トップページお問い合わせ(Mail)
BACK

【Mischief in forest】
■風華弓弦■

<モーリス・ラジアル/東京怪談 SECOND REVOLUTION(2318)>
<アドニス・キャロル/東京怪談 SECOND REVOLUTION(4480)>

「それでは、お気をつけて。頑張って下さいね」
 係員から細かな地図と専用コンパスを渡されたアドニス・キャロルは、しげしげとそれを眺めていた。
「オリエンテーリングは、お気に召さなかったですか?」
 僅かに不安の色を混ぜた声でモーリス・ラジアルが尋ねれば、銀の瞳が優しく彼を見やり、続いて緩やかに銀色の髪が左右へ振られる。
「いや。ただ……こういう形で身体を動かす機会が、あまりないからな」
『狩人』としては、射撃やそういった部類のスポーツの方が得意なのだろうが、アドニスは笑いながら、スタート地点となる現在点を地図で探していた。
「たまにはこうして森を走るのも、面白そうだ」
「一応、競技ではありますが……私はあまり、記録とかを気にするつもりはありませんから。キャロルも、ちょっとした息抜きと思って下さいね」
 なおも気遣うモーリスへ、アドニスは笑みと共に「判った」と了解してみせる。
 いつものキッチリとしたスーツではなく、山歩きに向いた動きやすい服装をした二人は、ゆっくりとスタートを切った。

 影に入れば、秋の空気は少しひんやりと冷たい。
 地図を頼りに木陰で揺れるコントロール・フラッグ(通過ポイントに置かれた標識)を見つけ出し、設置されたパンチをコントロールカード(記録用紙)に押せば、そこのポイントを無事に通過したことになる。
 ポイントからポイントに辿り着くまで、どのようなコースを選択するかは競技者の自由だ。地図を頼りに道なりに歩く者もいれば、体力に自信のある者は強引に山を横断もする。
「次のポイントへは、ここを抜けていった方が早そうですね」
「じゃあ、こっちになるか」
 地図とコンパスを手がかりに、二人は森の中を歩いていた。
 本来なら、どれだけ早く全ポイントを回れるかを競うスポーツではあるが、恋人と森を探索。加えて、二人とも勝つこと自体への興味が薄いとなれば、足も自然と遅くなる。
 何より、秋の森の中。庭師としての性分か、それとも個人的な趣向なのか、モーリスの注意はルートやポイントより別の方面へ向いていた。
「あ……」
「どうかしたのか?」
 小さく声をあげて足を止めたモーリスに、アドニスが振り返った。
 彼の言葉も耳に届いていないのか、立ち止まったモーリスはそのまま全く別の方向へと足を踏み出す。
「モーリス、そっちはコースから外れるぞ」
 襟足で束ねた金色の髪が揺れ、まるで木々の間へ吸い込まれるように、ふぃとモーリスの姿は見えなくなった。

   ○

 人の入らぬ森は、影も深く鬱そうとしている。
 秋とはいえ、まだ色づいた葉が落ちきっていない森は、刻む陰影も濃く。
 張り出した木の根や落ち葉、土から覗く岩肌に注意しながら、アドニスは恋人の後を追った。
 足元を気にする様子もみせずに難なく先を進むモーリスは、不意に立ち止まったかと思えば、何かを見つけたように急に駆け出す。
 姿を捉えるたびにアドニスは名を呼ぶが、相手は気付く様子もなく。とにかく彼は見慣れた姿を見失わないよう、森の奥へと進み続けた。
 やがて、登りの斜面が下りへと変わり。
 落ち葉を踏む音と鳥の鳴く声に混ざって、沢の水音が前方から聞こえてくる。
 バランスを取りながら、滑るように傾斜を下り。
 秋の木漏れ日の下で、ようやくアドニスはモーリスの腕を掴んだ。
「……キャロル?」
 腕を掴まれたモーリスはといえば、不思議そうに彼を見上げている。
 その瞳があまりに計算や悪戯といった色のない、純粋に疑問のみを含んだものだったので、アドニスから道順から外れて見当違いの方向へ進む理由を咎める気が失せていく。
 呼吸を整えるように、一つ大きく息を吐いてから、ようやく彼は言葉を口にした。
「何か……面白いものでも、見つけたのか?」
「はい。あまり見ることの出来ない、珍しい山野草が自生していました」
 けろっとした表情で嬉しそうに答えたモーリスに、肩を落とすアドニス。そんな彼の様子に、またそうさせる理由が判らないらしいモーリスは首を傾げた。
「あの……キャロル?」
「いや、よかったな……」
 深い息と共にアドニスが返事をすれば、彼はにっこりと笑顔をみせた。
「はい。出来れば、屋敷へ持って帰りたいところですけれど……勝手に採取するのは、よくないですから。無碍に手折ってしまっては、花も可哀想ですし。あ、ちなみにこの花はこの葉のひと塊が、ひと株になっていて……」
 せせらぎの傍らで膝をつき、楽しげにモーリスは落ち葉の中や岩の陰に自生する山野草の説明を始める。
 隣で腰を落としたアドニスは、熱心に紡がれる彼の言葉に相槌を打ちながら、耳を傾けて。
「ところで……一つ、聞いていいか」
 熱心な説明を邪魔するのもはばかられたアドニスは、頃合を見てようやく口を開いた。
「はい、何でしょう?」
「随分と、俺たちは山の奥の方まで来ているようなんだが……場所は判るのか? それから、戻る道も」
「……えーっと……」
 モーリスの笑顔に僅かな困惑の表情が混ざり、沈黙が訪れる。それから周りに視線を泳がせて、ようやく自分が今いる状況を把握したらしい。地図とコンパスを取り出してみるが、現在地を地図で調べようとしても、肝心の方位を示すコンパスの針はくるくるといつまでも落ち着きなく回転し、北を指して止まる気配は全くなかった。
「あいにくと、コンパスが狂っているようですね。困りました」
 返す言葉に反して、語調には本当に困った様子など微塵もなく。
「せっかくですし、ここで少し休憩しませんか?」
 川の流れに手を晒したモーリスは、同意を得る前から手ごろな岩を見つけて座り、そんな彼にアドニスが小さく苦笑した。もう一人分、隣にあいたスペースへ腰を下ろすと、二人の距離は肩が触れ合うほど近い。
 口を閉じれば聞こえてくるのは、水の音と鳥の声に、紅葉が風で揺れる葉ずれの音のみ。
 ふと何かを思い出したように、モーリスが上着のポケットを探った。
「ここでは煙草も吸えないでしょうし、口寂しいようでしたらどうですか?」
 開いたモーリスの手のひらには、両端を捻った包装紙で包まれた飴玉が転がっている。
「モーリスは?」
「私の分ならありますので、お気になさらず」
 日々土いじりをしているにも関わらず、綺麗な白い指が包装紙の両端を捻り、琥珀色の飴玉をつまみ上げて。
「はい、どうぞ」
 悪戯っぽい笑顔で、モーリスはつまんだ飴玉をアドニスの口元へ差し出せば、たじろいだ風に相手は身を引いた。
「……どういう冗談だ」
「お気に召しませんでしたか? 嫌なら、やめておきますけど」
 窺うように、上目遣いで銀の瞳を覗き込む。
 いくらかの躊躇の末、仕方なさそうに恋人が口を開く。
 飴玉と一緒にアドニスは細い指を口に含むと、指先に残った甘さまで舐め取られてモーリスがくすぐったそうに笑い。
「実は飴、一つしかないんですよね」
 まずまず深まるモーリスの悪戯っぽい笑みに、アドニスはやれやれという風に首を横に振った。

   ○

「……ーリス、モーリス」
 名を呼ばれ、身体を揺すられる。
 うっすらと目を開けたモーリスは数回瞬きをした後、自分がアドニスの肩にもたれていることに気が付いた。
「すみません……少し、うとうとしてしまったようで」
「疲れたんだろう。だが、そろそろ戻らないとな。『遭難者』扱いされては心配もかけるだろうし、後で笑いの種にされかねないぞ」
「そうですね」
 身を起こしたモーリスが立ち上がるのを待って、アドニスも腰を上げる。
「でも、戻る方向は判るんですか? コンパス、狂ってましたけど」
「ああ。時間と太陽の位置、それに植生でだいたいは判るだろう。それに、ここへ降りてきた方向くらいなら、覚えているからな」
 今度は先に立って歩くアドニスが、登り斜面を前に足を止め、後ろに続くモーリスへ手を差し出した。
「足場があまり良くないから、気をつけろ」
「ありがとうございます」
 礼を言いつつ、モーリスはその手を握る。
「そういえば、射撃とか出来る所があるそうですよ。キャロルはそういうの、お好きでしょう」
「そうだな。モーリスさえよければ、後で行ってみるか?」
「はい。オリエンテーリングに、付き合っていただきましたしね」
 そんな会話を交わしながら、アドニスの記憶を頼りに二人は来た方向へと辿り始めた。
 ――しっかりと、繋いだ手は放さずに。




※この文章をホームページなどに掲載する際は、必ず以下の一文を表示してください。
この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

BACK



このサイトはInternet Explorer5.5・MSN Explorer6.1・Netscape Communicator4.7以降での動作を確認しております。