シフールの少女が笑顔で貴方に声を掛けてきた。
「えっとね、すっごい紅葉がきれいで、栗拾いに茸取りも楽しめちゃう山があるの!
シェラ、場所知ってるから案内できるよ♪ 良かったら一緒に行かない?」
――さあ、どうする?
●紅繚溢れる山野へ
赫紅に染まる山野。かさり、さらさら――葉擦れの音も優しく響き。
清音を齎す山を吹き抜けていく風は、甘く芳しい‥‥ほんのすこしだけ、水の匂いを含む。
山野を染めあげる色彩にも負けぬそんな涼やかな風が、ふわり烏珠に煌く天津風・美沙樹(eb5363)の髪をさらい、彼女の耳元で羽根飾りが軽やかに舞う音が聞こえる。
赤く緋く染まった大樹を見上げながら、美沙樹は悪戯な風から己が髪を取り戻し、大樹に負けぬ鮮やかな赤い飾り紐で結わえたそれを背に流した。
「‥‥本当に、美しいですわ‥‥」
小さな感嘆の吐息と共に零れた声に、美沙樹の先をゆるゆると風の上を滑るように飛んでいたシェラ・ウパーラ(ez1079)が振り向いた。
「とーっても、きれいでしょー?」
見事な紅葉を自分の手柄のように話すシェラに思わず笑った美沙樹の表情をどう捉えたか、シェラは美沙樹へ満面の笑みを向ける。
シェラの案内で訪れた山は、距離こそパリからそう遠く離れていない場所だったが、人の往来はほとんど見つける事の出来ない獣達の領域に近い山だった。地を歩く事無いシフールの案内に美沙樹も少々苦労したものの、冒険者として国を歩き剣術士として人に伝える彼女に登れぬ山ではなかった。
何より、シェラの言葉は真実だった。今彼女らが立つその場所――鮮やかな色彩に染まる山並みは、とても美しく素晴らしかった。
絢爛の秋――常緑に染まる山は遠く。そこは、自然だけが生み出す事の出来る幽玄の美が溢れていた。
今は遠く離れた故郷も、紅に染まっているのだろうかと思い馳せる僅かな間に、とんっと小さな衝撃が肩に生まれる。
視線を巡らせれば肩にちょこんとシェラが座っていた。触れる肩口にうまれるぬくもりに、美沙樹の口元がほころぶ。
「ええとね、行きたかった場所は、この山なの。もう着いたんだよ! 美沙樹ちゃん、何したい? 栗の木は向こうだし、茸取りするにはもう少し奥に行かないとっ、えーと、それからねっ‥‥」
尽きないシェラの言葉の隙を上手く見つけて、美沙樹は誘いを貰ってから考えていた提案をする。
そのために料理上手の知己に無理を言ったのだ。
「お弁当広げませんか? シェラさんの分までお弁当を用意してもらったのですわ。半分以上イギリス風だそうだけれど、ウェルシュケーキだとか、パイ皮で包んだ焼き物とか、色々盛り沢山な様ですわ」
お腹すいたでしょう?と、美沙樹がずっと持ち歩いて来たバスケットを示せば、シェラは歓声を上げて、彼女の頬へ飛びついた。
美沙樹がパイ皮の焼き物を切り分け差し出すと、シェラはとても嬉しそうに受け取る。
ほんのわずかな間に、シェラの視線が手にある焼き物と美沙樹の間を何度もいったりきたりする様子に気付き、美沙樹は「一緒に食べましょうね、頂きますですわ」と頷いてやって、二人一緒のタイミングで焼き物にかじりつけば、美沙樹が踏み歩いてきた木の葉のように軽やかな音を立て、焼き物の美味が口の中いっぱいに広がる。
「美味しいねっ!」
「ええ、本当に美味しいですわ」
笑うシェラに、頷きながら美沙樹は料理上手な友人に感謝する。
「こうやって美沙樹ちゃんと一緒にお弁当食べると、星の洞窟思い出すよ」
今日はお星様じゃなくて、赤い葉っぱが一面だけど‥‥と、シェラが見上げた空に掛かる紅葉が風に揺れる。
あの時の冒険――星の煌きを宿した地下洞窟へ出かけたときの事は、美沙樹にとっても忘れられない思い出だった。
「ふふ、シェラさんと御一緒するのは本当に久しぶりですわ」
同じ時を共有し、思い浮かべていた事に心の中が温かくなる。
そして思い出したことが1つ。
「あの時は持っていなかったけど、ほら、矢立も手に入ったのですわ。‥‥あの洞窟とあの冒険は楽しかったわ。今でも思い出すのですわよ」
美沙樹は、そう言って懐に収めてあった携帯筆記具をシェラの前に差し出した。
ジャパンから来て間もなくの頃‥‥かつて冒険に行った際は、美沙樹は西洋筆記具のペンに苦労したものだった。
同じ冒険にいた仲間に、パリでも少ないながらジャパン渡来の品を手に入れることが出来ると聞き、手にした矢立。
「‥‥シェラは、こっちのペンを使えるほうがとってもすごいと思うんだけどなぁ」
興味深そうに矢立を見つめるシェラの言葉は真実本音のようだった。
育った環境により、慣れ親しむものが違う事――文化の違いは、ジャパンから来た美沙樹は身に染みて感じる事。
「あ、そうそう、実はね、騎士に転職する事の出来る資格証を手に入れたのですわ」
燻製にした肉と野菜を挟み込んだパンを手に首を傾げたシェラに、美沙樹は小さく笑う。
「今のあたしは主をもたない浪人ですもの」
自由気ままに空を国を巡り飛び回る束縛を望まない種族性からか、あるいは他国の世情に疎いシェラだからか、傾けられたままの小さな顔。
その視線は真っ直ぐに美沙樹へむけられている。
そんな二人の間に降ってきたはらりと舞い落ちる人の手のような紅の葉は、美沙樹の故郷にも似た木があった。
美沙樹は静かに頭上を振り仰ぐ。
「クラリッサ様にお仕えしたいのだけれど、直接クラリッサ様にお願いしたいのですわ。そんな機会はあるのかしら‥‥」
大樹を見上げているようで、でも違う何かを見つめているようにも見える、どこか憧憬を含んだ美沙樹のまなざしを見て、シェラは珍しく考え考え口を開いた。
「んと、美沙樹ちゃんは、ジャパンではなくて、ノルマン王国で一緒に居たい人を見つけたんだね」
シェラには良くわからない考えだったが、主を求め、守るべきもの、誠を捧ぐべきものを乞う――そうした話は冒険者ギルドにいれば良く聞く事。
そして空を舞う羽根を持たないヒト達が、存外生まれた土地に愛着を持ち、離れがたく思うものだということも、知っていた。
だからこそ、故郷を離れ遠い地で冒険を続ける美沙樹が凄いとシェラは思っているし、それ以上に異国の地で忠誠をささげたいと思う主に巡りあえたのはすごい事なのではないかと思った。その事をシェラらしい言葉で告げれば、美沙樹の黒曜石のような瞳がきらと瞬かれる。
迷い無く、望むのであれば、想いを果たせれば良いと思う――と、シェラは歌うように言葉を重ねる。
諦めなければ叶うのではないか。
真っ直ぐ通った強い思いは人の心の裡にある宝物。
他者を傷つけるものでなく、守るため強くあれる気持ちであれば、それは何にも負けぬ珠玉。
それだけ言葉を紡ぐと、「そう思う」と、にこやかに笑う。
肯定の言葉と背を押すような応援の言葉が、異国の地で見つけた望む主への想いを形付けてくれるようで美沙樹の心に温かな火を灯す。
大樹や空を見上げていた視線を手元に戻せば、お茶のカップにふわりと舞い降りた木の葉が浮かぶ。
「領主様の騎士さまになっちゃうと、一緒に冒険できないのかな?」
つい先ほどまでの言葉とは違う声音。
見るとちょっぴり残念そうなシェラの顔は、頑張ってと言いたい気持ちと、遊べなくなるのが寂しいのの半分こなのだろう。
「また一緒に冒険もしてね?」
どこまで何を考えたやら、泣き顔にも見えるお願い事に、美沙樹の口元が綻ぶ。
艶やかに染まった景色を眺めれば、美沙樹の心も染め上げられていくような気がする。
降り積もる木の葉のように、ふわりゆうるり、大切なものはこれからも彼女のうちに積み重なっていくだろう。
栗、秋の味覚の茸や果物、木の実を山ほど採って帰ろう。
今日も心に重なる一葉に――ある秋の日の出来事。
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