●過去と現在
「あ、いた」
昼食の場に指定された一角で仲睦まじく語らっている妹と義弟(!)をみつけたジャンガリアン・公星が、不意に歩みを止めた。
「リアン、危ないぞ」
危うくリアンにぶつかりかけたサフィール・ヌーベリュンヌを間一髪の所で引き戻して、マリウス・ヌーベリュンヌは甥を窘める。
「‥‥リアン、いつ如何なる時にも、周囲には」
「気をつけている。だから見つけたんだ、あれを」
溜息混じりの言葉を遮って、リアンは視線だけでマリウスを促す。その視線を追って、マリウスは納得した。
「サフィー、あんな所にサルノコシカケが」
「???」
聞き慣れない単語に戸惑うサフィーの意識を道端へと向けるのを確認して、リアンは足早に妹達が待つ丘へと向かった。
「こうやって、2人だけで過ごせるのも久しぶりですね。リューヤ様」
「そうだな」
このところ仕事が忙しくて、一緒に過ごす時間が取れなかった。寂しいと瞳で訴えかけてくる妻に腕を回して引き寄せる。
「‥‥リューヤ様」
互いの目を見つめ、そっと顔を近づけ‥‥。
「はい、そこまで」
ぺちりと頭を軽く叩いて、リアンは妹に覚醒を促した。目を瞬かせるキャンベル・公星に、額を押さえて首を振る。
「な‥‥何ですの、いきなり」
「いちゃいちゃ禁止」
びしりと言い放ったリアンに、キャニーの口元がひくりと引き攣った。
だがしかし、兄がその程度で怯む事はない。
「夫婦仲がいいのは結構だが、少しは周囲の事を考えろと言っているんだ」
人目を憚らずイチャつくカップルなんぞ、周囲にとっては迷惑以外の何物でもない。ましてや幼い子供の前では、もはや公害に等しい。それは至極もっともなお言葉だ。けれども、キャニーは不満そうに兄を見上げた。
「ですが」
「とにかく禁止」
きっぱりと言い切って、リアンはマリウスとサフィーを呼んだ。
「キャニーお姉ちゃん! お久しぶりで‥‥」
姉の姿を見つけたサフィーが嬉しそうに駆け寄る。だが、弾んでいた言葉が不自然に途切れ、サフィーはマリウスの背に隠れてしまった。
「サフィー?」
リアンが膝を屈めてサフィーの目線に合わせると、キャニーも小さな妹を気遣うように叔父の背後を覗き込む。
「どうした?」
「‥‥知らない人が」
リアンとキャニーは顔を見合わせた。周囲の無関係な参加者は別にして、今、ここにいるのは身内ばかり。
叔父のマリウス、母親が違う兄と姉、そして、姉の夫‥‥‥‥
「「「あ」」」
ほぼ同時に、リアンとキャニー、そしてマリウスが声を上げた。
「「「この人は」」」
兄姉叔父を不思議そうに見上げて、サフィーが小首を傾げる。
互いに見合って視線で会話を交わした後、説明役を引き受けたリアンが再度サフィーと目線を合わせた。
「サフィー、覚えていないか? ほら、氷室の「おじちゃん」だよ」
言葉の一部分にやたらと力が入っていたのは気のせいか。
ちらりと盗み見たリューヤは無表情のままだ。感情を見せないだけか、それとも言われ慣れているのか。叔父と姪は同じ疑問を抱きつつも黙って成り行きを見守った。
小さな妹は、そんな大人達には気付かぬ様子で、兄とリューヤとを交互に見る。
「氷室の‥‥おじさま‥‥? あ!」
大きな瞳をさらに見開いて、サフィーは口元を押さえた。
「氷室のおじさま? サフィーにキャラメルのおまけをくれた?」
「キャラメル‥‥」
リューヤが菓子の類を持っていても驚く事ではないが、何故におまけつき。冷静沈着な大天使に抱いていたイメージが、どんどんと崩れていく。マリウスが、黄昏れて視線を遠くに飛ばしたその隣で、キャニーもまた驚愕していた。
「リューヤ様がサフィーに、キャラメルのおまけを‥‥!?」
「キャニー」
今度は大きい妹だ。リアンは立ち上がると、キャニーの肩に手を置いた。
余計な心配はしなくていい。そう続けようとしたリアンの言葉は、キャニーの呟きに消された。
「リューヤ様、どうして‥‥どうしておまけだけなのですかっ!?」
「‥‥そこ、驚く所か?」
き、と兄を振り返って、キャニーは顎を反らした。
「当然です! リューヤ様は大天使の位にある御方。そのリューヤ様が、おまけだけなどとみみっちい事をなさるはずがありません」
「‥‥この際、おまけはどうでもいいんじゃないか」
ぼそり漏らしたマリウスに、キャニーは激しく首を振った。
「いいえ、それは出来ません。リューヤ様の威信に関わります! 妻として、私はリューヤ様の行動の真実をつまびらかにせねばなりません!」
「つまびらかって、ただ手元にあったものを渡しただけなんじゃ‥‥」
キャニーを中心に大揉めの大人達を尻目に、サフィーはとことことリューヤの元へと歩み寄った。
「氷室のおじさまがだんでぃになってる‥‥」
真っ直ぐに自分を見上げてくる幼い瞳に、リューヤは苦笑した。シカゴ時代の自分は、この少女の目にどう映っていたのだろうか。
「久しぶりだね」
「はい! あ、そうでした」
エプロンドレスのポケットから取り出したものを、リューヤの手に乗せる。それは小さなあけびだった。
「今度はサフィーが氷室のおじさまに差し上げます。ばーべきゅーで使って下さい」
「ありがとう」
暖かな気持ちが溢れて、自然と感謝の言葉を口にしていた。あの頃は、この少女が親族になるとは夢にも思っていなかった。運命とは不思議なものだ。
感慨に耽るリューヤの手に、サフィーは更に色んな収穫物を乗せていく。
見るからに毒々しいキノコやら、何かの抜け殻、触手を揺らす怪しげな物体‥‥。
「‥‥サフィー、君は手伝わなくてもいいから」
いや、断じて手伝わせてはならない。少女の気分を害しないように、リューヤは笑みを作って手を引き、自分達が座っていたシートの上に座らせた。
「ここで、待っておいで。お姫様」
そう言われて、大人しく待っている子ならば良いのだが、それをリューヤは知る由もなく。
そして、案の定‥‥。
●夫婦善哉
「はい、おじさま、サフィーが食べさせてあげるね。あ〜ん」
焼き上がった肉を箸で摘み、マリウスの口元へと運ぶ。マリウスはこれでもかと言わんばかりに笑み崩れているし、リアンも満面の笑みを浮かべてそわそわ順番を待っている。
「珍しい光景だな」
「そうですね‥‥」
身内のデレた姿に、キャニーは顔を赤くして項垂れた。
ーは、恥ずかしいですわ、叔父様もお兄さまも‥‥。
でも、とキャニーはちらりと隣に座る夫を見た。
もしも、キャニーがサフィーと同じ事をしたら、夫は叔父や兄のように受けてくれるだろうか。
「ん? どうした、キャニー」
じっと自分を見つめる妻の視線に気付いたリューヤに、キャニーはおそるおそる箸を差し出した。
一瞬、面食らったように目を見開くリューヤ。
恥ずかしさと居たたまれなさとで、キャニーがこの場から消えてしまいたいと目を瞑ったその時に、箸の先が揺れた。はっと顔を上げれば、キャニーの箸の先を食む夫の姿がある。
「リューヤ様‥‥」
感激に瞳を潤ませるキャニーと、彼女に微笑みかけるリューヤ。
ああ、今この時、世界は2人だけのもの!
「‥‥って感じだな」
外部の音は一切聞こえていないらしい2人を眺めつつ、リアンがぽつりと呟く。
「私には、野生の獣が手から餌を食べて感動しているように見えるが」
疲れたように笑い合って、リアンとマリウスは深く深く溜息をついたのだった。
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