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■呪われた世界■ |
深紅蒼 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
今貴方の目の前に広がっている光景。それは不思議な‥‥見たこともない幻想的な光景であった。しかし、遠い昔にどこかで見たような懐かしい光景でもある。既視感だろうか。
蒼い空には強い風が吹き白い大きな雲が流れていく。その空に浮島が幾つも浮かんでいた。浮島は大小様々あり、大きな浮島の上の地面には森や平原や川や湖までもがあった。川の水は浮島の端まで流れたあと、滝の様に零れている。その水は別の浮島に注ぎ、どこからか差し込む光にキラキラと光っている。夢の様に不思議で美しい光景であった。
見惚れていると声が聞こえてきた。
「助けて欲しいのです」
どこから聞こえてくるのか判らないが小さくて綺麗な声だ。女性のものである声はなおも続く。この美しい世界が何かに悩まされているとでもいうのだろうか。
「かつて‥‥この地では激しい戦いがありました。生き残った者達は去り、ここには死者の苦しみと憎しみだけが色濃く残っています。見放され誰にも癒される事なくただ悲しみを抱いたまま眠る大地に本当の自然も本当の輝きもありません。事実、この世界では1箇所を除き命が誕生することはありません。それを貴方の力で救って欲しいのです」
貴方は困惑しているかもしれない。いきなり誰ともわからない者に助けを乞われて、困惑しない者はいないだろう。そもそもどうやって大地を救えば良いと言うのだろう。
「何をどうすれば良いのか‥‥それはわたくしにもわかりません。けれど、何かを為せば必ずその結果は現れることでしょう。このまま手を差し出さなければこの地は何年も何百年もこのまま不毛の大地であり続けることでしょう。どうか貴方の心を少しだけ、この地に分けてやって欲しいのです」
それこそ『雲を掴むような』わけのわからない願い。けれど貴方の前にはゲートがある。そこを越えればあの世界のどこかに入って行けそうな気がする。
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●千獣と風の世界
懐かしいという想いがうっすらと心の表層に立ち上ってくる。本当はもっと前から感じていたのだろうけれど、実感するのには時間がかかる。それほどここは変化していたし、けれど本質は少しも変わらない。
「……ただいま」
生まれ故郷というわけではなかったし、ここに居を構えたこともない。けれど千獣の淡く血の色を映す唇がわずかに動くとそうつぶやいていた。空は身体を巡る血潮の様に絶えず激しい風が坂巻き、雲が流れる。浮かぶ島々は幻想的な風景を作り、島から島へと滝の様に流れる清き水の流れは虹に彩られる。ここは風の国。生まれたばかりの過酷にして華麗な新しい世界。
千獣がこの地を訪れるのは随分と久しぶりであった。もちろん、それは千獣のせいではない。なかなか世界をつなぐゲートが解放されなかったのだ。その間に千獣の上にも風の世界にも時間は流れた。外見はそれほど変化はない。千獣は相変わらず表情こそ乏しいものの、流れるぬばたまの黒髪も、ほっそりとした身体にも重ねた年齢の跡はみられない。風の世界もまた、相変わらず強く風が吹きぽっかりと島々が空に浮かんでいる。けれど、千獣が以前と違うように風の世界にも小さな変化がある。
記憶をたどり以前歩いたであろう道なき道を進む。もうすぐ浮島の端に着く。そこから下を見下ろせばあの……。
「水が……」
しかしその血色をたたえた双眸がとらえたのは千獣が知っている光景ではなかった。かつては小さな湧き水があり、あふれた水がごくごく細く四方に流れ出ていた場所。そこは今は大量の水をたたえた湖になっていた。湖はその浮島のほぼ全てに広がっていて、淵からこぼれた水は滝の様に下へと降り注いであちこちに大小の虹に彩られている。ぞっとするほど綺麗で命のかけらも感じられない静かで冷たい湖だった。そっと足を踏み出せば吹き上がる風がふわりと千獣を抱き留め、その水の上にふわりと降り立つ。水面が円を描くようにして半円型に浅くへこみ、その真ん中で千獣は水と反発するかのように浮かんでいる。
「不思議……私は、この世界に相容れない……モノ?」
湖の上には視界を遮るものはなく、青い空と浮島とが千獣の上にも足下にも水面に映り……ただ狭間に居る千獣だけがこの世界の真ん中に何とも異なるモノとして存在としている。
冷たく荒涼とさえ見える空と水と風の世界。風の音だけが響く世界にかすかに小さな高く澄んだ音が聞こえた。
「鈴? の音……?」
そう、それは小さな銀の鈴を耳元で鳴らしたかのような、寄る辺ないあえかな音だった。けれど、聴き間違えではない。確かにどこかから聞こえてくる。千獣は音に、それを感じる耳に感覚を集中させる。すると、音が足の下から聞こえてくるように感じられた。
「誰? 誰か……いるの?」
それは独り言のような小さなつぶやきだった。けれど、確かに水の中で言葉に反応するかのような輝きがわずかに瞬く。千獣はゆっくりと身を屈めて下を見る。水の底から小さな泡が浮き上がって来るようにきらきらと虹色に輝く光の粒が水の中から千獣へと迫ってくる。千獣は動かない。小さな光には害意も敵意も感じなかったからだ。そして、足下に届いた瞬間、光は千獣の身体を包み水の上に浮かんでいた千獣の身体はきらめきながら水の中へと沈んでゆく。
びっくりして目を見開いた千獣だったが、悲鳴は出なかった。水の中も風の吹く外と同じで遮蔽物はなく、澄み切った水はどこまでも見通せる。何もない、風の音さえしない静かで寂しい世界だった。キラキラ光る冷たい水が千獣の肌をかすめる。何かを千獣に尋ね、返答を待つような気配がする。
「……わかった。いい……私を見せて……あげる」
言葉にすると本当にそれがあの光への返答になっているのか少し心配だったが、千獣の周囲で淡く輝く光は嬉しそうにひときわ強く輝くと、小さな光に分散して千獣の体中を透過してゆく。それは頭の先からつま先まで、丹念に丁寧に慎重にくまなくすべてを明らかにするように千獣をスキャンし、そして全ての光は一点に収束し……そしてふわっと拡散すると光輝くもう一人の千獣となる。生まれたばかりのもう一人の千獣はぎこちなくオリジナルの千獣に微笑みかける。
「ありがとう。貴方が教えてくれたから、私たちはここにはない命を知ることができた」
光の千獣はゆっくりと、少したどたどしい口調ながらもしっかりとした言葉を紡ぐ。水の中なのに、不思議とその綺麗なせせらぎのような声は千獣に伝わってくる。
「私……私の中には……良くないモノもいる。だから……お礼を言われるのは……違うかも、しれない」
心の葛藤をなんとか言葉に変換して千獣はゆっくりと話す。けれど光の千獣は笑って首を横に振った。
「命に正しいも間違っているもない。だから私は、私たちはあなたにお礼を言う。ありがとう。貴方の教えてくれた命がきっとここを豊かにしてくれる」
両手を広げた光の千獣はさらに拡散して水に溶けるように消えてゆき、千獣は上へ上へと浮上してゆく。真上に迫る水面からゆらゆらとした日差しが湖の中に差し込んでくる。
『ありがとう』
もう一度声が聞こえたけれど、もうどこから聞こえてくるのかわからなかった。
気が付くと、千獣は湖の端に立っていた。吹き付ける風が長い髪を服の裾をゆらし、冷たい水が足を濡らしている。湖は今までと少しも変わらないようでいて、劇的な変化を遂げているようにも見えた。
「また……また遊びにくる……きっと、また」
誓いの聖句のようにそうつぶやくと千獣は透明な手裏剣を空に投げる。それは空間に突き刺さって階段となり、千獣は名残惜しそうに水から足をあげ空を駆け上がる。そうして千獣が門を潜り抜けてしまうと、一層強く風が吹き渡っていった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
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■ ライター通信 ■
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気がつけばずいぶんと時間が経っていました。またお越しいただき感謝しております。千獣さんのおかげで寂しかったこの世界もにぎやかになる未来が開かれました。そうなるのには何年も何十年、何百年、もしかしたらもっと長い時間がかかるかもしれませんが、千獣さんが持つたくさんの獣たちが可能性となってくれたんじゃないかと思います。本当にありがとうございました。
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