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戸惑いの2人、見守る2人
■高原恵■

<江橋・匠/東京怪談 SECOND REVOLUTION(5387)>
<凡河内・絢音/東京怪談 SECOND REVOLUTION(3852)>
<月見里・千里/東京怪談 SECOND REVOLUTION(0165)>
<守崎・北斗/東京怪談 SECOND REVOLUTION(0568)>

●目的地到着
「着いたねぇ」
「……ここかぁ」
 凡河内絢音の言葉に、江橋匠も改めて目の前に広がるテーマパークを眺めてみた。ここはテーマパーク『古の隠れ家』の正面ゲート前、直径200メートルもの超巨大観覧車『ギガテンプルム』が否が応でも視界に入ってくる。まあ迷った際にはこの観覧車を目印に、合流場所に決めておけば確実に会えるに違いなさそうだが。
「ちーちゃんも来られたらよかったのに」
 とつぶやいた絢音はちょっと残念そうな表情。絢音と匠は夜行列車に揺られ、今回の遠足に2人きりで参加していた。
「あー月見里なぁ……」
 と返した匠は何故かちょっと遠い目となる。
(月見里に急に用事出来なきゃ、も少し気楽に来れたよな)
 匠がそう思ったのには理由がある。匠にとって絢音とは、激しく片想いしている相手。告白する度胸も持てない現状の匠が、絢音と一緒に2人だけで居るというのは嬉しくはあるが精神的にきつい事態である。せめて他に誰か1人でも居れば、それを軸として動きやすくなるのだが……今更増えるはずもなく。
 そもそも当初は匠と絢音の他、月見里千里も一緒に遠足に参加することになっていたのだ。というか、遠足に参加しようと最初に言い出して誘ってきたのが千里なのである。ところが出発前日になって千里に急用が出来て参加出来なくなってしまい、せっかく申し込んだんだからと2人で楽しんでくるよう押し切られてしまったのだった。
「でも仕方ないよね、急用なんだから。ちーちゃんの分まで楽しんで帰ろ、江橋君?」
 くるっと匠の方を向いて微笑む絢音。不意打ちともいえるこの微笑みに、どきんとなる匠。
「あ、ああ」
 ひとまずそう答えるのがやっとのことだった。
「あれ? 目が赤い……よく眠れなかったの?」
 匠の目が充血していることに気付き、絢音が気遣いの言葉をかける。
「……揺れたし音もしたし……。それより早く入らないと、並ぶんじゃないか?」
 匠がそう言い、絢音の先に立って歩き出した。
(ええい、もう、眠れる訳ないだろ……)
 ぼりぼりと頭を掻く匠。揺れる夜行列車が眠りにくいのは事実ではあるが、匠の場合は他の要因が大きかった。上段の寝台で眠る絢音が気になって、微妙に眠れなかったのである。そりゃまあ、片想いの相手が真上に居て、寝返りを打つ物音や穏やかな寝息まで聞こえてくる訳だからさもありなんと。
「あ、江橋君待って!」
 慌てて匠の後を追う絢音。そして2人は正面ゲートをくぐっていった。
 ――そんな2人の姿を、離れて見守っていた者たちが居た。
「うんうん、やっと中に入っていったわね」
「中に入るだけでも時間がかかるんだな……」
 満足げにつぶやいたのは短髪の快活そうな少女。そして若干呆れたようにつぶやいたのは、半分かじったあんぱんを手にした少年である。
「まだ食べるの? 食堂車でもずいぶん食べてたのに」
 今度は少女――千里が呆れる番だった。
「あいつらがいつ来るか分からなかったから、落ち着いて食えなかったろ?」
 少年――守崎北斗が反論してから、あんぱんの残りを口の中へ押し込んだ。
「ほへひほへほひほっほふっへははふひはほ」
「『それに俺よりもっと食ってた奴居たろ』……って、食べたまま言うんじゃないっ!」
 すぱーん!
 千里がハリセンで北斗の後頭部を叩く。とてもよい音がした。
「んぐっ! むぐ……どっから出したんだよ、そんなもん!!」
 一瞬喉を詰まらせそうになりながらも何とか口の中の物を飲み込み、北斗は千里へ叫んだ。
「さーて?」
 とぼけてみせる千里。能力で作り出した物だが、こういうことで能力を使うのは無駄遣いというか何というか。
「ぼやぼやしてられないわよ。追わなきゃ」
 表情を引き締め、千里が正面ゲートを指差した。するとたちまち北斗も真面目な表情になり、小さく頷いた。そして千里と北斗も、匠と絢音たちを追うかのごとく正面ゲートをくぐってゆく。
 ……おや? そういえば、急用が出来たはずの千里が何故こんな所に居るのだろうか?

●行き先検討
 テーマパークへ足を踏み入れた匠と絢音。2人の参加したコースは、縦断オリエンテーリングというものだった。これは広大な『古の隠れ家』内に点在するアトラクションをクリアして、スタンプを集めてゆくというものである。スタンプを探すうちに、自然と様々なアトラクションも楽しめるという、このテーマパーク好評の企画なのだ。それにスタンプを集めれば、何かしら賞品がもらえるくじを引くことも出来るのだ。まさに至れり尽せりな企画。
「最初はどれがいいかな……」
 テーマパーク全体図を広げてみる匠。絢音が横から覗き込み現在位置を確認した。
「『ヒステリックミラーハウス』はどう? ここから近いでしょ」
 近いアトラクションから回ってゆけばどうかという絢音の意見に、匠も異論はなかった。『ヒステリックミラーハウス』へとそのまま向かう2人。
 その後を、十分に距離を取って物陰に隠れつつ追いかけるのは例の2人、千里と北斗だ。
「行き先のアトラクションは何だ、月見里?」
「ええと、これかな? 『ヒステリックミラーハウス』、焦点に立つと燃え上がる巨大凹面鏡を含む大小様々な鏡が配置されている……」
 北斗に尋ねられ、千里がアトラクションの解説文章を読み上げた。
「なるほど、燃え上がって驚かせるのか」
「カップルで入るにはちょうどいい場所じゃない?」
 くすっと笑う千里。よくあるパターンとしては突然燃え上がるのに驚いた女性の方が、男性にしがみつく……なんてのがすぐ思い浮かぶ。
「しかしお節介だよなあ」
 北斗がぼそっと言った。
「誘った時に面白そうだってついてきた人も同類項」
 しれっと千里も返す。
 さあ、ここで種明かしをしておこう。千里がここに居る以上、急用なんて嘘っぱち。実はこれ、匠と絢音を2人だけにして遠足へ参加させるための、千里の計らいであったのだ。きっと『余計な』という注釈がつくものかもしれないが。
 で、匠と絢音の恋の行方を見守るため、千里は北斗を誘ってこうして尾行状態となっているのである。念のため言っておくが、現状意識過剰になっているのは匠の方のみ。絢音の方は、単に遊びに来たという感覚しかない。この状況で恋の行方どうこうというのは微妙にあれな気がするが、とりあえず気にしないことにする。
 ともあれ千里と北斗は、匠と絢音の後を追っているのだ。
「ママー、あのおにーちゃんおねーちゃんこそこそなにしてるのー?」
「しっ、見ちゃいけません! いい子だからあっちへ行きましょ……」
 他所から微妙に怪しく見られていたとしても。

●名誉挽回
 さてさて、『ヒステリックミラーハウス』へやってきた匠と絢音。中へ入ると大小様々な鏡が上手に配置されていて、面白いやら何だか気持ちが悪いやら。普通の鏡に加え、凸面鏡や凹面鏡まで混じっているから感覚が狂わされてしまうのだ。
「出口はどっちかしら」
 きょろきょろと戸惑いながら辺りを見回す絢音。それに対し匠は俺に任せろとばかりに言い放った。
「急に燃え上がる所は行き止まりだって入口で言ってたから、それに気を付ければいいんだろ。何も入って早々に、行き止まりなんてないだろうし……」
 匠が凹面鏡らしい物がある方向へすたすたと歩いてゆく。だが、匠は高を括っていた。
「うおうっ!?」
 突然行く手が燃え上がったのである!!
「燃えた燃えた燃えた!!」
 慌てて引き返してくる匠。そんな姿を見て絢音がくすくすと笑った。せっかくかっこいい所を見せようとしたのに、これでは逆効果。単なる匠の空回りである。
 そういう光景が何度かありつつも、2人はどうにかスタンプを探し当て、無事に『ヒステリックミラーハウス』をクリアした。
 続いて2人が向かったのは『伝説の金字塔』なるアトラクションだ。これはアンデッドモンスターの巣食う恐怖のピラミッドという設定で、アンデッドから逃げつつ薄暗いピラミッド内を探検するという内容である。言い方を変えれば、よくあるお化け屋敷の発展版と考えると分かりやすいだろう。
 だが、場所がピラミッドというだけあって、コースは厳しくなっている。崩落があったとう設定で通路が急に狭くなってたり、瓦礫を乗り越えなければならなかったり、しゃがんで移動しなければならなかったりと、色々と工夫されていたのだ。そんな場所でアンデッドがお目見えする訳だから、恐怖心を煽ること煽ること。
「凡河内、先に行け!!」
「う、うん!!」
 狭い通路に差しかかった時、2人の背後からアンデッドモンスターが現れた。そこで匠は絢音を先に行かせ、迫り来るアンデッドを牽制していた。そして絢音が通路を抜けたのを確認して、自らも後を追った。
 通路の先に待っていたのは何度目かの瓦礫の山。またこれを乗り越えなければならない。匠が先に行き、続く絢音の様子を見守る。これも何度繰り返しただろう。
 だがこの時はちょっと違った。瓦礫を乗り越え降りる時、絢音がつい足を滑らせてしまったのだ。
「あっ……!」
 短く叫び滑りかける絢音。それに気付いた匠が、自分の身体で絢音が滑り落ちてしまうのをどうにか押し止めた。匠の手が絢音の足首をつかんでいた。
「大丈夫か凡河内?」
「あ……ありがとう江橋君」
 礼を言いながら、絢音は足場を探して何とか体勢を整える。
「……もう手離していいから。大丈夫」
「わっ、悪ぃ!」
 絢音に言われ、慌ててぱっと手を離す匠。いやはや、無我夢中とは恐ろしく。
 その2人の会話は、後を追う千里と北斗たちにも聞こえていた。
「ああもう、どうしてそこで手を離しちゃうんだろ。こうなったらあたしがもう一押しして……」
「やめろ月見里」
 こっそり近付いて何やらしようとしていた千里の襟首を、北斗が呆れ顔でつかんだ。何となく千里が暴走しそうな気がしたのだ。
「だってちょうど薄暗いし」
「何する気だ月見里」
 ほら、やっぱり暴走の気配が。

●勘違いされてみて
 5つ目に匠と絢音が入ったアトラクションは『サーヴァントサファリ』なるもの。これはドラゴンやキメラなど凶暴なサーヴァントを放し飼いにした密林という設定だ。客は魔皇殻と呼ばれる剣やら弓やら銃やらの形をした武器を入口で受け取り、襲ってくるサーバントを退治するのである。武器から赤外線が出ていて、それがサーバントの受光部に命中するとポイントとなり、ポイント数に応じて途中でコースが分岐するシステムともなっていた。
 ここは絢音が大活躍。弓の形をした武器を手に、サーバントに対して百発百中。匠の出る幕がなかったのはご愛嬌。結局パーフェクトを達成し、出口では大きな拍手で迎えられたのであった。
「面白かったねー」
「やっぱすげぇ……」
 アトラクションから出てきた絢音の表情は、とても堪能した様子。匠はといえば、改めて絢音の弓の腕前に感嘆したといった様子であった。
「熱中してたからかな、喉が乾いちゃった」
「ちょうどあそこに売店あるな? 冷たい物でも買うかなぁ」
 絢音の言葉に辺りを見回した匠が売店を発見した。2人してそこへ向い、美味しそうだったのでソフトクリームを買うことにした。
「はい、おまちどうさま! 恋人同士さんだからおまけしたよ!」
 売店のおばさんが明るく笑いながら2人へソフトクリームを手渡した。きっとあれこれパターンを変えて、結局おまけしてくれているのだろうが、匠と絢音にしてみれば突然そんなことを言われてもという状態である。
「あっ、恋人とかじゃなくって……」
「お友だちで、その、一緒に」
 慌てて口々に否定する匠と絢音。その顔はどちらも赤い。
「はいはい、分かったから、ゆっくりお食べなさいな」
 しかし売店のおばさんは笑って取り合わない。結局2人はそのまま売店を離れていった。
「わ、私たちってそんな風に見えちゃうのかなぁ?」
 真っ赤な顔をしたまま絢音が匠へ尋ねた。
「な、なぁ?」
 同意するように答える匠の顔もまだ赤い。そんな匠の口が小さく動いた。
「……だと嬉しいけど」
 小声でぼそり、匠の本音。
「え、何か言った?」
 だがそのつぶやきは絢音には聞こえていなかった様子。それがよいのか悪いのか、分からない。
「いや、何も……」
 匠はとぼけてみせた。
「売店のおばちゃんえらい!」
 匠と絢音の様子を相変わらず隠れて見守っていた千里が、ぐっとこぶしを握って頷く。いいムードが漂っていることがはっきりと分かったのである。
「ね、北ちゃんもそう思……あれ? 北ちゃん?」
 北斗に同意を求めようとした千里だったが、そばに何故か姿はなく。
「おばちゃん、ソフトクリーム大盛りでー」
 それもそのはず、北斗はこっそり今の売店でソフトクリームを買おうとしていたのだから。
「何してるのよっ! 追うんだからっ!!」
 それに気付いた千里が大急ぎでやってきて、北斗の首根っこをつかんで引きずってゆく。
「あっ、俺のっ、俺のソフトクリーム〜!」
 哀れ北斗、ソフトクリームを受け取れず仕舞い。
「ママー、あのおにーちゃんおねーちゃんまた居たよー? あれがすっとんきょーっていうのー?」
「しっ、見ちゃいけません! それを言うならストーカー……近寄っちゃダメよ!」
 ……ま、多くは言うまい。

●2人だけの空間にて
 様々なアトラクションを回ってスタンプを集めた匠と絢音だったが、夕暮れ時になって例の観覧車へ乗り込んだ。これの出口にスタンプがあり、それを押せばスタンプを集め終わるのであった。
 当然ながら2人きりで観覧車へ乗り込む。匠と絢音が乗り込んだ観覧車の3つ後には、千里と北斗もまた乗り込んでいた。もちろん匠と絢音を監視するためだ。
「わぁ、綺麗な夕焼け……」
 夕日が沈みかけの光景を観覧車から眺め、絢音が感嘆の声を上げた。街が夕日で杏色に染まっていたのがよく見えていた。
「ああ、夕焼けだ……」
 匠から返事が返ってくる。絢音は夕日を見つめたまま、言葉を続けた。
「今日はとっても楽しかったね。ちーちゃんの分も楽しめたかな」
「ああ……」
「帰ったらちーちゃんにも話してあげなきゃ」
「…………」
 不意に途切れる匠の言葉。妙に思った絢音が振り向いてみると、匠はこくりこくりと居眠りを始めていた。寝不足であれこれと動いた疲れが、今になって出てしまったのだろう。
「……江橋君もお疲れさま」
 匠の寝顔を見ながら、ふふっと笑みを浮かべる絢音。そのまま絢音は匠を起こさぬよう、再び夕日を見続けた。
 一方、監視していた千里と北斗だが。
「ダメ、見えない」
「死角になってるな……」
 乗り込んだ観覧車が悪かったか、匠と絢音の様子がまるで見えなかったのである。もし見えていたら、居眠りする匠に対してあれこれ言っていたに違いなく。
 やがて地上に戻り、最後のスタンプを押した匠と絢音。くじを引いた結果は、テーマパークのロゴ入りなペアのマグカップ。
「ちょうど1個ずつでよかったね」
「ああ……」
 絢音の言葉に頷く匠。特に何か進展したとはいえない今回の遠足。だがこのマグカップ、匠にとってはとてもよい記念の品となることだろう――。

【おしまい】



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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