 |
 |
|
■【炎舞ノ抄 -後ノ弐-】炎、舞い■ |
|
深海残月 |
|
【2377】【松浪・静四郎】【放浪の癒し手】 |
本当に、不意の事。
故に、その場に居合わせた者の殆どが、黙って見ているしか出来ていなかった。
炉の中で灼けているような朱金の光が、陽炎の如くゆらりと燃え上がったかと見間違う。
気が付けばそこに生まれていた、赤みを帯びた強烈な灼熱の光。膨らみ張り詰めたかと思うと――巨きな翼を羽ばたかせるようにして、波打つ光の圧が辺りをぞろりと舐めた。
…今、その光の中心――に居たのが、朱夏、だった筈で。
逸早く気付いて、動く事が出来ていたのは舞だけだった。まず、夜霧慎十郎の袖を引いた。殆ど反射の領域での咄嗟の行動。袖を引かれた慎十郎は、その時点で舞を見、それだけで意図を察する――実のところ彼らとしては初めてでも無い行動。…だからこそ、この咄嗟の場面で行えたとも言える。袖を引いた後、舞が慎十郎の腕に直接触れたのと、慎十郎の身の内で何かが強引に引き摺り出されるような感覚が生まれたのが同時。
灼熱の光が周囲を舐めた時――否、舐める寸前、その灼熱ととても良く似た、けれど確かに違う色の光が、灼熱に抗するようにして生み出されていた。始点は舞。舞が儀式めいた所作で大きく振るった刀印――揃えた指先、伸ばした腕の軌跡に沿う形で、光の壁が一気に張り巡らされている。…すぐ側に居た者諸共自らを庇い、守る形の光の防壁。出来た途端に叩き付けられた波打つ灼熱の光は、その壁をも容赦無く呑み込んでしまったかに見えたが――目が眩む程の烈光が幾分和らいだ時、舞や居合わせた周囲の者は――灼熱の光が叩き付けられる前のままで居た…無事だった。
「ッ――良かった、効いたっ」
慎十郎さんの血から――属性限定で借りた、今の光と同属性だろう炎熱の力で作った壁。それを用いて、今の波打つ光の圧――最早桁の違う攻撃に等しいその圧に晒される事無く、何とかその場に居た者皆の身を守る事が出来た。
「…っと。今の間で良く間に合わせたな」
おれの属性限定使うのを。
「だって他に手は無いでしょ」
あたしひとりで使える術程度じゃどう考えても威力不足だし、今の場合で何とか出来る望みがあるなら慎十郎さんの血の力だけだと思ったから。
こういう時の為に、慎十郎さんの属性限定、これまでも何度か試してみてた訳だし。…まさか相手が朱夏さんになるとは思わなかったけど。…あくまで龍樹さんの事が念頭にあった訳だから。
「…つッても今の威力を立て続けに使うのァおれの方もちぃときついぞ？」
正直なところ、今の一発でも「根こそぎ持ってかれた」感じだからな。本当なら属性限定使って貰う分にァおれの方は大した負担にもならねぇ筈なのによ。…お前今かなり無茶して「引き出した」ろ。
「でも、今慎十郎さんが倒れてる訳じゃない」
「そりゃあそうだ」
「…あとどのくらい行けそうかな」
今くらいの威力。
「わからん。が、ある程度なら保たせてやれるさ」
こっちの事は考えんな。好きにやれ。
そうじゃねぇとそれこそ保たねぇ――この場面で、今のこの、どうにもおかしくなっちまってるらしい朱夏に相対するには。…最低、今くらいの力じゃねぇと役に立たねぇだろ。
「…うん」
今ので保ったなら、ほんの少しなら相対せる――いなせる余地がある。…と言っても、そうする為に発動する術の一発一発が無茶に等しくなるだろうから、本当にぎりぎりの、綱渡りでになるけれど。
それでも、今は己が――あたしたちが何とかしないと、取り返しのつかない事になる。
舞はすぐさまそう悟り、この朱夏へと――灼熱の朱鳥へと己が対峙する事を考える。
勿論、慎十郎の属性限定の力を借りた己だけで何とかなるなどとは思っていない。…己で使える魔法的能力に乏しい慎十郎単独では、大した助力にもなれない。今の灼熱の翼を纏い、予告なくその翼を力として揮った朱夏に、表情らしい表情が見えない。何処か、虚ろな。それでいて今にも叫び出しそうな激情も秘めているような――とにかく、切羽詰まった危うさしか感じさせない、様。
そんな様の朱夏の目が、舞に向く。
舞の額に、冷たい汗が滲む。
それでも今は、己しか目の前に居られないから。
だから、力ある誰かが、すぐ後に続いてくれる事を待ち望みつつ――舞は、出来得る限り、そのまま朱夏の気を自分に惹き付けておこうとする。
…関わりの無い居合わせただけの者が、その間に何とか逃げられるように。
蓮聖様が――ううん、蓮聖様だけじゃない。これまで自分たちに関わってくれた、力あるひとたちがその間に気付いて、来てくれるように。
龍樹さん、とも頭に浮かぶ。浮かぶけれども今は頼れない。わかっているけれどそれでも。
今は。
やるしかない。
…何処か獄炎の魔性を思わせる、灼熱の朱鳥と化したこの朱夏を――何とかして、止めないと。
|
【炎舞ノ抄 -抄ノ陸 後-】炎、舞い
「朱夏様の事で、お伺いしたい事があります」
白山羊亭を飛び出した、心語と――荒れ狂う炎の化身と化した朱夏様。心語は恐らく、極力周囲に被害が及ばないよう、炎の化身と化し暴走…しているのだろう朱夏様を惹き付けてこの場を離れる為、そうしたのでしょう。わたくしと――慎十郎様に舞様も、少し遅れて、二人を追い掛けていました。
その最中、その先で――龍樹様と秋白様が、現れました。朱夏様の――恐らくは意図せずとも朱夏様の身から放たれてしまう炎から、わたくしを助けてくれもしました。…御二人とも、朱夏様の今の様を知り、この場に駆け付けていたようでした。
…蓮聖様も、同様だったのでしょう。
慎十郎様がその名を呼んだ事で、わたくしは彼が蓮聖様である事を、蓮聖様が今、そこにいらしている事を知りました。
その身に纏っている色彩は、何処か秋白様の事をも思わせる淡いもの。朱夏様とそっくりな面差しをした――朱夏様と同年代にも見えかねない小柄な姿、ではありました。ですが、見た目通りの年若い方とは思えない、何処か、重ねた年輪を感じさせる御方でも、ありました。
この彼が慎十郎様や舞様のお話しの中で出た――そして秋白様が心に留め置いている蓮聖様であるのなら、早急に確かめたい事があります。
そう、これまで皆様に伺ったお話から、わたくしの頭に浮かんだ事がありました。
ですから、わたくしは、蓮聖様に、声を掛ける事をしました。
結果として、当の蓮聖様からの呼び掛けを遮るような形になってしまった…のが大変心苦しくはあるのですが、今のこの状況にある中でお話しを伺うなら、蓮聖様の方でこちらに意識を向けて下さった今この時しかないと思いました。ですから、敢えて無礼な真似を致しました。
蓮聖様の呼び掛けを遮ったそのまま、わたくしは、先に言葉を紡ぎます。
今の朱夏様の行い。その理由――わたくしのせいでもあるかもしれない、わたくしが、秋白様を揺らがせた――その為に、朱夏様が本来の姿にお戻りになった、それがあの様だと言うのなら。
朱夏様のあの御力の為に、秋白様は『位置』を失われる事になったのでしょうか、と。
舞様が仰っていた、繋がりが連想できる名前。朱夏、秋白――即ち、次に移ろう季節の名。ならば本来移ろう筈の何かを止めた為に、朱夏様は魂を失い力の塊となり、秋白様は『位置』を失ったのか。
もし、今の朱夏様が鎮まった場合、秋白様と朱夏様はどうなるのか。
また、心語の話からすると、龍樹様は朱夏様の為に敢えて『笹を握り』、その力の一部を肩代わりしていたのでは――そうも、思ったのです。
朱夏様は滅ぼされた方がましと仰いました。
ですが、朱夏様の本当の、本音の部分では、違うと信じたい。
わたくしは朱夏様を説得する為に、知りたいのです。
そう、話しました。
蓮聖様は。
わたくしの話を聞いた後、暫しの逡巡を見せてから。
何かを諦めたように、緩く、頭を振りました。
「それは――…違います」
返されたのは、きっぱりとした否定の言葉でした。誤魔化しでも何でもなく、純然たる事実なのだと悟れる言い方でもありました。
ならば。
「どう、違いますか」
違うと仰られるのなら。そこを、聞かせて欲しいと思います。
ここは…大変申し訳ありませんが、引くつもりは、ありません。
「『位置』と言う言い回しを使うなら。朱夏の「あれ」と秋白の『位置』に、直の関わりはありません」
「そう、なのですか」
「…だろう？ 秋白」
っ。
そうでした。…秋白様も、今、ここに。
蓮聖様にそう振られた、秋白様は。
振られた途端、ぴくりと一度、身体を震わせていました。
それから、何か…様子を窺うようにして、わたくしの顔を見て。
振られた問いに答える事を、少し、躊躇ってらっしゃいました。
「…秋白様？」
「…。…さっき、言ったよね。静四郎さんのせいじゃないって」
「はい。伺いました。ですが…」
「ボクが！ あの子の手綱を離したから今こうなってる。それだけ」
「…ですから、それは」
…どういう事、なのですか？
「だから、前に静四郎さんに言いたくないって言ってた話だよ。…死んだあの子の魂は、前にボクが…誰のものでもない自分の意志で拾って取り込んだ。そうする必要なんか、別に無い事。ただ、そいつを――ボクの『位置』を奪った蓮聖を苛む道具にするのに、ちょうどいいって思ったからそうしただけ。でも静四郎さんと会うようになって…ボクの方に迷いが出た。迷いが出たから、あの子を縛ってたボクの力が緩んだ。そこを衝かれて、ボクの手からあの子が自力で逃れた結果が、あれ」
そう言うと、秋白様は顎で朱夏様を示します。…朱夏様と心語が対峙している姿が、わたくしの目に再び入りました。灼熱の炎と心語の大剣、不可視の――恐らくは『気』の力をも使って数合を撃ち合っては離れ、離れたかと思うとまた間合いを詰めて、撃ち合い受け合っている姿がそこにあります。
まだ、止まりそうにありません。
激しい状況ですから、今のままではこちらの声が耳に入るかも、わかりません。
早く何とかしなければ、と気だけが逸ります――心語の身にも展開している【幻の盾】の力が少しでも足しになっていればと強く思います。
「…てこたァ、ソーンで初めて龍樹の前に顔出した時の朱夏はもう、手前の差し金だったって事だな」
慎十郎様の言葉が挟まれました。
受けて、わたくしの方でも思わず、秋白様を見てしまいます。答えを、促すようにして。…結果として、責めているような仕草に見えてしまったのでしょう。秋白様は、わたくしを見て少し、怯んでいるようでした。そうなってしまった事にすぐに気付いて、わたくしは少し慌てます。秋白様にそう感じさせてしまうのは本意ではありません。…ですので、慌てて【友愛の瞳】の力を意識する事もしました。
その力が実際に発揮されるかしないかと言う段階で――秋白様は、そうだよ、と短く仰いました。…慎十郎様から確かめられ、わたくしもその答えが知りたそうだ、と受け取った時点で、元々、そう答えて下さるつもりではあったのでしょう。ですがきっと本当は、答えたくなさそうな――言い難そうな、言い方でした。
先程も仰った通り、わたくしに言いたくない話。…そういう事、だったのでしょう。
…龍樹様に『笹を握らせた』、と言うのは、つまりは、それだけの事だと。
蓮聖様へと向けられた秋白様なりの「攻撃」の仕掛け、その一番初めの一手であったのだ、と。
そう、話して下さいました。
「あの子は今はただ「そこに居るだけ」で、関わりがあったひとたちの心の水面に石を投げ込み波紋を起こす。そういう存在だから――だから、「使おう」と思っただけ。でもこうなったらもう全部ぱぁ。ボクが持ってた手綱も戻せないみたいだし、もう使えない。そもそもばれちゃった以上、あの子を基に組み立てた企てじゃ…手綱が戻せたとしても、もう効き目が弱い」
何て言うかさ。…静四郎さん、今の話じゃ、ボクの事、良いように受け取り過ぎだよ。
ボクが「自分が義務としてやらなきゃならない事をしてるだけ」って事を前提にして、考えてない？
ボクは「ただの鬱憤晴らしが目的の、自分がやりたい事」もしてるんだよ？
秋白様は、そんな風にも続けてこられます。
ですが、なら。
「…でしたらやはり、わたくしにも責任はあるじゃないですか」
「！ …だからッ」
「秋白様が行いたかった企てを、わたくしが阻んでしまった。と言う事にはなりませんか？」
秋白様を迷わせてしまう事で。
お辛い目にあって欲しくないと、できる事なら心安らかでいて欲しい御方だと伝えて。
わたくしの傍で、『生きる』事は、『位置』を作る事はできませんかと。
何度も語り合い、御心を添わせた事で。
やめてもいいかもしれない。…そう思う程に、揺らいでしまわれた。
「ッ…それ…は」
「違うのですか？」
「…。…そうじゃ、ないけど。でも静四郎さんに責任とか、そんな…」
秋白様は、そう仰います。
躊躇うように言い淀みながら、それでも…わたくしのせいではない、と。わたくしに責任を被せないよう、気遣って下さっているのだと、思いました。
秋白様がなさろうとしていた、わたくしには悲しく思える事。それを阻んだ結果の――反動のようなものが今の朱夏様のこの状態だと言うのなら。わたくしは喜んでその解決に努めましょう。
そうする事はきっと、これからの秋白様の御心の為にもなると、わたくしには思えますから。
「今の朱夏様を鎮められたとして。秋白様の御身に響くような事は、無いのですね」
念を押して、そう確かめてはおきます。
そうであるなら、気懸かりの一つは晴れますから。
秋白様は、そこについては特に拘るような事では無さそうな様子で、あっさり頷かれました。…わかりました、とわたくしも頷き返します。
ただ、そうなると。
同じく、今の朱夏様を鎮められた場合。…朱夏様御自身は、どうなるのでしょう。
そちらの気懸かりはまだ、晴れないままです。
秋白様の、声がしました。
「ボクに手綱が戻せない以上、あの子を止めるの、力尽くじゃないと、多分、無理だよ。それこそ…」
殺す気で掛かって、やっとだと思う。
秋白様は、そう仰いました。
「それで、ですか」
…それで、合点が行きました。
いっそ滅ぼされた方がまし、との朱夏様の仰りよう。
彼女が、わたくしたちに託して来られた…のだろう事。
ですが。
覚悟の上の御方を殺めて解決、などと言うやり方は…それもまた、悲しい事としか思えません。
何とか、ならないのでしょうか。
と、わたくしがそう思った事を、お気付きになられたのかもしれません。
また、秋白様の、声がしました。
「…手綱、戻せるか…もう一回、やってみるだけやってみてもいいけど――…って何だよ」
わたくしにそう話して下さっている途中で、不意に、秋白様の声の調子が変わります。少し、不貞腐れて文句を言うような――表情も、険しい御様子になってらっしゃいました。急にどうしたのかと思ったら、秋白様の視線の先は、蓮聖様でした。蓮聖様は何やら、秋白様の事を目を丸くして、心底驚いた様子で見ています――そんな蓮聖様の御様子を受けての、秋白様の態度のようでした。
どうなさったのでしょう？
「…いや」
秋白様に「何だよ」と言われた蓮聖様は、緩く頭を振っていました。そして、何処か和らいだ表情をお見せになったかと思うと――お前がそう言ってくれるのか、と。…秋白様に、そう、仰いました。
それを受けた、秋白様は。
心外だな、と強い調子で仰いました。
何処か、高圧的な――その言葉を投げる対象の御方を、弄うような、声音です。
秋白様は、心に留め置くどなたかの――恐らくは蓮聖様の事をお話しする時、こういったお声や態度になる場合が、前にも、ありました。
また、今もです。
「…あなたにそんな言い方されると却って放っておきたくなる。…そうだね。どうせならこのまま暴走させた方があなたは喜んでくれるかな――…」
「…秋白様」
つい、お名前を、呼んでしまいました。
秋白様のその仰りようが、悲しくて。
ただ、わたくしがそう声を掛けた途端。
秋白様が今度は、弾かれるようにわたくしを見て――ばつが悪そうなお顔になったかと思うと。
ごめん、と謝って来られました。
「…。…そんな事しないよ。静四郎さんが責任感じちゃうような事そのままにしとける訳無いじゃん。…ああもう調子狂うな。なんでそんな貌でボクの事見てるんだよ蓮聖は。何か全部見透かしてるみたいな――…」
「済まないな。不快か」
「うん。凄く嫌な感じ」
「堪えてくれ。どうせ、あと僅かの事だ」
「…？ 何がだよ」
「ここを越えればお前の思う『位置』の縛りも消える。来てくれるなら共に来てくれ」
…朱夏の剣術は、私仕込みだ。
蓮聖様はそう言ったかと思うと、一度深く身体を沈ませて――次の瞬間には、地を蹴って飛び出していました。心語と朱夏様が戦っているそこへと向かったのだとわたくしにわかったのは、少し遅れてからでした。その蓮聖様の姿を追い掛けるようにして、秋白様もまたそちらへと飛び出していました。
え？ と思います。
あまりに急の事だったので、わたくしは、状況に付いていけませんでした。…これは、蓮聖様と秋白様が協力して朱夏様を止めようとして下さっている、と受け取っていいのでしょうか。今の話。聞き流してしまえないような事が、蓮聖様の口から出たようにも感じました。それで、秋白様が――言葉の真意を確かめる為に、何を言う前に行動の方で、蓮聖様のその背を追ったようにも感じました。心語と朱夏様の戦っているその場に、蓮聖様と秋白様が加わるのが見えます――と。
そちらに気を取られていたところで。
私の役回りはこちらのようですね、と声がしました。
これまでこの場に居た方の――少なくとも、わたくしが聞いた事があるのとはまた別の御方の声です。
その声の主を確かめようとしたら――その場で、赤みがかった黒い炎がごうと巻き上がるのが見えました。思わず身構えます――が。
その炎が巻き上がり揺らめいた先には、爆ぜ散った朱夏様の炎がありました。その灼熱の炎が今にも建物に燃え移ろうとするところを、その黒い――いえ、土色の炎が先に巻き込んで、巻き込むだけではなく、消し止めてしまっています。
…声の主は、龍樹様でした。
「…やり切れるかはわかりませんが。守れるところは守り、戻せるところは戻しましょう」
「…龍樹様」
「力尽くなら本来私が向きでしょうが。あの方のお心遣いを無碍にする訳にも参りませんから」
龍樹様はそう仰ると、何かを確かめるようにして周囲を見渡しました。かと思うと、不意にそこかしこでまた土色の炎が上がります――何処も、わたくしが【幻の盾】を展開したところでした。
それこそ、土色の炎で構成された盾とでも言えそうな圧のある力の塊が、わたくしが守ろうとした数多の人々の前に展開されています。
「代わります。…真っ当な生身でここまでするのは、無謀ですよ」
「…ですが」
「責任の有無を仰るならば。貴方より私の方がより多くあるかと存じます。…それに。この程度では到底贖い切れぬ事を多々してきておりますのでね。気になさる事は何もありませんよ」
「…龍樹さん」
舞様の声がしました。
龍樹様は、そんな舞様に頷いて見せています。
「委細は後に」
「わかってる。今は朱夏さん、だよね」
舞様もそう返し、頷いています。慎十郎様も同様、頷いていました。それを見届けてから、龍樹様は朱夏様の――そちらの戦いに意識を向けているようでした。そして、戦いの中で飛散する朱夏様の炎、その余波を悉く受け止め、己の炎で巻き込み、消し止める事をしています。
龍樹様の御力は、全て、周辺に向けられていました。朱夏様との直接の戦いは、蓮聖様や秋白様――そして心語に任せているようで、そちらにわたくしが展開している【幻の盾】の代わりをなさろうとはしませんでした。御力の性質からして、戦いの邪魔になる可能性を考えたのかもしれません。土色の炎は――戦力として有効か否か以前に、まず視界を遮る事だけは言い切れますから。
ですからわたくしは、龍樹様の御言葉に甘える事にしました。不可視である【幻の盾】を――心語や蓮聖様、秋白様に展開しているものだけに集中し、強化に努めます。
朱夏様が鎮まって下さる事を、皆様の無事を、ただひたすらに、願いながら。
■
そうしている中で、何処か、現実味の薄い、遠い声が聞こえた気がしました。その場に居た筈の皆様の気配も何故か遠くなり、その代わりに、深く重い圧のあるその「声」が、わたくしの耳に届いたような気がしたのです。
誰も汝を認めぬのならば、不死鳥の名に於いて汝を認め、茨の夢へと導こう
炎の内より何度でも甦るが我が印
生と死の狭間に惑う者、汝の守護を担い、汝の心に応えよう
そんな、何処か口上めいた、こことは別の次元から響いて来るような、異質な声でした。
今ここで不死鳥と言われたならば、思い当たるのは朱夏様です。まるで炎の翼を扇いでいるような今の御姿――秋白様も、『灼熱の朱鳥』と言う呼び方をしていました。
この「声」は、朱夏様の、守護聖獣の声かもしれない、と思いました。
――――――汝は朱き夏に応えるか
続けて、そう、問われたような気がしました。
はい、と。
わたくしは、すぐに答えました。
朱夏様が託して下さった事。
わたくしの受け取り方が、間違っている可能性は否定しません。
ですが。
託された以上は、わたくしなりに、朱夏様の為になるよう、朱夏様の救いになるよう、努めたいと思います。
わたくしなりに、そう「応える」つもりです。
わたくしは、この「声」に、そう伝えました。
これが本当に朱夏様の守護聖獣の「声」であるのなら。届いて欲しいと――朱夏様を鎮め、救う為の力になって欲しいと、切に願って。
■
…何処か遠くなっていた感覚が、いつのか間にか戻って来ています。心語と朱夏様が対峙しているのが見えました。蓮聖様と、秋白様もそのすぐ側にいらっしゃいます。何か、言葉を交わしているようでも、ありました。この距離でよく見える訳もないのに――朱夏様の表情が、僅か、緩んだような気がしました。
それから。
朱夏様が、がくんと、力が抜けたようにして――崩れ落ちるのが見えました。
支えようと、受け止めようとしているのも、見えました。
蓮聖様か、秋白様か、心語か。手を差し伸べたのは、その内の誰かでは無くて、三人ともであったのかもしれません。
そうしている様が、やけにゆっくりと、見えた気がしました。
…ああ、やっと、と。
わたくしは、心の底から安堵致しました。
朱夏様の纏う、荒れ狂っていた灼熱の炎は――もう、何処にもありませんでした。
【灼熱の朱鳥、収束（成功）】
××××××××
登場人物紹介
××××××××
■視点PC
■2377／松浪・静四郎（まつなみ・せいしろう）
男／28歳（実年齢41歳）／放浪の癒し手
■同時描写PC
■3434／松浪・心語（まつなみ・しんご）
男／13歳（実年齢25歳）／傭兵
■NPC
■秋白
■風間・蓮聖
■佐々木・龍樹
■舞
■夜霧・慎十郎
■朱夏
|
|
|
|
