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【秋の日に想う優しき歌〜収穫祭〜 】
■呉羽■

<伊達<シェアト・レフロージュ/アシュラファンタジーオンライン(ea3869)>
<ジェール・マオン/アシュラファンタジーオンライン(NPC)>

 収穫祭で賑わう町の中、シェアト・レフロージュがぱたぱた道を走っていた。後ろ髪を柔らかく細紐で結び、絡ませるようにして紐が髪に沿って流れている。濃い紫のリボンをゆったりと腰に巻いている淡い紫の服は、この祭りを祝う時に大切な人達と楽しみたくて作って貰ったものだ。その上に羽織る秋の日に欠かせないケープも、淡い新緑のような色をしている。普段よりも活動的な格好の所為か走るたびにケープとスカートの裾が翻り、それを気にしながら彼女はパリの町を軽やかに舞うように走る。
「あ。お姉さん!」
 見つけた。満面の笑みを浮かべてやって来る少年に、シェアトも思わずにっこり微笑み返す。
「ごめんなさい。待ち合わせ場所間違ってたみたいで‥‥」
「いいえ。私こそきちんとお伝えしていなくてごめんなさいね。ふふ‥‥大聖堂は大きいですもの。きちんと決めなくては駄目でしたね」
「でも嬉しかったです」
 少年‥‥ジュール・マオンは、シェアトを僅かに見上げて弾んだ声を出した。
「シェアトお姉さんに、収穫祭を一緒に楽しもうって誘ってもらって‥‥」
「本当なら‥‥想う方にお誘いされた方が嬉しいかとは思うのですけど‥‥」
 息を整えながら、シェアトはその目を見つめ返す。
「何時かその時の為の練習とでも思って下さいね」
「はい!」
 素直に答えてジュールはシェアトに手を差し伸べた。
「お姉さん。僕はまだ子供ですけど‥‥手をお貸ししても宜しいですか?」

「‥‥ジュールさん‥‥」
 紳士淑女として振舞おうとするジュールに笑みが零れる。1年前初めて出会った時、この少年は気弱で臆病で勇気が出せない小さな少年だった。それがこんなに成長した事が嬉しくて、もっと見守っていたくて、それはどこか胸が詰まるような思いで。
「では、宜しくお願いします」
 その手の上にそっと自分の手をのせる。温かい手で指先を持ってくれた少年のその仕草は拙かったけれども。でも嬉しい。
「あ。そういえばお姉さん、いつもとは違う感じの服なんですね」
「ふふ‥‥。実は収穫祭用に誂えてもらったお洋服を着てまたお出かけしたいなと言うのもあって。我侭に付き合ってくれると嬉しいです」
「我侭じゃないです。いつもと違うお姉さんを見れるのは嬉しいですから」
 神聖騎士になって以来、自覚無しに女性を褒める言葉を口にするようになった。本心なのだろうが、お姉さんとしてはちょっぴり先行きが心配だ。でも嬉しいから黙っておこう。
「じゃあどこ行きましょう?」
「収穫祭をあるがままに楽しみたいですから‥‥屋台とお店屋さんに。どこから回りましょうか」
 そして2人はゆっくり歩き始めた。

「ちょっとお行儀悪いですけど‥‥こんな時は食べながら歩くのも楽しいですよね」
 屋台が両脇に並ぶ通りを歩きながら、2人はひとつひとつ露天を見て回る。
「あ。この‥‥鶏肉と野菜とチーズを包んだのが美味しそうです」
「クレープ包みですね。持って歩けるようにくるっと巻いてもらいましょうか」
 それを2つ頼み、シェアトは銀貨を取り出した。
「お姉さん。僕がほんとはお支払いしないと‥‥」
「ジュールさんは見習いさんでしょう? 春までの生活と違ってお金を切り詰めて生活されているんですから、今日だけは私に全て持たせて下さい」
「でも‥‥」
「いけませんか?」
 優しい瞳で見つめられて、ジュールは困ったように頷く。
「分かりました。でも今度‥‥今度は僕に支払わせて下さいね」
「はい」
 柔らかな笑みを浮かべながら頷くシェアト。そうだ。この人はいつもこんな感じなのだ。自分の背をそっと押してくれる。時には優しく包んでくれる。理想的な‥‥お母さんのような人。いつまでも甘えていたいけど羽ばたかなきゃ。心配されずに済むように頑張らないと。
「あ。この揚げ菓子は何でしょう?」
「ではこれも食べてみましょうね。ジャムがついているんですよ」
「わぁ‥‥美味しそうですね!」
「はい!」
 途中でジュースも買って賑やかな通りを2人は歩いていく。
「僕、今日ひとつ勉強になりました」
「どのような事ですか?」
「食べ歩きって手を繋げないですね。逸れたら危ないので注意しないと」
「そうですね」
 くすくす笑いながらシェアトは周りへ目を向けた。仮装して踊っている者、歌っている者。人の流れの中で彼らだけ時が止まっているかのように、喧騒から解き放たれた幻想の中の風景のように見える。その中にあっては、通り行く人々を眩しく感じるだろう。それでも眺めながら引き止める事は無いのだろう。
「‥‥お姉さん?」
 問われてシェアトは我に返った。
「来年は‥‥きっともう、こんな事は出来ないのでしょうね‥‥」
「え‥‥?」
「あの大道芸、楽しそうですよ。‥‥ほんの少しなら私も踊れますから、踊ってみませんか?」
「僕がですか?!」
 驚くジュールの手を引いて、華やかな衣装に身を包んでいる大道芸人達の元へと歩いて行く。既に何人かが音に合わせて体を揺らし踊っていた。それに挨拶をして輪に加わる。
「将来の為に、リードの仕方を少しだけお教えしましょうね」
「えっ‥‥と‥‥。あ、僕少し家で習ってたんですよ。だからリードできます。頑張りますね!」
 あぁそうかと思う。ナイトの道を強要されていたから当然だ。
「はい。よろしくお願いします。‥‥ふふ。エスコートは王子様への第一歩ですものね」
「はい!」
 くるりと回って2人は踊った。エルフと人間。だがまるで姉弟のように見えるのか、皆がほほえましく見守ってくれている。曲に合わせて踊りながら、時折優しく「こうですよ」と教えながら2人は2曲を踊り、皆に拍手されながら輪を離れた。

 既に日は大分傾いていた。
「‥‥お誕生日のお祝い、選ばれました?」
 誰のかは言わなくても分かる。
「いいえ、まだです」
 そこで、アクセサリーを売っている屋台を2人は訪れた。
「シンプルなのが良いと言っていましたね‥‥」
 ジュールには好きな相手がいる。だがその娘を想う人を身近にもう1人知っているシェアトは‥‥どうしても言えない。『今の気持ちが叶ったら良いですね』とは。想い想われる。恋とは時に苦しく辛いものだけれども。それでも一瞬にして光と喜びをもたらしてくれるものだから。どちらも応援したい。そっと‥‥心の中で。
「何だか難しいです‥‥。お母さんはいつも大きな石のついた指輪ばかりだったし‥‥」
「こういうのは如何ですか? あ、ご本人だけじゃなくて、相棒さんにもお揃いで付けてあげられる物とかどうでしょう?」
「それは素敵ですね。じゃあ‥‥これでいいでしょうか‥‥。あ。そういえば指の大きさ知りません」
「ふふ‥‥。多分‥‥このくらいだと思いますよ?」
 そっと大小2人分選んだ指輪。それをしっかり袋に入れて、ジュールは空を見上げた。
「あ。もうこんな時間ですね。お勤めがあるから‥‥帰らないと」
「はい」
 夕陽を見ながらのんびり帰る道。真っ直ぐ前を向いて歩くジュールをシェアトは見つめる。自然音が零れてきて、シェアトは軽く息を吸った。歌を口ずさみながら、彼女も前を見る。賑やかな道を穏やかに歩いて行く。
「一緒に‥‥歌ってみませんか?」
「はい。教えて欲しくてうずうずしてました」
「ふふ。では短い道ですけれど、歌えるだけ歌ってみましょうね」
 簡単な音を教えながらシェアトは歌う。澄んだ高い声が風に乗り、橙の空に重なるようだ。それに重なるように歌いながら、ジュールは不意に振り返った。
「お姉さん。最初に言いましたよね。『今日くらい甘えちゃいけないなんて思わないで居てくださいね』って」
「‥‥はい」
 明日からまた修行だから。毎日毎日頑張って背伸びしているから。だから今日くらい甘えて欲しい。そう心の中で呟いてしまったから、告げた。
「見透かされてるな〜って思いました。‥‥だから嬉しかったです。見習いで大人の道を進まないといけない僕でも。‥‥好きな人が大人だから早く追いつきたいな〜って思ってる僕でも‥‥。甘えて、いいんですね」
「勿論です!」
 その両手を握ってシェアトはジュールを覗き込む。
「いつでも甘えていいんですよ‥‥」
 昔やったように、そっと膝を突いて見上げるようにして。彼女は告げる。
「私は、いつまでも貴方の『お姉さん』で居たいんですから‥‥」




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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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