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■旅籠屋―幻―へようこそ■ |
暁ゆか |
【3853】【サクラ】【歌姫/吟遊詩人】 |
宿泊施設としてだけでなく、食堂兼酒場も営む『旅籠屋―幻―』。
暖簾をくぐり、戸を開ければいくつかのテーブルとそれぞれに4つずつの椅子が並んでおり、奥のカウンターには女将、夜が食事の下準備をするために動き回っている。
少し目線を左へと移せば、テーブル1つを陣取って、見た目では少年とも少女とも分からぬような姿をした、この旅籠屋の用心棒、誠が暇そうに窓の外を眺めていた。
食堂の奥には2階へと続く階段があり、その先は宿泊施設となっている。
聖都エルザードに辿り着いたばかりで、宿を探し中の冒険者諸君。
こんな旅籠屋で、一日を過ごしてみるのはいかがだろう?
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■旅籠屋―幻―へようこそ〜サクラの場合〜■
暖かくなったり、冷え込んだり……と、春の待ち遠しい季節。
夕食時を前に、今日も旅籠屋―幻―は、それなりの賑わいを見せている。
「帰りました」
店先の暖簾をくぐり、少しだけ立て付けの悪い出入り口の扉を開けて、店内へと入ってきたのは、しばらく前から旅籠屋―幻―に寝泊まりしているサクラだ。
「おかえりなさい、サクラさん」
彼女の帰還に気付いて、顔を上げ、声をかけたのは、この店の用心棒である如月誠だった。
店員の少ないこの店では、用心棒であろうが、給仕もしているようで、丁度、料理を運んでいる。
「おう、歌姫のねーちゃん、おかえりー!」
「何か1曲聴かせてくれよぉ」
この店が、表通りから一本入った入り組んだ場所にある所為か、訪れる客は常連客が多く、長らく滞在していると、顔見知りも増えてくる。
声をかけてきたのも、毎晩のように、この店で一杯呑んでから帰るのだという仕事帰りの客たちだった。
「あらあら、どうしましょうか?」
客たちに声をかけられたサクラは、歌ってもいいものかを問うように、カウンターの方を向く。
「……ん、今日は確か……演奏会の帰りよね? ……疲れているなら、無理は言わない……けれど、……サクラさんさえ良ければ1曲でも2曲でも、好きなだけ、お願い……。……お代に、夕飯まだならサービス、するから……」
カウンターにいるこの店の主――闇月夜が、頷きながら答えた。
「お夕飯まだだから、ありがたいわ」
小さく笑って、サクラは片隅の席に荷物を置くと、
「歌う前に、良かったらどうぞ」
他のテーブルへの給仕を終えた誠が、暖かい茶を入れた湯呑をサクラが荷物を置いた席のテーブルへと置いた。
「ありがとう」
それを一口飲んで、喉を潤してから、サクラは小さくお辞儀をしてから、他の客たちへとゆっくりと歩み寄りながら、歌い始める。
サクラの優しい歌声が、店内へと響き渡り、歌が聞きたいとはやした客たちを始め、他の客たちもまた、彼女の歌へと耳を傾けた。
「……〜♪」
歌い終わったサクラが客たちへ向けて一礼すると、歓声とともに、拍手が沸き上がる。
「今日も良かったぜー!」
「ありがとなー!」
最初にはやし立てていた客たちが、声を上げた。
「お礼に、俺らから奢らせてくれや」
「そうだな、こっちに来て、一緒に飲もうぜー!」
更には調子に乗って、そんな声を上げる彼らに、
「お客さん! サクラさん、夕飯まだなんだし、仕事終えて帰ってきて、また歌ってってとこなんだから、静かに食べたいかもしれないでしょ!?」
誠が横から止めに入ろうとする。
「大丈夫よ、誠ちゃん。お夕飯もお酒もいただけるなんて、嬉しいわ」
「そう、ですか? じゃあ、気にしないことにして……夕飯の方は、日替わりで良かったですか? お酒は、いつもの?」
けれども、その心配を他所に、サクラが嬉しそうに答えたので、誠は注文を訊くことにしたようだ。
「そうね。日替わり定食と、いつものお酒で。皆さんも一緒の、飲みましょう?」
誠の問いかけに、応えてから、サクラは誘ってきた客たちと同じテーブルに着いた。
注文を受けた誠がカウンターに戻ると、夜が料理の方を準備し始め、誠は酒の方を用意する。
しばらくして、東方の料理をメインとした定食と、これまた東方の酒が瓶ごと、サクラの着いたテーブルへと運ばれてきた。
「それじゃあ、今日も良い歌聴かせてくれた、歌姫のねーちゃんにかんぱーい!」
同じテーブルやその周りのテーブルに集まった客たちの持つグラスへと酒が注がれると、そのうちの一人が音頭を取る。
その声と共に、そこらでグラスが合わさる音が響く。
「――……うん。お仕事の後の一杯は、美味しいですね」
グラスに注がれた酒を一気に飲み干したサクラは、満足そうに頷く。
そして、目の前に並べられた料理へも手を付け始めた。
サクラは、一口一口満足そうに食べながら、他の客たちから勧められる酒を飲んでいく。
「今日も美味しいわ、夜ちゃん」
「……ありがとう」
カウンターの方を向いてサクラが料理を褒めると、夜は照れた顔を隠すように俯きながら応えた。
次々と酒を注ぎ注がれ、サクラも他の客たちも、夜が更ける頃には、かなりの量を飲んでいた。
中にはテーブルに突っ伏して、寝てしまう客の姿もある。
「も〜……」
そんな客たちに、誠はせっせと毛布を掛けて回っていると、
「誠ちゃ〜ん、そっちばかり構ってないで、私とお話しましょ〜」
程よく酒が入って、テンションの上がり、絡み上戸と化したサクラが、おいでおいでと手招いている。
「サクラさんも、ここで寝ちゃわないうちに、お部屋に行ってください。送りますよー」
手招きに応じるように、サクラへと近づいていた誠は、彼女に肩を貸して、彼女が泊まっている部屋へ戻るのを促す。
「はぁ〜い」
サクラは、誠の肩を借りて、部屋へと向かい始めた。
「誠ちゃんは、いつも男の子みたいな恰好してるけど、女の子らしい可愛い恰好したいと思わないの〜?」
歩きながら、サクラが問いかける。可愛い男の子、女の子を見ると、着せ替え人形の如く、いろいろ着せて回るのが好きなサクラは、世話になっている宿屋の主人と用心棒の2人もターゲットにしていたようだ。
「興味は……、あまりないですね。こんな格好の方が、用心棒してる分には、動きやすくて楽ですしー」
「そうなの? 可愛いから、いろんな服装見てみたいのに〜。……そうよ。今度の休みに、一緒にお洋服、見に行きましょ〜?」
誠の肩にしなだれかかるように、落ち込んだかと思いきや、サクラはいいこと思いついた、とばかりに、テンション高めで絡んでくる。
「服をですか? まあ、ボクで良ければ、また今度付き合いますよ。でも……今日のところは、風邪ひいちゃわないうちに、休んでください。ほら、お部屋着きましたよー」
サクラの誘いに乗りながらも、彼女の部屋へと辿り着くと、誠は彼女をベッドへと寝かせて、毛布を掛けた。
「おやすみなさい、サクラさん。また明日、夜が美味しい朝食用意して待ってますから」
「うん、おやすみ、誠ちゃん」
静かに扉を閉めて、戻っていく誠の足音を遠くに聞きながら、サクラは眠りにつく。
そうして、彼女のある日の夜が、更けていった――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
PC
【3853 / サクラ / 女性 / 27歳 / 歌姫/吟遊詩人】
NPC
【闇月 夜 / 女性 / 23歳 / 女将】
【如月 誠 / 女性 / 18歳 / 用心棒】
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■ ライター通信 ■
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この度は、ご依頼ありがとうございます。
そして、少し遅れて、申し訳ありませんでした。
サクラさんの、ある日の出来事――ということで、こんな感じに仕上げてみましたが、いかがでしたでしょうか?
お気に召していただけると、嬉しいです。
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