「エフ! これこれ。見て見て」
パリが収穫祭で賑わう中、あらゆる店がその祭りに参加すべく道行く人に大声を張り上げるこの季節。それとは無縁な店があった。
ここはパリの片隅にある雑貨店。ジャパン物を多く扱っており、『ジャパン物愛好家』の間で人気の店らしい。時にはジャパン人が見たら吹き出すような『ジャパン風』雑貨もあるが、この姉妹にも些細な違いなど関係ない話で。
「このかんざし、可愛いよね〜。ここのキラキラとか‥‥ほら」
かんざしを手に取り、自分の髪に当てているのがアシャンティ・イントレピッド。こちらも元気になりそうな笑顔でくるりとターンする。
「あぁ、そうだな‥‥。でも、あたしはこっちが良いかねぇ」
対して同じ髪、目、肌の色をしているものの落ち着いた印象を受けるのがアフリディ・イントレピッド。漆塗りの器を手に取り眺めた。ちなみにアフリディはエフ。アシャンティはアーシャと呼ばれている。
「エフって、何時も地味めのが好きだよね」
それを覗き込みながら、アシャンティが首を傾げた。髪に適当に挿したかんざしが落ちそうになっているのを見てアフリディが直してやるが、構わず彼女は言葉を続ける。
「もっと華やかなのを身につけても良いと思うんだよ。こう‥‥」
目を動かして、目当ての物を探すアシャンティの腕を、「いや、いいから」とアフリディが止めたが。
「こういうのとか!」
じゃ〜ん、と飾ってあった着物を両手で掴んで広げると‥‥目も眩むような黄金色の大仏が目に飛び込んできた。
「‥‥は‥‥派手すぎないか?」
本当に眩暈がしそうになりつつ、アフリディはそれをそっと手で押しのける。
「裏はこんな感じ〜」
そこには銀色のお不動様が‥‥。だがその組み合わせが着物に描かれている有り得なさは2人には分からない。ただはっきり分かるのは。
「これ‥‥女物じゃないと思うな‥‥」
「そうだね〜‥‥。ちょっと顔怖いよね。あ、こっちは笑ってるけど」
黄金大仏様を差しながら、神々しいばかりに微笑むアシャンティ。だがその笑顔は知っている。何か企んでいる時の笑みだ。
「ね。ね、エフ。着ようよ。是非着よう」
「いや、あたしには似合わないだろう‥‥」
「大丈夫。多分大丈夫。きっと大丈夫!」
満面の笑みでずずいと差し出したアシャンティだったが、視線を逸らしたアフリディがふと何かに気付いた。
「‥‥ん? 風‥‥か?」
「‥‥? どうしたの?」
店の端っこまで追い詰められたアフリディの視界で、布がゆっくり翻る。
「あの‥‥そこの布。『ノボリ』とか言う奴な。なんだか動いたような‥‥」
「え?」
言われて見上げたアシャンティの目の前で、突然布がアフリディに巻きついた!
「エフ!」
反射的に布に絡めとられる前に腕を間に差し入れ、完全に身動き出来なくなるのを避けようとしたアフリディだったが、想像以上にその締め付けが強い。
「くっ‥‥何だ、これは!」
「このっ、エフから離れろっ!」
腰に差していたパリーイングダガーを抜き、ゆらゆら動きながらアフリディに巻き付いている布へ切りつけるアシャンティだったがしかし。
「ダガーが効かないよ! 何これ!」
「通常の武器が‥‥効かないのか?!」
「店員さぁん〜! 店内にモンスター置くなよっ!」
何度も切り付けるが布には筋ひとつ付かないのだ。その上この騒ぎで誰も来ないとは。
「店員の職務怠慢〜! えぇい、この! この!」
「アーシャ! オーラパワーを乗せるんだ」
「あ、そうだね! うん、分かった!」
言われて神経を集中する。ゆらりと気が陽炎のように立ち昇る中、アシャンティは目を閉じた。冒険に出た頃は、こんなスムーズに戦闘中に気を高める事なんて出来なかった。だが今は違う。得体の知れない敵が相手でも、冷静さを保って行ける。
「このぉ!」
ダガーが桃色の光に包まれた。それを勢いよく振りかざして、アシャンティは布へと渾身の一撃を加える。その攻撃に恐れを成したのか、するりと布がアフリディの拘束を解いた。見れば布に薄い切れ目も入っている。
「逃げるなぁ! こら!」
ふわふわと天井すれすれに飛んで外へと出て行く布へ、アシャンティがぶんぶんダガーを振りながら叫んだ。
「逃げられたか‥‥」
締め付けられた腕をさすりながら、アフリディも店の外へ出る。ふよふよと布は半分身を起こすようにして飛んでいた。明らかにただの布の飛び方ではない。
「見た事のない奴だが、放置しておくと厄介だな」
「うん。ギルドと騎士団に連絡して退治しないと。あんなの放置したら厄介どころじゃないんだよ」
一見、ナイフで簡単に切れそうな布のくせに全く歯が立たなかった。それだけでも相当厄介だ。
「そうだな‥‥」
呟きながら、アフリディはふと外の露台を見ている男に目を向けた。腰に差しているのは日本刀。『ジャパン物愛好家』が好きで持っているのでなければ、この男は使える。
「そこのお方。今のアレを退治するのを手伝ってはくれまいか」
近付いて声をかけると、男は顔を上げて微笑んだ。
「やっと出番ですか」
「何?」
「いえ、何でも」
「エフ! 見失うよ!」
飛行する布を追っていたアシャンティが、遠くから叫ぶ。道行く人が振り返るのも気にせず、彼女はどんどん走って行った。
「今行く! というわけだ。あれとの顛末、見ていなかっただろうか?」
「分かりました。愛らしい真珠の双玉のようなお嬢さん方の頼みとあっては仕方ない。それも‥‥かんざしがよくお似合いの、同好の士とあってはね」
「かんざし? ‥‥あ、エフの奴、いつの間に!」
頭の高い所で後ろに結った髪。その結び目の辺りに、小さなかんざしが1本差してあった。慌ててそれを取ろうとするが、男はその手を止めて白い布を取り出した。
「取るならこの布へ包んで下さい。かんざしの飾りは繊細だ。手荒に扱うと落ちてしまう。‥‥主人。お代は後から」
言って男は少し屈み、アフリディの背をぽんと叩いた。
「さぁ、行きましょう」
男はフィルマンと名乗った。ノルマンのナイトで、今日は仕事が休みらしい。
アフリディは駆けながら隣の男を見る。町の者が着そうな服だが良い生地だ。
「エフー!」
叫びながら走っているアシャンティに追いつこうと速度を速め、アフリディは全力で走った。だが家の屋根ほどの高さを飛んでいるアレをどうやって倒そうか。
「アーシャ‥‥どうする」
息を荒げながら何とか近付き、アフリディは大きく上空を見上げた。白い布は、洗濯したシーツのようにふよふよしている。
「布なら燃やしたらどうかな」
涼しい表情でフィルマンが口を開いた。
「火か‥‥。だが、この距離じゃ‥‥」
「射落とそうか。‥‥ちょっと失礼」
近くの露天に並んでいたショートボウを掴むフィルマン。出来の良い物ではないが、矢も3本手にとって手早く持っていた油を塗り、番えた。
「火、ないかな」
「えっ‥‥火? 火‥‥ちょっと待ってね」
アシャンティが、近くの露天の後方で鍋を焚き火に乗せていた人の所へぱたぱたと走って行った。そして。
「ちょっと借りるね!」
火のついた薪を一本取って戻って来る。フィルマンが引き絞った所でそれに火を点け。
「いっけぇー!」
「まかせろ」
「‥‥外すなよ。家に落ちたら‥‥危ない」
矢を放った。それは綺麗な弧を描いて布に当たり‥‥。
「燃えた! ほんとだ、燃えた!」
「回収に行こう。‥‥だが素手はまずいか」
ひゅるると落ちていく布を追いながら、アフリディは手にグローブを嵌めた。だがその手に自分の日本刀を渡し、フィルマンは微笑む。オーラを加えて突き刺せと言うのだ。頷いてアフリディはそれを受け取った。そして気を高める。
「‥‥来い」
すぅっと息を吐き、落ちてくる布に向けて一気に刀で突く。ざっくりと布は刀に刺さり、抜けずにじたばたもがく。それへ、アシャンティがうりゃと火のついた薪で殴り、アフリディがゆっくり刀を抜いた所で‥‥布は地面にはらりと落ちて行った。
「あれは『一反木綿』というジャパンのモンスターらしいよ」
その後。
3人はシャンゼリゼ‥‥ではなく、何故かフィルマンに連れられて再度『ジャパン雑貨屋』に来ていた。
「その仕立てられてる着物より、1から仕立てるのがいいんだよ。どの柄がいい?」
2人に向かって何故か反物を広げて見せるフィルマン。
「‥‥ナイトが店員‥‥?」
「いや、そんな高い物は‥‥」
「今日のお礼だよ。良く似た顔立ちの美女が2人、着物を着て私と一日遊んでくれたら、これ以上の幸せはないだろうな〜」
「‥‥」
何となく後ずさるアフリディだったが、その腕をがしっとアシャンティが掴んだ。
「‥‥!? アーシャ?」
「ねぇねぇ。この柄とかどうかな? これ、エフにぴったりだよね?」
「うんうん、そうだね。この紅葉の柄が気質にも合っててしっとり大人の女性って感じだね」
「ちょっ‥‥ちょっと待ってくれ。私はそんな派手な柄は‥‥」
「派手じゃないよ。全然派手じゃない」
「うんうん、そうだね」
「あ。こっちの帯とか良さげだよね? 赤と黄色の着物に緑の帯〜」
「黒でもいいかな‥‥あ、こっちもいいな」
「話を聞け!」
結局。
嫌がるアフリディの意見は無視されつつ、素晴らしくも秋らしい、鮮やかで切ない着物が後日仕立て上げられたとか‥‥。
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