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黒狼王、凱旋す!
■リッキー2号■

<藍原・和馬/東京怪談 SECOND REVOLUTION(1533)>
<マリオン・バーガンディ/東京怪談 SECOND REVOLUTION(4164)>
<直江・恭一郎/東京怪談 SECOND REVOLUTION(5228)>
<光月・羽澄/東京怪談 SECOND REVOLUTION(1282)>
<黒澤・早百合/東京怪談 SECOND REVOLUTION(2098)>

  1

「「「お帰りなさいませ、陛下」」」

 赤い絨毯の両側にずらりと並んだ侍女たちの列が、いっせいに頭を下げた。
「……ん。ああ……」
 なにか、もごもごと口の中で言いながら、歩むのは、藍原和馬である。
 緋色のマントを肩にかけ、金銀の刺繍が勇ましい狼の図柄を描きだす威厳あるローブ風の装束は、まるで、まるで若い王侯のようだ。腰から下げた、湾曲した剣と、和馬の浅黒い肌からすれば、さながら、砂漠の国を治める武闘派の国王といった風情か。
 彼を迎え入れた建物は、しかし、無国籍な世界観である。
 居並ぶ侍女たちはゆったりとした布を身体に巻き付けたような簡素なスタイルで古代ギリシアかローマのそれを思わせた。一定の間隔をおいてならぶ円柱もローマ風である。しかし、それがささえるアーチ型の梁や、天井を飾るタイル画はイスラムの空気を醸し、だが、どこかから流れて来る楽の音は、インド風であったりする。
 侍女たちの列を抜け、通された広間は、これはヨーロッパのしつらえだろう。
 長いテーブルには、すでにかれらを迎える準備が整えられていた。
 テーブルの端に、でん、とおかれた、ひときわ重厚な玉座が……どうやら、和馬の本日の指定席らしい。
「はは……、落ち着かないね、こりゃ」
 小声で呟く。
 勢いで、王様!王様!と手をあげたはいいが――いざ王様扱いされると背筋がかゆくなる自分の性分は、つくづくどうかと思う。
 そこは『王宮カフェ エルザード』。王侯貴族気分をつかの間味わえるという、贅沢に芝居がかった店であり、白やぎ号が案内する、この奇妙な遠足の参加者が選ぶことのできるスポットのひとつであった。
「すっかり、喉が渇いてしまったのです。なにか冷たいものはありますか?」
 マリオン・バーガンディは、奇妙に場になじんでいる。
 カラフルな、鮮やかな布地を織った衣裳を着たマリオンは、道化師のようにも、天真爛漫な王子のようにも、不思議な術をあやつる魔術師のようにも見えた。彼がいちはやく席につき、傍の給仕に訊ねると、
「よく冷えたハーブティーはいかがでしょう? フルーツのジュレとご一緒にお持ちできます。それとも、アイスクリームは如何ですか?」
 そんな答が返ってくる。
「ミントティーがあればいただきたいのです。それと、アイスクリームと……ケーキもみつくろってください」
 にこにこと注文するマリオン。一応、ここはカフェであるわけで。
「メニューは普通のようだな」
 やれやれ、と言った調子で、マリオンの横にかけたのは、直江恭一郎である。黒地に、銀糸の肩章や飾緒が映える装束は凛々しい武官のいでたちか。
「ではアイスティーを」
 どことなく落ち着かない様子なのは、和馬と同じだが、彼の場合、その原因は、場慣れしないというよりは……同行者の2人の女性のせいであるらしかった。
 べつだん、彼女たちがわるいわけではない。むしろその逆で――、恭一郎は、装束のせいだけではない汗を、そっとぬぐった。
「わたしは暖かい紅茶にするわ。サンドイッチをもらおうかしら。羽澄さんはどうする?」
「そうですね……じゃあ私も紅茶で」
 マリオンと恭一郎の対面に坐ったのは、黒澤早百合と光月羽澄だ。
 ふたりとも自身の髪色に合わせたのか、羽澄は青みがかった銀色の、ふわりと広がったスカートのドレス、早百合はしっとりと夜のように黒いタイトなドレスであった。
 羽澄の髪を飾るのは水晶をあしらったティアラ。ドレスの生地はよく見ると、光沢ある布地のうえに、ごく薄い、透けるほどの布が二重三重にかさなっていて、それが遠目に不思議な風合いを見せる。一方、早百合は結い上げた漆黒の髪に薔薇を模した髪飾りをつけていたが、黒いドレスの布地に銀糸がちょうど蜘蛛の巣のような模様を描き出し、ご丁寧に、宝石のついた蜘蛛のブローチがそのうえを這っているというありさまは、あやしい妖精の妃ででもあるかのようだった。
「俺、コーヒー。あと、みんなでつまめるお菓子、てきとーに持ってきて」
「かしこまりました、陛下」
 和馬の注文に、給仕はかしこまるが。
「あら、だめよ、そんなんじゃ」
 早百合が、和馬に向かって言った。
「もっと王様らしくしなくちゃ」
「らしくったって……」
「せっかくなのに、雰囲気を楽しまないともったいないわ。設定を決めておきましょうよ。あなたが王様で……王様にしては若いかしらねぇ?」
「前の王様が亡くなって、後を継いだばかりというのはどうですか?」
 マリオンが身を乗り出す。
「そして羽澄さんは、やっぱりお姫さまなのです」
「あら。それじゃ、和馬さんとは兄妹ってことね」
「それはそれで歳が離れ過ぎじゃない? 羽澄さんは次女ってことで……いいわ、私が、長女――」
「いや、どう見ても、早百合さんは前の王様の後妻ってとこだろ」
「実は魔女の継母なのです」
「どういう意味よ、それ! ……不本意だけど親戚の伯爵夫人ってところで勘弁しておいてあげるわよ」
「そういうマリオンさんは?」
「そうですねー。王様に仕えて、蔵書や美術品の管理をしたりですとか…………あれ、それじゃいつもと変わらないのです?」
「私もせいぜい、騎士か軍人といったところかな。やはりいつもと大して変わらんようだ」
 苦笑する恭一郎。
 と、そこへ、おのおのが注文した品物が運ばれてくる。
 こうして、『王宮カフェ』の、ティータイムが始まった。

  2

「陛下、新しい彫像をつくらせていらっしゃるのですって?」
 前王の遠縁にあたる《薔薇の寵姫》ことクローサワ伯爵夫人が言った。
「ん……、まあな」
 言葉少なに応えたのは、前王の後を継いだばかりの若き国王――《黒狼王》カズマ1世である。
「戦勝記念なのです。遠方から職人をわざわざ招いているのですよ。出来上がったらお披露目の式典も計画しているのです」
 宮廷の調度類の管理を任されている大臣のひとり、《悠久の学士》マリオン侯爵が、誇らしげに言った。
「まあ。そうなの。戦勝記念というと、先の遠征の? ときに、かの戦いでは貴方も随分とご活躍されたようね、ナオエス騎士長?」
「お誉めに預かり光栄です。しかしあくまで騎士の務めを果たしたまでのこと」
 騎士団長である《宵闇の剣聖》キョウ・ナオエスである。
「陛下の武勲には及びません。戦いにおける陛下の奮迅ぶりといったら……あれこそ、吟遊詩人に命じて、叙事詩をつくらせ、語り継がせるのがよろしいかと」
「まあ。うかがいたいわ」
「いや……大したことじゃない」
「本当に」
 鈴のような声に、かすかに怒ったような調子をにじませて、王妹たる《玻璃の妖精》ハズミ姫が言った。
「兄王さまは、武には優れているかもしれませんけれど、それだけでは国政はつとまりませんわ。まつりごとも、もっと勉強するようにと、亡き先王様もいつも仰ってらしたというのに」
「いや、それはだな……なんだ、その…………」
 カズマ1世《黒狼王》の、肩がふるえた。
 そして、耐え切れぬように、もれる、くくく、という笑い。

「だめだ。ちょっとタンマ。もうだめ。ありえねェ」
 そして、腹をかかえて笑い出す。
「和馬さーん」
「笑っちゃだめなのです」
「こっちだって、我慢していたんだからな!」
「いいところだったのに」
「やー、悪ぃ。しかし、おかし過ぎるだろ、これは。どっかの執事喫茶のほうがマシだ」
 ひとり、笑い転げる和馬。
 他の面々は、苦笑まじりに、とりあえず、出された食べ物や飲み物に手をつけるなどして、場をまぎらわすのだった。
「何か、面白いものはないですか?」
 ふいに、マリオンが、傍に控えている大臣に訊ねた。
 彼はすこし考えてから、侍女に耳打ちする。
 そして、一同の前に運ばれてきたのは……。
「『聖獣のカード』でございます」
「『聖獣』……?」
 古めかしい宝石箱のような箱が、それぞれの前に置かれる。
 手に取って開けてみれば、中に入っているのは何枚かの厚手のカードだ。タロットカードを思わせる、不思議な図案が描かれていた。
「なんだ、これ」
 和馬は、カードの一枚を手にとった。クラシックな装飾字体で何か書かれている。フェン――リル……?
 次の瞬間。
 カードから、なにかが飛び出してきた。
 などというと、奇妙だが、そうとしか言えない状況だった。
「おわ!?」
 それは黒い毛並みの狼で、まるで、解放されたのを喜ぶかのように、ふるふると身体を振っている。
「こ、これは!?」
 大臣や侍女たちも驚いているのを見れば、これはかれらにも予想外の出来事だったらしい。
「これは異世界を守護する聖獣たちの姿を封じたものです。普通は、カードの中で、かれらが動くのを眺められるだけなのですが……」
 それどころか、現実に、実体化してしまった。
 和馬のカードだけではない。
 他の面々が手に取ったカードからも、次々に、その不思議な図柄に描かれた生物が、カードを抜け出して、『王宮カフェ エルザード』にあらわれたのである。
 ぐるる……と、唸り声をあげながら、和馬のもとにあらわれた黒狼――フェンリルが、彼のマントの裾をくわえてひっぱる。まるで遊んでくれと言わんばかりだ。
「これは驚いた」
 恭一郎の傍には、いつのまにか、鷲の上半身と獅子の下半身をもつグリフォンが立ち、ゆっくりと、翼を開いたり閉じたりしながら、丸い目で彼を見つめていた。そっとその首もとにふれると、羽毛のやわらかな感触とともに、体温が感じられる。生きているのだ。
「たしかに面白いのです」
 マリオンが歓声をあげた。
 そして、テーブルのうえにちょこんと乗って、人間そのものの優雅なしぐさでおじぎをする直立歩行の兎――ホワイトラビットを、きらきらした瞳で見つめる。彼の背後には、まるで床を水面のように波立たせ、そこから、青く輝く鱗に被われたリヴァイアサンがその巨大な姿の一部を見せた。
 早百合の頭上には、フェニックスが燃え盛る炎の翼をはためかせており、その熱気が、彼女の頬をじりじりと焦がした。一方、足元には、やはり真っ赤に熱せられた皮膚のサラマンダーが、のっそりと通り過ぎてゆく。
「熱いわねぇ、もうちょっとあっちに行ってよ」
 サラマンダーに、その言葉が通じたのか否か、火蜥蜴は、ちろちろと、燃える舌を出した。
 羽澄の前にふわりと舞い降りてきたのは、蝶の羽をもつ妖精めいたパピヨンであった。にこりと、微笑みながら、それがくるくると空中を飛ぶと、夜色の羽からはきらめく鱗粉が散った。羽澄の緑の瞳がその軌跡を追う。――と、その視線が和馬のほうを向いて、丸く見開かれる。
「和馬さん!」
「え。……っと!」
 和馬が椅子から転げ落ちるように避けたところに、巨大なスフィンクがどすん、と降り立つ。エジプトの貴族めいた顔に猫族に似た表情を浮かべ、それはキシシシと笑った。
「危ねーな! ……このままにしておいていいのか?」
 大臣に聞くと、彼はぶんぶんと首を横に振る。
「とんでもない! このままでは他のお客様をお迎えできません! と、いうか、店が……」
 次々に、出現する聖獣たちは、てんでばらばらに、広間のあちこちにイタズラをはじめている。
 イフリートとスレイプニールがとっくみあいの喧嘩をしているのも迷惑だが、面白半分に侍女たちを追い掛けまわすサンダービーストやキャンサーにも困ったものだ。そんな様子を眺めて、ナーガとクラーケンがくすくす笑っている。
「じゃあ、どうする?」
「もとどおり、カードに封印するか……聖獣界にかれらを……ああ、そうだ、『異界の水晶』を!」
 大臣が大声をあげた。
 そして慌てた様子で、衛兵が、また箱を持ってくる。
「これです、この『異界の水晶』を使えば――」
 開いた箱の中に収められた、水晶の玉。そこから、サーチライトのような光が迸って、エルザードの広間を照らし出した。

  3

「な――に……!?」
 強い光に、思わず目を閉じた和馬は、浮遊感を感じた。
 次に目を開いたとき、視界に飛び込んできたのは、一面の青空……!
「うおおおお!?」
 落下する。
 まるでスカイダイビングだ。
 と、思った次の瞬間、その身体がなにかに受け止められる。
 見れば、それこそ、あの黒狼であった。まるでこちらを気遣うように一度だけ振り返ってから、聖獣フェンリルは、空中をこともなげに駆ける。
 残りの仲間たちも、それぞれ、聖獣の背に乗せられたり、手に掴まれたり、あるいは見えざる力に支えられたりしているようだった。
 そして、かれら5人の、はるか足の下には――
「ここはどこなんだ!」
 グリフォンに乗った恭一郎が、叫んだ。
「わからんが……こいつらの、元いたところ――か?」
 空は、どこまでも澄み切っていて、抜けるような青さである。ぽっかりと浮かぶ白い雲。そしてその中を、ゆっくりと、泳ぐように帆船が往く。
「町があるのです」
 ホワイトラビットに手を引かれ、空中を漂いながら、マリオンが下方を指した。
 緑の大地が眼下には広がっている。なだらかな丘陵と、広々とした草原。遠くには山脈らしき連なりがかすんで見える。その大地は、あるところからぱっきりと、紺碧の海に分かたれていた。
 その海と大地が出会うあたりに、かなり大きな――というのは、この高空から見ても相当の大きさがあるからだが――都市を見てとることができた。
 都市といっても、むろん、東京の摩天楼などではない。委細は見て取れないが、おそらくは石造りの町だ。放射状に広がる通りが見えるから、ヨーロッパの古い町並であろう。町の一角には、鋭く聳える尖塔をいくつも備えた城が建っていた。
「こうしてみてると、ミニチュアかテーマパークみたいね」
 早百合が笑った。彼女はフェニックスの背に乗っているのだが、べつだん、その炎は火傷をもたらすわけではないようだ。
「聖獣たちの世界なんだわ」
 パピヨンの光の鱗粉をまとわせ、空中に浮かぶ羽澄。
「降りてみましょう?」
「賛成なのです」
「なんだかなぁ、俺たちは、カフェで休憩しにきたんじゃなかったのか」
「仕方ないな……。しかし、こいつらは言うことを聞いてくれるのか? 下に降りたいんだが……って、うお!」
 通じたようだ。
 急降下していくグリフォンに続いて、あとの聖獣たちも、和馬たちを連れて下降してゆくのだった。
 見る見るうちに、近付いてくる緑の大地。あわや激突!と思うほどのところで、突然、身体が軽くなった。そして聖獣が光の粒子に分解したようになって、ぱっと姿を消す。あとには、ふわふわと羽毛のように落下してくる面々。それも、地面に足がつくと、もとの体重が戻ってきたようだ。つくづく、摩訶不思議なことの連続である。
 そこからすこし離れたところに、空から見た町が広がっている。
 石造りの大きな門。
 いかめしい顔つきの衛兵がいて、出入りのものを見ている様子は、まるで……
「ゲームだな」
 ぼそり、と、恭一郎が言った。
「本当。あれを思い出すわね、ほら……『白銀の姫』」
「すいません。ここはなんていう町ですか?」
 羽澄が、傍を行く、商人風の人物に訊ねる。
「なに、あんたら、聖都エルザードを知らんのか。ははあ、最近、この世界に来なすったんだね?」
「え、ええ?」
「っつーことは、あれか。俺たちみたいなのが他にも……?」
「ここには、いろんな世界から人がやってくるよ。みな、聖獣さまに守られてこの聖都に降り立つのさ」

 それは、なんと奇妙な旅路だったろう。
 なんと波乱万丈で、奇想天外な午後のひとときであったか。
 『王宮カフェ』の、芝居がかったティータイム。
 聖獣たちの大騒動。
 そしてスリル満点の空中散歩から、一転、異世界の都市の賑わいの中へ――。
 エルザードの町並は、あの『王宮カフェ』がそうであったように、中世ヨーロッパのそれを基調としつつも、無国籍なものだった。
 あるいは、さまざまな異世界から多くの人々がやってくるというから、そうしたよその世界から持ち込まれる風俗が永い時の中で一体化していったのかもしれない。
 天使の広場、と紹介された広場に、行き交う人々の姿も、多種多様な、混沌としたものだった。
 中世風の、それこそ、ゲームのような、武具を身につけた戦士風の人物がいるかと思えば、刀を挿して着流しの、どう見ても江戸時代の侍としか見えぬものもいる。そして、まったく見慣れた現代の服装のもの、どこの国、いつの時代とは特定できぬ、服装のもの、さらには、人間ならざる種族たち……。
 広場を取り囲むように露店が並び、不思議なかたちの果物や野菜、アクセサリーや武具、骨董の類まで、さまざまなものを売る市が立っていた。商人たちの呼び込みの声は、聞いたこともない言葉のはずなのに、どういうわけか意味がわかるのだった。
「さて、どうしたもんかね」
 和馬が皆を振り返った。
「いつまでも、ここにいるわけにはいかないと思うが」
 もっともな意見を述べたのは恭一郎だ。隣で、早百合も頷く。
「……帰りますか?」
 ひとり、まだまだ異世界の町を見物したい風だったマリオンが、こともなげに言ったので、一同の視線が彼に集中する。
「あ、そうか」
 羽澄が思いあたった。
 異なる空間をつなげるマリオンの能力を使えば、べつだん、それは造作もないことで――。
 そのときだった。
「逃げろぉーーー!」
 市場のざわめきを、その声が貫いたのは。
「暴れ牛だぞーーーー!!」
 石だたみの上を、土埃をあげて駆けて来る獰猛な獣の姿。鋭い二本の角を威嚇するように振り上げた巨大な牡牛だった。
「あら、大変」
 などといいつつ、対して大変とも思っていなさそうな口調で、早百合が言った。
「帰る前に、人助けしていくのも、いいかも」
「それはずばり、お約束なのです」
「…………なんか、俺、今、ものすごく『また貧乏クジ』の予感がした」
 という和馬の肩を、恭一郎がぽん、と叩いた。
「武器を持ってるのは、和馬さんだけだし」
「……いや、まて、武器がなくてもあんな牛くらい屁でもないメンバーばかりだろうが!」
「やはり、ここは陛下の出番なのです、さあさあ!」
 どん、と押し出されて前に出た和馬。
「畜生。なんか、最初っから壮大なワナだったんじゃないかって気がしてきた」
 すらり、と剣を抜き放つ。
 そして、緋色のマントをばさりと翻し――
(え?)
 緋色の……マント……。
 緋色……?
 そして。
 天使の広場にあらわれた、時ならぬ、マタドールをめがけ、猛牛はまっしぐらに突進してくるのであった。

  *

「「「お帰りなさいませ、陛下」」」

「陛下、新しい彫像をつくらせていらっしゃるのですって?」
 前王の遠縁にあたる《薔薇の寵姫》ことクローサワ伯爵夫人が言った。
「優勝記念なのです。遠方から職人をわざわざ招いているのですよ。出来上がったらお披露目の式典も計画しているのです」
 宮廷の調度類の管理を任されている大臣のひとり、《悠久の学士》マリオン侯爵が、誇らしげに言った。
「まあ。そうなの。優勝記念というと、先の闘牛大会の? ときに、かの大会では貴方も随分とご活躍されたようね、ナオエス騎士長?」
「お誉めに預かり光栄です。しかしあくまで騎士のたしなみを披露したまでのこと」
 騎士団長である《宵闇の剣聖》キョウ・ナオエスである。
「陛下の武勲には及びません。あの黒い猛牛と対峙したときの陛下の奮迅ぶりといったら……あれこそ、吟遊詩人に命じて、叙事詩をつくらせ、語り継がせるのがよろしいかと」
「まあ。うかがいたいわ」
「けれども」
 鈴のような声に、かすかに怒ったような調子をにじませて、王妹たる《玻璃の妖精》ハズミ姫が言った。
「兄王さまは、武には優れているかもしれませんけれど、それだけでは国政はつとまりませんわ。まつりごとも、もっと勉強するようにと、亡き先王様もいつも仰ってらしたというのに」
「…………」
 前王の後を継いだばかりの若き国王――《黒狼王》カズマ1世は、無言であった。
「陛下。そろそろお出かけの時間でございます」
 と、大臣が告げる。
 口々に、ひとときの冒険の楽しい思い出を語りながら席を立つ面々(和馬以外)に、赤い絨毯の両側にずらりと並んだ侍女たちの列が、いっせいに頭を下げた。
「「「お帰りを、お待ちしております。陛下」」」

(了)



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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