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【スポーツの秋! 射撃場〜結が突発イベントに見た想い〜】
■切磋巧実■

<四方神・結/東京怪談 SECOND REVOLUTION(3941)>

 ――弓道大会!?
 射撃場に何気なく足を運んだ少女は、開催告知の看板前で暫し佇んだ。秋の香りを運ぶ風が吹き抜け、腰ほどに届く長い黒髪をサラリと靡かせてゆく。円らな黒い瞳が魂を奪われた如く参加要項に注がれる中、一見おとなしそうに見える愛らしい風貌が次第に紅潮すると共に、胸元で組んだ手に力が篭る。
「弓道大会‥‥☆」
 四方神 結は思わず呟きを洩らしていた。恍惚にも似た色を浮かべる少女は、まるで暫く会えなかった恋人と再会したような様相である。
 彼女が『テラスポ』を訪れたのは一寸した興味本位だった。寺根町にオープンした巨大スポーツレクリエーション施設の入場無料券を受け取ってしまった為、持ち前の生真面目さから入場した訳である。そこで巡り合った『突発イベントの弓道大会』。予期せぬ偶然的な好機ほど、人をときめかせる事はない。
 どれ程の時間を佇んでいたのだろう。
 我に返った少女は長髪を左右に振りながら辺りを見渡し、恥ずかしそうに駆け出した――――。

●夢にまでみた舞台
 結は早速参加受付を済ませると、更衣室で準備に勤しんだ。白木綿の弓道衣に身を包み、黒い袴にしなやかな脚を通す姿は誰よりも活き活きと輝いていたかもしれない。
 彼女は学園で弓道部に所属している。しかし、どうしてもやらねばならない仕事の事情で、弓道部員という立場に甘んじていた。大会に参加できる友達を幾度となく羨ましく思っていた事だろう。
 ――自分の実力を試す為だけに弓を打てる☆
 思わず微笑みが零れる中、大会参加者へのアナウンスが響き渡った。流れる黒髪を後頭部で束ね、弓掛けを右手に装着すると、鏡に向かって微笑みを引き締める。
「よし、参りましょう」

 ――ギャラリーの拍手が鳴り響く中、厳かな雰囲気で参加者が一列に入場してゆく。
 場内には6人立ち近的場が設置されており、本格的だ。
(射位から的までの距離は約28m、的の直径は一尺二寸ですね‥‥あっ)
 結の流していた瞳が一点を捉えた。勝者の誇りを讃える表彰台だ。弓道衣の胸元に手を当て、鼓動の高鳴りを感じながら感無量の色を浮かべる。
(表彰台の上から見る景色はどんなものなのでしょう。もし優勝できたら私‥‥あぁ☆)
 無性に憧れながらも決して味わえないと思っていた夢の舞台。イベントとはいえ大会は大会、感動も一入だろう。順番に並んで正座で腰を下ろす中、袴の上に乗せた掌は拳を固めていた。
(試合形式は得点制のようですね)
 弓道の競技形式は大きく三通りに分かれる。的のどこに的中しても、あたりとする『的中制』と、色的を使用し、得点を競う『得点制』だ。そして、的中だけではなく、射形、射品、態度等を総合的に審査員が採点する『採点制』があるのだが、イベントの一環で行う形式として敷居が高い。厳粛な大会でなければ、素人も参加するだろうし、興味本位の者もいるだろう。初心者丸出しでギャラリーの笑いを取るのも、イベントとしては有りという訳だ。
 拍手や笑いが交錯する中、矢が空を切り、的が鈍い音を響かせる大会は順調に進行し、いよいよ結の出番が訪れる。6名がそれぞれ立ち位置に着く中、少女は一際注目を浴びていた。17歳の女子高生、可憐で清純そうな容姿が弓道衣と袴に包まれている様は大和撫子の雰囲気を色香と共に漂わす。
(うわっ、皆さんに見られていると思うと緊張しますね)
 少女は困惑の色を浮かべ頬を桜色に染めていた。憧れていたというだけに大会出場も初めての経験。まして観客の視線が注がれていると察しただけで緊張に拍車が掛かる。
(いけないいけないっ‥‥平常心です)
 瞳を伏せて意識を集中させると、開いた眼差しを研ぎ澄ます。愛らしい風貌が凛とした雰囲気を漂わせる中、的に向かって両足を踏み開く『足踏み』の動作から『胴造り』に移り、矢を番えて『弓構え』に入る。結の射法八節基本動作を見た玄人の観客がいたならば、彼女が素人ではないと身を乗り出した事だろう。思わずギャラリーが息を呑む中、少女は弓矢を持った両拳を上に持ち上げる『打起し』から、両拳を左右に開きつつ弓を押して弦を引く。静寂に弦がキリリと乾いた音を鳴らした。弓を引き切った『引分け』の中、的を捉える『会』の動作で瞳がクンと開く。同時に矢が放たれ(『離れ』)、次の瞬間には的の中心を射抜いていた。感嘆の声と拍手が沸き上がると、矢を放った後の『残心』で姿勢を正す結が息を洩らす。
(よし、次ですっ)
 再び瞳を研ぎ澄まし、少女は弓を構えた――――。

●舞い込む未練
 ――私が‥‥決勝戦に‥‥?
 アナウンスの声に結は瞳を驚愕の色で見開く。的を外した矢は無かったものの、全て中心を射抜いた訳ではなかった。とはいえ、ピチピチの女子高生で大会に華を添えるべく特別待遇を受けた訳でもない。貼り出された得点表が実力だと示していた。少女は両手を口元に当て、円らな瞳を潤ませる。
(‥‥夢‥ではないのですよね? 私、本当に表彰台に上がれるかもしれない‥‥)
 ――ここまで来たなら優勝を目指すしかありませんっ!
 彼女が士気を高め、瞳を熱く滾らせたその時だ。携帯電話が振動と共に着信を伝えた。
 こんな大切な時に携帯が鳴るなんて、と、聞こえなかった事にして無視する事も出来たかもしれないが、真面目な性格が媒体を開かせ、内容を確認させる。刹那、瞳は驚愕に見開かれた。
「え?」
 メールに刻まれている記述は『仕事』の依頼。しかも現場が最も近いらしく、直ちに急行して解決して欲しいと表示されていた。
「えぇぇぇ〜〜ッ?」
 ぶわッと涙が溢れ、素っ頓狂な声を響かせながら滑稽な程に顔を崩す結。傍から見れば困り顔も愛らしい少女だが、当事者にとっては大粒の涙をポロポロと零したい心境だろう。
「‥‥くッ」
 携帯を握り締める指先に力を込め、唇を噛み締めた。
「折角‥‥折角掴んだチャンスなのに‥‥こんな機会はもう無いかもしれないのに‥‥どうして? 私は僅かな夢も抱いちゃいけないというのですか?」

 ――あと少しだけ‥‥。

 心の隙間に何か黒い塊が入り込んで来る。

 ――急いだけど少し遅れる位は‥‥良いですよね?

 決勝戦のアナウンスが集合を告げる中、結った黒髪を翻すと、涙の雫を散らしながら駆け出した。


「どうしてアナタが? ‥‥私達に何の恨みがあるというの!?」
 その頃、一組の親子は路地裏に追い詰められていた。幼い子供を懐に抱え、若い女は戦慄の色を浮かべしゃがみ込む。怯える瞳に映るは、黒い靄に包まれた女のようなシルエットだ。眼光を真っ赤に染め、憎しみの波動を纏わり付かせた『モノ』は、振り上げた手に人と異質な鋭い爪を覗かせると、一気に薙ぎ振るう。 「魂裂きの矢!」
 鮮血がコンクリートの路上と雑草を染める中、親子はガクリと崩れた。『魔物』は腕に突き刺さった矢から視線をあげる。瞳に映る少女が黒髪を靡かせ、一気に駆け込んだ。スカートの裾を揺らして親子との間に割って入った結が魔物に向けて両手を翳す。
「魂鎮め!」
 半透明の結晶体が女だったモノの周囲を取り巻き、集束と共にダメージを叩き込んだ。苦悶の咆哮をあげ、魔物が数歩後ずさる。
「この魔物は‥‥? 死者の未練を魂ごと取り込んだという事ですか‥‥」
 結は霊と交信して全てを悟った。
 ――あの男(ひと)を苦しめたい。
 恐らく、結婚する為に別れを告げられた女は哀しみと未練の中で命を蝕まれたのだろう。魔物に執り憑かれたまま命を落とし、膨れ上がった妬みと憎悪から実体化まで成長を遂げたのかもしれない。
「‥‥この人の魂は安らぎを望んでいる‥‥未練は‥断ち切るべきです! 魂裂きの矢!」
 突き出した左手に半透明の弓が形成されると、少女は射法八節の挙動で弦を引き、光の矢を放つ。額を射抜かれた魔物は断末魔と共に失散するに到ったのである。

●エピローグ
 ――結は急いでテラスポに戻ったが、大会は既に幕を下ろしていた。
「やっぱり終わっていましたか‥‥」
 少し残念そうな色を浮かべた少女は、瞳を伏せ、緩やかに微笑みを描く――――。
「危ない所を助けて頂き、有り難うございました」
 数日前から不可解な事象が起き、娘に危険が迫っているのではないかと不安を抱いていたとの事だ。親子に魔を察知する発信機のようなものを渡しており、辛くも危機を免れるに到った訳である。
「怪我もしていなくて良かったです」
 雑草を染めた鮮血は矢の洗礼を放たれた魔物のものだった事に結は安堵の笑みを浮かべた。もし、迷う時間が長かったらと思うだけで、背筋に悪寒が走る。
 ――退魔の仕事は誰かの大切な人を守る仕事‥‥。
 人の命は失ったらお終いだけど、夢は諦めない限り可能性を失わない。
「お姉ちゃん、ありがとう☆」
 女の子の笑顔を脳裏に思い出し、結は出口を潜り抜けた。
 弓道大会後、記者やカメラマン達が奔走していた事を少女は知らない――――。
 


●ライターより
 この度はイベント発注ありがとうございました☆ お久し振りです、切磋巧実です。
 いかがでしたでしょうか? 久し振りに結ちゃんの物語を綴らせて頂きました。
 エピローグ的にはお礼を言われる方向で演出させて頂きました次第です。後は大会で結ちゃんを見たプロの記者やカメラマンが彼女を探しているって感じになっております。
 もしかすると、弓道雑誌に写真が載っていたりするかもしれませんね。
 楽しんで頂けたら幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆




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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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