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■ファムルの診療所β■ |
川岸満里亜 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
ファムル・ディートには金がない。
女もいない。
家族もいない。
金と女と家族を得ることが彼の望みである。
その願いを叶えるべく、週に3日、夕方だけ研究を休み診療所を開いている。
訪れる客も増えてきた。
しかし、女性客は相変わらず少ない。
定期的な仕事も貰えるようになったのだが、入った金は全て研究費に消えてしまう。
相変わらずいつでも金欠状態である。
「ファムルちょっと、魔法ぶっぱなしてみていいかー!」
声の直後、爆音が響く。
「言いながら、放つのはやめろ!」
慌てて駆け込んで見れば、壁に大穴があいている。
「わりぃわりぃ、外に向けたつもりだったんだけどさー」
頭を掻いているのは、ダラン・ローデスという富豪の一人息子である。
ファムルは大きくため息をつきながらも、心は踊っていた。
修理代、いくら請求しようかー!?
くそぅ、もう少し大きく吹き飛ばしてくれれば、一部屋リフォームできたのにっ!
貧乏錬金術師ファムル・ディートは相変わらず情けない日々を送っている。
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『ファムルの診療所β〜穏やかな時〜』
とある事件をきっかけに、若い女性が2人、ファムル・ディートの診療所で暮らしていた。
カンザエラという街出身の双子の姉妹、ルニナとリミナである。
姉のルニナが大病を患っており、ファムルの治療を受けながらここで療養生活を送っているのだ。リミナは姉に付き添い、共に過ごしている。
そして、もう一人。
彼女達に妹と思われている千獣も、今では頻繁に訪れて2人と一緒に過ごしていた。
「千獣、遊びに行きたい」
ベッドの上で退屈そうにルニナが、繰り返し同じことを言っている。
千獣はただ、首を横に振る事しか出来ない。
ルニナはそのたびに、大きなため息をつく。
「朝、さんぽして、ルミナの体、疲れてる。もうすぐ、リミナ……帰ってくる、から」
リミナは生活費を稼ぐために、短時間だけ働きに出ているのだ。
ルニナの体調はかなり良くなっているのだが、体力的には散歩だけで、息切れしてしまう状態だった。
「次のお給料、入ったら、車椅子買うって、言ってた……そしたら、買い物、一緒に行ける」
ホントは千獣がおぶってあげれば、近くなら一緒に出掛けられるのだけれど、人間にとってそれはちょっと恥ずかしいことらしい。
「そうだねー。けど、そろそろ私にももっと出来ることあるよね。リミナや千獣の世話になってばかりじゃ悪いし」
うーんとルニナは考え込む。
「私……何も、してない。ここにいる、だけ。リミナとルニナと一緒にいる、だけ」
千獣は日々、2人をサポートし、ルニナの回復のために努めていてくれたけれど、本人には何かをしている自覚はなかった。
「いやいや、かなり助けてもらってるよ。こうして会話が出来るようになったのも、千獣のお蔭だし」
「だけじゃないだろ、肝心の人物を忘れてないか?」
白衣姿のファムルが、薬を手に部屋に入ってきた。
彼は医者ではないのだが、訳あってルニナの治療を担当している。
「もちろん、ファムルのおっさんにも、感謝してるよ」
「おっさんじゃなくて、お兄さんと呼びなさい。むしろ、私は君の義弟になってもいいのだよ」
ファムルはルニナに栄養剤を飲ませると、横にならせた。
「冗談はやめてー! リミナにはもっと若くていい人がいる。こんな甲斐性無し、無精で変態なおっさんが弟なんて、嫌、絶対嫌ーッ!」
最近ファムルは、献身的で働き者なリミナに、自分の嫁にならないか(=ヒモにしてくれ)と冗談を言っているらしい。
リミナは本気にしておらず、ファムルも本気ではないようだが……ファムルが本気でルニナやカンザエラの人々の治療を約束する代わりにと口説いたのなら、リミナは了承してしまうだろうとも思えた。
「……というわけで」
ファムルがぶつぶつ文句を言いながら部屋から出ていた後、ルニナは千獣に顔を向けて話しだす。
「もう少し良くなったら、新たなカンザエラの街に帰ろうかと思ってるんだ。畑仕事は出来なくても、街の今後のこととか、聖都との交易についてとか、街の人たちと話し合っていけると思うしね」
「……こうえき?」
「うん、新カンザエラで採れたものや、作ったものをこの街の品物やお金と交換して、対等に付き合っていくんだ」
今は国の支援がなければ生きられない自分達だけれど、将来は1つの街として独立できるよう、ルニナは街の人々と話し合い、協力していきたいと思っていた。
「ただいま、ファムルさん、千獣。ルニナ、いい子にしてた?」
食材を持って、リミナが帰ってきた。
「はいはい、いい子にしてましたよー。リミナママ、今日のお昼ご飯はなあに〜」
「メインは薬草がたっぷり入ったおかゆです」
「またそれー。がっつり肉が食べたいっ」
「ふふ、ルニナちゃんはまだ離乳食しか食べられませんからねー。もう少し成長したらお外にご飯食べに行きましょうね」
2人が笑顔で会話する様子を、千獣は窓際でのんびり眺めていた。
ルニナは危なかった頃より随分と顔色がよくなった。眠っている時間も減り、単独での外出は禁止されているが、部屋で軽く体操をしていることもある。
そして、リミナはアセシナートに支配されていたカンザエラにいた頃より、女性らしい体つきになった。
痩せていた彼女だけれど、今は同じ年頃の普通の人くらいの体格になっている。
「新鮮な魚も食べたいなぁ。自分で釣ったやつ」
「釣りにもそのうち行きましょう。ルニナが羽目を外さないよう、注意が必要だけど。ね、千獣」
リミナが千獣を見て微笑み、千獣はこくりと頷いた。
2人が醸し出す雰囲気が心地良く、千獣の心も安らいでいく……。
ルニナの軽快で明るい声。
リミナの優しくて、綺麗な声。
それはとても安心をする『リズム』と『音』だった。
「あ……そうだ。これ、あげる。使えるかな……」
ふと千獣は思いだし、ポケットの中に入れていたものを、リミナに渡した。
「ん? 薬のプレゼント券……結婚適齢期の女性のみって、ファムルさんらしい」
チケットを見て、リミナはくすっと笑みを浮かべた。
その紙には、『ファムル・ディート診療所、お好きなお薬1つプレゼント券 ただし結婚適齢期の女性のみ』と書かれている。
以前成り行きで参加したイベントでもらったものだ。
千獣には結婚適齢期の女性というのが、どういう女性のことを言うのかよく分からなかったけれど、薬がただでもらえる券だということは、わかっていた。
「お金はとられなくても、別のものが要求されそうなチケットだね。リミナ、千獣、私にちょうだい!」
ルニナがベッドの中から手を伸ばす。
「うん、好きな薬もらうといいわ」
「……どうぞ。ルニナ、どんな薬、もらうの?」
リミナはチケットを千獣に返し、千獣がルニナにチケットを届けた。
「まだ決めてないけど、面白い薬がいいなー。いや、解毒剤もらっておくべきか。惚れ薬飲まされた時用の」
ルニナはチケットを見ながら呟く。彼女はファムルに少し警戒しているようだ。
「それじゃ、千獣、料理手伝ってくれる?」
リミナがキッチン……はないので、食材を持って研究室に向かう。
「……ご飯、もうちょっと、まってて。……外出たら、ダメ」
千獣はそうルニナに言ってから、リミナの後を追う。
「わかってるよー。けど、あともう少し……もう少ししたら、私……ふふっ」
ルニナは怪しい笑みを浮かべつつ、毛布をかぶる――。
誰も見ていない時。
ルニナは魔法の練習をしていた。
彼女が誰かを騙して体を拝借し、遊びに繰り出す日はそう遠くないのかもしれない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【NPC】
ルニナ
リミナ
ファムル・ディート
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
前回から大変間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。
またご参加いただけましてとても嬉しいです。
耳飾りにつきましては、新たなカンザエラの街に戻ってから、もう一度だけリミナは千獣さんに返そうとすると思います。
尚、今回のお話はエルザード祭より前の話となります。
この度はご参加ありがとうございました。
最後まで一緒に物語を綴っていけましたらとても嬉しいです。
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