トップページお問い合わせ(Mail)
BACK

【花の蕾と守り人】
■言の羽■

<慧神 やゆよ/アシュラファンタジーオンライン(eb2295)>
<日乃太/アシュラファンタジーオンライン(NPC)>

「でね、その魔法の威力がすごくってねっ」
「今日は頼んでいた物が江戸から届きます。しっかりと検品をして、内訳書を持ってきてください」
「きらきらーってしてて、どっかーん、って。それで僕、これはもう魔女になるしかないって思ったんだよ!」
「若様は大人しくしていますか? 油断するとすぐに逃亡しますから、厳重に見張っていてください」
「‥‥日乃太おにぃーさん? 聞いてる?」
「夕食時には僕もそちらへ行きます。くれぐれも目を離さずに」
「おにぃーさんってば!」
 とうとう痺れを切らした慧神やゆよが日乃太の袖を引っ張ると、彼の持っていた書類が勢いよく畳の上へ広がった。彼女に悪気があったわけではないが、無視され続けたという事実が面白くないので、拾わない。一気に機嫌が悪くなったと見える日乃太にかまわず、ぷくっと頬を膨らませて、ますます彼の腕にしがみつく。周囲の小姓達のほうが恐怖を感じて怯えている。
「あなたは、僕の仕事の邪魔をしに来たんですか」
 はぁ、とため息をつく日乃太の肩が下がる。
「お、おにぃーさんが僕の話を聞いてくれないからっ」
「今が忙しい事くらい、見ればわかるでしょう。まったく、手間のかかる人は若様だけで十分だっていうのに」
 そして尚、彼はやゆよに目もくれない。書類を拾い、束ね、整え、何事もなかったかのように再び小姓への連絡事項伝達を開始しようとする。
 ぷつん、と何かが切れた音が、小姓達には聞こえた気がした。
「もうっ、日乃太おにぃーさんの意地悪なんだよっ! おにぃーさんなんか、若様と結婚しちゃえばいいんだよっ!!」
 自分からしがみついたくせに自分から日乃太を豪快に突き飛ばして、やゆよは叫んだ。傍らに転がしてあったフライングブルームを取り、縁側に続く障子を乱暴に開く。スカートの裾が広がっているのにもかまわず素早くブルームにまたがると、あっという間に飛び去ってしまった。
 この一連の行動ですら、日乃太は見ていなかった。追いかけたほうがいいのではないかというと小姓からの問いかけにも答えなかった。

 鶴岡八幡宮の境内。廻り廻って、結局やゆよが最後に選んだのはそんな場所だった。石造りの階段に腰を下ろして、膝を抱えている。自分の影が判別しにくいほど、まわりは薄暗くなっている。参拝に来ていた人達も、今は誰もいない。
「去年の七夕の短冊、もう効き目切れちゃったのかなぁ‥‥」
 あの時、この鶴岡八幡宮に飾られた笹へ、短冊を吊るした。『日乃太おにぃーさんとらぶらぶな恋人になれますよーに♪』と記した短冊を。ちょっとばかり自分が強引だったかもしれないが、それでも日乃太は同じように自分の短冊へやゆよの名前を書いてくれて、一緒に祈祷を受けてくれた。ふたつ一組になっていた恋愛成就のお守りだって受け取ってくれた。
 らぶらぶな恋人になれた、なれる、そう信じていたのに。
 日乃太が鎌倉を離れられない事はわかっているから、自分からよく会いに来た。でも、いつもそっけない。仕事で忙しい。仕える主人の事ばかり考えていて、自分が目の前にいるのに自分だけを見てはくれない。
「ぐす‥‥」
 自分の身につけているものに目を向けてみる――魔法少女のローブ、そして枝と称されるそれらの装備には、不思議な力がある。装備者が踊りながら魔力を消費する事で一定範囲内の者を魅了できるのだ。一瞬のみの効果なので使いどころが難しいとはいえ、貴重な魔法の品である事に変わりはない。‥‥けれど、力の発動にはもうひとつ、条件がある。
 装備者が14歳以下の少女である事。
「僕の誕生日、3月なんだよ」
 日乃太おにぃーさんに話した事、あったかな。思い出しながら呟くやゆよは、現時点で14歳。あとほんの数ヶ月で、発動条件を満たさなくなってしまう。『魔法少女』を自称できなくなってしまうのだ。
 でははれて『魔女』となれるのか。問いかけてくる自分に、やゆよは心の中で首を振る。それはもっと多くの経験を積み、高い能力を持つ人のみが名乗る事のできる称号だ。あまりに未熟な自分が名乗るなどおこがましい。
「魔法少女はもう名乗れない‥‥まだ魔女の器じゃない‥‥じゃあ、僕は‥‥僕は何になっちゃうの? 僕はどうすればいいの?」
 自分の居場所がなくなるような不安を抱え、相談したくて――いや、相談できなくてもいいからとにかくこの不安をなだめてほしくて、今日はここに来たというのに。
「なんでおにぃーさんは僕を見てくれないの?」
「周囲に示しがつかないからです」
 また自問のつもりだったのに、今度は返答があった。弾かれたように顔を上げると、目の前に、息を乱した日乃太が立っていた。
「もう夜は冷え込む時期なんです。そんな薄着で外にいないでください」
 いささか刺々しい言葉を吐きながらも、自分の上着をやゆよの肩にかけてくれる。心配して探してくれたのだと嬉しくなるが、昼間の日乃太の態度を思い出したやゆよはつい、唇を尖らせた。
「‥‥おにぃーさんが無視したからなんだよ」
「示しがつかないと言ったでしょう。あれくらいの事ですねないでください、子供じゃあるまいし」
 日乃太はため息混じりに肩をすくめている。呆れているのかもしれない。そう思うと、尚更引き下がれない。
「そうだよ。僕、もうコドモじゃないんだよ。オトナなんだよ」
 やゆよが立ち上がっても、身長差があるので見上げる体勢である事に変わりはない。けれど、二人の距離は大きく近づいた。
「僕がオトナな証拠を見せてよ、日乃太おにぃーさん」
 反応らしい反応を見せない日乃太の目をじっと見つめながら、もっと近づこうと、爪先立ちになる。これ以上ないというほどに唇が近づいた事を確認して、ゆっくり、瞼を下ろした。
 ぺしん。
 乾いた音は、やゆよのおでこが軽くはたかれた音だった。
「子供でないから大人、ですか。短絡思考もはなはだしい」
「おにぃ――」
「あなたは確かに、子供ではありません。かといって、口づけの先に何が待っているのかを理解している大人でもない‥‥そうでしょう?」
 目を開けて抗議しようとした矢先に同意を求められて、やゆよは思わず口ごもった。キスの先に待っているもの、それは恋人同士のらぶらぶな時間ではないのだろうか。
「僕とて子供ではありませんが、修行中の身。大人を名乗れはしませんよ。‥‥己を制御できる自信ももてないんですから」
 日乃太が何の事を言っているのかはいまいちわからないが、自分を見下ろしている瞳が優しいのはわかる。
 今なら聞ける、と思った。
「‥‥じゃあ、僕は何? コドモでもオトナでもないなら、僕は何なの?」
 母屋へと踵を返そうとした日乃太の腕に、すがりつく。昼間、はねのけられた時と同じように。
「あなたはあなたでしょう。あなたであれば、それでいいんです」
 また拒絶されはしないだろうか‥‥そんな風に考えたやゆよが一瞬怯えたのを感じとったのか。日乃太はやゆよの手を自分の腕から外すと、そのまま自分の手に重ね、そして繋いだ。
「さあ戻りますよ。今日はもう暗いですし、泊まっていきなさい」
「えっ!? お泊り!? おにぃーさんと!?」
「‥‥‥‥‥‥あなた一人で、客室で寝てもらうに決まっているでしょう」
 期待に胸を膨らませるやゆよに対し、片眉を吊り上げひくつかせる日乃太。その日乃太の耳が少し赤みを帯びている事に気づき、やゆよの頬はほころんだ。




※この文章をホームページなどに掲載する際は、必ず以下の一文を表示してください。
この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

BACK



このサイトはInternet Explorer5.5・MSN Explorer6.1・Netscape Communicator4.7以降での動作を確認しております。