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Inside in the woods of a fine day
■エム・リー■

<セレスティ・カーニンガム /東京怪談 SECOND REVOLUTION(1883)>
<モーリス・ラジアル/東京怪談 SECOND REVOLUTION(2318)>
<マリオン・バーガンディ/東京怪談 SECOND REVOLUTION(4164)>
<アドニス・キャロル/東京怪談 SECOND REVOLUTION(4480)>

 ――――それは、春の盛りを終えた、初夏の気配漂う時節の頃の事。
 先頭に白やぎのモチーフを戴いた電気機関車が走り、8両編成の夜行列車が静かに駅を滑り出した日。
 数知れぬ客が乗り合わせたこの列車に、今、四人の男達が揚々と乗り込んでいく。
 ――――列車が向かう先に、果たして何が彼らを待ち受けているものか。
 彼らは未だ気付いていない。


◆ The afternoon of one day. Quiet sunlight ◆


「しかし」
 小さな息を零しながら、アドニス・キャロルは眼前に広がる膨大な量の荷物に目を向ける。
「俺もあまり詳しくはないのだけど……遠足というものは、こう、面倒な決まり事が定められているのではないのか?」
 顎に片手を添えて思案気味に首を傾けているアドニスに、モーリス・ラジアルが満面の笑みと共に双眸を緩めた。
「持っていくお菓子は五百円以内に収める。水筒の中身は水かお茶。持参する雨具はレインコートか折り畳み傘」
 テーブルの上に広がる膨大な――大半をスイーツやティーセットが占めている――荷物を確かめて、その中の一つである銀製のフォークを手に取り上げる。
「モーリスさん。通常の遠足ではレインコートという言い方はしないと思うです」
 モーリスの言葉にツッコミを挟むのはマリオン・バーガンディ。マリオンはカメラを片手に、テーブルの上に置かれた山のような荷物をパシャパシャと撮影していく。そのたびごとに、荷物は忽然と姿を消していくのだ。
「カッパという言い方をするのでしたね、確か」
 テーブルからは幾分か離れた場所にある豪奢なソファの上、セレスティ・カーニンガムがやわらかな眼差しをすいと細めて笑みを浮べる。
「カッパ? 頭に皿のある妖怪が確かそんな名称でしたね」
 モーリスが訊ね返し、その傍らで、アドニスがわずかに苦笑を滲ませた。
「モーリス。合羽は元はポルトガル語だったらしいんだよ」
「ポルトガル語? 「Capa」の事か?」
「日本での歴史も、存外に長いものであるらしいですね」
 ソファの肘掛に片手をのせて頬杖をつきながら、セレスティがさらに言葉を続ける。
「それはそうと、マリオン。支度はもう終わりそうですか?」
 訊ねながら、ちょっとした撮影会を続けているマリオンの方へと視線を寄せる。
 マリオンはといえば、テーブルに積み上げられていた荷物をパチリと撮り終えて、一段落ついたと、小さな息を吐き出しているところだった。
「バッチリなのです」
「そうですか」
 マリオンが浮べた満面の笑みを受けて、セレスティはソファから立ち上がる。
「それでは参りましょうか」
「ミステリーツアーですか。……どういった場所へ連れていってもらえるのか楽しみですね」
 くつくつと笑うモーリスを、アドニスは言葉を返す事なく見据えている。
 アドニスが手にしているのは、「ドキッ☆なにがあるのかわからないミステリーツアー」と書かれたパンフレット――もとい、遠足のしおりだった。


◆ The starting train and fear awaited in woods ◆


 集合場所と出発地とを兼ねていたのは寺根町の中にある寺根駅だった。そこまではセレスティ所有の高級車で快適な道中を楽しみ――広い車内の中ではマリオンが写真に収めてきたスイーツや紅茶が振る舞われた――、四人は揃って夜行列車「白やぎ号」に乗り合わせたのだった。

「大分ゆっくりと走らせてきたつもりでしたが――どうやらもう少し時間に余裕があったようですね」
 上着のポケットから懐中時計を取り出して時刻を確かめながら、セレスティが穏やかな声音でそう告げる。
 開け放たれた窓からは、紫と黒とで塗りこめられた空と、その下を涼やかに流れるしっとりとした夜風とが吹き込んでくる。
 ボックス席に腰を落ち着かせた四人は、駅構内や車内で顔を合わせた友人知人達との挨拶といったものも忘れずに、それぞれが上質な所作をもって礼をする。
「そういえば、このパンフレットなんだが。――おやつの価格上限は五百円までとあるんだが」
 どう考えても、あのスイーツの量は尋常ではなかった、と。誰にともなしに呟くアドニスに、マリオンがにっこりと頬を緩めて頷いた。
「遠足や運動会といったイベントに持ちよる『お菓子』というのは、いわゆる駄菓子の類のものだと思うです。私が写真に収めてきたのは『スイーツ』であって、いうならば食事のひとつ、みたいな感覚だと思うですよ」
「バナナはおやつに含まれないというのと同じような道理だね」
 マリオンの言葉を受けて、モーリスが満足そうに頷く。
 アドニスは絹糸のような銀髪を片手で掻きあげながら、ほんの少しだけ小さなため息を吐き出した。
「バナナがおやつに含まれるか否かというのは、あれは永遠の討論ネタなんじゃないのか」
 アドニスが挟み込んだ軽いツッコミに、マリオンとモーリスとが数度ばかり目をしばたかせる。
「甘いものはおやつだと思うです」
「食事時にバナナは食さないだろうと思うが?」
 同じタイミングで返された二人の言葉に、アドニスは思わずセレスティへと視線を向けた。
 セレスティは穏やかな笑みを浮べたままでいたが、ふと顔をあげて窓の向こうへと目を遣った。
「もうじき出発のようですよ。――夜行列車などに乗る機会はとても少ないものですし、皆さん、道中も存分に楽しみましょう」

 夜の20時近くに出発した列車は、翌朝8時過ぎほどに目的地である森近くの小さな駅へと滑り込み、夜通し走り続けてきた疲弊を訴えるかのように、ギイギイと軋んだ音を鳴らして動きを停めた。
 ミステリーツアーと称した遠足は、実質、森の散策やハイキング、あるいはバーベキューや川釣りといった、各自それぞれの判断に委ねたコースをメインとしたものとなっている。
 ツアー責任者である案内人が(主催者に、半ば無理矢理に依頼されたものであるらしい。案内人と呼ぶには幾分か不釣合いな黒衣の男だった)面倒くさげに森の史跡などを紹介していく中、マリオンが、目立たぬほどの細い脇道が通じてあるのを発見した。
「この脇道はなんでしょう?」
 雑然と生え伸びている草木の向こうに視線を向けて、マリオンがそっと首を傾げる。
「……獣道にしては、随分と踏み分けられてもいるようだな」
 マリオンの視線を追いつつ、アドニスがふつりと双眸を緩めた。
 アドニスの言葉通り、マリオンが見つけたその脇道は、見る者が見れば一目でそうと知れる程度に、人間の――あるいは何者かの――立ち入った形跡を残しているのだ。
 脇道の続く先へと視線を送り、モーリスが興味深げに片眉を吊り上げる。
「そういえば、この森には、かつて異教の神を祀った場所があったらしいという噂がありますよね」
 穏やかな声音で告げたモーリスに、マリオンとアドニス二人の視線が寄せられる。
 ミステリーツアーの行く先は、確か、一切の公表がなされていなかったはずなのだ。そうとあれば、むろん、ここにいる四人共々、自分達が訪れた森がどこに広がっているものかを知る余地もないはずなのだ。
「モーリス。おまえはこの森に来た事があるのか?」
 アドニスが訊ねると、モーリスは小さな笑みを滲ませつつ、ついと肩をすくめてみせた。
「いいや。この森へ来るのは初めてだったはずだ。――もちろん、遠い過去になら、一度なりと来た事もあるかもしれないが」
 応えて、朝の陽射しで包まれている森の木立ちに視線を寄せる。
 程なくして、やる気なさげに続けていたナビを終えたのか、黒衣の案内人は面倒くさげに頭を掻きながら立ち去っていった。
 それを見送りつつ、それまで黙していたセレスティが肩越しに三人の顔を確かめた。
「百聞は一見にしかずと言いますでしょう。――行ってみませんか? もしもモーリスの証言が正しいのであれば、この道の先には、もしかしたら異教の神を祀った場所があるのかもしれません」
「そうして、今も祀り続けているのかもしれないのです!」
 セレスティの言葉を待っていたのか。マリオンが弾むような笑顔を浮かべて頷いた。


◆ God of paganism ◆

 
 森の中には多彩な花々が咲いていた。――否。元来あってはならないはずの花々が、そこには確かに息吹いていたのだ。
「おや、ここにはポピーが咲いていますね」
 パチリ
「こっちにはクリスマスパレードが」
 パチリ
「これは山茶花にチューリップだな」
 パチリ パチリ
「すごいのです。季節なんかをまるっきり無視したお花畑なのです」
 セレスティやモーリス、そしてアドニスがそこかしこで指指して示す花々を、マリオンは飽きもせずにデジカメの中に収めていく。
「お花を持って帰ってお屋敷の庭に植えるのです」
「世話をするのは私なのですがね」
 マリオンの提案を受けて、モーリスが少しばかり首をすくめた。
 ――いや、しかし。
 薄い笑みを浮かべたまま、モーリスはふと片膝をついて身を屈め、足元に広がる土に向けて指を伸べる。
「土壌に何らかの原因があるのかもしれませんね。――特種な微生物なんかがいるのかもしれない。ともかく、これは持ち帰って調べてみましょう」
 言いながら胸ポケットからガラスの小瓶を抜き取って、その中に土を詰めていく。
「研究如何によっては庭においてもこれと同じ土壌を造り出すことが出来るかもしれない、か」
 モーリスと同じく片膝をつき、咲き誇っているあらゆる種の花々を確かめながら、アドニスが前髪をかきあげた。
「楽しみにしていますよ、モーリス。我が家の庭園でこういった花々を愛でる事が出来るようになれば、それはまた素晴らしいものでしょうからね」 
 季節といったものを頭から無視して咲き誇っている花々を見遣りながら、セレスティは静かに歩みを進めた。
「それはそうと、三人とも。あそこをご覧なさい」
 小さな盛り上がりを見せていた三人に向けて放たれたセレスティの声が、必然的に三人の視線を引き寄せる。
 セレスティが見据えている先では、ことさら入り組んだ木立ちが両腕を広げ、絡めあっている。
 陽射しは生い茂る葉によって遮られ、それまでは明るく穏やかな顔を見せていた森も、気付けば、恐ろしい樹海の姿を呈していたのだ。
 ぬかるむ足元に気を配りつつ、三人はそれぞれに木立ちの向こう側へと目をやった。
「教会ですね」
「建築様式はロマネスクの――これはクローバー型のそれによく似ているようだが」
 モーリスとアドニスがそれぞれに応えを発し、互いの顔を見合わせる。
 上空から見ればクローバー型に見える、との事から、クローバー型内陣と称される建築様式のなされた教会は、見目の印象からすれば、ドイツのケルン辺りにあるそれを彷彿とさせる。
 レンガ壁には蔦が張り付いている。――とてもではないが、人の気配といったものは感じられない。
「ここが、かつてこの森で信仰されていたという”異教の神”の坐す場所でしょうか」
 続けて告げたモーリスの横では、マリオンが好奇を全面に押し出した面持ちで教会を見遣っている。
「行ってみるのです! そして中を見学してくるのです!」
 キラキラとした輝きを眼差しにのせながら、マリオンは自分の周りにいる三人の顔を順に見つめていく。
「そうですね。行ってみましょう」
 頷き、歩みを進めたのは、マリオンと同様に好奇を一杯に浮べた表情のセレスティだった。
 アドニスとモーリスは、互いの顔をちろりと見合わせた後に――先に教会へと向かった二人を追いかけるように、少しばかり急ぎ足で歩き出したのだ。
 
 森の木立ちを揺らす風に合わせ、教会のチャペルが低い音を響かせた。
 四人はそれぞれに顔を見合わせ、しかしただの一人でさえも、わずかな躊躇を見せる事もなく、教会の扉を押し開けて進み行ったのだった。

 教会内は想像していたものよりも存外に広く、長椅子がいくつもずらりと並べられていた。
 床には細長くカットされた赤い絨毯が敷かれている。その向こうには見事なパイプオルガンが置かれていた。
 長椅子や窓枠には薄っすらと埃が降り積もっている。
「一見すれば、これは廃墟となった無人の教会なのでしょうけれど」
 窓枠に人差し指を這わせ、指先についた埃を見つめてモーリスが微笑む。
「でも、ここは今も使われている場所なのです」
 先頭をきって歩いて行ったマリオンが肩越しに振り向いて目を細ませた。
「きっと今もどなたかがいらっしゃいますよ」

 パイプオルガンは開かれたままになっており、しかも、鍵盤の上には埃といったものは全くといっていい程に見受けられなかった。
 さらに。
「……この鍵盤だけが妙に弾きこまれている感じだな」
 アドニスの目を惹いた場所は、確かに他の場所に比べるとどこか使い古されたものであるような印象を放っていた。
 白い指を伸ばし、鍵盤の上に静かに沈めていく。
 重厚な音が教会内に響き渡り、――同時に、オルガンの裏側にあたる白い壁が、物々しい音と共に横開きになったのだ。
「ベタなトリックだな」
 やれやれとため息を漏らしながらかぶりを振るアドニスの後ろでは、
「隠し扉ですね」
 開いた扉の奥を覗き込みながらセレスティが楽しげに頬を緩める。
「隠し廊下なのです」
「なんだか声らしいものが漏れ聴こえてきているようですね」
「行ってみましょう、だろう? さっさと行くぞ」
 マリオンんとモーリスとが交わす会話にちろりと一瞥を向けた後、一番先に隠し廊下を進みだしたのはアドニスだった。
「どうせベタな展開があるんだろうからな」


◆ Ceremony And going home ◆


 廊下は、やはり、さほどに長いものではなかった。
 大人が二人ばかり肩を並べて歩けば一杯といった具合の広さしか有していない廊下には、足元を照らす灯一つあるわけでもなしに、ただうっそりとした暗闇ばかりが広がっていた。
 ――どこからか聴こえてきていた声のようなものは、四人が廊下を進めば進むほどにその大きさを増していく。
 それは、何かを崇め讃える言葉を続け発しているような、淡々とした調子の声だった。

「この壁の奥から聴こえてくるようだが」
 行き当たった壁に片手をそえて、アドニスはちらりと振り向いた。
 三人は皆一様な表情を浮かべていて、はやく開けろとばかりにアドニスを見ている。
 アドニスは小さなため息を一つ吐き、それから壁にそえていた片手をぐいと押しやった。


 暗闇の中、ぼうやりと点る蝋燭の火が揺れている。それを囲む数人の顔が、一斉に四人に向けられた。
 ――見たな
 ――見たな
 ――招かれざる客人どもだ
 ――排除しろ
 さわさわさわと囁きあう声がする。声は暗闇を揺らし、蝋燭の火をも揺らす。
 ――――排除しろ!!!
 ごぅあと音をたてて、暗闇の中で揺らぎあっていた面々が四人に向けて爪をたてた。
 だが、彼らの行動は四人の手により、ひどくあっけない幕引きを迎えたのだ。
「やぎか!」
 アドニスの叫びが響き渡る。
「やぎですね」
「やぎなのです」
「ご覧なさい、あんなに小さな子やぎまで」
 四人を取り囲んだ影の主たちは、人間ではなかったのだ。――そう、それは数匹の山羊だった。
「……なぜこんなところにやぎが」
 一気に脱力したのか、アドニスががくりと膝をつく。
「ブラック・ベンガル種が大半のようですねえ」
 セレスティがのんびりとした声音で頷いた。
「あ、見てくださいなのです」
 デジカメに収めてきた懐中電灯を取り出して、それで壁を照らし出しながらマリオンが声を弾ませる。
「やぎの神様なのです」
 示した方角を見れば、そこには確かに大きな額の中に飾られたやぎ神の画があった。
「やぎの姿をした神――バフォメットでしょうか」
 モーリスが目を細め、脱力しているアドニスの腕を支え起こす。
「なるほど――かつて崇められていた異教の神とは、このバフォメットの事だったのかもしれませんね」
 杖をついて半歩ほど進み、セレスティが興味深げに辺りを見渡す。
 黒山羊たちは未だ警戒した面持ちで(?)四人を取り巻き、息巻いている。
「人間達が失せた後は、彼らが彼らの神を崇めている――というわけでしょうね」
 モーリスが小さな笑みを浮べた。
「……納得できたような、そうでないような」
 ただひとり、アドニスばかりが片眉を吊り上げてかぶりを振っている。


 結果からいえば、四人はその教会に対し、何ら手だしするでもなしに、再び森の中へと立ち戻ってきたのだ。
 教会を囲む樹海は思ったよりも深かったが、それはどこからともなく方位磁石を取り出したマリオンによって難なく過ぎる事となった。
 森の上にある太陽は、未だ高い位置にある。風は涼やかに流れ、森はさわさわと小さな囁き声を交し合っている。
「さて」
 見事な銀糸を風になびかせながら、セレスティが蒼穹を仰ぎ見る。
「マリオン、お茶の用意を。――そろそろティータイムにしましょう」
「焼きたてスコーンもあるのです!」
「……鮮度も保たれたままなのか」
「カーニンガム家のスコーンは最高ですよ」
「アフタヌーンティーを楽しむには、まだいくぶんか早い時間ではありますが――まあ、それはよしとしましょう」

 かくして、涼やかな風が渡る初夏の森の真ん中で、リュックの一つも携えてきていなかった四人による豪奢なティーパーティーが始まった。
 流れる風にのってやぎの声が届いてきていたが、その声は風と一体となって木立ちを揺らすだけだった。



 ―― 了 ――



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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