がったんごっとん。小型トラックが道を行きます。そのトラックに乗っている3人は、普段自分達が仕事場としているごみごみした街を離れ、人通りが疎らな町や村を抜け、ついには道を聞こうにも尋ねる相手がいないほどの山の麓へと到着しました。
「さて、着いたぞ。おい、起きろレジェ」
運転席を降りたヘヴィ・ヴァレンが、荷台に乗っていた2人に声をかけます。2人のうち孤神絆は到着と同時にとっくに荷台を降りていて、ヘヴィが声をかけるのは毛布に包まって眠っているレジェの方です。荷台で寝転がって空を見ていたレジェは少し肌寒いと毛布を被り、そのまま寝てしまったのでした。
「ふぇっ? へ、へう゛ぃさんおひゃようごじゃいまふ!」
ばふりと毛布を跳ね除けて起き上がったレジェがヘヴィへお昼前の挨拶をし、次いで辺りを見回します。トラックが停まっていたのは砂利道の行き止まり。来た道を振り返ると遥か遠くに小さく一軒だけ家が見え、そこまではずぅっと砂利道と田んぼでした。
目的地である山は目の前にありました。聳え立つという呼び方がこれほど似合わない山は無いだろうという程の丸っこい山。切り立った断崖などは一切見えず、全体を柔らかそうな木々の葉が覆い尽しています。
「うわぁ‥‥」
レジェの口から思わず声が漏れました。到着した時に同じ感想を抱いたのでしょう、絆の口元も緩んでいます。3人が見上げる丸っこい山は、赤と黄色に鮮やかに彩られ、どこを見てもアスファルトとネオンばかりの街とはまるで別世界のようでした。勿論3人とも、どちらも同じ世界に存在するものだと知っていますし、紅葉の美しさも知っています。ですが、ここまで見事に全体が染まった山を、人ごみや天気に邪魔をされずに生で見られたことに、感動を覚えたのでした。
「そんじゃ、さっさと行こーぜ。あんまりゆっくり眺めてちゃ、昼飯を食いそびれちまう」
「そうだな。レジェ、毛布とトランシーバーは念のために車の中に入れといてくれ」
絆に急かされて、ヘヴィも出発を決めます。レジェは急いで毛布を丸めると、荷台から運転席への連絡用として渡されていたトランシーバーを探します。が、どこを探しても見つかりません。そんなことをしている間にも非情な2人は先に山へ入っていってしまいますから、余計に焦って手際が悪くなって。
飛び起きた時に毛布の中に消えて、毛布の中に巻き込まれて回収されたトランシーバーにレジェが気付いたのは、それから3分後のことでした。
・ ・
山を登り始めてしばらく。比較的開けていて、近くに川の流れる場所に陣を張った3人は、舞い散る紅葉の中昼飯の確保を始めました。絆が乾いた枝や葉を集めて小さな火を熾す近くで、ヘヴィとレジェは釣竿を川に振り、次々にかかる獲物を水を張ったバケツに入れていきます。
秋。丸々と太った川魚が、ヘヴィの足元のバケツに3尾。一人につき2尾ずつ食べられるようにもう3尾釣っても良いですが、それではお昼の時間が過ぎてしまうからと、早めに切り上げます。午後にお腹が空いたら、散策中の食料としてお弁当があるから大丈夫です。
秋。時々来る紅葉狩り客が落としていくゴミが、レジェの足元のバケツの近くに28個。魚が釣れるまで続けても良いですが、それでは永久にご飯の時間はやって来ません。魚を上手く捌けずヘヴィに手伝ってもらいながら絆が魚の内臓を取り、串焼きの準備をしているので、レジェも食べる役目を果たしに行きます。
シンプルに塩だけで味付けした川魚の串焼きは、パリッとした表面の皮とホクホクした白身がとても美味しく、空腹と絶好の景色の後押しもありあっという間に平らげられてしまいます。そして、さすがの警備団、これだけでは足りないと絆とレジェはそぼろの匂いを嗅ぎつけてヘヴィのリュックに纏わりつきますが、ヘヴィはさっとリュックを隠すと、火の後始末に取り掛かってしまいます。薄情者め。
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山の景色は上へと登るに連れて、さらに赤みを増していきます。今日が終われば少なくとも1年ほどは見られなくなる美しい秋。その香りを、絆とレジェはご飯の代わりにいっぱいに吸い込みます。ヘヴィはというと、時折しゃがみ込んでは何枚かの綺麗な紅葉を拾い、何故か持って来ている電話帳に挟んでリュックに入れます。携帯電話のカメラ機能を使って舞い落ちて来る紅葉を撮影していたレジェは、その様子を見て、何をしているのか尋ねました。
「後のお楽しみだな」
でも、隊長はそれしか答えてくれません。今度は絆が聞き出そうと口を開きかけた時、ヘヴィは追い討ちで2人の口を塞ぎにかかります。
「そろそろ腹も減っただろ。弁当にするか」
リュックから密閉の出来る容器を取り出して、それを2人に配るヘヴィ。そして自ら率先して容器の蓋を開けると、途端辺りに漂う甘しょっぱい食欲をそそる香り。肉の旨味たっぷりのそぼろ弁当。ヘヴィの作る料理は激ウマ! ということをよーく知っている絆などは、早速近くに手頃な石を見つけると腰掛けて、箸を取り出していただきます。
・ ・
がったんごっとん。小型トラックが道を行きます。トラックと乗っている3人は、誰もいない秋の山を出発し、日が傾いてさらに人通りの無くなった町や村を抜け、ネオンと看板の街へと帰ってきました。見慣れた事務所の和室、その窓から見慣れた街並みを見下ろすと、そこには季節の無い、灰色の世界。
少し残念に思いながら絆とレジェが炬燵に入ると、ちょうど調理場からヘヴィが戻ってきました。持ってきたのは卓上コンロと、具材満載の土鍋。午後の弁当から行数空けずにすいませんが、夕飯です。この3人食べてばっかり?
具が煮えて、美味しそうな匂いと共に鍋の蓋がぐつぐつ踊ります。布巾を使ってレジェが蓋を取ると、白い湯気が視界を覆いました。ヘヴィが鍋から次々に肉も野菜もバランスよくお皿へ盛り付けると2人に配り、そうして取り出す電話帳。
「秋だからな。こうした方が料理も映えるだろ?」
おおー、と絆が感心して拍手をします。3人の取り皿の近くに数枚ずつ散らされた赤と黄の葉。灰色の世界に色をもたらす秋の使者。
「でも、僕はどっちかと言えば花より団子かな‥‥いや、ここまで気の回るヘヴィさんはすごいなって思いますけど!」
「正直だな。ま、私も腹は減ってるから、すぐ食べ始めたいってのはあるけどさ」
そんな感じの2人の言葉にヘヴィは苦笑して、でも自分も早く食べたいのが本音だったので。
鮮やかな紅葉を肴にして、鍋の中身は一気に無くなっていくのでした。締めの雑炊も含めて。
・ ・
「なあ、今日は‥‥レジェ?」
布団が適当に敷かれ、消灯後の室内。絆がふと思い立って話しかけた相手のレジェは、既に隣で身動きもせずに熟睡していました。
仕方ないと思って、レジェとは反対側にいるヘヴィに話しかけようと見てみましたが、予想通りというか何と言うか、ヘヴィは枕を浅く抱えるようにして眠りの世界へ。眠れる時にすぐ眠れるのが戦士の条件とも聞きますが、果てさて。
思いついた言葉を誰にも言えない絆は小さく溜め息をひとつ吐くと、ぼそりと天井に向けて呟きました。
「今日は、楽しかったな」
「そうだな」
「そうですね」
返事はすぐ返ってきました。
そして、それらはすぐに寝息へと変わりました。
秋の夜は更けていきます。
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