■ファムルの診療所β■
川岸満里亜
【3087】【千獣】【異界職】
 ファムル・ディートには金がない。
 女もいない。
 家族もいない。
 金と女と家族を得ることが彼の望みである。
 その願いを叶えるべく、週に3日、夕方だけ研究を休み診療所を開いている。
 訪れる客も増えてきた。
 しかし、女性客は相変わらず少ない。
 定期的な仕事も貰えるようになったのだが、入った金は全て研究費に消えてしまう。
 相変わらずいつでも金欠状態である。

「ファムルちょっと、魔法ぶっぱなしてみていいかー!」
 声の直後、爆音が響く。
「言いながら、放つのはやめろ!」
 慌てて駆け込んで見れば、壁に大穴があいている。
「わりぃわりぃ、外に向けたつもりだったんだけどさー」
 頭を掻いているのは、ダラン・ローデスという富豪の一人息子である。
 ファムルは大きくため息をつきながらも、心は踊っていた。
 修理代、いくら請求しようかー!?
 くそぅ、もう少し大きく吹き飛ばしてくれれば、一部屋リフォームできたのにっ!
 貧乏錬金術師ファムル・ディートは相変わらず情けない日々を送っている。
『ファムルの診療所β〜お帰りなさいの朝〜』

 診療所での療養生活を終えて、ルニナとリミナ、そして千獣も一緒に新たなカンザエラの街に帰還した夜。
 リミナは千獣に長く預かっていた「赤い耳飾」を渡した。
 直接渡したら、受け取りを拒否されるかもしれないと考えたのか。
 耳飾りは小箱に入れられた状態で、千獣に渡された。
 リミナが片付けの為にその場を離れたあとも、千獣は椅子に座ったまま、じっと耳飾りを眺めていた。

 この耳飾りは、千獣にとって、初めて出会った『人間』と自分が同じになれた証。人間の証のようなものだった。
 でも、千獣は時に獣になる。アセシナートの事件で、人を食らう化け物にもなってしまった自分。そしてこれからも――。
 この耳飾りを持つ資格があるのだろうか、自分が持っていていいものか、持っているべきなのか。
 千獣はじっと耳飾りを眺めながら、考えていた。
 この、深く考え悩むという気持ちが、人である証だけれど。
 いつでも、この心を保っていられない……いられないこともあると知っているから。
「千獣、休みましょう」
 片付けを終えたリミナが、努めて普通に、優しく千獣に声をかけてきた。
 こくりと頷いて、千獣は椅子から下りると、リミナと一緒に寝床へと向かった。
 先に休んでいるルニナの隣にリミナ。その隣の布団の中に千獣は入って。
 リミナが眠った後も、耳飾りが入った箱を握りしめたまま、天井を眺めていた。
 耳飾りをくれた人、耳飾りを付けて人の姿で歩いた街、出会った人々。
 人の中で過ごした日々が、千獣の脳裏に浮かんでいく。
 そして、事件。
(……この、耳飾りは……)
 千獣は目を閉じて、大きく息をつくと、深く考えていく。

 朝。
 千獣はルニナとリミナより早く、目を覚ました。
「おはよう、千獣早いのね」
「おはよう! ルニナとリミナちゃんの様子はどうだい?」
 井戸にいた老夫婦が千獣に話しかけてきた。
「……おはよう……まだ起きてない、けど……元気、だと思う」
 そう答えて、千獣は2人の分の水を汲んであげてから、自分の分の水を汲んで、家に戻った。
「おはよう、千獣。今朝は昨日いただいたお魚焼きましょう」
 家に戻ると、リミナは目を覚ましていて、朝食の準備を始めようとしていた。
「……リミナ」
 千獣はリミナに近づくと――耳飾りが入ったままの小箱を、差し出した。
「千獣……」
 リミナは少し悲しげな顔をした。
 彼女は千獣の気持ちを知らない。何故、千獣が耳飾りを彼女に渡したのか。その本当の理由を。
「……耳飾……やっぱり、リミナに、持って、いて。ほしい……」
 たどたどしくも、千獣はリミナに話し始めた。
「それは……ずっと……ずーっと、前……私に、獣と、魔物の、区別が、ついた、とき……私が、せんじゅ、に、なったとき、もらった、もの……人と、しての、証」
「人としての証」
 リミナの言葉にこくりと頷いて、千獣は続けていく。
「私は……時に、望んで、獣に……魔物に、なる……体が、じゃ、ない……心、が。ザリス、を、殺した、ときも、そう。自分で、望んで、そう、した。これから、も、必要、なら……そう、する」
 リミナは複雑そうな顔をしていた。
 千獣は人間だ、と言いたいけれど。彼女自身が、望んで心を魔物にすると言っているのだ。
 差し出された耳飾りを、受け取るべきなのか。
 悩むリミナに、千獣は笑みといえるような優しい少女の表情で、小箱を握らせた。
 リミナに耳飾りを渡した時も、受け取りを拒んだ時も。
 千獣は自分が人であることを完全に否定していた。
 だけれど、今は少し違う。
「でも……リミナや、ルニナの、元で、なら……人にも、なれる。だから……リミナに、持っていて、ほしい」
 リミナは千獣の手に手を重ねて、少し考えていた。
 それから、小箱を開いて、耳飾りを取り出した。
「千獣……この耳飾り、私がつけていてもいいかな? あなたの目に、常に入るように」
 いつか、千獣が自分でしたいと思えるその日まで。
 もしくは、別れが訪れるその日まで――。
「なくさないように、同じものを作ってそっちを付けておいた方が良いかな?」
「それなら、私もつけようかな」
 起きてきたルニナが、千獣の頭にぽんっと手を置いた。
「千獣が持っている魔物の心は、形は違えど私の中にもある。私も、自分たちの為に他人を犠牲にしてきたから。この耳飾りが、戒めや自制する切っ掛けになるかも」
 言って、ルニナとリミナは淡い笑みを見せた。
 人の、優しい笑み。
 この2人の間にいる今、自分は『人』でいられる……。
 千獣の顔にも自然と柔らかな笑みが浮かんでいた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

【NPC】
ルニナ
リミナ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
前回は内容に間違いがあり、大変申し訳ありませんでした。
耳飾りは千獣さんがリミナに預け、リミナがつけることになりました。
千獣さんが望まない場合は、似たものを作ってリミナとルニナが左右の耳につけるかと思います。
この件につきまして、結論まできちんと出してくださり、本当にありがとうございました。

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