●いつものあれ
「今回の取材先は、アイルランドのダブリンです。お祭りですので多少の羽目を外すのは構いませんが、CETの番組であることをお忘れなく。特に、一部の芸風は控えて下さい」
資料を配ったいつものスタッフが、淡々と取材へ向かう者達の約一部へ釘を刺さす。
今回は特別編として、ホームステイのないお祭りのレポートが予定されていた。
「では、どうぞ良い旅を」
行く先は、ダブリン。
時は10月の末。おりしもハロウィンの頃――。
●ハロウィンの源流へ
アイルランド島、東岸。リフィ川の河口に開けた街が、アイルランドの首都でもあるダブリンだ。
市を東西に横切るリフィ川を真ん中に、街はダブリン城付近を中心にした円の様に形成されていた。西部には世界的に知られた黒ビールの醸造所があり、風向きによっては麦を焙煎する香ばしい香りが街を漂う。
アイルランドのEU加盟と共に急成長の途上にある街に、ハロウィンの源流を求めて三人が降り立った。
「うわ〜っ、寒いです〜」
どんよりとした重い鉛色の雲の下、寒風に晒される耳を手で覆い、黄色いコートの横田新子が身を縮める。
「‥‥それだけ厚くても、寒いんだ?」
どげしっ!
ナニが厚いかボカしたものの、コートの背中に綺麗な足形を付けられたチェダー千田。
「あ、ごめなさーい。私の前に立つから、つい〜」
悪びれもしない口調で、新子が謝り。素早い立ち直りで、ずれた横長六角形のダテメガネの太いフレームを定位置へ押し上げ、何事もなかったかのようにダブリンの街並みを眺める。
「いや〜、こっちはもう冬なんだなぁ。寒い寒い」
「ぴよ? じゃあ、チェダーさんはモザイクにならなくて済むね」
つまりは、『暑い=モザイク』か?
それがどういう論法かはさておき、明るく笑うベスへ、ずびしっと新子が人差し指を突きつけた。
「甘い、甘いですよベスさん。チェダーさんは、存在するだけで既にモザイクなのですっ!」
「待て。俺は放送禁止物体かっ?」
「だってそのコートの下とか、危なそうじゃないですか。ベスさん、ウカツに近寄ったらダメですよっ。モザイクが伝染しますから」
「ぴぇっ、怖い〜」
「するかぁーっ! それに、ちゃんと中は着ているからなっ!」
がばっ、と。
証明のつもりでコートを開いて見せる姿こそが、既に(以下モザイク)。
ともあれ三人のお祭り奇行‥‥もといお祭り紀行は、賑やかに始まった。
●街の賑わい
三人はまず目に付いた高い場所――ダブリン城へとりあえず登り、下天を見下ろして笑い。仮装した人々が街中を練り歩く、ハロウィン・パレードを軽く見物する。
そこから、郊外で開催されているファーマーズマーケットへと足を伸ばした。
「あれ。何か皆さん、美味しそうなケーキを買ってますよ?」
周辺の農家が集まって開く一種の『即売会』の中で、行きかう人々が手にしたものに新子が目ざとく気付いた。
「バーンブレックっていう、ハロウィンに食べるレーズンケーキ‥‥だって」
「ケーキ‥‥!」
ガイドを読むベスの説明に、きらきらと新子の目が輝く。
「運試しも兼ねていて、中に入っている「モノ」で、その人の運勢を占うんだって。指輪だったら早く結婚して、コインかソラ豆ならお金持ち。ボタンは独身で、エンドウ豆だと貧乏‥‥ぴよ? 新子さん、聞いてる?」
ベスが説明をする間に、よほどお腹がすいていたのか新子はぺろりとケーキを平らげ、指についた屑を舐めている。
「え? 何か言った?」
「その‥‥いま食べたケーキの中に、何か入ってなかったかって」
「うん。レーズン入りで、美味しかった〜」
チェダーの疑問にも、小腹が埋まった新子は満足げに腹をさすり。
「もしかして‥‥喰った? 腹、壊さないか?」
「ぴ〜‥‥ナニが入ってたか知るには、新子のお腹をパックリするか、出てくるのを待つしかないんだね」
「あっちからも、いい匂いがしますよ。行ってみましょー!」
ぶんぶんと手を振って次の食べ物屋へ向かう新子の背中を、顔を見合わせた二人は強張った表情で見送った。
幸か不幸か、新子は腹痛や体調異変を訴える様子もなく。
逆に、その場で食べられる物の他、様々な野菜や乳製品といった食材から、蜂蜜にスパイスなど、売られている食に関するモノの山を前に、嬉々として店を回っていた。
「今からどれだけ喰って買う気だ‥‥なぁ、ベスさ‥‥あれ?」
新子を見失わないよう後を追いかけていたチェダーは、ふと隣で揺れていたアホ毛が、いつの間にか消えていることに気がついた。
「おーい、新子さん一大事だ。迷子発生ー!」
野菜の品定めをする新子へ、急いでチェダーが駆け寄る。
「大丈夫、私に任せてください! こんな時のために‥‥!」
「おぉ、何か妙案が!?」
期待の眼差しを受けつつ、上着の下から新子が取り出したのは――二本の、ハシバミの枝。
出て来たモノがあまりに予想外で次のオチが思いつかず、チェダーはとりあえず枝を指でつついてみる。
‥‥枝だった。
つついても、ソレは見た目通りの、ごく普通の枝だった。
「‥‥で?」
「ダウジングで、探します!」
自信満々の新子は、両手に一本ずつ枝を握った。
ダウジングを行なう新子を、半信半疑のチェダーが見守って十数分後。
「ぴぇ〜、ごめんなさい! これ買ってたら、はぐれちゃって‥‥」
ビニール袋を提げたベスが、人込みの中から二人へ駆け寄ってくる。
「前に、教えてもらったの。こっちのハロウィンは、この蕪でジャック・オー・ランタンを作るんだよっ」
自慢げにベスが開いた袋には、白い小さな蕪が3つ転がっていた。
「でもここだって、よく判ったな。そうか、新子さんの黄色いコートが見えたとか?」
しみじみとチェダーが感心すれば、整えた髪に一部だけぴょんとハネた、いわゆるアホ毛を揺らしながらベスが答える。
「ぴよ? なんかね、こう‥‥ここかなーって、引っ張られる感じがして」
「まさか‥‥受信‥‥!?」
どこか愕然として、彼は新子が手にしたハシバミの枝と、ベスのアホ毛を見比べた。
●魔女とお化けとお菓子の罠
「Trick or treat!」
日が暮れると、子供達の賑やかな声が街のあちこちで響く。
黒い三角帽子を被り、魔女の格好をしたベスが蕪のランタンと籠を手に、地元の子供達へ混ざっていた。そして子供に混じって大人も約一名、ベスと一緒に加わっている。
「泣く子はいねがー!」
仮装と小柄な体格のせいか、子供だと思われてお菓子を渡される39歳。そして、遠慮なくお菓子を貰ってしまう39歳。
「は〜い、お菓子をあげますよ〜」
小袋を手に、満面の笑みで黄色い外套を着た新子が子供達へ呼びかける。
そんな彼女へ、真っ先に駆けつける39歳。
「お菓子、下さい」
「はい、どうぞ」
疑う素振りもなく、そんなチェダーへ新子はお菓子の袋を渡す。そして、他の子供達にも。
「な‥‥っ、なんじゃこりゃああぁぁぁぁ〜〜っ!」
さっそく一口、戦利品をかじったチェダーが身を捩った。
子供達と新子のクッキーを食べたベスも、やはり見る間に笑顔が消えていく。
「ぴゃ〜‥‥新子さん、このクッキー酸っぱいよぅ」
涙目で訴えるベスに新子は愛想のいい笑顔を一変させ、なんだか邪悪なオーラを放ち始めた。
「ひーひっひっひ。お菓子をねだる子供や、子供のフリをしたモザイクなぞ、梅干ペースト入りクッキーで悶絶するがいいですヨーっ!」
「くっ‥‥俺はただ、美味しいお菓子が食べたかっただけなのに。魔女だっ。モノホンの魔女が、ここにいる‥‥っ!」
魔女というより、黄色い悪魔と化した新子の足元でそう言い残し、がっくりと力尽きるチェダー。
「ぴぇ〜っ。チェダーさん、しっかりして。死んじゃダメだよ〜!」
慌ててベスがチェダーの肩を掴んでガクガクと揺するが、どー見ても振っている方が、梅干ペースト攻撃よりダメージが多い気がするのは、果たして気のせいか否か。
「さぁ! みんな、この横田新子特製クッキーを、遠慮なく食べるのですヨーっ!」
その間にも、梅干ペースト入りクッキーを手にした新子が黄色い外套の裾を翻し、小さな魔女やお化けを子供達を追い回した。
――後にこれが、ダブリンの子供達の間で「黄色いジャックの呪い」と言われて恐れられたとか、られなかったとか。
ともあれ、結局この収録を編集したテープが公共の電波に乗ることはなく。
CETの放送禁止VTRへ仲間入りした事は、言うまでもない‥‥。
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