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【湯煙に想う〜陰陽師三兄弟とぺんぎん型もののけ〜】
■紡木■

<御崎・月斗/東京怪談 SECOND REVOLUTION(0778)>
<御崎・光夜/東京怪談 SECOND REVOLUTION(1270)>
<御崎・神楽/東京怪談 SECOND REVOLUTION(2036)>
<ぺんぎん・文太/東京怪談 SECOND REVOLUTION(2769)>

「なーなー、アレ凄かったな、アレ! アスレチックの、ロープ捕まってゴーッってやつ!」
「光クン、かっこよかったよ。かーくんはね、丸太渡るの、怖かったの。でも、楽しかった〜」
「一日中遊び回ったからな。疲れただろ。温泉でゆっくりしよう」
 脱衣場から、賑やかな話し声と笑い声、次いで、カラリ、と戸が引かれる音。
「うお、すっげー!」
 もうもうと湯煙立ち上る大浴場に、御崎・光夜の声が響き渡った。
「大きいのー、すごいのー。あのね、かーくんびっくりなの」
 こちらのぽややーん、とした話し方は光夜の弟、御崎・神楽のもの。
「風呂場で走るな、危ない」
 そのふたつを追いかけて響く、二人の兄御崎・月斗の制止。
「なぁなぁ、湯船いくつあるんだ? 全部入りきれっかな!?」
「ひとつ、ふたつ、みっつー‥‥いっぱい!」
 両手の指を折り終えても足らず、足の指も使おうか考えている神楽の手首を掴んで、光夜が走り出す。
「とりあえず、一周しようぜ!」
「わーい」
「いい加減にしろ!」
 ついに怒鳴り声を上げた長兄月斗。キキッ、と立ち止まった光夜が、しぶしぶといった風に戻ってくる。
「ちぇっ」
「ニ人とも、まずは体を洗ってからに‥‥神楽、桶は被るものじゃない」
「はいはい」
「はぁーいっ」
 今日一日、寺根スポーツワールドで遊びまくった三人は、どこもかしこも泥だらけだった。最も、自主的に汚れたのは光夜と神楽の二人で、月斗はそのとばっちりを食った形になるのだけれど。
 それぞれ、蛇口の前、プラスチックの腰掛に座って、さあ洗おう、とした、その時。
 ぺった、ぺった、ぺった、ぺった‥‥
 聞き慣れぬ足音に、三人が振り返った。
「‥‥‥?」
 かぽーん。
 湯煙の向こうから現れたのは。
「ぺんぎんクン!」
 白と黒のツートンカラーが特徴的。今も昔も女子供のアイドル、飛べない鳥の代表格ぺんぎん。正確には、ぺんぎん型もののけ。職業は温泉ぺんぎん、ぺんぎん・文太。
「‥‥‥イワトビペンギンにそっくりだな」
 呟く月斗。
「へ〜、ペンギンって、湯に浸かって良いんだな」
 感心する光夜。
 さぁ? でも彼は、流離いの温泉ぺんぎんですから。小脇に抱えた檜の桶が、放浪の月日を物語る。
「ぺんぎんク〜ン」
 がばぁっ、と満面の笑みで抱きつく神楽。
「‥‥‥‥っ」
 二、三歩つんのめった文太。
「こら、見ず知らずの人にいきなり!」
 叫んだ後で『人』? と己の言葉を反芻する月斗。
「‥‥‥。」
 泥だらけの腕で抱きついた所為で、黒い羽がべったりと汚れてしまっている。
「‥‥‥。」
 しかし長兄の心配を他所に、文太は怒った様子も無く、ほてほてと脇を通り抜け、カラリ、と腰掛を引いて座ると、蛇口を捻った。
「‥‥‥。」
 ざぶざぶと体を流し、器用に背中を手拭でこする。
 何となくじーっ、と見つめてしまってから、は、と月斗は我に返った。
「さ、俺達もさっさと洗って、入ろう」
「ん。月兄ぃの背中、流してやるよ」
「あのね、かーくんも、やるの〜。月クンの背中、洗うの」
「ああ。‥‥おい神楽、そっちは水‥」
「きゃ〜冷たい〜」
 遅かったか、と溜息の月斗。
「うるさくて、ごめんな」
 隣の文太に声を掛けたものの。
「‥‥‥。」
 相変わらず、彼は体を擦っているだけだった。それは、無我の境地にも見えた。

「月クン、気持ちいい?」
 目一杯泡立てたタオルで、神楽が月斗の背中を擦っている。
「ああ、ありがとう」
 振り返って、微笑む。
「どういたしまして〜」
 ほにゃ、と笑顔を返し、立ち上がりかける神楽。
「あ、こら神楽、動くなって」
 さらに、その背中を流していた光夜が、神楽の肩を押えた。
「きゃ〜」
 反動で、神楽が尻餅をついた。背中に弾かれた腰掛が、カラン、とひっくり返る。
「あ、悪い」
 ぽーん‥‥
 慌てて無意識に握り締めた光夜の手から、石鹸が滑り飛んだ。
 ‥‥ぱこっ!
「‥‥‥く。」
 ‥‥ちゃぽん。
「‥‥‥‥‥‥」
 沈黙する三兄弟。
 放物線を描いた石鹸は、見事、近くで背中を擦っていた文太の脳天に着地‥‥しようとしたものの、再び跳ね上がって近くの湯船に落ちた。
「‥‥‥ああっ、湯に!」
 最初に我に返った月斗が、桶をひっつかんで湯船に急行、多目の湯ごと、石鹸を掬い出した。そして、ニ度、三度、浮いた泡ごと湯をかき出す。
「ふう‥‥」
 何とか湯船が泡に侵食されるのを防ぐと、息をついて、文太を振り返る。
「ごめんな。大丈夫?」
 声を掛けられた、ぺんぎんのもののけは。
 ぴた、ぴた。
 羽で、二度程頭を抑え。
 きょろり、きょろり。
 のんびりと周囲を見回し。
 きょろ‥‥じぃ‥‥っ。
 やがて月斗が手に持った石鹸に目を止め、見つめ。
 ‥‥‥こく。
 小さく頷くと、再び何事も無かったかのように背中を擦り始めた。
「‥‥‥。」
「ゴメン‥‥ごめんなさい」
「ぺんぎんクン、大丈夫〜?」
 光夜と神楽の言葉にも、ちらり、と視線を向けるのみ。
 背中を擦る事こそ、今己のすべき事であり、その他の事など瑣末にして無用‥‥といわんばかりの態度である。実際そんな小難しいことを考えているかは分からない。でも、数刻後には全て忘れるので、本人にも周囲にも、どうでも良いといえばどうでも良い。
 しかし、その姿は兄弟二人に、ある種の感銘を与えたようで、
「ぺんぎんクン、かっこいいの〜。でもかわいいの〜。どっち〜? 両方〜?」
「渋い。渋いぜ。これが男の背中ってやつか‥‥っ!」
 しきりに感心する神楽と光夜の姿があった。

 その後も、兄弟三人、特に光夜と神楽が大騒ぎしながらも体を洗い終え、温泉に浸かって、ほっと一息‥‥つく間も無く。
「光夜、温泉で泳ぐな」
「だって、こんな広いんだぜ? 泳ぐためにあるような‥‥うわっ」
 ざっぶーん。
「きゃ〜」
 後ろから神楽に飛びつかれて、勢い良く湯に倒れこんだ。
「やったな、神楽!」
 ばっしゃーん。お返しとばかりに、湯を跳ね上げる。
「わぁっ」
 普通ならば、こういった状況でとる行動は主に二つ。避けるか、庇うか、である。神楽は避けた。‥‥上方に。
「おーい、降りて来いって!」
 子供が、宙を浮いていた。当然、周囲はどよめく。一体何が起こっているのか、と。
「べぇっ」
 声を掛けた光夜に、楽しそうに舌を出してみせる神楽。
 ―何だあれ‥‥
 ―子供が浮いてる!
 ―え、映画か何か?
 ―おとーさーん、ぼくもあれやりたーい。
 神楽を見上げ、あるいは指差す老若男女。そう、老若男『女』。
 浴場中央に立てられた仕切りよりも高く飛び上がった神楽の姿は、仕切り向こうの女湯からも見えていた。‥‥当然、神楽にも女湯が見えていた。
 ―きゃー!! 覗きっ
 カコーン。
 バッシャーン。
 ポーン。
 バタバタバタ‥‥
 女湯から、神楽に向かって桶が飛び、石鹸が飛び。次いで、慌てて湯に飛び込む音や、浴場を出て行く足音が響いて来た。
「のぞき?」
 首をかしげる神楽。彼の精神年齢は五歳である。その為、彼には『覗き』とか『女湯立ち入り禁止』という概念が無い。しかし、外見上は十二歳であるので、見られた側にとっては、とかく、同じ年頃の女児達にとっては、覗き以外の何者でもないのだ。
 ―あらあら、どうやって浮いているのかしらね?
 その年頃、もしくはそれ以上の子供を持っているようなご婦人方は、泰然とした態度であったのだけれど。
「そろそろ降りて来いって。いい加減羨まし‥‥じゃなくって、月兄ぃが怒ってるぞ〜」
 光夜の後ろには、がっくりと肩を落とし、頭を抱えている月斗の姿があった。
「‥‥神楽、降りて来い」
「は〜い」
 何となく、潮時、というか、逆らってはいけない時というのは、察せられるものだ。すとん、と降り立つと、大人しく湯に浸かった。
「どもども、おっさわがせしました〜」
 光夜が、ギャラリーに向かってひらひらと手を振った。
 しばらくざわめきは止まなかったが、神楽が大人しく湯に浸かっているのと、あまり見つめていると、月斗の鋭い視線に見舞われるのとで、徐々に皆離れていった。
 ちなみに。
「‥‥‥。」
 男湯女湯巻き込んでの大騒ぎの間、唯一我関せずを貫いた人物‥‥『人物』? ‥‥存在は、言わずもがな、文太であった。

 文太は、見つめている。
 三人の、同じ顔の子供達。
 先程、宙を浮いていた、一筋だけ、髪が白い子供。それが、今度はもう一人の、同じように、一筋だけ銀髪の、元気の良い子供と、湯潜り競争―どっちが長い間潜っていられるか―をしている。数ある湯船をひとつずつ巡って、その度に一戦。
 今の所、銀髪が優勢のようだ。何気に、あの年で己の体をコントロールすることを知っている。呼吸もまた然り。武術の心得でもあるのだろうか。
 白髪も検討しているが、いかんせん、勢いだけで動いている感が否めない。素直に頑張り、素直に喜び、素直に悔しがり。最終的にはぽわん、とした笑顔で全てをくるみ込む。周囲を和ませるあの雰囲気は、ある意味得難いものだろう。
 少し離れて、二人を見つめているのが、やはり同じく、一筋だけ金髪の子供。白と銀の戯れには交ざらないが、その神経は常に二人に向いている。ある程度好きにさせ、度が過ぎそうになると、丁度良い拍子で声を掛け、諌める。正確や行動パターンを熟知しているからこそ出来る、ある意味、阿吽の呼吸だろうか。
 ‥‥‥‥あ。
 白い方が、ぷかー、と浮いた。うつ伏せで。これは、ちょっとやばいかも知れない。
銀の方は、まだ潜っていて気付かない。金色が、血相を変えて駆けつけ、引っ張り上げ、べしべしと頬を叩く。目を回していた白が、ぱっちりと目を開けると、何事も無かったかのように、ほにゃららと微笑んだ。
 金が、白と銀、それぞれに一言、二言、注意をして、溜息をついた。
 上目遣いに金を見つつ、頬をかく銀。やっぱりほにゃん、と笑っている白。
 そういえば、銀色が『月兄ぃ』とか呼んでいた。とすると、金が三つ子の長男で、銀か白が次男で‥‥
 ぽちゃん。
 背中に、天井の雫が落ちた。その冷たさに、びく、と震える文太。
「‥‥‥?」
 その瞬間、それまでの思索は霧散した。何を考えていたのかも、忘れた。
「‥‥‥。」
 ああ、今日も良い湯だ。
 それだけで、文太は満足だった。

 湯潜り対決にも飽きた光夜は、神楽と共に、大人しく湯船を巡っていた。
「ねーねー、光クン、つぎ、あっちいこ!」
「おお‥‥すっげ、滝じゃん。あの下行って、滝行するか?」
「ええ〜。それ、寒いの」
「ははっ、湯だから寒くねえよ」
 ざばざばと、湯の中を歩く二人。
「ん〜‥‥かーくんね、ちょっと暑くなってきたの」
「ずっと動いてたもんな。風呂上がったら‥」
 言いかけて、
 ―風呂上がったら、コーヒー牛乳買ってな、お父さん!
 すぐ側で発せられた声に、何となく振り返る。
 ―ああ。母さんが待ってるから、買って、外で飲もうな。
 親子連れ。子供の方は、自分達と同じ位の年頃だ。
「父親、か‥‥」
 呟く光夜。
「光クン?」
 溜息をついた光夜の顔を、神楽が覗き込んだ。
「ん、何でもない」
 神楽に答え、ふと視線を感じて、親子連れとは別の方向に振り返る。
「月兄ぃ‥‥」
 月斗が、こちらを見ていた。視線が会うと、ふっ、と微笑み、次いで、ぱくぱくと口を動かした。
「『あ、ん、ま、り、は、しゃ、ぐ、な、よ』ってか?」
 その動きを追って、自らの口に乗せる。
「ったく、心配性なんだからな! それで、自分は俺が居ないと駄目なんだからなー」
 にぃっ、と、笑い返し、親指を立て、突き出した。
「うん。俺達には月兄ぃがいるし。月兄ぃには俺達がいるし。何も問題なし! むしろ完璧。‥‥あ、風呂上がったらフルーツ牛乳買ってやっからなー」
「わぁい」
 満面の笑みを浮べた神楽の頭を、光夜が、ぽんぽん、と撫でた。
「あー、コーヒー牛乳もいいよなー。でもフルーツも捨てがたいっ。両方買って、半分ずつ、が王道か? 月兄ぃも混ぜて、イチゴ牛乳も買うか。あれ、イチゴって、フルーツに含まれる? だったら、ちょっと損なのかな。でも、あれはあれで美味いよな。とりあえず、瓶で置いてあるよな? パックだったらがっかりだ」
「がっかり?」
「うん、温泉にパックはがっかりだ。瓶であってこそ温泉だ」
「ん〜、かーくん、わかんない」
「へっ、まだまだだな。‥‥さ、滝行こうぜ滝!」
「いく〜」
 張り切って走り出す。その様子に、「風呂場で走るな!」と月斗の怒号が飛んでくるまで、あと少し。

 そして、その会話を聞くこともなく聞いていた文太は。
「‥‥‥。」
 フルーツ牛乳(瓶)が王道だ‥‥、とか考えていた。

 そして、数分後。
 散々暴れ回ったせいか、早々にのぼせてしまい、脱衣場に戻った弟二人。その賑やかな笑い声は、浴室内にまで届いてくる。
「ったく、落ち着きが無いんだから‥‥」
「‥‥‥。」
 呟き、文太の隣に座る月斗。文太には、落ち着き以外は何も無い。
「いっつも、俺ばっかり後始末役で‥‥」
「‥‥‥。」
 ぷぅかり。
 煙管を離し、ドーナツ型の煙を浮べる文太。
「あーあ! この先、ずっとこんな感じなんだろーなぁ」
 ちらり。文太が、月斗に視線を向けた。
「‥‥‥。」
 その黒い瞳には、奥深い思索が宿っているのか、何も考えていないだけなのか。
 考えていたところですぐ忘れるので、どちらであっても変らない。
「どうして、やることなすこと、騒ぎを振り撒くんだ。ちょっとくらい、大人しくしててくれれば、俺だって楽なんだ」
 文太はただそこにいる。温泉求めてただ彷徨う。それだけが、変ることのない真実だ。
「‥‥まぁ、さ。あーゆう、無邪気にはしゃげる弟達を守るのが、俺の選んだ役目なんだけど」
 愚痴りながらも、そこはかとなく、誇らしげな響きが宿る。
「‥‥‥。」
 ぽふ。‥‥わしわしわし。
 黒い羽が、月斗の頭を撫でた。
「‥‥へへっ」
「‥‥‥。」
 くい、と嘴が上を向く。ガラス張りの大きな窓の向こうに、満月が見えた。
「綺麗だな」
 かぽーん‥‥
 湯煙の向こうのまあるい光。
 ぷぅかり。
 文太が吹いた煙が、再び綺麗な輪っかになって、ゆらゆらと昇ってゆく。
 ―神楽! そのシャツ俺のだって。
 ―光クンの? かーくんには、大きいの。変なの〜。
 ―あ、あ、伸ばすな、気に入ってんだから。
 遠くから聞こえてくる光夜達の声。
 ―フルーツ牛乳〜。
 ―あ、ちょっと待ってろ。月兄ぃが出てからな。
 ―うん。月クンも一緒に飲むの。
 月斗には、一瞬、文太が目を細めたように見えた。それは月影の錯覚かも知れないけれど。
 ちゃぷん‥‥
 天井から滴った雫が、湯面に重なる円を描いた。
 ちりちりちりちり‥‥
 目を瞑ると、どこからともなく虫の音。
「いい夜だな」
「‥‥‥。」
 煙管の先が、微かに、上下に動いた。ほっこりと、煙と湯気が立ち上る。

 苦労性の少年と、もの語らぬもののけ。
 体がすっかり温まるまでの、もう少しの間。
 一人と一匹は、並んで、秋の月を見上げていた。

〈終〉



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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