■あおぞら日記帳■ |
紺藤 碧 |
【3831】【エスメラルダ・ポローニオ】【冒険商人】 |
外から見るならば唯の2階建ての民家と変わりない下宿「あおぞら荘」。
だが、カーバンクルの叡智がつめられたこの建物は、見た目と比べてありえないほどの質量を内包している。
下宿として開放しているのは、ほぼ全ての階と言ってもいいだろう。
しかし、上にも横にも制限はないといっても数字が増えれば入り口からは遠くなる。
10階を選べば10階まで階段を昇らねばならないし、1から始まる号室の100なんて選んでしまったら、長い廊下をひたすら歩くことになる。
玄関を入った瞬間から次元が違うのだから、外見の小ささに騙されて下手なことを口にすると、本当にそうなりかねない。
例えば、100階の200号室……とか。
多分、扉を繋げてほしいと頼めば繋げてくれるけれど、玄関に戻ってくるときは自分の足だ。
下宿と銘うっているだけあって、食堂には朝と夜の食事が用意してある。
さぁ、聖都エルザードに着いたばかりや宿屋暮らしの冒険者諸君。
あなただけの部屋を手に入れてみませんか?
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尽きないお土産話
今回の冒険と商いから帰って来たエスメラルダ・ポローニオは、あおぞら荘の入り口の前で一度大きく伸びをして、その扉を開けた。
「ただいま〜」
帰宅の挨拶と共に、いつもと変わらないドアベルの音を響かせて中へと入る。
「お帰りなさい!」
ホールにある食堂のテーブルを拭いていたルツーセが、手を止め、顔を上げてエスメラルダを出迎えた。
「やっぱり家が一番落ち着くわね」
エスメラルダははぁって深く深呼吸を繰り返し、懐かしい空気をお腹いっぱい吸い込む。
「今回は、ちょっと長かったね?」
「そうなのよ。でも、とてもいい冒険だったわ」
瞼を閉じると、あの町での冒険が今でも昨日の事のようだ。思い出すと夢溢れる浪漫がちりばめられたオアシス都市。砂漠の道は大変だったが、行く価値はあった。
そんな事を、その場で立ち尽くしたまま思い返して、エスメラルダははっと我を取り戻すようにルツーセと見た。
「そうだ、後で部屋まで来てくれないかしら?」
「どうして?」
「お土産をね、渡したいのよ」
「ここはダメ?」
前回お土産を貰った時もホールだったため、それではダメかとルツーセは問いかける。
「ここはほら、男の人が多いでしょう? 内緒の女子トークとかもしたいのよね」
「あーそれなら、分かる。いいよ」
エスメラルダは、そう言ってにこっと笑ったルツーセにほっとして、自室へと向かう。その背中に「あ」という声を聞いて、ふと振り返った。
「後ってどれくらい?」
その問いに、うーんと虚空を見上げて考える。
「1時間後くらいがいいわ」
「了解〜」
その声に頷いて、エスメラルダは改めて自室へと向かった。
部屋に戻ったエスメラルダは、荷物を降ろし、整理は後回しにして、急いで風呂に直行する。
身なりの事を考えるならば、出来れば毎日お風呂には入りたい。けれど、それが出来ないのも冒険だ。
その代わり、こうして帰って来た日は、ゆっくりと湯船に使って疲れを落としていると、これがどれだけ恵まれているのか実感できるのだ。
はぁ……と湯船の中で1回安堵の息を漏らし、ルツーセと約束をしたのだし、と、風呂から上がる。
軽装に身を包み、タオルで髪を拭きながら、鞄から今回のお土産を引っ張り出す。
どっかの御伽噺をモチーフにしたとかいう、金色のランプを取り出して、もう一度蓋を開けようと試みるが、やはり金色をしているだけで中は鉄製で錆びてしまっているのか蓋が開く気配は無い。――本当に錆なのか、他に理由があるのかは、実際は、分からないのだけれど。
これならインテリアとしても悪くないと思うし、元になった御伽噺をお土産話にして一緒に渡そう。
何度も色んな角度から金色のランプを眺めていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえ、エスメラルダは内側から扉を開けた。
そこには来るのを待っていたルツーセの姿が。
「早すぎた?」
「そんな事ないわ。入って入って」
「お邪魔します」
軽く頭を下げて入ってきたルツーセが、部屋に入った瞬間、顔色が一気に華やいだ。
「始めて入ったけど、エスメラルダさんの部屋って凄いオシャレ!」
「ありがとう。結構拘ったのよ」
ルツーセにしてみれば、飾り気も女っ気もないことが普通だったため、ここまで女子という感じの部屋は始めての体験だった。
エスメラルダは部屋を褒められた事が素直に嬉しくて、思わず満面の笑顔が浮かぶ。
ルツーセに椅子を勧め、自分はベッドに置いたままの鞄とお土産に手が届くよう、ベッドに腰掛ける。
「まずはお土産ね」
それは先ほど手にしていた金色のランプ。
「千夜一夜物語。っていう物に出てくる、魔法のランプなんですって」
「アラビアンナイト?」
「あたしが今回行ってきた町に伝わる御伽噺みたいね」
ランプを擦ると精霊が出てきて、願いを3つ叶えてくれる。確かそんな話だったと思う。そして、この金色のランプはその物語をモチーフにした、インテリアだ。
「現地の商人さんは本物だ! って言っていたけど、どう思う?」
「うーん。何かしらの魔法力は感じないから、売り文句だったのかも」
「やっぱりそう思う? あたしも同じよ。でも、アイテムに物語を着けて販売するってとてもいい方法だと思ったわ」
それは販売物にノベルティではない、お金のかからない付加価値をつけるという事。
たとえ嘘だと分かっていても、物語を好きになった人が、記念にと買い求める。
「この世界には本当にいろいろな物語があるのね」
「そうね。だからこそ、まだ行った事のない町や、冒険が楽しくて仕方がないのかもしれないわ」
ふと、遠くを見つめるような目で、エスメラルダは薄く微笑み、あの町での滞在の日々を思い出す。
「何よりも、そこの町の女の人達、凄く綺麗で、スタイルのいい人ばかりで、少し自分が惨めになっちゃったわ」
小麦色の肌に、メリハリの効いた体。ふと自分を見比べて、その違いに思わず戦慄く。
「何を食べれば、ああなるのかって聞いて回ったりしたわ」
美容の話、食事の話、それは女性ならば、必ずと言っていいほど気になる項目だ。
そんな話に花を咲かせて数十分後、ベッドの上で話していたエスメラルダの頭が、徐々に舟をこぎ始める。
「今日は疲れてるんじゃない?」
「そうね。折角来てくれたのに……」
そう言いながらも、最後まで言葉を続ける事が出来ず、カクンと頭を落としたエスメラルダに、ルツーセは肩をすくめるように微笑む。
「お話はまた明日聞かせて?」
「ええ……」
ごそごそとベッドに横になれば、すぐさま規則正しい寝息が聞こえてきた。
ルツーセは掛け布団を整えるようにエスメラルダに被せ、
「おやすみ」
と、一言部屋を出て行った。
自分のための柔らかいベッドの中、エスメラルダの顔に自然と笑顔が浮かぶ。
夢を見ているのか、元からその表情だったのか。
自分の城でもある部屋とこのベッド。
帰ってこれば、友と呼べる子も直ぐ近くに居てくれる。
冒険の日々と旅も益々楽しく充実している。
ああ、何て幸せなのだろう。
この幸せな日々が、明日からも続いていくことを願いながらエスメラルダは深く夢の中に落ちていった。
fin.
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【3831】
エスメラルダ・ポローニオ(20歳・女性)
冒険商人
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
あおぞら日記帳にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
ルツーセにお土産ありがとうございました。ソーン及びあおぞら荘はこの先もきっと心の中で時を紡ぎ続けるのだろうと思います。
それではまたどこかで、ご縁があることを願っております。
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