■大きな木の下で〜エルザード祭〜■
大木あいす
【3106】【グレン】【冒険者】
 うららかな青空の下、王女はペティ、ルディと共に天使の広場をカラフルなリボンや旗、風船などで飾り付けていた。
装飾用の道具担当のシェリルがテキパキと指示を出し、周囲の微妙な空気に気づか
ないままレーヴェは聖獣王と王女から頼まれた高所の飾り付けを粛々とこなしている。
広場の一番外回りには、エスメラルダの監修の屋台がいくつもおいしそうな匂いを
させる。カレンのハープの音に吟遊詩人達も調律を始め、普段見かけないディアナの姿までもある。
今日が特別なのだ。だが何が起こるのか。
飾り付けの終わった広場に聖獣王の姿が見え場が静まり返る。
舞台上から王の声が響く。
「聖獣王の名の元に、今日を国民の祝祭日とする。皆の者、今日は無礼講である。
存分に楽しむが良い」

それは王と王女のサプライズ。
今、天使の広場を中心に、エルザード祭が幕を開けた。

エルザード祭り〜大きな木の下で、照れる〜

 人と同じ姿形で背中に鳥の羽を生やしているグレンにとって、狭い場所で物に羽根が当たらないように慎重にしながらも激しく動くことは苦手である。
「ルディア! これって、どのテーブルに運ぶんだっけ?」
「あぁ、あのウインダーの方々のテーブルよ、ほら」
 アルマ通りにある白山羊亭は、本日も大盛況。
 エルザード祭りの開催中とあって、いつも以上に大盛況であった。
 グレンは前回の出来事で、世話になったルディアのために白山羊亭で働いているのだった。
 エプロンを装着し、グレンはあっちのテーブル、こっちのテーブルと行き来し、飲み物や食べ物を運んだり、片づけたりしていた。
「あっ、ごめん」
 羽根が物や人に当たることもしばしば。
 昼時の混雑時が過ぎ、少しずつ空席が出来始めた時、特にやることが無くなったグレンはルディアに聞いた。
「ルディアー! 次は何すればいい?」
「ふふ、グレンさん。もうピークは過ぎたし……せっかくのお祭りの時なのに手伝ってもらっちゃってごめんなさい。次はグレンさんが、お祭りを楽しむ番よ」
「えー、ルディアは? ルディアだって、お祭り好きでしょ」
「私はお店があるから。気持ちだけいただくね」
 ルディアはグレンのエプロンを外しながら答えた。
 それからルディアはグレンの羽根に気遣いながら背中を押して、白山羊亭から出した。


■□■


 白山羊亭の傍にある大きな木の上に乗って、道行く人を観察していた。
「うーん、この賑やかな感じ! やっぱりお祭りってウキウキしちゃうよね」
 木の上の先客の鳥たちと戯れながら言った。
 グレンの目線の先には、エスメラルダ監修の屋台群が立ち並んでいた。
 焼きそば、たこ焼き、綿あめ……焼き鳥は、やめとこう。
「じゃ、行こうか!」
 鳥たちに話しかけながら、グレンは枝の上で立ち上がり、ぴょんと飛んだ。
 その後を鳥たちも追いかけるように付いていった。
 鳥たちを従えたグレンは、焼鳥屋の前は通り過ぎて、屋台が立ち並ぶ空間へやってきた。
「あ〜! どれもウマそうだな!」
 グレンは美味しそうな匂いに誘われるまま、ふらふらと付いていった。
 後ろからは鳥たちも付いていった。
「おっちゃん! これ、ウマそうだな!」
「おっ、ぼうず。わかってんなあ! うちのたこ焼きが一番うめぇんだ」
「そうなんだ、一個買うよ!」
 ソースがたっぷりかかった10個入りのたこ焼きは船に乗って、グレンに手渡された。
「おっちゃん、ありがとう!」
「おぉ、熱いから気ぃつけろよ」
 急いで食べたグレンは、たこ焼きを噛んだ時に出てきた中のとろっとした生地の予想以上の熱さに悶絶していた。
「言わんこっちゃねぇ」
 心配そうに鳥たちがグレンの周りで飛び回っていた。


□■□


 一通り屋台を回ったグレンは、白山羊亭の傍にある大きな木の上にいた。
 頭に付けたフェニックスのお面の上には鳥がとまっていた。
 グレンは手に持った綿あめを食べながら、道行く人を見ていた。
 男女が寄り添いながら、何組も歩いていた。
 エルザード祭りは昼間の喧騒から、夜の帳が下り、まもなく天使の広場にて夜のダンスパーティーが始まる時刻である。
 グレンは昼間、音楽隊が演奏するダンスパーティーで踊りあかしていたが、夜の雰囲気はなんだか同じような気がしなくて、夜のダンスパーティーには参加できずにいた。
「グレンさん? あっ、やっぱりグレンさんですね」
 木の下の方から声がした。
 オレンジ色のおさげが特徴的なその髪型の少女は、ルディアだった。
「あれ? ルディア?? どうしたの、お店は」
「今日はもういいの。それよりグレンさんはもうお祭りいいんですか?」
 そう言われたグレンは、綿あめを食べながら答えた。
「なんだか、みんな男と女二人で一組って感じで踊るらしいんだ。僕、相手いないし。もう昼間にたくさん踊ったし」
「あの、せっかくなので、一緒にダンスパーティーに行きませんか?」
 そう聞いたグレンは木から落ちそうになるくらい驚いた。
 実際に落ちてしまえば夜目の効きにくいウインダーにとって、地上に落下するまでに態勢を立て直すのは難しくなる。
 グレンはゆっくり慎重に木から下りた。
 先ほどまで一緒だった鳥たちは昼間の疲れからか眠ってしまっていた。
 静かにグレンは『ありがとう』と呟いた。
 地上に無事に下りたグレンは、フェニックスのお面を顔の正面に被っていた。
「うん、行こう」
 そんなグレンの姿を見たルディアは微笑んでいたが、グレンの手をさっと握ると、「早く」と言って引っ張っていった。
 引っ張られるままにグレンは天使の広場へ走って行った。
 走る時の振動でお面がずれ、照れたグレンの顔が見え隠れしていた。

 大地に根をはり、数十年。大木は様々な人々の姿をただじっと見つめてきた。
 この先の彼に、幸多きことを願う―――。



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