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【ある秋日の昼食会〜戦乙女と騎士の休息〜】
■紡木■

<ポーラ・モンテクッコリ/アシュラファンタジーオンライン(eb6508)>
<ライラ・マグニフィセント/アシュラファンタジーオンライン(eb9243)>
<フェリクス・フォーレ/アシュラファンタジーオンライン(NPC)>

 窓から差し込む光を受けて、白い髪が真昼の月のように、ほわりと輝いている。こぢんまりとした、隅々まで手入れの行き届いた清潔な部屋。中央に据えられた、ビザンツ様式ホーリーシンボルに向かい、静かに祈りを捧げる横顔。その、エルフの長い耳が、微かに動いた。
「‥‥いらしたようね」
 ふっ、と顔を上げ、振り返る。
 ―した〜?
 ―らした〜?
 エレメンタラーフェアリーのクラウディウスとクラウディアがくるくると彼女の周りを飛び回る。
 数拍後、控えめなノックの音が、礼拝所に響き渡った。
「どうぞ」
 ポーラ・モンテクッコリの声に応えるように、そっとドアが開いた。
「お招き頂きまして、ありがとうございます。‥‥月白の智者殿」
 目深に被ったフードを、ぱさり、と外したのは、30歳前後に見える黒髪の男。
「ようこそ、いらっしゃいまし。フェリクス卿」
 ブランシュ騎士団緑分隊長フェリクス・フォーレは、濃緑の瞳を和ませ、頷いた。

「これを、ライラさんがお作りになったのですか」
 ビザンツ教会出張所‥‥ポーラの勤め先であり、また住処でもある場所。最も広い部屋を、簡易的な礼拝所として仕立ててある。卓上には、ライラ・マグニフィセントが腕によりをかけた料理が並べられた。
「フェリクス卿を呼ぶのだからね、張り切って作ったよ。メインはパリ風ブイヤベースさね」
 ポーラの発案で開かれた昼食会。ポーラが場所を、ライラが料理を提供して、フェリクスを招待したのだ。
「うん‥‥絶品、ですね」
 ブイヤベースを一口含んだフェリクス。旬の魚と貝とを、サフランをメインに数種のハーブを入れて煮込んだスープ。海鮮風味が、思わず唸ってしまう程の濃厚さである。添えられたパンはガーリックバターを塗った上でカリっと焼き上げてあり、独特の香りが食欲を誘う。
「お気に召したのなら、良かったのさね」
 スープもパンも、十分に温かい。自宅で下拵えを済ませてから、こちらで仕上げをしたのだろう。
「旅で海辺の宿へ泊まった際にも、似た料理を食べたことがございますが‥‥それに勝るとも劣らない、本格的な味です」
「あら、フェリクス卿は港に行った事がありますの?」
 ポーラの言葉にフェリクスが頷く。
「今でこそ揃って王都に詰めておりますが、ブランシュ騎士団の者は、平時は半数が各国へ修行の旅に出ているのです。当時は、私もただの一隊員という‥‥まあ、現在よりは身軽な身分でございましたので、割とあちらこちらを巡っておりました。港では、漁師さん方が、丁度このような料理の鍋を囲んでいるのを何度か見かけましたが‥‥」
 大鍋で豪快に煮込んだ料理を、白い息を吐きながら、言葉と笑顔を交しつつ取り分ける、賑やかな光景。
「ブイヤベースは、元々売れない魚を漁師達が煮たのが始まりと言われているからな」
「ほう。お詳しいのですね」
「ライラは海育ちだものね」
「ああ。物心ついた時には船に乗っていたさね。というより、船が家だったのさね」
 海と空の間を進む、一所に根を下ろす事の無い家、暮らし。
「それでは、さぞかし色々な所を巡られたのでしょう」
「そうさね。ノルウェーからイスパニア、ポルトガル辺りまで行っていたのだろうか。普段は交易に従事していて、いざという時に召集される感じだね」
 ライラが、幼少の頃を懐かしむかのように、目を細めた。
「船長以下船乗り全員が、あたしの父親代わりだったさね。見習い辺りだと兄代わりかね」
 巡る景色が、日々が、そして周囲の者達が、今のライラを創り上げた。
「色んな事を教わったよ。料理の味、波の見方、船の操り方‥‥戦い方も、だな。そして、あたしも十八になったんだから、独立して修行してきな、とパリの港に放り出してくれたのは母さね」
「なかなか、剛毅な方でいらっしゃる」
「ああ」
 放り出された、と言いつつも、その声音はどこか誇らしげだ。きっと母を尊敬しているのだろうと、そして、母に『一人でやっていける』と認められたことが嬉しかったのだろうと、フェリクスは思った。
「‥‥そういえば、この前パリに来ていたのさね。あたしの父を探すとか探さないとか」
「ええと‥‥それは、血縁上の、お父上、ということですか?」
「そういうことになるな。あたしの父は、ノルマン王国で聖職についているようさね。もし、ふと会えばわかるだろう、と。そう言う事らしいのさね」
「お顔が似ておられるのでしょうか?」
「どうだろうな」
「教会の関係者なら、ポーラさんの情報網で探し出す事も可能では?」
 ポーラは、クレリックとして神に仕える傍ら、情報屋も営んでいる。教会と情報屋、二つの伝手を駆使して広げられる情報網は、広く、また強力だ。
「そうね‥‥ビザンツとノルマン、管轄は違うけれど、不可能では無いと思うわ」
 頷くポーラ。
「いや‥‥もし縁があるのなら、いつか自然に出会うと思うさね。母も、そこまで必死に探しているようには見えなかったし‥‥」
 出てきて欲しいとは思っているようだが、と呟くライラ。
「いつか、お会い出来る日が来ると良いですね」
 フェリクスの声は、どこか深い色を帯びていた。
「ああ。‥‥フェリクス卿のお父上は、どんな方なのだね?」
 だから、何となく気になったのだ。
「私の父、ですか‥‥」
 思いもかけぬ事を聞かれた、と目を丸くしたフェリクス。
「やはり、国に仕える騎士なのかしら?」
 ポーラの言葉に頷いて、少し視線を落とした。
「はい。そう‥‥、でした。実父は私が十代の頃亡くなりましたので。同じ頃、私も怪我でボロボロになっておりまして‥‥」
 お恥ずかしい話です、と苦笑する。
「そこを、義父‥‥フォーレの父に引き取られ、面倒を見てもらっていました。父親が複数、という点では、ライラさんと同じですね。数は文字通り『桁』違いでしょうが」
 言って、料理に添えられた白ワインのゴブレットを傾けた。ブイヤベースの濃厚なスープと、ほんのりと酸味の利いた新物ワインの相性は抜群だ。
「‥‥‥」
 フェリクスは、しん、としてしまった場に苦笑した。場を盛り上げたり、雰囲気をコントロールしたり‥‥そういう事が、自分はどうにも上手くない。
「まあ、私はどちらの父も等しく尊敬しておりますし‥‥それに、継ぐべき領地のない身軽な立場は、結構気に入っているのですよ」
 そうであってこそ、ノルマンと国王に全てを‥‥それこそ、命の雫の、最後の一滴まで、悔いなく捧げ尽すことができる、と。フォーレの領地は、フェリクスが養子となる遥か以前から、実の息子―フェリクスの義弟に当たる―が継ぐ事に決まっている。
「しがらみが多いと、跡継ぎだなんだと大騒ぎになりますからね」
 今の国王が良い例だ。
「跡継ぎといえば‥‥独身貴族卒業計画なるものが出ているそうよ」
 ぴく、と、パンを取ったフェリクスの手が止まった。独身計画卒業計画。またの名を『「王様結婚させるんだって」「な、なんだって〜!」「そのために見合いぱーティーだぜひゃっほ〜う!」』計画。その趣旨は、跡継ぎ居ないけど王様体弱いんだから、早く結婚させようぜ! ‥‥というものである。国王が結婚する事に、何も問題はない。むしろ独身でいる事の方が問題だ。しかし‥‥
「フェリクス卿も対象らしいわね。どうなさるのかしら?」
 しかし、国王はかくのたまった。『君たちが結婚したら考える』。君たち―すなわち、ブランシュ騎士団分隊長。八人中七人が名実共に『独身貴族』というスバラシイ集団だ。そして、このフェリクスも、その七人に含まれる。
「私が、どうするか‥‥ですか」
 曖昧に微笑む緑分隊長。
「良いお相手はいないのかしら?」
「ええ、そういったご縁が無くて、どうにも。‥‥世の女性方も、私のような男より、若くて有能で見目も良い、藍や、黒の分隊長殿の方がよろしいでしょう」
「人の魅力は、年齢ではないと思うさね」
「そうよね。今まで、ずっとそういったお話は無かったのかしら?」
 いくら何でも、貴族の子弟として不自然だ、とポーラ。紫分隊長のように、季節ごとに相手が変わるのならばともかく。
「若い頃には、ないではありませんでしたが‥‥」
 続きは、きれいに微苦笑にくるまれ、隠されてしまう。そして、狙ったようなタイミングで、フェリクスの器が空になった。
「ご馳走様でした。大変、美味しかったです」
 にこり、と微笑まれて、後は何も聞けなくなる。
「‥‥そうだ、デザートにケーキも焼いてあるのさね」
 席を立ち、台所へ向かうライラ。
「それは、嬉しい。部下が、漆黒の聖女は、料理がお上手で、特にケーキが絶品だと、申しておりましたから」
「緑分隊の方というと‥‥ああ、ネルちゃん退治後の、宴会ね。作戦で余った小麦粉で、ライラがケーキを焼いたのだったわ」
「はい。その話を聞いて、いつか‥‥と、密かに思っていたのですよ」
「それは光栄さね」
 言いながら、ライラが皿を置いた。季節の果物を添えたナッツケーキ。洗っただけの果物を積んだ籠も、テーブルに載せる。
 しっとりとして、重量感のある生地。それでいて、ナッツの歯ごたえは軽く、食感の違いが楽しい。
「これは‥‥噂に違わぬお味ですね」
 素直に感嘆の声を漏らすフェリクス。
「気に入って貰えたなら嬉しいさね。だが、まだまだ修行中だ。もっと腕を上げないとな」
「そうしたら、菓子職人にもなれましょう」
「そのつもりさね。今、店の開店準備中なのさね」
「いつでもライラさんのお菓子が食べられるようになるのですか? それは、楽しみです」
「開店したら、来てくれるかね?」
 他の分隊長達にも、来て欲しいな、とライラ。
「勿論伺います。‥‥同僚辺りは、せっせと通いつめそうですね」
「それは、嬉しいな。同僚殿といえば‥‥今日の料理、量はどうだったかね?」
「十分でした。味を堪能するのに、丁度良い量でしたよ」
「それは良かった。標準の量で作ったのさね。ただ‥‥時々随分食べる方に料理を出すものだから、つい、な」
 『随分食べる方』を察して、苦笑するフェリクス。女性と子供に甘い分隊長にして、橙分隊の紅一点でもあるかの同僚は、子供・女性好きと並んで、その健啖家ぶりが有名だ。‥‥いささか度が過ぎる、という理由で。
「そういえば‥‥橙分隊は、隊長、隊員皆巻き込んで結婚計画を立てているとか‥‥」
 橙分隊の言葉で、ふと思い出した。
「そうなのさね。あ、あたしも、協力させてもらっているのさね」
「‥‥?」
 急にぎこちなくなったライラの様子に、フェリクスは首を傾げた。
「ライラのお目当てが、橙分隊にいるのよね」
 ポーラの言葉に、納得する。
 ―よね〜
 ―のよね〜
 大人しくケーキの欠片を齧っていたクラウディウスとクラウディアが、ポーラの言葉尻を真似ながら、ふよふよと辺りを舞った。
「ポーラ! ‥‥クラウディウスまで‥‥」
「漆黒の聖女殿に想われるとは、羨ましい男もいたものです」
「あまりからかわないで欲しいさね」
 額に手をやったポーラが、搾り出すようにして呟いた。
「からかうなど、とんでもございません」
 真面目に首を振るフェリクスの様子に、ポーラがくすくすと忍び笑いを漏らした。
 ―ません〜
 ―せん〜

「それでは、失礼いたします」
 玄関にて、再びフードを深く被り直したフェリクス。
「本日は、とても楽しい時間を過ごさせて頂きました」
 手には、土産に、と包まれたナッツケーキが乗せられている。
「毎日お忙しいのだから、たまにはゆっくりなさった方が良いわ」
 ポーラの言葉に、頷く。
「まだまだ、懸案続きですが‥‥一通り片付いたら、賑やかに宴会でも開こうと考えております。戦乙女隊の方々にも、是非出席して頂きたい」
「楽しみだな。その日を早く迎える事が出来るよう、頑張るとするさね」
「これからも、皆さんのお力が必要です。‥‥宜しくお願いいたします」
 一礼して、踵を返すフェリクス。姿勢の良いその後姿を、見送った。
「さ、片づけを済ませないとな」
 ―とな〜
「そうね。午後のお勤めもあるし‥‥」
 ―あるし〜
 くるくると飛び回るフェアリーの羽。銀色のそれが、午後の陽光にきらきらと光っていた。

〈終〉


●マスターより
 いつもお世話になっております。紡木です。この度は、フェリクスをお招き頂き、ありがとうございました。美味しい料理に絆されたのか、少々口が軽くなっているかも知れません。単純な男ですね。
 ブランシュの者も、冒険者も、時には殺伐とした事件や戦いに飛び込んで行くことになります。それが役目だと知っていても、誇りに思っていたとしても、何かが磨り減ってゆく日々だと思うのです。そうであるからこそ、こうした、日常の優しく暖かい一コマを大切にして欲しい。そんな事を、思いました。

 それでは、またお会い出来る事を願って。この度は、発注誠にありがとうございました。





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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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