──東京は下町。
雨堂 零慈(fa0826)は、通い慣れたその道に愛車を走らせていた。
恋人である「アルカラル・ナイト」のギタリスト兼リーダーのクラブ・クラウン(fz1054)こと桐嶋 花梨を一泊
二日の小旅行に連れ出す為である。
3日後、クラウンは手術の為に渡米する。
メンバーからは解散記念コンサートの翌日であり、渡米迄の期間が余りにも短いと心配の声もあったが、クラウン本人の強い要望で実現する事になった二人だけの貴重な時間である。
伝えてある時間より少し早いが、彼等の寮にである古い平屋建ての前に車を停車する。
インターフォンをレイジが鳴らすより先にカラカラと玄関の引き戸が開き、茜色の小袖に髪を上に纏めたクラウンが出て来る。
「エンジンの音が聞こえたから‥‥可笑しいかな?」
ぽかんと口を開けていたのかも知れない。不安そうに言うクラウンに慌てて「そんな事は無い。良く似合っている‥‥」と言うレイジ。
ビジュアル系パンクロックのミュージシャンであるクラウンは、どちらかかと言えば、普段からレイジが眼のやり場に困る露出の多い服を着ている事が多く、和装と言えば、夏に一緒に花火大会を見に行った時に浴衣姿以来である。
車のトランクにクラウンの荷物を積み込んでいるレイジに同居しているバンドメンバーが声を掛ける。
「命令だ。花梨は1人で着付けが出来ないから、明日はレイジが着つけるように!」
「何?!」
「ちゃんと着替えは持ったわよ!」
顔を赤くして答える2人だった。
高速道路を走り、レイジが向かったのは首都圏から少し離れた小さな日本家屋風の旅館だった。
「雰囲気がいい旅館だね」
いつもの格好じゃなくって良かった。と笑うクラウン。
「この旅館は拙者が疲れや傷を癒したりする時に利用する旅館だ‥‥景色、料理、温泉共に良く、それでいてあまり客を取らないという‥‥‥」
案内された部屋は、旅館の自慢の一つである庭園を望む。
赤や黄色に染めあげられた庭は、都心に比べ一足早い秋の彩りである。
「あ、部屋にも露天風呂がついているんだ♪」
楽しそうに部屋を探検しているクラウン。
「他の人には教えないが花梨は特別だ‥‥拙者の恋人だから‥‥教えた‥‥」
照れくさそうに言うレイジ。
「うん、ありがとう」
「静かで何も無い所だが、景色は最高だ」
レイジに誘われ、二人は紅葉の映える清流へと散策に出掛けた。
「この山々は春には色鮮やかな花、夏には新緑、そして今は紅葉が綺麗なんだ‥‥ちょっと足場が悪いのが欠点だがな」
レイジに手を引かれ乍ら河原を進むクラウンが静かに微笑む。
「疲れたのか? 疲れたのならば遠慮なく言ってくれ‥‥花梨を背負って歩くのは、拙者には動作も無いぞ」
「大丈夫、ちょっと草履に馴れないから‥‥」
「痛いのか?」
近くの岩にクラウンを腰掛けさせ、慌てて足を見るレイジ。
足袋を取るとクラウンの白い足に皮がずり向け、血が滲んでいる。
「酷い草履ずれじゃ無いか」
思わず傷口を舐めるレイジ。
「う、くふっ‥」
ぴくりと身体を震わせ、クラウンの上げた声に慌てるレイジ。
「すまん、つい‥‥」
「吃驚しただけ‥‥大丈夫、この位の傷、すぐに直るわ。でも‥‥ちょっと『レイジのおんぶ』は魅力的かも♪」
レイジにおぶわれ、旅館に戻るクラウンの姿に旅館の者も慌てるが、本人は「大丈夫です。ちょっと擦りむいただけなんですが、彼、大袈裟で♪」とにっこり笑う。
獣人であるレイジやクラウンの再生能力は人間の数倍ある。
多分、知り合いがこの場にいたら『過保護』と突っ込みを入れていた事だろう。
代りに売店のアルバイトだろうと思しき若い店員の眼がレイジには痛かった。
夕食迄に少々時間があるので、それまで温泉に入ろうということになる。
たっぷりの掛け流しの湯に身体を沈ませ、疲れを癒す。
「ふうっ‥‥」
至福の溜息を吐くレイジ。
「お銚子貰って来ちゃった♪」
小さいお盆にお銚子と杯を乗せ、タオルを巻いたクラウンが乱入して来る。
「なななな‥‥‥なんで」
慌てて手拭いで前を隠すレイジ。
「1人で待つのもつまらないし、本館のお風呂も良いけど、折角の部屋風呂。一度やってみたかったんだ」
飲酒をし乍らの入浴は危険だが、2人一緒に入れば大丈夫だろう。と貰って来たのだと言う。
「おひとつどうぞ♪」
湯舟は洗い場より低くなっている為に丁度目線の高さにクラウンの白い太股の位置である。目のやり場に困って、つい杯を空けるペースが早くなる。
「くしゅ‥‥‥やっぱり寒いかも」
タオルを外し、湯舟に入ろうとするクラウンを必死に止めるレイジ。
「したまままでいい!! 外から見られたらどうするんだ!」
「えー、でも『御遠慮下さい』って」
クラウンの指差す方を見れば、たしかに『タオルを湯舟に入れるのは御遠慮下さい』と書かれた張り紙がある。
「レイジの後ろに隠れていれば大丈夫でしょ♪」
背中にぴったりと張りつく二つの膨らみと長風呂のお陰でしっかりレイジはのぼせてしまう結果となった。
クラウンがレイジを介抱している間に食事の準備が出来上がる。手の込んだ京懐石風に仕立てられた料理に舌鼓を打ち乍ら、たわいのない話をする。
「‥‥こんなにゆっくりレイジと話すのって、あたしが謹慎していた時以来だよね」
「そうだな。でも暫く離ればなれだな‥‥」
「アメリカなんて近いよ。それに予定通りなら12月の頭に手術だから、クリスマスには早ければ帰るんじゃない?」
食事が終わってからは、女将の薦めでライトアップされた庭園をゆっくりと歩き‥‥部屋に戻って来たレイジは再び打ちのめされる。
気遣いなのだろうか、1つの布団に枕が2つ。
「大丈夫、あたし寝相は悪くないから♪」
レイジの焦り等知らん顔で明るく言うクラウン。
結局、二人一緒に布団に入る事になったが、恥ずかしいからとクラウンに背を向けて横になるレイジ。
小さなスタンドの優しい灯だけが灯る。
「花梨‥‥その‥‥拙者と花梨は‥‥何処にいても想いは一つだからな‥‥」
そっと呟くように言うレイジ。
「うん‥‥」
「それと花梨‥‥今、拙者が花梨が欲しいなんて‥‥駄目か?」
「ぐーっ‥‥」
(「なに?!」)
がばりと布団を跳ね除けクラウンを見るレイジ。
「ウソ♪」
パチリと目を開けるクラウン。
「‥‥嬉しいよ、レイジ。あたしもレイジが欲しい。向こうに行ってもレイジを忘れないように、レイジの全てを覚えておきたいよ」
クラウンの腕が静かにレイジの背に回り、布団の上に誘う。
「指、手、腕、肩、胸、項、耳、目、鼻‥‥‥全てにレイジを刻んで‥‥」
クラウンが言葉に出した場所1つ1つに丁寧にキスをするレイジ。
そして静かに唇を重ねる。
互いの思いを確かめあうように舌を絡め、熱いキスを交す。
「後悔したくない‥‥」
恋人達の秋の夜は、静かに更けて行った──。
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