「寺根スポーツワールド、通称『テラスポ』の取材って、またOMC絡みなの?」
「再度、私たちで、ですか?」
『Show』こと羽柴遊那と、デューク・アイゼン――ライター『D』に、アトラス編集部の敏腕編集長から仕事の依頼が舞い込んだのは、10月上旬のことだった。
以前ふたりはペアを組んで、『テラやぎタベルナ』という名の巨大総合レストランに出向いたことがある。
テラヤギタベルナは、全異世界に支店を持つ謎の旅行会社オリジナルツアー・マジックキングダム・カンパニー(略称OMC)が仕切っている怪しすぎな場所であった。それゆえ、取材のしがいもあったのだが。
そのときは、裏道に並ぶ屋台群に混ざって忽然と現れるという、いわくありげな古い引き屋台が取材テーマだった。常人の目には映ることがなく、見つかるかどうかもわからなかったその店を、店主のお眼鏡にかなった遊那とデュークは発見し、思いがけぬ懐かしい味に触れることができた。そのくだりは、『Show』と『D』の連名で記事となり、なかなかの評判を取ったのだった。
前回は、連れて行くライターは誰でも構わないと言われたうえで、遊那はデュークに声を掛けた。今度は、編集長直々のご指名ということになる。
『テラスポ』は、この秋、寺根町にオープンしたばかりの巨大スポーツレクリエーション施設である。
分厚いパンフレットには、国内最大級のフィールドアスレチックコースや陸上競技場、外周ロードコース、バンジージャンプ施設、バーベキュー場、エクササイズスペースにミニサーキット、室内プールに温泉大浴場、超巨大バッティングセンター、射撃場などなどの紹介が、写真付きでところ狭しと掲載されている。
たしかにスケールの大きな施設ではあるが、いわゆるスポーツセンターには違いない。アトラス編集長は、いったいテラスポのどこに関心を持ったというのだろう。遊那は詳細にパンフレットを見直した。
すると、そのなかに――
(地下秘密迷宮カーレース?)
テラスポの地下には、秘密の迷宮が存在するらしい。パンフレットに載っている時点で「秘密」も何もないのではと思うが、営業効果を狙った広報戦略とすれば頷ける。その広大なラビリンスを、参加者100組はジープに乗って疾走するのだという。
レースは過酷だ。迷宮には、ゴーレムを始めとしたモンスターが何種類も潜む。テラスポ側による障害物も多く設けられ、参加者同士の妨害行為すら認められている。
コースは一筋縄では行かないものばかり。命がけの水上コース、極寒の氷上コース、灼熱の溶岩コース、極細一本橋コースなどがあり、ここをどうやったらジープで走り抜くことができるやら、見当もつかない。
そして、優勝者に与えられるのは、賞金100万エンと、テラスポが提供する花火鑑賞つき豪華ディナーコースの招待券だ。
「……こういう言い方はどうかと思いますが、割りに合いませんね。この条件では、参加者が100組も揃わないでしょう」
「やっぱりそう思う? 100万エン=100万円じゃないのかも知れないけど、これだけ危険なレースだったらもっと賞金額が高いような気がするわ」
カーレースの記述を読んだデュークと遊那は、同じ感想を持った。
そしてそれは、編集長の琴線に触れた部分でもあったのだ。
――何かある。
もうひとつ。このレースには、ある意味「怪奇現象」かも知れない噂が囁かれているのだと、編集長は付け加えた。
すなわち、オープン以来毎日行われているこのカーレースには、100組ずつの参加者がいるはずなのに、その人々がどこの誰なのか、一切わからない日がときどきあるらしい。
レースが終われば、彼らは忽然と消えている。優勝者さえも。
さらに、その謎の優勝者は、賞金100万エンと賞品の豪華ディナーコースの招待券を辞退しているのだと。
◆◇◆ ◆◇◆
「カーレースのほとんどが裏レースになってしまってる?」
それを教えてくれたのは、遊那の馴染みの、某調達屋の店長だった。
遊那とデュークがアトラスの仕事を受けて、テラスポの地下秘密迷宮カーレースを取材に行くと聞きつけたうえでの情報提供である。
あるアンダーグラウンドな組織が、金と暇を持てあました連中のために勝手にオッズを作り、狂宴の場を設けているのだそうだ。レースコースの一部でもある地下遺跡の一角には、彼らのレース観戦用の部屋が秘密裡に作られているらしい。
参加者を用意するのはスポンサーだ。自分自身がレースに参加しても構わない。もし、自分がスポンサーとなった参加者が裏レースに優勝したならば、莫大な供託金と希望する品々が手に入る。
金と人生にいささか倦んだ者たちの、爛熟と退廃に満ちた遊びだった。
しかしそれならば、100組の参加者たちの素性が不明であったり、優勝者が賞金や賞品を辞退するのも頷ける。
「そうしますと、テラスポとは関係のない――テラスポ側もOMCも、一切関知していないレースの割合が多いということになりますね。認知されていない賭け事ならばなおのこと、スポンサー同士の軋轢は強くなるでしょう。時には命さえ危うくなるのでは?」
遊那とともに調達屋で話を聞きながら、デュークは考え込む。
その言葉を待っていたかのように店長は大きく頷き、遊那に向き直る。
レースにスポンサーとして参加している知り合いがいるのだが、彼は最近、身の危険を強く感じるようになった。その人物を護衛して欲しいと、店長は言うのだった。
「私が? それは困るわ。だって記者として行くんだもの。そういう仕事なら、ここにはバイト店員も手伝い要員もいるでしょう?」
生憎、皆出払っている。すまないが頼まれてくれ。そんな意味合いのことを、店長はいささか言いにくそうに伝え、遊那に二振りの日本刀を手渡した。
桜の彫りが施された、不思議な刀だった。
銘はそれぞれ、〈落花〉と〈飛花〉。
銘を呼ばれた刀は、花吹雪に包まれながらコサージュに変化した。
桜のコサージュは、状況に応じて刀に戻る。剣と化す花を胸元に留め、遊那は大きく息を吐いてうなだれた。
「ごめんなさい、デュークさん。一緒に事情を聞いてくれた方がいいと思ってここまで来てもらったけど、何だかきな臭い話に巻き込んじゃったみたいで」
「とんでもありません。お話を聞けて良かったと思います。私などで宜しければ、貴女が危険な目に遭わぬよう、全力でお守りいたしますので」
「ありがと。……うん、そうなのよね。デュークさんがそう言ってくれるのがわかってるからこそ、気を使わせたくなかったんだけど」
店長のばか。こんちくしょー。
こっそり呟いてみる。デュークを驚かせないように、心のなかで。
◆◇◆ ◆◇◆
「いらっしゃいませー。はしば・ゆいなさんとでゅーく・あいぜんさんですね。しょうたいけん、おあずかりしますー」
テラスポ正面ゲートの巨大黒やぎ像の前で、まるで像のミニチュアのような二頭身の黒やぎスタッフに、遊那とデュークは、編集長から貰った無料招待券を渡した。
「しせつりようあんないをどうぞー」
差し替えで配布された、施設の詳細な説明つき利用案内を受け取りながら、デュークは黒やぎに耳打ちする。
「ここからの入場は、少々まずいのです。地下の秘密通路を通らせていただけませんか」
「ゆうめいじんのかたですか?」
「はい、こちらの女性は著名なフォトアーティストなので、男性とふたりきりでいるところが公になりますと、マスコミが何かとうるさくて」
「わかりましたー。ごあんないしますー」
黒やぎがそう言ったとたん、巨大黒やぎ像は、ぎぎぎーっと軋みながらスライドした。
地下通路へと続く階段が出現する。
「……こんな仕掛けになってたの……」
黒やぎに先導されて階段を下りながら、遊那は声を潜めた。
「驚いた。デュークさんて、あんなくだけた口実も使えるのね」
「時と場合によっては。特に嘘はついてないので、良心の呵責もありませんし――着きましたね、地下迷宮となった遺跡に」
「本当に迷宮ね。いきなり道が四つに分かれてる。どう進めばいいのか、全然わからないわ」
「みぎをすすむと、ふぃーるどあすれちっくこーす、まんなかがばんじーじゃんぷしせつ、ひだりにいくと、おんせんだいよくじょうにつながります。おしのびのでーとで、このつうろをとおるひと、おおいですよー。でも、なにかおこっても、てらすぽではせきにんをとれませんので、きをつけてくださいねー。ときどきらくばんがあったり、わながはつどうしたり、もんすたーがでたりしますけど」
「責任回避をするまえに、ちょっと待ってね黒やぎさん。今の説明、右・真ん中・左の三種類しかなかったんだけど、道は四つあるのよ」
「……あれれ?」
「どれが『右』で『真ん中』で『左』なのかしら?」
「へんだなー? へんだなー? このみち、ついさっきまでは、みっつにわかれてたはずなのに……」
黒やぎは、おろおろし始めた。
「先刻まで、ここは三叉路だった……。とすると」
耳を澄ませば、ジープが走っている音が聞き取れる。レース中なのだ。
そして今日も、裏レース開催の日である。
「遊那どの。裏レースのスポンサーのなかには、ご自身が参加者となるかたもいらっしゃいましたね」
「ええ。店長が言ってた護衛対象はそういうタイプなのよ。自分でジープを運転して優勝したいらしいわ」
「でしたらこれは、妨害だと思われます。そのかたに危害を加えようとしている人物の」
「彼を事故に導くために、コース内通路を増やした?」
「おそらくは」
「でも、それだけじゃ、あまり有効とは言えないわ」
「増設した通路の奧に魔物を誘導し、ジープを襲わせれば効果的かと――遊那どの!」
突然、デュークは顔を強ばらせた。緊張が走る。
「伏せてください! 黒やぎどのも!」
……ひゅん!
巨大な爪のようなものが、鋭く頭上を横切る。
いったん地に伏せた遊那とデュークと黒やぎが顔を上げたときには、魔物は四つめの通路を背に、翼を広げていた。
◆◇◆ ◆◇◆
そのモンスターは、蝙蝠に似ていた。
怖ろしく尖った赤い爪と、錐のような牙を持つ、巨大蝙蝠に。
「……落花。飛花」
遊那が、刀の銘を呼ぶ。胸のコサージュは、二振りの日本刀に変貌した。
花びらの幻影が、はらはらと迷宮に舞い落ちる。
〈落花〉と〈飛花〉を十字に構え、遊那はモンスターを睨む。
「お気をつけください」
迷宮の闇から召還した愛剣、『リヴァイアサン』を、デュークは抜き放つ。
――一閃。
そしてまた一閃。
きらめく白刃が、闇に花を散らす。
幻の桜は、白いひかりのように舞い続ける。
三本の剣が、モンスターを切り裂いてしまったあとも。
◆◇◆ ◆◇◆
「ごめんなさい」
〈落花〉と〈飛花〉をコサージュに戻し、遊那はしゅんとなった。
大輪の薔薇がしおれるような落ち込みぶりを、デュークは心配気に伺う。
「顔をお上げください。遊那どのからそんなにも謝られるような心当たりはありませんよ」
「だって……。戦闘なんて生臭いことになっちゃって」
顔を伏せたまま、遊那はつぶやく。この取材が終わったら、一緒に遊びに行こうと思っていたのに、と。
ふたりは今、地下秘密迷宮カーレースの本部前にいた。
何も知らずにいた護衛対象にことの次第を告げた時点で、首謀者とおぼしき男は姿を消していたけれど、護衛の役目はこれで果たしたことになろう。
しおたれたままの遊那に、デュークは微笑みかける。
「そうですか。もう陽も落ちた時間帯ですし、今からですとハードスケジュールになってしまいますね」
「でしょう……」
「はい。花火を見ながらのディナーコースを終えてから、ということになりますので」
「え?」
――お手をどうぞ。
言われるままに広げた手のひらに、花火つきディナーコースの招待券が2枚、乗せられる。
「先ほど、黒やぎどのが持ち場に帰られる際に事情をお話しましたところ、記事にするときはテラスポ側の関与はなかったことを強調してくださいとびっしり汗をかきながら仰り、これをくださいまして。いえ、経緯をお伝えしただけで、対価を要求したわけではなかったのですが……。ただ」
レディをエスコートする必要があるので、一番良い席を、とだけ、申し上げました。
――お手をどうぞ。席まで、ご案内いたします。
再びそう言い、デュークは右手を差し伸べる。
ようやく顔を上げた遊那は、花がほころぶような笑顔で、自分の手を重ねた。
――Fin.
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