踵を返し、千獣は最初に蓮と狸茱の姿を見つけた薬草畑に走る――走った、つもりだった。
ただ、蓮に何と伝えれば思いが伝わるのかと考えていたら、自然と足は早くならなかった。
「千獣!」
たどり着いた薬草畑で、顔を上げた蓮が、千獣の姿を見つけ、笑顔で駆け寄ってくる。
千獣はそんな蓮に笑顔を返し、身長をあわせるように少し膝を折って、その顔を覗きこんだ。
「ねえ、蓮……狸茱と、話して、楽しかった……?」
蓮は、追いついてきた狸茱に振り返り、一度顔を見合わせると、千獣へと向き直って大きく頷く。
「そう……今まで、知らないこと、知るの、楽しい……?」
狸茱が蓮に薬草の事を教えていたことを見ていたからこそ、千獣は問いかけた。
「うん! 蓮が薬草の事いっぱい知れば、千獣の役に立つでしょ?」
その返事に、千獣の瞳が大きく見開かれる。
蓮は、自分の興味ではなく、千獣のために物を覚えていたのだ。
「ねえ、蓮……自分の、ため、知ること、学ぶこと、してみない……?」
「どうして?」
きょとんとした表情で返ってきた返事に、どう答えるべきか考える。
「蓮は、もう、自分で考えて、自分で、決められる……私のこと、気にしなくて、いいの……」
徐々に困惑した表情になっていく蓮に、千獣は優しい声音でゆっくりと問う。
「蓮は、学びたい……?」
「覚えるの、好き! 楽しいよ!」
「なら、ここで、学んでみない……?」
「うん!」
大きく頷いた蓮に、千獣は微笑を零す。けれど、その後に続いた言葉に、その笑顔はどこか寂しいものへと変わる。
「私は……一緒に、学べない……」
「どうして?」
あたなに、自分と居るだけでは知ることができない世界を知ってほしいから。
あなたはもう、心がちゃんと育った“蓮”という存在だから。
1人でも、ちゃんと立って歩けると思うから。
「……やだ! 千獣と一緒がいい!」
大きな目に涙をいっぱい溜めて、蓮は千獣にしがみ付く。
「ダメ……蓮は、もう、1人でも、大丈夫」
千獣の言葉に、蓮はブンブンと大きく首を振る。
「1つ、大きく……ならなきゃ、ね?」
「大きく?」
「私は、蓮に、色んなことを、学んで……大人に、なって欲しい……」
自分はこの姿のままでも、蓮は大人になることができる。
「千獣は、蓮に大人になって欲しい?」
涙を堪えて見上げる蓮に、千獣はゆっくりと頷く。
「……分かった」
千獣はぎゅっと自分の着物を握り締めて俯く蓮に背を向けて、姜の所へ戻ると、蓮が承諾したことを告げる。
「分かりました」
「よろしく、お願い、します……」
最後深々と頭を下げ、姜に蓮のことを頼む。
洞から出た時、ふと、脇の軽さに思わず笑みがこぼれた。
「蓮、元気で……ね」
千獣は翼を広げる。
そして、蓮が居た時には出すことができなかった速度で、洞を後にした。
きっともう、この国に来ることは無い。そんな事を思いながら――
−終−
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
百花繚乱・詞華にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
これにて楼蘭での生活は閉幕となります。今までお付き合いくださいまして本当にありがとうございました!
分けるかどうか本当に悩みましたが、入れられると判断し、このような形で閉幕とさせていただきます。
それでは、最大限の感謝が千獣様に届きますように……
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