さて、そんな事になってるなんて、欠片も知らないモルモット姐さんは、スタッフに呼ばれ、一通の企画書を読まされていた。
「えぇと、紅葉狩り温泉レポート? 良かった、今度はまともそうな依頼ね」
これからのシーズンに向けて、観光地を紹介する旅番組だそうである。幾つか項目は並んでいるが、良く分からないモンスターだの、煩悩全開の男の子達に追いかけられるとかではなさそうだ。
「まともと言っても、温泉だから、撮影用のタオルと水着を着けてもらうけど」
「それなら構わないわ。ただし、テロップ上げるのと、取れないようするのは忘れないようにね?」
スタッフの指示にそう答えるモルモット姐さん。まぁ、温泉レポでは、大抵バスタオル着用はお約束な上、画面隅っこに『撮影のため、タオルを着用しています』とコメントされるから、概ね大丈夫だろう。
「ああ。出ないと倫理委が通らないからなー」
「本当に大丈夫かしら」
不満そうにそう言うスタッフ達に、ちょっと不安を感じるモルモット姐さん。だが、そのまま何事もなかったように仕事に従事する面々を見て、安心したように、指定された旅館へと向かったのだった。
「へー、こちらの温泉は、外国の方も訪れるんですね」
そこには、どこの国の人かは分からないが、明らかに外人と思しき面々も大勢いた。その1人‥‥無論女性‥‥に、取材を試みるジュンコ。マイク片手に尋ねると、好意的な感想が帰ってきた。その台詞を録音し終えたモルモット姐さんは、くるっと振り返ってカメラの人に、笑顔でまとめの台詞を口にする。
「えーと、このように暖かい温泉は、万国共通みたいですー」
と、そこへ、着物に身を包み、半纏を来た旅館の従業員が現れた。営業スマイルを浮かべた彼女は、人形のような笑みのまま、ロビーの一角へと案内する。
「ようこそ、お嬢様方。長旅お疲れ様でした。まずはこちらをどうぞ」
差し出されたのは、可愛らしい柄の木綿の浴衣。
「やぎさん柄ですねー」
白と黒のやぎさんが、仲良くお手手を振っている絵柄に、ジュンコ嬢も興味を示す。温泉地では、時たまある女性客へのサービスだ。
「せっかくですから、温泉でもどうですか?」
「はぁい、入らせていただきます」
何の疑いもなく、従業員の勧めに応じるモルモット姐さん。まぁ、半分は仕事なので、断れないわけだが。
「これがもみじ風呂かぁ。うん、良いお湯ね」
色とりどりの紅葉が映える露天風呂。不届き者の入れないように、高い竹垣が目隠ししているものの、その向こうからも、山の便りが届き、竹垣を良い効果として取り込んでいる。今はまだ、青い木々もあるが、編集して放映する頃には、良い感じになっているだろう。その証拠に、廊下にかけられた毎年の紅葉写真は、赤や黄色の裾模様とか言う奴だ。
(本当にこのまま終われば良いんだけど‥‥)
が、ジュンコのお姉さんには、まだ嫌な予感がぬぐいきれない。それは、外人女性も同じだ。
「女2人は、釜に入りました」
その証拠に、バーでは、何やら話しこむ従業員。
「そうか。では、例の策を」
「畏まりました」
頭を垂れる彼らの口元には、共犯者の表情が浮かんでいたと言う。
ところが、風呂に入ってしばらくして。
「きしゃあああ!」
竹垣を壊して乱入する金色のドラゴン。見たことのないモンスターに、目を丸くするジュンコ嬢。
「な、なんですかアレ‥‥」
口をぱくぱくさせる彼女に、一方のドラゴンさんは、あんぎゃあああ! と、盛大なそれらしき雄たけびを上げつつ、目の前のお肉‥‥この場合、モルモット姐さんである‥‥に、その爪を振り下ろす。
「襲ってきましたぁ。きゃあんっ」
さすがに生身では太刀打ちできない。思わず半獣化しつつ、逃げ回るモルモット姐さん。
「いやぁん、ビキニ引っ張らないで〜っ」
一方のジュンコはと言うと、着ていた撮影用水着を、爪に引っ掛けられて、まるでツリーの飾りのように、吊り下げられている。
「たぁすけてぇ〜っ!」
じたばたと暴れるジュンコを助けようとしてくれたのか、誰かがモップで叩いた。ドラゴンは、ぎしゃああ! と悲鳴を上げるが、怪我をしたようには見えない。
「け、結構固いな‥‥うわっ」
それでも、痛かったのだろう。悲鳴を上げて放り出されるモルモット姐さん。が、そこへ再びドラゴンさんが突進してきた。
「なんでこうなるのよぉぉぉう!」
彼女が慌てて山の中へ逃げてしまったのは、ある意味仕方が無いと言うことだろう。
「ここ、いったいどこだろう‥‥」
気がつくと、彼女は不思議な場所に迷い込んでいた。雰囲気がおかしいのである。普通、山の中といえば、木々の間に空が見えるものだが、ここではその空が、青でも灰色でもなく、虹色になっていた。
「ドラゴンはいないけど‥‥。気味が悪いわね‥‥」
いつのまにか、暴れているドラゴンも、一緒に風呂へ入っていた何人かも姿を消していた。
「寒くはないけど、早く旅館に入らなきゃ」
秋にしては暖かい気温。いや、むしろ温度すら感じない。いまだに撮影用衣装のままだと言うのに。
「これは、とりあえずカメラ回しておいた方が良いわね」
そう呟いた彼女は、風呂の目線を取るように指示されていた小型カメラを外し、胸元に持ってくる。
「わ、我々は、途方も無い場所に放り出されてしまいました。果たしてこの先に何が待ち受けているのか。そして、我々は無事、旅館に戻れるのでしょうかっ!?」
この辺りは、さすがにレポーターさんである。不思議空間に投げ出されても、仕事意識がむくむくと芽生えてきたようだ。
「おや? 誰かいます。ちょっと話を聞いてみましょう」
その怪しげな空間の先に、人影を見つけたジュンコさんは、そう言って、そちらへ歩いて行く。木々の絡み合うトンネルのような場所を潜り抜けると、ドーム上になった木々の間に、蔦を絡めたアンティーク調のテーブルセットが置いてあった。
「ようこそ。お茶でもいかがですか?」
そこには、まるで蔦を水着にデザインしたような服を着た少女がいた。ご丁寧に、同じデザインのポットとティーカップまで用意して、にっこりと笑う。
「あ、いえ。私は仕事中ですので、お構いなく」
「そうかしら。美味しいんだけどねぇ。それに、とっても冷えてるわ」
くすくすと笑って近寄ってくる女の子。その人形のような表情に恐怖感すら覚えるジュンコ。カメラを片手にあとづさり、距離を置こうとした所である。
「そうおっしゃらずに‥‥。ねぇ?」
「え、ちょ‥‥。きゃあっ」
腕を引っ張られ、抱き寄せられるジュンコさん。弾みでカメラを落としてしまう。この辺はプロではないので、死守と言うわけには行かないようだ。
「可愛い人。まるでペットのモルモットみたい」
「そ、そりゃあ確かにモルモットですけど‥‥って、そうじゃなくてっ。なにするつもりですかっ」
頬や胸とかをベタベタ触られまくるジュンコ。半ば押し倒されたその体制は、まるでどこかのAVとかエロ本とか、そんな類ののしかかられ方だった。
「イイ事☆」
「勘弁して下さいッ」
笑顔でタオルをはがされそうになって、慌てて手を引き剥がすジュンコ。と、少女は意外そうな顔をしてこう言った。
「だって、そんなセクシーな格好でいるんですもの。暖めあいましょ☆」
「お、お断りしますっ。っていうか、私は児童買春法違反で捕まりたくないですっ」
ぶんぶんと首を横に振り、くるりと回れ右をする彼女。カメラを拾い、ダッシュで逃げ出してしまう。後ろは‥‥振り向かない。
「あー、驚いた。あれ?」
気がつくと、奇妙なお空は消えていた。相変わらず深い森である事は変わらないが、遠くに見慣れた旅館が見える。
「幻覚でも見てたのかしら。ともかく急いで戻らなきゃ」
大事そうに証拠のカメラを抱え、歩みを進める彼女だった。
旅館の敷地内では、ドラゴンが相変わらず暴れていた。
「って、嫁入り前なのにぃ!」
セクシー衣装で逃げ回るジュンコを、面白がってつつきまくっているドラゴン。それを、蹴り飛ばしたり、鼻っ面叩いたりしながら、いよいよ追い詰められちゃった2人。
「おーい。何か騒動が起きてるのか?」
そこへ、騒ぎを聞きつけて、人が集まってくる。どう言うわけか、こう言う事には場慣れしているらしく、あっという間に女性陣を助け、ドラゴンを簀巻きにしていた。
「と、とりあえずこれをっ」
その家の1人が、纏っていたジャケットを、ジュンコにかぶせてくれた。と、そこへ従業員が何食わぬ顔で、姿を見せる。
「何か騒いでいたようですが‥‥どうかなさいましたか?」
「おま、ふざ‥‥むぐ」
文句つけようとした外人女性を抑える少女。その背中は、ちょうど壊された竹垣部分に重なっている。
「いいえ、なんでもないですっ」
ぶんぶんと首を横に振るもう1人。ジュンコが「ちょ、どう言う‥‥」と、問いただすと、他の客がボソッとこう言う。
「これでばれたら、請求書のあて先はあたし達よ」
それもそうだ。納得した彼女、他の面々と同じように、黙り込む。
「そうですか。では夕食のご用意が出来ましたので、食堂へどうぞ」
従業員さんは、にこりと笑いながら、くるりときびすを返す。それに「はーい」と答えながら、追随するふりをし、従業員が姿を消すのを待つ一行。その間に、トゥインクルドラゴンは光の欠片になり、まるで壊された部分が逆再生するように復活して行く。それを見届けた他の面々も、それぞれ散って行った。
「なんだったろう、あれは。ウェルカムスィーツに、幻覚剤でも入っていたかしら‥‥」
とりあえず貞操の危機も避け、視聴率も取れそうな画像が撮れて、モルモット姐さんは、駆けつけた女性に付き添われながら、部屋へと戻るのだった。
なお、撮った画像には、何故か木や蔓や良く出来たお人形さんと絡んでいるジュンコが映っていて、『一部』男性スタッフと視聴者が大喜びした事を追記しておく。
あくまで『一部』だが。
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