PassionMusicという音楽番組がある。
通常の収録では、出演者はテレビ局集合、バスにつめこまれて行き先を知らされずにどこかのライヴハウスへ。
そしてそのライヴハウスで、ライヴを行うのだ。
事前の打ち合わせは実質そんなに時間はなく、アーティストの力量が浮き彫りになる。
ライヴハウスにいる観客はその日、収録ががあるとはもちろん知らず、それがあると知ればライヴハウスは盛り上がり、沸き立つ。
ライヴハウス前にかかった『PassionMusic』と書かれた看板が、その目印。
有名所からデヴューしたての新人まで、ロックシーンの多面が視聴者へと送られる。
今日は『Golden』という回の収録だ。
いつもはライヴハウスでゲリラ演奏。けれども今日はホールをかりて有名どころの歌手ばかりが出演者としてぞくぞくと収録入りしていた。
今回の趣旨は知名度トップクラスのものたちを集めたスペシャル番。
日本のロックシーンの顔がそこには多々あった。
亜真音ひろみも、その一人だった。
今日は一人で歌うのではなくともに演奏する……歌うものものがいる。
それはひろみにとって大事な相手だった。
ひろみは彼女を驚かせようと、一足早く楽屋へと入っていた。
いつものラフなジーンズ、Tシャツ、Gジャンを脱ぎ、慣れないドレスを身に纏う。
「驚くかな……どんな反応するか楽しみだ」
共演者の反応を楽しみに、ひろみは楽屋で待機する。
本当に大丈夫かな、と鏡の前で何度もチェック。
緊張半分、楽しみ半分。
そんな気持ちで。
と、楽屋の扉をノックする音。
きたかな、とひろみは立ち上がる。
「はい」
返事をしても、入ってくる気配がない。
遠慮せずに入ってくればいいのに、と思いつつ扉へ。
ひろみはその扉をかちゃりとあける。
「! あ、あのっ! 今日は頑張ってください!!」
「えっ、あ、ありがとう」
開けるとそこには共演者ではなくて、どうやらファンの子たちらしい。
後には番組のスタッフがいて、どうやら身内か何かから頼まれて連れてきたのだろう。
突然すみませんと苦笑していた。
「花束と、あとよかったらお菓子です! た、楽しみにしてるのでがんばってください!!」
「ああ、ありがとう」
「あと……ドレス姿も似合ってます! それじゃあ失礼します!」
わー、と嬉しそうに駆けていく彼女たち。
ひろみはその背を見送って、スタッフに軽く挨拶をしてから扉を閉める。
ファンの子たちからの言葉は嬉しい。
けれども、少しこの恰好を見られたのは気恥ずかしいものがあった。
「似合ってる……か……」
その言葉を反芻する。
本当に似合っているのかな、と思ったが、ファンの子たちの言葉はまっすぐだったことを思い出す。
ならば、似合っているのだろう。
もらった花束はこじんまりとしていた。
かすみ草が散り、多色の薔薇。
そしてそこにはメッセージカードも。
『がんばってください! いつもありがとうございます!』
ありがとうを貰っているのは本当は自分の方かもしれないな、とひろみは思いつつ、手にとったメッセージカードを置く。
そしてもう一つもらったお菓子。
ぱかっとふたをあけてみるとチョコレートケーキ、ワンホール。
「これは……あとで皆でたべたらいいかもしれない」
きれいにデコレーションされたケーキ。
とても甘そうだなと思いながらそのふたを閉じる。
一瞬だけ広がったチョコレートのにおいで、なんとなく甘いもの好きなひろみの心は和らぐ。
と、再び扉をノックする音。
返事をすれば、静かにその扉が開く。
かけられる声は、よく知った今日の共演者の声。
ひろみと、彼女の視線があう。
彼女はちょっと驚いたが、だがすぐさま笑顔をひろみへと向けた。
どきどきとしていた。
何を言われるかとちょっと緊張していたがその笑顔だけで伝わってくる気持ちがあった。
二人は、これから準備をしっかりと詰め、息を合わせて、多くの観客が待つ舞台へと、向かう。
<END>
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