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【目指せ、鉄人の華!】
著■蘇芳 防斗■
イラスト■たかつき沙保■

<ルーティ・フィルファニア/アシュラファンタジーオンライン(ea0340)>
<シェリル・シンクレア/アシュラファンタジーオンライン(ea7263)>
<ハンナ・プラトー/アシュラファンタジーオンライン(ea0606)>
<サクラ・キドウ/アシュラファンタジーオンライン(ea6159)>
<ミリート/神魔創世記 アクスディアEXceed(w3g680ouma)>

●始まりの刻 〜目指せ、鉄人‥‥?〜

『第一回・寺根スポーツワールド主催アイアンマンレース』
 大きな狼煙が幾度と無く上がれば、相も変わらず派手派手しく彩られた横断幕が風にはためいては舞うその最中‥‥内容からして既に胡散臭いその競技に参加すべく、多くの(物好きな)参加者達が横断幕の下に集っていた。
「結構、多く集まりましたね」
「内容を見る限り、きっつい競技なんだけどねー」
「それだけ、物好きが多いって事‥‥」
 その旗の元、辺りを見回しては今更の様に所感を呟いたルーティ・フィルファニア(ea0340)にハンナ・プラトー(ea0606)も詳細な競技内容が記されているプログラムに目を通しつつ彼女に頷き応じるが、自身らも含めてサクラ・キドウ(ea6159)は素っ気無くあっさり切り捨てると近くにいた面子は揃い、乾いた笑みを浮かべる。
「何はともあれ、頑張るぞー!」
「恨みっこは‥‥無しですよ?」
『‥‥勿論』
 だがそれよりも何よりもミリート(w3g680ouma)が元気良く腕を掲げては自身へ檄を飛ばせば、シェリル・シンクレア(ea7263)は近くに固まる、見知った顔触れを見回しては果たして賞品の争奪に際し、改めて皆へ尋ねると‥‥場の空気は一変し、揃いも揃って穏やかな声音こそ響かせるもその瞳の奥には怪しげな光こそ宿すが
「すいませんー。写真を一枚撮らせて貰って、良いですか?」
「‥‥あ、はいー。良いですよぉ〜」
 その恐ろしげな光景にも拘らず、カメラを携えている一人の女性がその場に平然と割り入っては飛び込んで来ると許可を求めれば途端、先までの雰囲気を取り戻して一行は古めかしいアナログ式の一眼レフカメラのレンズを向けると皆はそれぞれポーズを決めれば直後、乾いた音が辺りへ響く。

 ぱしゃり

「どもっ、ありがとうございました〜♪」
 そして響いたシャッター音が掻き消えるより早く彼女は皆へ礼を言うと、颯爽と身を翻してはその場を後にすれば
「‥‥上手く撮れていると、良いのだけど‥‥」
「まぁまぁ、どんな出来であれ折角の記念だから良いじゃないですかぁ〜」
「‥‥でも」
「まぁまぁまぁ〜☆」
 その背中を見送りながら、風の様に現れては去っていったそのカメラマンの腕が気になり不安を覚えるサクラだったが、それをシェリルが宥めるも彼女の静かな不安はどうやら暫く、収まりそうにもなくその様子を前に尚も笑顔を綻ばせるシェリル。
「それにしても、強敵揃いですね」
「そりゃあ、何たって優勝賞品が‥‥」
 その傍ら、周りにいる雰囲気からして実力確かだろうライバル達を視線にて牽制しながらルーティが呟けば、それに応じながらミリートは彼方へ視線を放ると‥‥それに倣い皆もそちらを見やれば、その視線の先には果たして『優勝賞品:貴方が望むもの』と記された幕が飛び込んで来る。
「流石に、一筋縄じゃあ行かないっか」
「所で皆は優勝賞品、何を考えて来たのー?」
 それを見つめハンナ、頭上にて腕を組んでは周囲のライバル達が存在故に嘆息を漏らすも‥‥その言葉の割にはやたらと明るい笑顔を湛えれば一つ頷いた後にミリート、その幕を見つめたままに皆へ問う。
 果たしてその答えが明確であればある程に執着して止まない物なのだからこそ、このアイアンマンレースにおける確かな強敵としてマークしたい、と言う考えがミリートにあったのかはさて置いて。
「それは秘密です」
「うんうん、言ったら詰まらなくなるしね」
「ぶー」
 彼女の問い掛けに応じたルーティにハンナもまた、その考えを読んでいる訳ではないだろうが秘密を貫けばミリートが頬を膨らませると同時、虚空に煙が上がり遅れて一際大きな音が場に響き渡る。
「どうやら、開始前の号砲の様ですね」
「‥‥それならそろそろ、行こうか」
 するとそれを何か察したルーティが皆を見回し呼び掛けると、サクラも頷けば一行は揃いスタートラインがある方へ向け、歩き出すのだった。
「絶対に、負けませんよぉ。ルルイエさーん、貴女の唇はこの私が‥‥ウフフフフ〜☆」
「天照様‥‥待っていて下さいね、貴女の為に必ずっ!」
「銅像って実は何気に素敵じゃないかな?」
「‥‥ウェディングドレス」
「えー、着物の方がいいよー!」
 それぞれが心の内に秘める、優勝賞品を口に出しながら。


●泳ぎ抜け、猛獣潜む海!

「うっ‥‥わぁーーーっ!」
「大きいですねぇ、蒼いですねぇ、澄んでますねぇ、綺麗ですねぇ♪」
 そして晴れ渡る青空の下でやがて辿り着いたスタート地点である砂浜と、眼前に広がる蒼い海を前にしてミリートとシェリルは屈託のない笑みを浮かべ、競技の開始を前にしているにも拘らず揃い感嘆の声を上げる。
「‥‥でも‥‥あれは‥‥」
「間違いなく、あれは」
 だが彼女らとは違う方へ視線を投げ、その蒼い海の所々に見える黒影を見止めたサクラが呻けばルーティも頷き、彼女の意を汲んでその黒影の名を口にしようとするが
「準備は良いだろうか? 先ずはこのスイムを皮切りに、バイクとマラソンを連続して行って貰う。注意事項等は先に配布したパンフレットに記してある通り。スポーツマンシップに乗っ取って、アイアンマンレースに臨んでくれ」
(「‥‥スポーツマンシップも何も、こんな調子では」)
 それより早く、スタートを告げる為にとは言え何とも大振りな迫撃砲を担いでいる青年(何故かは聞くな)が周囲に集う参加者へ告げるも、あからさまな障害を眼前にしたサクラは内心にて辟易と嘆息を漏らすも
「骨が折れそうだね、でも頑張るぞー!」
「此処まできた以上、確かにその通りだな‥‥」
 それにも怯んだ表情は一切見せず、明るい笑みを湛えては奮起するハンナを見ると肩を竦めながらも彼女は誰へともなく呟き、頷けば‥‥同時。
「それでは‥‥!」
 迫撃砲を携えていた青年がそれを中空へ向け構えれば、直後に響いた声はその殆どが合図となる弾丸の発射音にて掻き消される中で参加者は揃い、耳を塞ぎながらも次々に広がる海原へと飛び込むのだった。

「ふぅはっはっはー!」
 そしてアイアンマンレースが始まってより暫く‥‥果たして海原の只中で響いた木霊は言うまでもなく笑い声。
 皆が皆、競泳用の水着にて泳ぐ中‥‥笑い声の主はただ一人、皮の帽子を被り皮のロングコートを羽織ったままに何故かバタフライで元気良く先頭を突き進んでいた。
 その非常に無駄な服装、非常に無駄な泳法にも拘らず彼は速度を益々上げれば後方との距離を更に突き放そうとするも
「負けないよー!」
「‥‥ぬぅ! この私に追い着いてくるとは‥‥ブラボーな奴め」
 その背後より、雄叫びを上げて彼に対抗する訳ではないもやはりバタフライにてハンナが迫ると未だ余裕か、後ろを振り返っては帽子の唾を上げては彼女を褒め称えるが
「でもやっぱ疲れたから、やーめーたー」
「それでも貴様は軍人かぁっ!」
「一般市民でーす」
 それも束の間、宣言と共に無難なクロールに泳法を切り替えればなじる海原でも皮尽くめの彼だったが、それはサラリと流してハンナは一先ず上位集団の中程に沈んだ。

 スタートから暫くの時間を経て、大よそ半分程の距離を泳ぎ切った頃‥‥参加者の数は半数近くにまで減っていた。
 その理由は海岸沿いから見えた大きくて黒い影‥‥鮫の仕業によるもので、正しく海の藻屑となった参加者を目前にしながらも未だ生き残っている集団のほぼ真中に位置するサクラは黙々と泳いでいた。
「‥‥ご飯が一杯、泳いでますね‥‥銛にたも、魚籠‥‥いずれも問題はなし、準備万端」
 そして唐突に現れた魚群を見付けると、腰に結わえ付けたり背負っていたりする明らかにハンデである漁の道具を手元に手繰り寄せてはその状態を確認し、携えていた銛を構えるも直後。
「ふ、それしき‥‥備えが甘いな」
「何‥‥?」
 背後より聞き覚えの無い男性の声を聞き止めれば彼女、素早く振り返ると‥‥そこには投網を抱え泳いでいる青年がおり、自身を上回るその装備にサクラは唖然とするが彼はそれを気にせず、眼前にいた魚群へ迫る巨大な黒影目掛けその投網を放ると海面より直後に飛び上がった鮫‥‥よりにもよって非常に凶暴なホオジロザメへと挑む!
「喫茶店の為に、この食材は必ず‥‥!」
「‥‥思い切り、鮫なんだけど」
「フカヒレが美味しいじゃないか!」
「‥‥そこ、本当に喫茶店?」
 しかしその中でも交わされる、青年とサクラのやり取りは至って暢気なものだったが流石にそれを目前にした少女はホオジロザメに挑む青年と別れるべく嘆息を漏らしながら一先ずの終着を目指し、泳ぎ出す。
「‥‥食材を目にすると何時もあぁだ。全く‥‥馬鹿だな」
 とその時、何時サクラに追い着いてか傍らを泳いでいた金髪の少女がぶっきら棒に嘆息を漏らすと、それには彼女も同意すれば迫る中間地点を目指して二人は競り出す。
「しかしこのままでは泳ぐ事もままなりそうにありませんね、もしかすれば戦う事を選んだ方が近道‥‥」
「そうでもなさそうですよぉ?」
 そんな中でも前にて多く繰り広げられている鮫と参加者の激闘をビート板用い、のんびりと泳いでは最後方よりのんびりと眺めるルーティが呻くそんな考えを巡らせるも‥‥その傍らを同じ速度と道具にて泳ぐシェリルが彼女とは逆の方を見やり、呟くと水面に走る不可思議な音を聞き止めれば彼女が見つめる方を向いたルーティ。
「‥‥氷の橋、ですか? 一体誰がこんな大掛かりなものを」
 その音源が眼前にて海の表面を凍て付かせ氷の道を作り出している音とすぐ理解すれば次いで、沸いて出た疑問を呟くと‥‥すぐに返って来るその答え。
「それはこの、アシュド・フォレクシーだ‥‥だべっ!」
「お馬鹿さんですか?」
「その様ですねぇ。どうしたのかは分かりませんがぁ〜、決して平らな道が出来る訳ではありませんのに☆」
 ドップラー効果を持って徐々に近付いてくるその作り手が叫びは途中、思い切り転倒した為に間抜けな叫び声へ変わると首を傾げてはクスリ、ルーティが笑えば穏やかな声音にてシェリルもその発想の問題点を告げると彼。
「くっ、我ながら妙案だと思ったが‥‥こんな落とし穴があったと‥‥ばはぁっ!」
「‥‥お先で〜す」
「取り敢えずは、完走を目標に‥‥」
 今更にその事へ気付きながらそれでも尚、生まれ立ての子馬が如くよろよろと立ち上がり彼は再び助走をつけ氷上を滑り出すも‥‥程無くしてまた転べば、その傍らにていよいよ本気を出しては泳ぎ出す二人‥‥だったが。
「ハンナさん、そんなに飛ばして大丈夫なんですか?」
「何処かの鬼さんも言っていたじゃない、最初からクライマックスだとか云々って」
「それは‥‥」
「と言う事で、お先っ」
「あっ、負けないんだから‥‥っ!」
 先頭集団の中に相変わらずいるハンナとミリートが互いを牽制しあい、繰り広げているデッドヒートには当然の事ながら追い着ける筈もなく、やがて遠泳の部は早くもその終わりを告げようとしていた。


●漕ぎ抜け、走り屋達の真只中を!

 やがて3.8kmに及ぶ遠泳は終わりを告げ、続々と選手達が陸へと上がり予め準備されていた自転車へと乗り込み、道路を疾駆しだす。
「海から上がったばかりだけど、錆びないかなぁ?」
 その中、比較的上位に食い込んでいる根性と体力に勝るハンナは海より上がれば目前の自転車を前にして呑気にそんな事を言っていたが、続々と海から上がってくる選手達を視界に収めるとサドルに腰を掛け、早く走り出せば
「走り屋なんかに負けないぞー!」
 直後に陸へ上がり、自転車へ乗り込んだのはミリート‥‥遠泳では有り余る体力でも温存してほぼ真中に位置する辺りをキープしていたが、それでも比較的前にいる事に海から上がって後、猛然と自転車に跨っては上位陣へ追い着かんと駆け出す。
「何とか、辿り着いた‥‥少し、夢中になり過ぎた。そう言えば‥‥」
 そしてそれより暫く、様々な種類の魚を抱えてはサクラも彼女らの後に続こうとするが‥‥持っている数多の魚をどうすべきか考えていなかった彼女、今にしてその事に気付き逡巡するがそれは早く近くにいた誘導員に無言で託すと、未だ慌てず自転車にてアスファルトを駆り始めれば
「まだ泳いだだけで、小手調べなんですよね‥‥でも、天照様の為にも負ける訳にはっ」
 その光景を遠目に、漸く丘に上がったルーティが肩で息をしながら嘆息を漏らすも‥‥まだまだ先は長い事から自身を鼓舞して勝手に盛り上がれば、息を整えて後に自転車へ跨るが
「三輪車は、何処ですかぁ〜?」
「は‥‥?」
 丁度その折、シェリルの素っ頓狂な疑問と間抜けに応じる誘導員の声が耳に届けば思わずクスリと笑ってしまう彼女‥‥それでも今は勝負の真っ最中、情けを掛ける訳には行かないとすぐに判断すればルーティは真剣な面持ちにて三輪車を探すシェリルをその場へ残し、いよいよ路上へと出るのだった。

 晴れ渡る秋空の下、流れる汗は清々しく肌を伝えば漂う涼気がそれを払うと正しく今日この日こそ、運動日和と言った光景なのだが‥‥ただ一点だけ自転車レースの中では先ず見受けられない物、と言うか者が甲高い音を発しては存在していた。
 パラリラパラリラー!
「わー、走り屋さんだ」
 そう、それは最後尾を三輪車で可愛らしく走っていたシェリルが言う様に走り屋で‥‥事前に話こそあったとは言え、それを目の当たりに参加者達の中には怯えて道の端の端を走り、遂にはコースアウトして海上へ舞い戻る者もいたとかいないとか。
「えーと‥‥中々こう言った光景は見られませんので記念に手でも振っておきましょうか」
 だがそれでも、ルーティは至って穏やかに呟けば鉄パイプやら木刀を携え一昔前の暴走族宜しく、特攻服に身を包んでいる彼らへ臆さず手を振る追い越される。
「総長‥‥」
「‥‥そんな顔をするな、俺達は走り屋。傍らを自転車で走っているあれは路肩に転がっている石とでも思い、自身の走りを全う‥‥」
 するとその反応を受け、何処か情けなさげな表情を湛える走り屋の一人が自身の背後を悠然且つ堂々と走る『総長』へ振り返る言葉漏らすが、彼の態度を鼻で笑えば一蹴すると己の確かな意思を改めて告げた、その途中。
「‥‥邪魔」
「ぬぉあーーーーーーーーーぁ‥‥‥っ!」
 今正に追い越そうとしたサクラの傍らを走り抜けようとした時、風を切る音に紛れてボソリと彼女の呟きが聞こえたかと思えばそれとほぼ同時、『総長』は激しい衝撃を感じるとすぐに愛車から投げ出されては崖から身を躍らせ、その下に広がる海原へと落ちて行ったりする。
 因みに彼女、何をしたかと言えば『総長』の愛車が車輪目掛けて護身用(?)に携えていた太めの木の棒を突っ込んだ訳で‥‥恐れ知らずもいい所である。
「あぁっ、総長!」
「貴様、総長に何て事を‥‥!」
「‥‥五月蝿い」
 さすればその光景を前にして当然の様に叫びいきり立つ走り屋の一人、サクラの自転車の隣を併走しては彼女を睨みつけるも‥‥それに怯む素振りすら見せず言葉にて噛み付けば怒気を孕むだけだった周囲の雰囲気がそれを機に炸裂すると
「手前‥‥皆、やっちまえ!」
「‥‥こんな事、している場合じゃないんだけど」
「わー、何で我までー!」
 彼女を中心として始まる、取っ組み合いの大喧嘩‥‥たまたま近くを走っていた者までも巻き込んで繰り広げられるそれはサクラにとって、自身では理解しつつも周囲を十重二十重に取り囲まれれば立ち向かう他なく、大きなタイムロスとなる。
「峠最速ぶっちぎるー、私は風〜♪」
 かたや先頭集団の中を走るハンナらにとってそれは幸い、後続集団との差を僅かずつ離して行く。
「ふふん、気持ちいいなぁ」
「お、ミリートちゃん‥‥やるじゃない」
「何の何の」
 だがそれでも先頭集団内でのデッドヒートは未だ苛烈な事に変わらず、体力ではハンナに一歩勝るミリートが鼻歌を響かせ彼女の前を走り続ければ感嘆するハンナに、しかしまだ余裕を持って応じるも
「お先に、失礼しますねぇ〜〜〜〜〜!」
 長い直線が続く道を疾駆する先頭集団の横をぶっちぎりの速度にて駆け抜けていったのは‥‥見間違いがなければ三輪車を漕いでいる筈のシェリル。
「えー!」
 風の力を手繰る事が出来る彼女が奥の手であるそれをブーストの如く用い、圧倒的な速度を持って直線で一気に一位へと躍り出れば叫ぶミリートに、唖然と見送る先頭集団の皆だったが‥‥驚きはまだ続く。
「あれれ、路面が凍り始めて来たよ?」
 それに果たして最初、気付いたのはハンナで確かに彼女が言う様に道の傍らが凍り付いていればやがて、その氷上を走り抜けていく一台の自転車と青年。
 先に駆け抜けて行ったシェリル程ではないがやはり、先頭集団の誰よりも速い速度で彼らの傍らを駆け抜けて行くも‥‥直線も残すは100mもしない内に終わりを迎えている事に今更気付いて彼。
「とまらーん!」
「また、ですか‥‥懲りませんね」
 絶叫を残し、路上より自転車と共に大海原へと放り出されれば後方より点程にしか見えなかったもののそれが何かを察して嘆息を漏らすルーティ、このレースの為に設置された残り距離が記されている標識を見止め、自転車で走る事も終わりに近付いている事に気付くと自身の足をフルに回転させ速度を益々上げれば
「‥‥まだ、もう少し、我慢‥‥」
 何とか大乱闘を終え、レースに復帰した最後尾に今は位置するサクラは残りが少ないにも拘らず、表情に焦りすら見せず‥‥だが歯噛みだけはして必ずあるだろう逆転を信じ、『奥の手』はまだ封印したまま自転車をただひたすら漕ぎ続けた。


●走り抜け、様々な罠を掻い潜り!

 やがて走り屋達を追い越しては峠をも越えた選手達はいよいよ最後‥‥マラソンのコースへ続々と至る。
 とは言えその数、人一人分の指があれば十分に数えられるまでに減少しているのだが
「あれ、もしかして私が一位ですか〜?」
 果たしてその第一位は海より上がってから三輪車を捜すのに躍起になっていたシェリルで、性能の差を腕前でカバー出来た事には気付かず、しかし一位である事に今となって気付くとマイペースに、悠然と走り出せば二位で飛び込んできたのは全身皮尽くめの男。
 誘導員のいない道なき道を走り切った事が自然とショートカットとなってか、上位陣に食い込んだまま自転車を乗り捨て駆け出す‥‥因みに余談だが、彼以外に正規ルート外を通って此処まで来た者はいなかったと言う。
「よっし、これで最後‥‥だねっ」
「‥‥負けないんだからっ」
 そして二人より僅かに遅れ、三位と四位‥‥ほぼ同時にハンナとミリートが駆け込んでくれば先を疾駆している二人の背中を見据えれば、やはりほぼ同時に駆け出すと
「あと少し、此処からが本当の勝負ですよ‥‥」
「その、通り‥‥」
 彼女らからそれなりに遅れて五位と六位はルーティとサクラ。
 深く息を漏らしては吸い込み、息を整えてからルーティがまなじりを上げて尚も諦めずに呟くも、彼女に同意しながらもサクラは遂に此処まで秘匿していた能力‥‥体力と敏捷力を底上げする半猫化の力を解放すればルーティ、猫耳に尻尾を生やした彼女を見つめ飛び付きたくなる衝動に駆られるもそれを行動に移すより早く、半分だけとは言え猫になったサクラはそれを気にも留めず一気に駆け出せば、ルーティをその場に置いて一位へのし上がるべく追撃を開始した。

 参加者達がただ、自身の足を持って駆けるのは今度こそ普通の公道‥‥の筈なのだが。
「ぶるうっはぁ〜〜〜っ!」
 誰かの叫び声と、次いで盛大な爆発音が辺りに轟けばこの場は果たしてどの紛争地帯かと訝りたくなる程、正しくマラソンコースも公言通りに酷く大量の罠が仕掛けられていた。
「‥‥トラップって‥‥主催者の趣味、悪い‥‥」
「そんな事を言うなっ、これを潜り抜けてこそ勇者なのだから!」
「‥‥はぁ」
 良く時代劇で見掛ける、ベタで露骨なまでに路上へただ置きされているトラバサミや微妙に路面が凹んでいる事から落とし穴とお察し下さい、と言った幼稚な罠の中で巧妙に隠してある地雷源を巧みに避けながら呻くサクラ、漸く全身皮尽くめの男に追い着きつつもボソリぼやくが、血気盛んな彼から返って来た言葉を聞けば適当に生返事を返すのだが
「‥‥とは言え、まだゴールは遠く罠も洒落にならん威力‥‥それならばこちらも相応に応えなければなるまい。今こそ見よ、我が妙技!」
(『妙技って‥‥』)
 それを聞いてか聞かずか(多分聞いていない)、未だ長いマラソンコースに早くも辟易としたロングコートを羽織る男性は一人何事か決意して叫ぶと、内心で密かに突っ込むサクラの眼前にて彼は初めて羽織っていた皮のコートを脱ぎ捨てては秘する能力を解放する!
「いざ‥‥風渡り!」
「ちょっと‥‥あれってありなの?」
「セーフ」
 すると叫びと共に背中に生えている白き二翼を大きく広げれば空気を打つと、果たして彼は次に響いた叫びの通りに空へと飛翔し‥‥その彼を見てサクラは思わず各所に点在している審判だと思しき男性を見つめ尋ねるが、それはあっさりと一蹴される。
「空を飛ぶなんて、卑怯ですよぉ〜?」
 しかし彼が空を駆るのも僅かに一瞬、未だのんびりと先頭を駆けていたシェリルに捕捉されると直後、翼持つ彼はシェリルが放つ圧縮された空気によって盛大に吹き飛ばされ脱落すれば
「あれれ、手元が狂ってしまいました☆」
「‥‥因みに、あれも?」
「セーフ」
 間違いなく確信犯な筈の彼女、小首を傾げては笑顔を湛え平然と言い放つ様にサクラは念の為、もう一度だけ眼前に迫る別の審判へ尋ねるが‥‥返って来たのはただ、無機質な響のみで構築された答えだけだった。

 と言う事でマラソンパート、既に展開は何でもありのバトルロワイアル状態と化せば正しく至極普通のスポーツである筈のマラソンは阿鼻叫喚の地獄絵図と呼んでも相違なく‥‥弱肉強食、地獄のデットヒートは長く長く繰り広げられる。
「‥‥とは言え」
「うひー!」
「コース上に巧妙且つ満遍なく隠されているこの罠をどう攻略するかが勝利の鍵ですねー。うーん‥‥」
 しかし進めば進む程に苛烈となる罠に一人また一人と地雷に吹き飛ばされ、落とし穴に落とされ、いきなりきつくなる勾配の道路へ流された油によって滑り落ちていけば脱落者が着実に増える中でそれらを何とか避けながらシェリル、既にバイクパートの勢いこそ失ってズルズルと順位を落としていたがまた背後にてもう飽きる位に聞いた爆音が轟く中、それでも諦めずに血路を見出すべく思考をフルに回転させては駆けていたが
「‥‥当たって砕けろ、ですねー☆」
 やがてショートでもしたかシェリルの頭脳、何とはなしに白煙が上がっている様な気がしなくもない彼女が下した判断は‥‥果たして突貫、声音こそ明るいままに自棄のやんぱちにて周囲の大気を手繰り、自身をも吹き飛ばさん勢いにて風を自身の後方にて炸裂させれば今は真直ぐに伸びるコースを疾駆しようとするも
「むぷぴー!」
「くっ‥‥この程度!」
 やはり暫くして後、唐突に路上より生えた数多なる鉄の杭に激しく衝突すると可愛らしい声を響かせては昏倒するシェリル‥‥その傍ら、漸くサクラが彼女を追い抜くと更に先へ進まんと速度を上げるが、最初こそ露骨に『罠です』と訴えていた路上の不自然な凹凸は今、本物の罠とフェイクの罠とが織り交ぜられている状況を察するからこそ自身が望むままに速度は上げられず、しかしルーティにも何とか追い着いた直後。
「見えます‥‥私が辿るべき勝利への道がっ!」
「な、罠が見えているとでも‥‥」
 果たして彼女が力強く断言すれば、身体能力では上の筈であるサクラを引き離しに掛かる様に、まだ見ていなかったルーティの能力を推測し唖然と彼女の背中を見送る。
「これだけの罠、早々皆さん簡単に突破は出来ないでしょう‥‥ね?」
 正しくルーティがひた隠していた能力とは、僅かな間だけ未来を垣間見る力で‥‥連続での行使は出来ないながらも要所での使用に間違いはなく、やがて速度では劣りながらも着実に前を駆ける集団との距離を詰め、やがて追い越せば此処に来て初めて一位に躍り出るともたらされた安堵から呟いては振り返る彼女だったが
「気合だこのやろー!」
「ま、待てー‥‥」
「うわわっ、余り悠長に走ってはいられないですね」
 それでも縦横無尽に仕掛けられている数多の罠の中、根性だけで駆けて来るハンナに有り余る体力の最後の一滴まで振り絞らんとミリートも追い縋って来る光景を目に留めれば、流石に慌てては眼前に向き直るルーティではあったが
「でも、此処まで来たからには‥‥」
 再び正面に向き直り、視界の片隅に漸くゴールと思しき横断幕を捉えると残された力を振り絞って僅かだろう、ゴールまでの距離を縮めるべく地を蹴るのだった。

『さぁ、やって来ました先頭集団‥‥現在一位なのはどうやら、ルーティさんの様です』
 やがてやたらと罠が仕掛けられていた公道を突破した先頭集団がゴールのある競技場へと戻ってくれば、大きな歓声の中で解説者が告げた一位の者の名‥‥確かに他の者と比べ、比較的小奇麗ではあったがその足取りは頼りなかったが、ルーティは必死に一位を死守すべく漸くトラックの上へと歩を進めると‥‥その時、また客席からの歓声が辺りに轟く。
『引き続き二位と三位はお互い譲らず、ハンナさんとミリートさん‥‥熾烈です、しかも現在の位置に甘んじる事無く一位のルーティさんに追い着かんと必死に檄走!』
 やんやと歓声に掻き消されかけている解説者のアナウンスが次に響けば彼女は追い縋って来る者達の名を聞き絶望するも‥‥直後、声を大にして漸く場に響いた解説者の話には僅かながら、救いを得る事となる。
『しかし‥‥最後の舞台であるこのトラックには時限式の爆雷が大量に埋め込まれており、それは一定時間が経過する毎に皆さんが入って来た地点より順次点火、炸裂しますので‥‥どうかゴールまでの間、お気を付けてっ!』
「どうしてこんな所にまでー!」
「でも後‥‥100m」
 そしてそのアナウンスが終わるか終わらないか、ミリートの絶叫が響くと共にすっかり聞き慣れた爆音が辺りへ響き渡れば、その間隙に微かだが残る体力を振り絞ってルーティは息を吐き、自身が出し得る最大にて最速でトラックを駆ける。
「この程度で私の足なんて‥‥止められないっ!」
 だが敵も去る者、今更に多少火薬の量が増えようと爆風の中でボールベアリングが飛び交っても観客がその爆風に巻き込まれようと今更地雷如きで怯みはせず‥‥むしろ益々速度を上げてはルーティへ追い着き、唯一安全(な筈の)ゴールへ至らんと迫る!
「どっせーい!」
「着物ー!」
「‥‥あわわわわ」
 そして響くハンナとミリートの雄叫びを背に、果たして肉薄を許すルーティは後方から迫り来る爆音にも焦りながら懸命に歩を進め‥‥そして微かにだけ横に向けた視界の片隅にハンナを捉えると不敵な笑みを浮かべる彼女に、逆サイドからも迫っていたミリートにも追い着かれるが‥‥三人は何時の間にか、ゴールを示すテープを切り安全地帯を必死に走り抜けようとしていた。
「あ、れ‥‥?」
 それに首を傾げ、漸く歩を止めてはその場にミリートが転がる様にして倒れこむと逆転する視界の中で映った電光掲示板には、この様な文字が躍っていた。
『写真判定(その他諸々)中』


●終わりの刻 〜果たして、優勝者は〜

「漸く、終わった‥‥」
 果たしてそれから暫く、最後の生存者がゴールテープを切るとここに『第一回・寺根スポーツワールド主催アイアンマンレース』は終わりを告げ、体力を全て使い果たし未だ立ち上がれないサクラは漸く安堵の溜息を漏らす。
「疲れたねー!」
「‥‥全然、そう言う風には聞こえない」
「そんな事無いよー」
 するとその傍らにてミリート、無事に辿り着いた友人達へ笑顔で労うが‥‥競技が終わってまだ一時間も経っていない筈なのに、ピンピンしている姿を見せつける彼女へ嘆息を返すのが精一杯なサクラはそれでも何とか応じれば、素直に否定してミリートは大仰に肩を落として見せるも
「ともかく皆さん、お疲れ様でしたぁ〜‥‥」
「あぁ、お疲れ‥‥」
 次いで、皆の中で競技場へ入ってより一番に爆風の被害を被ってはさっきゴールへ着いたシェリルがフラフラと皆の元へ辿り着けば、煤だらけの顔のまま遂に気力も切れて倒れ伏せば哀れな子羊の頭をサクラが静かに撫でた、その時。
『参加者の皆様ー、表彰式を始めまーす‥‥思ったより競技場の被害が酷いので、表彰式の場はスタート地点の砂浜としまーす』
「おっと、お呼びだ。それじゃあ皆、いこっか?」
 先の解説者の声が場に響き、エンディングへの道が指し示されればそれに応じるべくハンナが立ち上がると表彰式が行われる場へ皆で揃って向かう為、まだ暫くは歩けない様相のサクラへ肩を貸すべく、手を差し出した。

 そして漸く執り行われる表彰式。
 無事に生き残った皆の順位を丁寧に最下位から告げていく司会者はさして労した風も見せず、つらつらと名前を挙げていく‥‥とは言え無事、ゴールまで辿り着いた人数なんて両の手で十分に足りる位だから、苦労する筈も無い。
「それでは優勝者の発表になります‥‥」
 やがて五分もしない内、遂に優勝の栄冠を勝ち取った物の名を上げようと司会者が言葉紡げば、唐突にドラムロールが鳴り響き‥‥それが収まると同時、その名を高らかと告げる!
「写真判定にビデオ判定等々の結果から辛くも半身の差で、ルーティさんですっ!」
「‥‥ありがとうございます」
 最後の最後は三つ巴ながら、それでもマラソンでの追い上げを無事に守り抜いたルーティの名が競技場へ響き渡れば、疲労も困憊ながら頭を垂れる彼女。
「それではこれが賞品の‥‥天照大御神様が従順バージョン、一日だけ自由にしてね権になります」
「‥‥宜しくの」
(「何じゃそりゃ‥‥」)
「わーい♪」
「いいなぁ‥‥」
 そして次に彼女の眼前に差し出される賞品‥‥襟元を掴まれて尚も大人しい少女が与えられれば、疲労より喜びが勝ったルーティは何処で確保されたか天照大御神様に抱き着くと、誰かが内心で突っ込みこそするが三位でゴールを切ったミリートは表彰台の上で伸びながら、羨ましげにその光景を見つめる。
「それじゃ、写真をまた一枚お願いしまーす」
 とそんな折、何処かで聞いた声が再び響くと‥‥今度は皆が身構えるより早く。

 ぱしゃり

 乾いたシャッター音が場に響き渡る。
「ども、お疲れ様でしたー!」
「‥‥しまった、もう少し小奇麗にしておけば良かった」
 そして最後、皆へ労いの声だけ掛け様々な記録を収めていただろうカメラを携えていた女性はその場より足早に去ると遅れて自身の今の身形に気付いた、ミリートの後にゴールへ入ったサクラは煤にまみれた自身の様相を改めて見ては後悔こそするが‥‥時既に遅く、嘆息を漏らす。
「えーへーへー」
 しかし勝利者にはその嘆息すら聞こえず、天照大御神様の頬を頬で撫で愛でる‥‥つかこれ、人身売買とかじゃないの? とか言う突っ込みはするな。
「‥‥こうなったら、もう一戦だー! いざリベンジマッチ!」
「もう、無理ですぅ〜‥‥」
「‥‥だそうだ」
 とそれはさて置き、根性だけは二人前以上の物を持ち合わせているハンナはその長閑な光景を前にしてもルーティへ向け、高らかに再戦を申し渡す‥‥無論、皆の中でドベに終わった全身黒尽くめなままにうな垂れているシェリルと、彼女の意見に同意してサクラも肩を竦めながら彼女の提案をあっさり蹴るも
「我々ー、選手一同はー、スポーツマンシップに乗っ取りー‥‥」
「聞いて、いないね」
「もう当分は‥‥どの様な賞品であれ、この類の大会に参加する事は遠慮する」
 赤毛の彼女は全くそれを聞きもせず、勝手に選手宣誓を改めて行えば‥‥体力自慢のミリートでも流石に苦笑を浮かべる中、ハンナ以外の全員が思っているだろう正直な感想をサクラが代弁すると賛同する代わり、選手宣誓が未だ紡がれる中で四人は声を上げて笑うのだった。

 こうして、採算ど返しにも程がある等の理由から既に次の開催が危ぶまれている『第一回・寺根スポーツワールド主催アイアンマンレース』は幕を閉じた‥‥しかし、自身の命すら顧みない者が多くいればもしかすると次は貴方の街で開かれるかも知れない?

 〜Fin〜




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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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