その地下秘密迷宮に、四人は足を踏み入れていた。
「地下で秘密な迷宮と言えば、なんだかこう‥‥懐かしいような、嫌な事を思い出すような、そんな感じがしますよね」
どこか遠くを見ながら、意味ありげに相沢 セナが呟く。その手は無意識に、長い黒髪を後ろで一つに束ねていた。
「そうだな。こう‥‥無性に、ナンかをぶっ飛ばしたくなるような?」
指をぱきぽきと鳴らすシヴェル・マクスウェルもまた、謎っぽい闘志を燃やしている。
「実際、ぶっ飛ばすのよね。参加する以上、勝ちに出るわよ‥‥たとえ競う相手が友達でも、手加減なしよっ!」
ずびしっと羽曳野ハツ子が二人を指差して、正々堂々宣戦布告をし。彼女の後ろではフィルゲン・バッハがどーしたものかと思案に暮れている。
「まぁ‥‥遊びにきたんだし、怪我だけはないように、ね。セナ君は、音楽家なんだから指を痛めたら大変だし‥‥特に女性二人は、女優なんだし」
もっともで真っ当な忠言するフィルゲンだが、それが肝心の二人の耳に届いているかどうかは、果てしなく謎だが。
間もなく競技開始のアナウンスが流れると、四人は二組に分かれ、各々のジープへ乗り込んだ。
シンプルな黒いジープの運転席にセナが腰を落ち着け、彼の隣へシヴェルは陣取る。
ハツ子は迷う事無く白黒パンダカラーのジープを選び、助手席に座るフィルゲンがしっかりとシートベルトを確かめた。
周りを見れば、四人と同様にレースへ参加する者達が作戦を話し合い、準備を整え、次々とジープへ乗り込んでいく。
レースへ出場するジープは、全部で100台。
優勝賞品である、賞金は100万エンと豪華ディナーコースご招待券を賭けて。
寺根スポーツワールド地下秘密迷宮カーレースは、激闘の幕を開けた。
「目指せ、トップ・オブ・ザ・トーップっ!」
スタートと同時にハツ子は、いきなりアクセルをベタ踏みする。
「ちょ‥‥ぎょわあああぁぁぁぁ〜〜っ!」
その急加速に、フィルゲンの悲鳴がドップラー効果のように変調しながら遠ざかっていった。
「さすがは、ハツ子。初っ端から飛ばすなぁ」
手を額にかざし、シヴェルが遠ざかる白黒ジープを見送る。
「でもこのレース、飛ばせばいいというものでもないようですから」
しっかりとハンドルを握るセナは、油断なく周りの車両の動きを観察した。
そう。単なるスピード・レースではなく、コース上に障害物が出現する事もあれば、参加者同士の潰し合いもアリという、至ってルール無用でサバイバルちっくなもの。周囲でも既に、駆け引きや妨害工作が始まっていた。
「まずは、セナのお手並みを拝見するか」
悠然と背もたれに背中を預けたシヴェルは、ボードの上に足を放り出して組み。
「緊張しますね」
言葉と裏腹に、セナは笑顔でアクセルを踏んだ。
○
インプの様な羽根の生えた魔物や、イロイロなモノを吐く獣のような魔物が次々と現れては、ジープの行く手を遮る。
「‥‥何か、イギリス方面のドコかのダレかが見たら、狂喜乱舞しそうな光景ですね」
そんな感想を口にしながら、「ハンドル、お願いします」とセナは後部座席へ手を伸ばした。
シヴェルは助手席から手を伸ばし、ラフなコースに時おり跳ねる車体をキープする。
「この体勢、無理なくないか?」
「えーっと‥‥頑張って下さい」
にこやかにセナが励ませば、彼女はやれやれと頭を振った。最近のセナは、妙に『いい性格』になってきた気がする。なんとなく、そうなんとなく‥‥。
「‥‥何か?」
「いーや、なんでも? いつまで真っ直ぐ進んでるか判らないから、とっとと片付けてくれ」
気配を察したのか笑顔で尋ねるセナに、明後日の方向を向きながらシヴェルは答え。取り出した弓矢で、セナがぺちぺちと魔物を射落としていく様を見守る。
「‥‥ちょっとソレ、貸してくれるか? あと、運転交代」
「はい?」
疑問の表情のままセナが弓を置き、代わりに再びハンドルを握った。
長い弓を手にしたシヴェルはにんまりと笑うと、シートベルトを外しておもむろに助手席で立ち上がる。
「し、シヴェルさん!?」
「どりゃああぁぁぁ〜〜っ!!」
驚くセナが止める間もなく、彼女は片端を握った弓を振り回した‥‥そりゃあもう豪快に、思いっきり。
しなる弓に、接近した魔物は次々と弾き飛ばされ。
「こっちの方が手っ取り早いな」
「ちょ‥‥弓は、そうやって使うものではありませんーっ」
満足げにブンブンとムチの如く弓を振り回すシヴェルへ、セナの抗議の声をあげる。
「ところで、あの二人は今どの辺だろうな」
抗議の声もおかまいなしに、ボードに足をかけて周囲を眺めるシヴェル。
だが視覚に頼らずとも、ハツ子のジープの所在は明らかだった。
「何人たりとも、羽曳野ハツ子の前は走らせないわよー!」
「どぅわぁぁぁぁぁぁぁ〜〜っ! 前、前を見てぇぇぇぇぇぇぇ〜〜っ!?」
爆音に混じって、尾を引く悲鳴が聞こえてくる。
そちらへ目を向ければ、白黒ジープがあらゆる障害物を乗り越えて走っていくのがみえた。
そう‥‥ラフなコース上に転がっているチョット大き目の岩とか、群れてる魔物なんかの障害物も、基本的に全部『乗り越える』つもりらしい。そのせいか、車体のあちこちは既に無数の凹凸が形成されていた。
「あの一直線っぷりは、ある意味で尊敬に値するね」
「真似、できませんけどね。したくもないですけど」
茫然と二人が見送る先で、白黒ジープは華麗に宙を舞い――
ごきめきごりょぐしゃ。
――そして、ひっくり返って落ちて、ついでにバウンドした。
「‥‥どうします?」
「‥‥助けるか。仮にも、友達だし」
やれやれとシヴェルが頭を振り、笑いながらセナはハンドルを切った。
○
「やー、楽しかったぁーっ!」
両手を思いっきり伸ばし、清々しい笑顔でハツ子が伸びをする。
「結局、優勝できませんでしたけどな‥‥誰かさんのお陰で」
「全くです。豪華ディナーを逃しましたね‥‥誰かさんのお陰で」
「ちょ、ちょっと待って。ナンで二人して、僕を見るーっ!?」
シヴェルとセナの視線に、怯えるフィルゲンがぷるぷる首を振った。
「あれだな。いわゆる、連帯責任?」
「そうですね。という訳で、豪華ディナーはもふゲンさんのおごりで‥‥もちろん、アライグマ尻尾のもふり付きでお願いしますね」
「えぇぇぇぁぅぇぅぁぅ〜‥‥」
『いい笑顔』で詰め寄るセナに、抵抗するフィルゲンの声は尻すぼみで小さくなり。
「あら、おごってくれるの? ご馳走様、フィル」
笑顔でハツ子が放った一言がトドメとなり、ナニかがフィルゲンの口から抜けていった。
ガラス越しの夜空に、光の花が咲く。
打ち上げられる花火を見物しながら、四人はディナーに舌鼓を打っていた。
「ところで、みんな本気で優勝する気だったんだ?」
落ちるところまで落ちて開き直ったフィルゲンが、改めてテーブルを囲む三人へ尋ねる。
「ん〜。やるからにはやっぱ、優勝したかったかな。基本、楽しかったからいいが」
肉を頬張りながらシヴェルが答えれば、ワイングラスを傾けるセナが頷いた。
「ええ。でも、ハツ子さんはやる気十分でしたよね。優勝を逃して、悔しかったんじゃないです?」
「え、私?」
名前を出されたハツ子が、手にしたフォークで自分を示す。
「私は、単に面白そうな競技だったからよ。ほら。人間、多少のムチャはしないとねー」
「‥‥僕ら、獣人だけどね」
からからと笑うハツ子に、ぼそりとフィルゲンが呟き。
レースのムチャップリを思い出したセナとシヴェルは、なんとなく得心したように揃って首を縦に振った。
「楽しかったし、また来れるといいわね。みんなで」
「そうですね」
「次に競技する機会があるなら、今度は優勝、だな。少なくとも、ハツ子には負けない心積もりで」
「あら? 挑戦なら、いつでも受けて立つわよ」
「僕の寿命が縮むから、あんまりムチャはナシでお願いしたい‥‥かも‥‥」
「そうですね。もふゲンさんの尻尾が、もふもふでなくなったら困りますし」
「困る‥‥誰が?」
取りとめもなく、楽しげに交わされる会話の向こうで。
また、花火が鮮やかな光の軌跡を描いた。
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