■エルザード祭〜旅籠屋―幻―の出張屋台!?■
暁ゆか
【3434】【松浪・心語】【異界職】
 うららかな青空の下、王女はペティ、ルディと共に天使の広場をカラフルなリボンや旗、風船などで飾り付けていた。
 装飾用の道具担当のシェリルがテキパキと指示を出し、周囲の微妙な空気に気づかないままレーヴェは聖獣王と王女から頼まれた高所の飾り付けを粛々とこなしている。
 広場の一番外回りには、エスメラルダの監修の屋台がいくつもおいしそうな匂いをさせる。
 カレンのハープの音に吟遊詩人達も調律を始め、普段見かけないディアナの姿までもある。

 今日が特別なのだ。だが何が起こるのか。

 飾り付けの終わった広場に聖獣王の姿が見え場が静まり返る。
 舞台上から王の声が響く。
「聖獣王の名の元に、今日を国民の祝祭日とする。皆の者、今日は無礼講である。存分に楽しむが良い」

 それは王と王女のサプライズ。
 今、天使の広場を中心に、エルザード祭が幕を開けた。

***

 旅籠屋―幻(まほろば)―。
 それは、人通りで賑わう、大きな通りから、一歩踏み入った裏通りに佇む一軒の宿屋。
 いつもは裏通りにて、ひっそりと営業し、けれども知る人は知っていて、夜にもなれば賑わう食堂も兼ねた酒場を含む宿屋であるが……。

「いらっしゃいませー」
 天使の広場の片隅で、簡易調理場を携えたテントと、いくつかのテーブル、そして椅子を並べた一角があった。
 そこで、客引きの声を出しているのは、背中に鳥類の翼を一対生やした、一見少年とも見間違えそうなボーイッシュな恰好をした少女・如月誠だ。
「誠、これをそちらのテーブルのお客さんに……」
 奥の簡易調理場で、調理した料理を差し出しているのは、黒髪の女性・闇月夜。
 日頃、裏通りで旅籠屋―幻―を営む2人の女性は、祭りに託けて、広場の片隅でプチ食堂を開いていた。

 祭りの途中でお腹が空いたら。
 いろいろ見て回って、少し休憩がしたいなと思ったら。
 この屋台を訪れてみるのは、いかがだろうか――?
■ エルザード祭〜旅籠屋―幻―の出張屋台!? 〜松浪心語とフガクの様子■

「陛下も粋な事してくれるじゃない♪」
 飾りつけの終わった天使の広場に、聖獣王の言葉が響き渡ると共に、広場で何が始まるのだろうと様子を窺いに来ていたフガクは、義弟のところへと急いだ。
「いさな! 広場で祭りが始まったよ! 一緒に見て回ろう?」
「義兄さん!?」
 義弟であるいさな――松浪心語の部屋の扉を勢いよく開けたフガクは、驚く彼に広場の様子を手早く教えると、早く行こうと促す。
「そういうことなら……」
 突然のサプライズに高揚しているフガクの様子に、やや苦笑いを零しつつ、心語は出かける準備を整えた。

***

「さぁって、何処から回ろうか」
 改めて、心語と共に広場へと出向いてきたフガクは、辺りを見回した。
 広場の一角には舞台が作られていて、何やら出し物が繰り広げられているようで、観客が群がっている。
 そして、広場の周囲を囲うように、所狭しと出店が並び、食べ物や小物などを売っていたり、遊びを提供していたりするようだ。
「決められないから片っ端から行こう、いさな!」
「えぇっ!? 片っ端からって、全部っ!?」
 フガクは彼の言葉に驚く心語の手を引いて、手始めにすぐ傍の出店へと向かう。
 すぐ傍の出店は、輪投げの店らしく、子どもも大人も楽しめるよう、ターゲットへの距離が2種類用意されている。
「いさな、これ、やってみよう! おじさん、2人分〜!」
 フガクは心語に声をかけ、彼の返事よりも前に、店主へと声をかけて、輪を受け取った。
「ほら、いさな。どっちが点数取れるか勝負だ」
「しょうがないなぁ」
 心語はそう言いながらも、フガクから輪を受け取り、ターゲットへと向き合う。
 ターゲットは、根元に点数の書かれた棒が並んでいて、手前から奥へ行くほど得点が高くなるようだ。そして得点によって、景品が用意されているらしい。
「俺から投げるよ?」
 そう言って、早速フガクが輪を投げ始める。一人に与えられた輪は5本で、フガクは最初に狙いを定めただけで、次々と投げた。
 全ての輪を投げた後、店主が得点を確認する。
「100点に1本、50点に1本、あとの3本は30点で……お兄さんの方は240点だね。そっちのキミは……どっちの距離でやってもいいよ?」
 フガクの投げた輪を回収してから、心語の方を向きながら店主が言う。
 一見少女風の外見から子どもだと間違われたようだが……。
「いえっ。勝負をするからには、俺も義兄さんと同じ距離で!」
 心語は、そう告げてから早速、ターゲットに狙いを定め始めた。
 1本1本狙いを定めつつ投げた結果、
「100点に2本入ってるのはすごいな。でも、狙いすぎて、他は外れちゃってるから、200点だ」
 最奥の100点と、その手前の50点のターゲットは離れていて、100点狙いで投げると輪が入らない場合、50点に掠りもしないので、点を稼ぐことは難しかったようだ。
「残念だったね、いさな」
「狙いすぎるのも良くなかったんだな。その辺も考えて点を稼いだなら、義兄さんには敵わないな」
「200点以上の景品は……このおっきいぬいぐるみか、周りの出店で使える1品無料券だな。好きな方持って行きな」
 互いに労い合う2人に、店主が景品を差し出してくる。
 さすがに、男2人がぬいぐるみをもらっても困るので、1品無料券の方をそれぞれもらい、輪投げ屋を後にした。

 その後も端から順に出店を見ていき、雑貨や小物を売るお店は冷やかしで覗くだけ覗いてみたり、先ほどもらった1品無料券を食べ物と交換して食べ歩いたり、舞台で飛び入り参加を募っているところにフガクが飛び込んでいき、心語も巻き込まれて、見知らぬ人たちと一緒に歌ったり踊ったりする。

「……ふぅ」
 さすがに、立て続けに歌ったり踊ったりしていると、心語は疲れ果ててきて、フガクより先に舞台を降りて、袖の辺りで一息ついた。
「お疲れさまー。休憩に、うちの屋台はいかがー?」
 一休みしたいなと、顔を上げて辺りの出店を見回した心語へと、ボーイッシュな恰好をした少女――如月誠が声をかけてくる。
「屋台って?」
「そこのプチ食堂だよ。イスとテーブルも用意してるから、疲れてるなら休憩も出来るし、オススメ」
 彼女の指差す先には、言葉通りテーブルと椅子がいくつかずつ並んでおり、その奥に簡易の調理場があって、中で1人の女性が料理を用意しているようだ。
「プチ食堂か……」
「可愛いお嬢ちゃんのお誘いなら、乗らない手はないよね」
 心語が休憩させてもらおうかと考えているところ、背後からそんな声が降ってきた。
 声の主は、舞台から降りてきたフガクだ。
「折角だから美人さんの手料理でお昼にしよう」
 調理場の方も見て、フガクのテンションがまた上がる。
「ほら、いさな。お嬢ちゃんに案内してもらおう♪」
 言うが早いか、フガクは心語の手を取って、誠の案内にのってテーブルへと向かう。
(また悪い癖が……)
 義兄のそんな様子にため息をつきながらも、心語は手を引かれるままに着いていき、席へと着いた。
「えーっと、まずはエールを2人分。それから料理は……」
「いつものお店ではいろんな料理を提供してるんだけど、屋台でそこまで凝ったことは出来ないから、お祭り限定定食のみなんだよ」
 申し訳なさそうに告げる誠に、フガクはとんでもないと手を振って、
「お任せしようと思ったところだから。奥の美人のお姉さんの得意料理をくださいな」
「承りました。夜ー、エールと定食、2人分ー」
 誠は一礼し、調理場へと向かうと注文を通す。程なくして、先にエールを届けてくると、後から来た他の客たちの相手をしに、席を離れた。
「誠ちゃんに、夜さんかぁ」
 エールを飲みつつ、浮かれた顔で2人の店員を眺めるフガクに、同じくエールを飲んでいた心語は睨み付けるような怖い顔を向けた。
「少し落ち着け」
「う゛……はい……」
 低い声でそう告げられたフガクは、大人しくしながら、ちびちびと少しずつエールを飲んで料理を待つことにした。
 暫くすると、誠が両手それぞれにプレートを持って、2人の待つテーブルへとやってくる。
「お待たせしましたー。お祭り限定定食だよ」
 そう告げて、誠はフガクと心語、それぞれの前に、手にしていたプレートを置いた。
 プレートの上に、ほぼ同じサイズの大皿が乗り、その中に、ご飯とメインのから揚げ、グリーンサラダ、更にスープが入った小さなカップが盛り付けられている。
「美味しそうだね」
「ああ、美味そうだ」
 フガクも心語も、まずは見た目からの感想を口にする。
「メイン料理の、トリのから揚げは、特製のおろしダレ。それからグリーンサラダには夜お手製のドレッシングをかけさせてもらってるよ。どうぞ召し上がれ」
 誠の簡単な料理の説明を聞いてから、2人は早速食べ始める。
「……うん。見た目に負けず劣らず、味も美味しい! 夜さん、料理上手だねぇ」
 メイン料理であるから揚げを頬張ったフガクは、調理場の方に向かって、感想を告げる。
「っ……あり、がと……」
 調理場で料理していた女性――闇月夜は、突然かけられた声にやや驚きつつ、応えた。
 心語も一口一口、じっくりと味わいながら食べていく。
「……土産に持ち帰れる料理は、あるだろうか?」
 食べている途中で、心語は夜に訊ねた。
「……お祭り定食をお弁当みたいに詰めることは……持ち帰りメニューとして、用意してるわ……。……流石に、スープのお持ち帰りは、出来ないけど……」
「持ち帰るの?」
 夜が応えると、横から誠が逆に訊ねてくる。
「……夜殿の料理……ぜひ、もう一人の義兄にもと、思ってな……」
「そうなんだね。じゃあ、追加注文で?」
「……頼む」
 心語の返答を聞くと、夜は持ち帰りメニューの用意を始める。
 その間にも、誠とフガク、心語は話をしながら、食事を進めた。
「ごちそうさまでした。美味しかったよ、夜さん。それに誠ちゃんとのお話楽しかったよ」
 終始機嫌良さそうだったフガクは、満足そうに感想を述べる。
「……これ、お持ち帰り用」
 夜がパックに詰めた定食を心語へと差し出した。
 それを受け取ったのを見てから、フガクが改めて口を開く。
「俺たち、しばらく長い旅に出るんだ。この世界に戻ってきたら、きっとまた寄らせてもらうよ。それまで俺たちの顔、覚えといてね♪」
「へえ、旅に……」
「……きっと、また来る」
 心語も少し寂しそうな顔をしつつ、告げた。
「じゃあ、今度はお店で、楽しみに待ってる」
「……ぜひ、来てね」
 見送ってくれる誠と夜に、フガクは手を振りながら、心語と共に、店先を後にする。

 その後も、もう少し祭りを見て回ってから、旅立つ準備のため、2人は拠点へと戻るのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【3434 / 松浪・心語 / 男性 / 13歳 / 異界職】
【3573 / フガク / 男性 / 27歳 / 冒険者】

NPC
【闇月 夜 / 女性 / 23歳 / 女将】
【如月 誠 / 女性 / 18歳 / 用心棒】

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■         ライター通信          ■
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暁ゆかです。
先ずは、大変遅くなってしまいまして、申し訳ありません。
そして、この度は、2人のお祭りの様子を描かせていただき、ありがとうございました。
気に入っていただけましたら、幸いです。


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