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【また一緒に】
■霜月玲守■

<藤井・蘭/東京怪談 SECOND REVOLUTION(2163)>
<蘭/東京怪談 The Another Edge(0162)>

 藤井・蘭(ふじい らん)は、寺根スポーツワールド、通称テラスポに遊びに来ていた。巨大スポーツレクリエーション施設ということで、動きやすいように背中には、クマさんのリュックを背負っている。
「うわあ、広いのー」
 蘭(らん)は目の前に広がるテラスポを見渡し、感心したように言った。ぱっと見渡しだけで、様々なコースが広がっている。一日で全てを回ることは出来ないだろう。蘭(らん)は案内板を見つめる。
 その時、蘭(らん)の後ろから、きゃっきゃっという楽しそうな声が聞こえてきた。振り返ると、蘭(らん)の背負っているクマのリュックを見つめ、嬉しそうに笑う赤ちゃんがいた。
 緑の髪に、銀の目。ぷにぷにのほっぺが、なんとも柔らかそうだ。
「赤ちゃんなのー」
 蘭(らん)はそういうと、赤ちゃんと同じ目線になるようにしゃがみ込む。その際、蘭(らん)のリュックは赤ちゃんからは死角となる。クマが見えなくなり、赤ちゃんはきょとんとしながら、蘭(らん)を見つめた。
「ここで、何してるのー?」
「あう?」
「一人でいるのー?」
「う?」
 蘭(らん)の質問に、赤ちゃんはことごとく疑問符を浮かべる。
「迷子なのー?」
 蘭(らん)がそう尋ねると、赤ちゃんは目に涙をため始める。
「ママ」
「ママ、いないのー?」
 蘭(らん)の言葉に、赤ちゃんは火をつけたように泣きはじめた。蘭(らん)は「泣いちゃ駄目なのー」と言いながら、必死に赤ちゃんの背を優しくさする。
「大丈夫なのー。僕も一緒に探してあげるの」
「ママ?」
「そうなの、ママを探してあげるのー」
「ママ」
「探すのー」
 赤ちゃんは再びきゃっきゃっと嬉しそうに笑い始めた。泣き止んだ事と、嬉しそうに笑う赤ちゃんの表情に、蘭(らん)はほっとして微笑む。
「じゃあ、一緒に探すのー。お名前、教えてほしいの」
「あややぎ!」
「あややぎ?」
 不思議な名前だな、と思いながら赤ちゃんを確認すると、洋服の端に「蘭・あららぎ」と書いてあった。
「僕と同じ漢字なのー」
「おなじ?」
「そう、同じなのー。僕は、蘭(らん)なの」
「やん?」
「違うのー。蘭(らん)なの」
「らん!」
 蘭(あららぎ)はそう言って笑う。蘭(らん)はほっとしながら「そうなのー」と笑った。
「蘭(あららぎ)ちゃん、ママがどこにいるか分かるのー?」
「ママ……」
 蘭(あららぎ)は、ぽつりと呟いた後に不思議そうに小首を傾げた。
「じゃあ、パパは?」
「パパ……」
 相変わらず、蘭(あららぎ)は不思議そうに小首を傾げている。情報が、少なすぎる。
「うーん、何かヒントとか、ないのー?」
 蘭(らん)が尋ねると、蘭(あららぎ)はハイハイを始めた。そうして、まっすぐにフィールドに向かっていく。
「あ、待って欲しいのー」
 蘭(らん)は、慌てて蘭(あららぎ)を追いかける。ハイハイなのに、意外にスピードが早い。大人ならすぐに追いつけるかもしれないが、いかんせん、蘭(らん)もまだ子どもなのだ。
 ぱたぱたと追いかけていくと、蘭(あららぎ)はフィールド内のアスレチックに「あう」と言いながら捕まっていた。ぶらんぶらんと緩やかに動く、ロープに。
「危ないのー!」
 蘭(らん)は、慌てて蘭(あららぎ)に元に駆け寄る。蘭(あららぎ)は蘭(らん)の姿を見つけると、また「あうー」と言いながら、どこかへと向かっていく。
「待って欲しいのー」
 鬼ごっこでもしているつもりなのかもしれない。蘭(あららぎ)は、ハイハイでどこかへと向かっていく。相変わらずの、スピードだ。
 蘭(あららぎ)は、整備されているアスレチックのあるところから、草木が生えている方へと向かっていく。緑豊かな自然の中に作られている為、草は蘭(らん)の首くらいまでの高さが生えている。その中に蘭(あららぎ)がハイハイで入っていってしまったのだ。
「どこに行ったか分からないのー」
 蘭(らん)はきょろきょろと辺りを見回す。進んでいった方向はわかるが、ただそれだけだ。まっすぐ進んでいるか、方向を変えているか、目には見えないのだ。
「僕もハイハイしながら行ったら、分かるのー?」
 一瞬そう考えたが、すぐにそれは難しい事だと判断する。蘭(らん)はハイハイすることに慣れていない。そんな状態だと、蘭(あららぎ)のスピードに到底追いつけそうにないし、更に距離を作られてしまうかもしれない。
「うーん、どこにいるのー?」
 蘭(らん)は、辺りをきょろきょろと見回す。すると、ちょっと離れたところの茂みが、がさがさ、と音がした。
「そこなのー? 蘭(あららぎ)ちゃんなのー?」
 蘭(らん)が呼びかけると、どこからか「やんー」と声がした。蘭(らん)は思わず「蘭(らん)なのー」と答える。
「らんー」
 再び声がする。きゃっきゃっという声も聞こえる。遊んでいるつもりなのだろう。
「困ったのー」
 蘭(らん)は再び辺りを見回す。だが、蘭(あららぎ)の姿は見えない。
 再び辺りを見回すと、今度は楓の木が目に飛び込んできた。赤く染まりかけている楓の葉が、ひらひら、と揺れた。
「楓さん、蘭(あららぎ)ちゃん、知らないのー?」
 蘭(あららぎ)とは、と楓が不思議そうに返してくる。
「赤ちゃんなのー。僕みたいに、髪が緑なの」
 そういうと、楓は、ああ、と頷くように枝を揺らす。それならば、あちらの方へ向かっていったよ、と。
「そうなの? じゃあ、あっちに行ってみるのー」
 蘭(らん)がそう言うと、楓はゆらゆらと枝を揺らす。気をつけてね、と。そして、自らの赤く染まった葉を二枚、蘭(らん)に向かって落とす。楓の葉は、ひらり、と蘭(らん)の手に降り立つ。
「うわあ、綺麗なのー」
 あげる、と楓がいう。一枚は蘭(らん)に、もう一枚は蘭(あららぎ)に、と。
「ありがとうなのー!」
 蘭(らん)はぺこり、と頭を下げる。楓は、いいんだよ、と答える。早く行ってあげなさい、と。
「うん、早く追いかけるのー」
 にこ、と笑って言うと、蘭(らん)はぱたぱたと走って楓が教えてくれた方向へと向かう。時折、下を気にしながら。うっかり蘭(あららぎ)を踏んでしまわないように。
「蘭(あららぎ)ちゃーん! どこにいるのー?」
「らーんー」
「あ、いたの!」
 声がしたほうに向かって、蘭(らん)は急ぐ。その間にも、きゃっきゃっという楽しそうな声は移動している。
 暫く進んでいくと、また蘭(あららぎ)の声が聞こえなくなった。蘭(らん)は辺りを見回し、蘭(あららぎ)の姿を探す。
「うーん、また何処に行ったか分からなくなったの」
 さわさわ、と草が揺れる。あっちだよ、あっちに行ったよ、と言いながら。
「ありがとうなの!」
 早く合流しなさい、と草達が言う。さわさわ、と草が揺れながら、こっちだよ、と誘う。
「蘭(あららぎ)ちゃんー」
 こっちだよ、こっちだよ。
「らーんー」
 ここにいるよ、ここにいるよ。
 声と共に聞こえる、草達の声。蘭(あららぎ)もその声が聞こえるのか、きゃっきゃっと楽しそうに笑っている。
「あ」
 さわさわと揺れ動く草の中に、一層鮮やかな緑が見えた。それはきゃっきゃっと楽しそうな声を上げ、移動している。
「蘭(あららぎ)ちゃん、見つけたのー!」
「あうー」
 蘭(らん)がそう言って蘭(あららぎ)を捕まえると、蘭(あららぎ)は嬉しそうに笑った。
「大分、遠くまで来ちゃったのー」
「とーく?」
「遠くなのー」
 蘭(らん)はそう言いながら、アスレチックのある方に目をやる。アスレチックは遥か彼方に見え、あたり一面はさわさわと草木が揺れている。
 まるで、二人しかいないみたいに。
 アスレチックの方からは、楽しそうな声が聞こえている。テラスポでアスレチックを楽しんでいる、はしゃいだ声が。
 そこから少しだけ離れた場所で、蘭(らん)は蘭(あららぎ)と二人で、草の中で立っている。さわさわ、と風に揺れる草の中。
 周りの草木が、良かったね良かったね、と声をかけてくる。無事に会えてよかったね、と。蘭(らん)は、それらの声に「良かったのー」と答える。
「蘭(あららぎ)ちゃん、皆が良かったねって言ってるの」
 蘭(らん)がそう言うと、蘭(あららぎ)は嬉しそうに笑った。周りの声が聞こえているのか、聞こえていないのか、それは分からない。ただ、楽しそうに笑っている。
「あ、そうなの」
 蘭(らん)は声を上げて気付き、ポケットを探る。その間、蘭の背負っているクマのリュックを見つめ、きゃっきゃっと笑っている。
「はい、蘭(あららぎ)ちゃん」
「う?」
 蘭(らん)が差し出した楓の葉を、蘭(あららぎ)は受け取ってから不思議そうに見つめた。あーん、と口を開けたので、慌てて蘭(らん)は「駄目なのー」と制する。
「それは食べ物じゃないのー」
「う?」
 蘭(らん)の制止に、蘭(あららぎ)は食べようとする手を止める。そして、まじまじと赤い楓の葉を見つめた。
「ほら、綺麗なのー」
「きれー」
「楓さんが、くれたのー」
「かーで」
「うん、楓さん」
 蘭(あららぎ)は何度も「かーで、かーで」と嬉しそうに言う。
「ママにも見せてあげるのー」
 蘭(らん)はそう言ってから、はっと気付く。そういえば、蘭(あららぎ)の母親を探すのではなかったのか。
「蘭(あららぎ)ちゃん、ママとパパはどうしたのー?」
「ママ? パパ?」
 蘭(らん)の疑問に、蘭(あららぎ)は不思議そうに首を捻った。
「ここにはいないのー?」
「うー」
 蘭(あららぎ)は、きょと、と小首を傾げた。どうやら、このフィールドにはいないようだ。
「じゃあ、入り口まで戻るのー」
「うー」
 蘭(らん)の言葉に、蘭(あららぎ)はこっくりと頷く。そして、再びハイハイで入り口の方へと向かって歩き始めた。
「あー待ってなのー」
 蘭(らん)は、慌てて蘭(あららぎ)を追いかける。そうして、暫くすると再び入り口に戻ってきた。
「無事ついたのー」
「うー」
「これで、パパとママを探せるのー。係員の人を呼んでくるから、ここで待ってるのー」
 蘭(らん)がそう言うと、蘭(あららぎ)はこっくりと頷く。蘭(らん)は係員の所に行きかけ「あ」と声を出し、戻ってくる。
「また、一緒に遊ぼうなの」
「うー!」
 蘭(あららぎ)が嬉しそうに笑って、頷いた。蘭(らん)も笑ってそれに答え、係員を探す。
 そうして、暫くしてから蘭(らん)が蘭(あららぎ)の元に戻ってきた時、既に蘭(あららぎ)の姿はなかった。周りの人に聞くと、確かに赤ちゃんが人ごみの中に入っていったのだという。慌てて辺りを探したが、蘭(あららぎ)は何処にもいなかった。
「でも、また一緒に遊ぶのー」
 蘭(らん)はぽつりと呟く。どこか遠くから「うー」という蘭(あららぎ)の返事が、聞こえてきたような気がした。


<遊ぼうね、と約束して・了>



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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