■ファムルの診療所β■ |
川岸満里亜 |
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】 |
ファムル・ディートには金がない。
女もいない。
家族もいない。
金と女と家族を得ることが彼の望みである。
その願いを叶えるべく、週に3日、夕方だけ研究を休み診療所を開いている。
訪れる客も増えてきた。
しかし、女性客は相変わらず少ない。
定期的な仕事も貰えるようになったのだが、入った金は全て研究費に消えてしまう。
相変わらずいつでも金欠状態である。
「ファムルちょっと、魔法ぶっぱなしてみていいかー!」
声の直後、爆音が響く。
「言いながら、放つのはやめろ!」
慌てて駆け込んで見れば、壁に大穴があいている。
「わりぃわりぃ、外に向けたつもりだったんだけどさー」
頭を掻いているのは、ダラン・ローデスという富豪の一人息子である。
ファムルは大きくため息をつきながらも、心は踊っていた。
修理代、いくら請求しようかー!?
くそぅ、もう少し大きく吹き飛ばしてくれれば、一部屋リフォームできたのにっ!
貧乏錬金術師ファムル・ディートは相変わらず情けない日々を送っている。
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『ファムルの診療所β〜別れ〜』
エルザード祭の日に、ディラ・ビラジスはまだ言うつもりのなかったことを、アレスディア・ヴォルフリートに言ってしまった。
もっと、側にいてほしい――つきあってほしいと。
ディラがアレスディアに抱いていた気持ちは、淡いもので。しかし、彼女以外の女性は真剣に付き合う相手として、考えられなかった。
ディラにとってアレスディアは自分の過去を知り、自分の存在を認め、時に導き諭してくれるただ一人の女性だった。
だが、アレスディアの方は全くディラの気持ちには気付かなかった。自分が異性と見られていて、まして想われているなど、ちらりとも彼女は考えない。
アレスディアは誰も彼も一律平等に護る対象として見ており、異性だからといって特別な感情を抱くこともないのだ。
「来たな、ディラ殿。準備は整っている。直ぐに始めよう!」
約束の場所に、約束の時間より早くアレスディアは訪れていた。
時間ちょうどに現れたディラは、戦う気満々のアレスディアの姿に、大きなため息をついた。
「やっぱり……誤解したままなのか」
「どうした!? まさか体調でも崩したか?」
眉間に皺を寄せるディラとは対照的に、アレスディアは目を輝かせ嬉々としている。
「いや、一応“突き合い”の準備はしてきたけど」
ディラは黒のパンツに、白のシャツ。その上に黒のレザージャケットを着ていた。
腰には細身の剣を1本、差している。
アレスディアは鎧は纏っておらず、総身漆黒の衣服『黒装』であった。
「そうか、それならよかった。鍛錬に励むとは感心感心」
彼女はディラのつきあってほしいという言葉を、稽古に付き合う――そう、稽古で突き合うことを求められたのだと思い込んでいた。
「私も刺突系の武器というのはあまり使うことがない。ちょうど良い機会なのかも知れぬな」
すっごく楽しそうなアレスディアを見詰め、ディラは苦笑のような笑みを漏らした。
「……そうだな。生ぬるい生活に、少し飽きを感じてたところだ」
ディラとアレスディアが、同時に剣を抜いた。
途端、2人を取り巻く空気が変わった。
共に、表情は真剣なものとなり、空気が鋭くなる。
規則的だった呼吸に、変化が現れる。次の瞬間、ディラが地を蹴り、アレスディアの脇に剣を放った。
アレスディアは軽いステップで躱して、ディラの首に突きを放つ。
彼女の剣はディラの首を掠め、ディラは後方に跳び、間合いを取った。
「どうした? 多少の怪我は承知の上。きちんと腹を狙え!」
ディラはアレスディアの身体に当たらないよう、剣を繰り出していた。
対して、アレスディアは実践訓練と考えている。手を抜くつもりはなかった。むしろ、ディラがかなりの手練れだということも分かっており、手を抜くことなどできはしないことも解っている。
2人の突き合いは長時間に及んだ――。
「はあっ!」
アレスディアが跳び、高速でディラに剣を繰り出す。
ディラは彼女の剣を弾き、避け、躱していくも、服が少しずつ避け、体に傷を追っていく。
確かにディラは最初の一撃をわざと外した。
しかしその後のアレスディアの猛攻は受けて躱すのが精一杯で反撃に転ずることがなかなかできずにいた。
「……っ、なめんなよ、こっちはいつも命懸けだったんだ」
ディラが腕でアレスディアの剣を受け、弾いた。
そして、自らの剣をアレスディアの喉へ放つ。
「私とて、それは同じ」
アレスディアは軽く首を曲げて直撃を避けた。そして即座に、弾かれた剣をディラの腹へと放つ。
ディラは剣を振り下ろして、彼女の剣を叩きおろした。
踏み込み、ディラがアレスディアの胸倉を掴もうとした。
アレスディアは素早く躱して、彼の足を払う。
よろめいたディラに、アレスディアは剣を突きだした。
ディラは避けず、飛び掛かるようにアレスディアの方へと倒れ込んだ。
アレスディアの剣は、ディラの肩を斬り裂いていた。
ディラはアレスディアを組み敷き、腕を彼女の首に押し付けた。
「……次は、絞め技の訓練か……っ? いいだろう」
不敵な目で、アレスディアは言い、ディラの絞めから逃れようとする。
「違う」
ディラは体重をかけて、彼女を押さえながら言う。
「そうだな、次に移る前に傷の治療を……」
「それも違う。このまま、話を聞いてくれ」
ディラの絞めはきつくはなった。本気で逃れようと思えば、簡単に逃れられそうだった。
だが、彼の目は真剣だった。
「なんだ?」
アレスディアが力を抜くと、ディラは彼女の首から腕を離し、彼女の両肩に両の手を乗せて、アレスディアを見詰めた。
「俺は……こうして、これからもお前と切磋琢磨していきたい。もっと近くにいたい……す、好きだから!」
赤くなり、吐きだすようにディラは言った。
「そうか。私も今のディラ殿のことは好ましく思っている。これからはもっと身近な、友として……」
「ち、ちがーう。そうじゃないんだ。俺は……お、お前と、恋人になりたいんだっ」
ディラのその言葉に、アレスディアは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「背中を預け合い、守りあえる存在になりたい」
ディラは片手をアレスディアの肩から離した。
「嫌なら、躱せ」
そして、アレスディアの顎に手を掛けて、顔を近づけた――。
アレスディアは、迷うことなくディラの額に手を当てて、彼を止めた。
「ディラ殿が、私を想ってくれているというなら、それは素直に嬉しい。だが、私の身は万人のための盾だと思ってる」
「……っ」
歯軋りするディラの顔を間近で見ながらも、アレスディアの意思は揺るぐことなく、変わりはしない。
「誰かに身を預けるなど、身に余ることだ」
そして、ディラを振りほどいて、アレスディアは立ち上がった。
「私はこれから、遠い辺境の地へ里帰りする。いつ、聖都に帰るとは言えぬ」
アレスディアの言葉に、ディラは両膝を地につけたまま、目を見開いて彼女を見上げた。
「いつかまた、この地に戻って来た時に、ディラ殿の幸せな姿が見れることを、願っている」
「いくな……俺を置いていくな」
ディラがアレスディアの手を掴んだ。
「共に来たいのか? そういうわけにはいかぬだろう。ディラ殿には、この街ですべき事がある。受けている依頼や、友との約束もあるだろう」
ディラは唇をかみしめ、ただただ首を左右に振っていた。
「ディラ殿が私を友と想っていてくれるのなら。離れていても、私達の絆が切れることはない」
アレスディアはディラの手を解くと、「では、また」と言葉を残して、彼のもとから去っていった。
優しく抱きしめることも、別れのキスをしてくれることも、なく。
誰もいない広場に、悲痛な男性の呻き声が響いた。
それは、親を求める子の泣き声のような響きだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳 / ルーンアームナイト】
【NPC】
ディラ・ビラジス(元アセシナート騎士)
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
ディラとの物語のご依頼、ありがとうございました。
大変お待たせして申し訳ないのですが、最後の結末に少し迷う部分がありますため、最終話につきましてはギリギリまでお時間ください!
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